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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第三の野営:風渡る岐路にて その2

 西南からそよぐ風が焚き火を静かにゆらめかせていた。それはグロスの神官衣の正面に柔らかな陰影を投げかけている。けれど師の緑がかった目はゆらめく焚き火をはるかに越え、風の彼方に向けられていた。軽く結んだその口元に、遠い便りを聞く人にも似た柔和な笑みを浮かべつつ。

 夏に移りつつある季節とはいえ、ここはあと少しで大陸中部に広がる大草原の北端へ出られる道であり、この道をひたすら西へ進めばやがて北の大国ノールド南端の国境沿いの旅となる。そういう場所にふさわしく、この時期でさえも夜気はいまだ焚き火の温みを愛でせしむに足る冷涼さを孕んでいた。そんな冷気に溶け込みつつも、西南の風は微かながらも砂の匂いを偲ばせている。だがそのあまりの仄かさゆえにアラードには判じられなかった。それが現のものか、それとも風の来し方に広がる大砂漠に沿って旅した記憶がそう想わせるのかを。


 しかも赤毛の若者にとって、かの地の記憶は好ましいものでは決してなかった。リアの率いた魔獣の群が全滅せしめたゼリアの街と、耐え難き狂気に堕ちたアルデガンの戦士たちに滅ぼされたドーラの村。それはアラード自身すら狂気の縁に追いやりかけた体験だった。二人の師たちと共有できたからこそ正気を保てたというのが嘘偽りなき実感だった。しかもグロスは自分と同じく、あのとき初めて人間を手にかけたのだ。それも一人と刺し違えただけの自分と異なり、師は突撃してくる五騎の剣士を呪文一つで焼き殺した。己を人間ならざるもののように感じたと語った師の衝撃癒えぬあの顔が、そう思っただけで瞼に浮かぶ。


 だからこそアラードは訝った。そんな思いを強いられたはずのあの砂漠でなにがあれば、師はかくも柔和な面持ちを浮かべうるのかと。

 訊ねることはためらわれた。それが師の内なる思いに踏み込むものなのは明らかと思えたから。だがその一方彼は感じた。朝がくれば自分たちは東の地へと辿ったここまでの道を離れ、西へと向かう未踏の道にいよいよ踏み込む。訊くなら今だ、今しかないとも。どこか焦りめいたものを含む自らのその思いの裏に、若き剣士はこの場所に己が戻ってくることはないとの予感を見いだし胸の奥で動揺した。

「どうかしたのかアラード? 緊張しておる様子だが」

 赤毛の若者は虚を突かれ顔を上げた。緑の目が訝るというより気遣わしげでさえある視線をこちらに向けていた。


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