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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第三の野営:風渡る岐路にて その6

「なんてひどい扱いを……っ」

 憤る赤毛の剣士に、けれど白衣の神官はすぐには応えないまま焚き火に目を落としていた。やり場をなくした怒りを持て余してアラードがまごついていると、グロスがぽつりと呟いた。

「ああ、本当につらかった。あまりの苦しさに血迷い、この身が本当に吸血鬼だったほうがましだったのではとさえ、私はあの時思ったのだ」

「なんですって!」

 思わず目を剥いた弟子に、顔を上げた呪文の師は頷いた。

「確かにひどかった。あまりにも容赦がなかった。だがそこまで追い込まれたからこそ、ある意味私は救われたのだ」


 とっさに言葉も出せぬまま、腰を浮かせた姿勢で固まっているアラードに、座るよう促すグロスの顔。そこに浮かぶあの確たる和らぎこそは、砂漠への旅を境に見いだせるようになったと若き剣士が感じてきたものだった。

「そう、自分自身が吸血鬼であったならなどと、それまでの私は考えたことさえなかった。そしてそう考えたからこそ、思い出すことができたのだ。私たちが追い続けるリアのことを、なにより私が見捨てたラルダのことを」

「……心を残したまま望まぬ身に堕とされた二人を、思いをと。そうおっしゃるのですか? 師父」

「そうなのだ。しかも私はそのとき気づいた。二人の苦しみを、私はこの目で見たわけではなかったことにも。洞窟の中で転化を遂げたときのリアの驚愕も、ゴルツ閣下の血溜まりにむせつつも恐ろしい衝動に屈しそうになった絶望の悲鳴も、私はそなたから聞かされただけだ。ラルダに至っては背後からの叫びを振り切り逃げ出してしまった。その後に起きたはずのことになど向き合う意気地も持てぬままの二十年、その間にラルダが受けた苦しみが彼女をどう変えたかさえも、私はそなたに知らされただけだったと」

「では師父は我が身に受けた苦しみをきっかけに、二人の苦悩に思いを馳せたと、そうおっしゃるのですね」

 白衣の神官が再び頷き、そして姿勢を改めた。


「その時私は己を恥じた。二人の苦しみに比べれば、私の苦しみなど何ほどのものかと。そして思った。リアの願いを叶えるためにも、そしていつの日か大陸を闇に沈めるという西の森の妖姫に向き合うにも、リアの、そしてこの世を呪うしかできぬほどまで歪められたラルダの心に向き合えずして何ができようかと。いまこの道行きがそのことを教えてくれたのは神のご意志ではないのかと。二人に向けられた私の心に、悪意の毒はもはや力を持たなかった。リアやラルダの苦しみを我が事として感じるための霊薬と化したも同然だった。思いを深くするうちにも月日はただただ流れ去り、気がつけば風はいつの間にか乾ききった砂漠の熱波と化しておったのだ」

 激したところなど皆無であるにもかかわらず、不思議なまでに力強い師の言葉に思わず感極まり口を開こうとした赤毛の若者。だがその瞬間、アラードの脳裏に言葉が聞こえた。記憶が甦ったもののはずのその言葉のあまりの鮮やかさに、彼にはそれを耳にしたのだとしか感じられなかった。


=あなたはあと一歩のところにおられる。悩みの日々こそこの術が求める心のあり方に近づく唯一の道なのだ。そしておそらく、あなたは戦いの心からではなく、慈愛の心からこの術式にたどり着くのではないか=


 それは東の地のあの火の山の入口の前で、老アルバがグロスに語った言葉だった。耳にしたアラードにとっても共感できるものだったからこそ、あのとき記憶に深々と刻まれたにすぎぬはずのものだった。

 だが声音をじかに耳にしたとしか思えぬその鮮やかさに、若き剣士は直感した。もしや老師はついに没され、病み衰えた肉体を離れた魂が風に乗りあの言葉をここに届け帰天されたのではと。その思いを振り払えずにいるアラードの目にもはや、口を閉ざし訝しげに自分を見つめるグロスは映っていなかった。


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