第二の野営:川のほとりにて その12
「そういうわけだったのか……」
唸るボルドフにアザリアは頷いた。
「禁忌を織り込まない術式だからこそアルデガンの外へは容易に出せない。ならばガラリアン自身がそれを望む以上、彼の強大な魔力を課せられた使命に役立てぬ法はない。それが閣下のご判断だったの。だからこそ彼とパーティを組ませる者の人選は慎重になされたのよ。敵を攻めるばかりで仲間を援護するつもりのないガラリアンに頼らなくてすむ実力と、彼の色に染まることのない気骨が求められるわけだから」
「それがローラムやダンカン、そして君だというわけか。アザリア」
「あなたもよ、ボルドフ」
くすりと笑う女魔術師の言葉に若き巨漢は目を剥いた。
「俺が? まさか!」
「まさかじゃないわ。ここに着いたあなたに会ったゴルツ閣下が見込んだからこそ、ダンカンがあなたを迎えによこされたのよ。逃げられるなんて思わないでね」
「勘弁してくれ」
ため息混じりにラーダの印を切り掛けた手が止まった。
「ということは、ラルダも閣下の意向でか?」
「ええ。ラルダも異を唱えなかったらしいわ。これも修行のうちだって」
「閣下のお気持ちを知ればこそか。だが大変だな……」
喧嘩の絶えぬ傲岸な魔術師と一途な尼僧を思い出し、今度こそボルドフは大きくため息をついた。かたや出会ったとたん侮蔑的な態度で接してきたガラリアン、かたやこの身の悩みを救わんとして献身的に信仰の道へ導こうとしたラルダ。相容れるどころか歩み寄る余地すら見いだし難いとしかいいようがなかった。
しかも付き合いがまだ長くないボルドフの目にさえも、両者の諍いが頻繁になりつつあるのは歴然としていた。そこまで考えたとき、ふと浮かんだ疑問を彼はアザリアに問いかけた。
「ラルダが奴の大それた目標を聞かされていたなら、少なくとも最初は意にそわなくても奴に協力しようとしてたのか?」
「ええ、ガラリアンが自分で台無しにしたけれど」
場面が目に見えるような答えだった。
「ラルダとしては協力するかわり、少しでもラーダの教えの道に彼を近づけたかったの。けれどガラリアンはいつもの調子を変えなかった。ラルダが頑張れば頑張るほど頑なになるだけだった。いまではガラリアンのほうがラルダの顔を見るたびにいうようになっているのが現状よ。俺が魔物どもを退治して神などいないと立証してやるって」
「よりによってラルダにか? 勘弁してくれ。どうしようもない馬鹿だ!」
「ええ、本当に……」
今度こそ印を切ろうとした手が、再び止まった。
「なんだ? 含みのある口ぶりじゃないか」
「……そのうちわかると思うわ、あなたも」
髪をかきあげたアザリアの目から、見えたと思った悩まし気な色はもう消えていた。
「ガラリアンみたいないい方をしなくても、発動の可否だけなら必要なのは生まれつき備わった潜在的な魔力の高さとそれを力に変える意志力の問題よ。私たち魔術師は僧侶がその信仰によって意志力を高め発動に結びつけていると考えているの」
「なるほど。それはわかりやすい考え方だ」
唐突さを否めぬ話題の戻し方だったがボルドフは従った。この話をアザリアと始めたのはそもそも自分の方なのだ。
「ならば魔術師たちは神はいないと考えていて、それが僧侶との違いというわけなんだな」
「必ずしもそうとばかりはいえないわ。神を信じない僧侶がありえなくても、魔術師がみんな神を信じていない、少なくとも神がいないと確信しているわけじゃないから」
「では、アザリアはどうなんだ?」
「いるかもしれないとは思うけれど僧侶たちが思うような神ではないかもしれない。私自身はそう考えているの」
「どうしてそう思うんだ?」
「僧侶たちの呪文にはいまだ魔術師たちの手が届かない、生命の領域に属する術があるからよ」
「癒しや甦生の術のことか」
アザリアは頷いた。
「かつての魔法文明の時代でさえ、それらの術が僧侶しか扱えなかったのは確かだとここでの探求からはみなされているの。より古い断片的ないい伝えには解呪の技とよく似た術の来歴として、魔術師の王が生き身で不死者となるべくあえて我が身に吸血鬼の牙を受け、恐怖の帝国を築いたとされているわ。長い人間の歴史の中で、魔術師の術が生命の神秘に届いた例はいまだ見出されていないのよ」
「なかったといい切れるのか? 全ての記録が残されているわけじゃないだろう?」
「吸血鬼たちは存在するけれど、不死の人間はいまだ見出されたためしがないわ。それが答えじゃないかしら」
「なるほどな……」
たしかにそんな術があったとしたら、それで不死となった例がないはずがないのは自明のことと思えた。
「それに傷の癒し程度はともかく、命にかかわる大きな術は高僧でさえ安定して発動できないわ。どんな徳が高い僧でも、いかに心から祈っても失敗するのを何度か見て感じたの。彼らの業には確かに人の力以外のなにかが作用していると。
けれどそれは必ずしも人間の願いを叶えるだけのものではないかもしれない。神というものがもしいても、その目が人間だけに向いているとは限らないんじゃないかしら。獣や鳥や、ひいては魔物たちにも向けられていないとなぜいい切れるのかしら」
「アザリア! それはまずいんじゃないか?」
「あくまで魔術師としての私の考えよ。だから僧侶になれないんでしょうけど」
悩まし気な、けれど先ほどとはどこか違う表情の瞳だった。
「一途な信仰の純粋な力は尊くてまぶしい。それなくして彼らの業は成り立たない。けれど私は魔術師だから、そんな僧侶たちに危うさも感じないではいられないの」




