第二の野営:川のほとりにて その13
「それではアザリア様は、僧侶の信仰が裏切られたときのことを案じておられたというのですか!」
アラードの脳裏には己が目にしたラルダの姿が、神を呪わずにいられぬまでに無惨に堕ちたあの姿が甦っていた。そんな赤毛の若者に、しかし剛剣の師は首肯せぬまま言葉を続けた。
「あのとき俺もそう思った。もしもガラリアンの大それた目標が達成されたとしたら、それはラルダの信仰にとって打撃になるに違いないと。だが、アザリアが案じていたのは尼僧たるラルダの信仰にとどまるものではなかった。力が全てと信じて疑わぬガラリアンの信念もまた、それが支えである限り同じ危うさを秘めていると考えていたんだ」
今度はアルデガンを滅さんとガラリアンが放った天蓋を覆わんばかりの火の玉が甦った。アラードの声に畏怖が滲んだ。
「二人の行く末に起こり得る最悪の事態までも、アザリア様には視えておられたのでしょうか……」
「結果的にはそうかもしれん。むろんおまえが目にした事態まであの時点で予知していたわけではないが。それにラルダの信仰に関しては、アザリアはもちろんラルダ自身にもどうするべきかはわかっていたんだ。アラード、おまえはわかるか?」
「……あくまでガラリアンと共に戦うこと、でしょうか?」
「そうだ。そうすればガラリアンの戦いにはラルダを介して神の力も関与することになる。そもそもラルダは魔物の討伐を奴にはふさわしからぬ聖なる務めと見なしていた。ガラリアンがいえばいうほど負けじ魂が燃えさかるだけだった」
「勘弁してほしいです」
思わずラーダの印を切ったアラードに、師のごつい顔が苦笑を返した。
「だが、だからこそアザリアが案じていたことがもう一つあったといえば、見当がつくかアラード?」
頭が割れそうなほど考えた末、赤毛の若者は降参した。そんなアラードにボルドフは、なんだ、俺と同じかといって続けた。
「アザリアは気づいていたんだ。ガラリアンがラルダに魅せられ始めていることに」
唖然とする若者に、けれど師のまなざしは向けられていなかった。どこか遠くを見つめたまま、白いものが目立つようになった巨漢はやがて言葉をたぐり始めた。
「最初はさっぱりわからなかった。なにしろ出会えば必ず激しいいい合いばかりの二人だ。しかもガラリアンから仕掛ける場合がますます目につくようになってきた。ラルダがよほど目障りなんだとしばらくのうちは思っていた。そんな俺に手がかりとなったのがルシードだった」
「ルシード? ああ、短刀使いの」
ごつい顔が頷いた。
「ルシードは多くの点でガラリアンとそっくりだった。自分の力のみを信じて磨き上げようとする姿勢と高いプライド、他人にも自分にも厳しいところなどが特にな。ガラリアンの場合もそこは同じだった。傍若無人な物言いだけに誤解されることがほとんどだったが、奴も決して自分に甘いわけではなかったんだ。それに他人の力量を見る目についても同じくらい確かなのは俺が実戦に出たときすぐわかった。二人とも他人を気遣うことも当てにすることもないかわり、他のメンバーがどう戦いどんな結果を出すか正確に予想して動いていた。自分の力を最高に発揮するためにも必要だったからこそ、最低限欠かせない連携は保たれていたというわけだ」
「なるほど、それはわかります」
「それだけに冷徹で寡黙なルシードに比べたとき、ガラリアンの自己主張の激しさはいっそう目立った。やがて俺は思ったんだ。ルシードのようになり損なったのがガラリアンではないかとな。自らの肉体をひたすら研ぎ澄ましていたルシードは、だからこそ己の限界が見えているようなところがあった。一方ガラリアンは魔術師だから己自身に限界を感じない。それが自らの力を周囲に誇示したいという欲求につながり、ああいう侮蔑的な態度として現れているのではないのかと」
「でもそんな態度で接したら、誰にも相手にされないことぐらいわかりそうなものじゃないですか」
「確かにな。だから俺もなかなか思い至れなかった。奴の態度は悪意の産物という以上に、他人との心情の交わし方を正しく身につけられなかったせいかもしれんということに」
「つまりガラリアンは、ラルダに魅せられた自分の思いを正しく表せずにいたというわけですか? そのことに気づいていたのがアザリア様だったと」
「そうだ。しかもガラリアンは自分の気持ちに最後まで気づけずじまいだった。ラルダが吸血鬼の手中に落ちるその日まで」
告げたボルドフの表情は沈痛極まりないものだった。




