第二の野営:川のほとりにて その10
「……つまりこのアルデガンにおいてさえ、魔術師の術の発動に人格の陶冶など無関係だというのか?」
問わずにいられぬボルドフに頷くでもなく、アザリアは見つめ返してきた。灰色の瞳を一瞬よぎった表情が、彼にはなぜか迷いめいて見えた。けれど白き魔術師が口を開いたとき、その表情は決意ともいえそうなものに転じていた。
「あくまで魔術師としての私の考えよ。そのつもりで聞いてくれるなら」
入り口近くの詰め所に戻った二人が腰掛けたとき、アザリアはそう切り出した。
「単に術の発動に限るなら、なによりも大事なのは見えざる力を従わせるに足る意志の強さよ。それは僧侶の場合も同じことだと私たち魔術師は考えているの」
「意志さえ強ければ、どのような意図に基づくものでも魔術師は術を発動できるというのか?」
「僧侶の場合でも同じよ。ラルダには悪いけれど……」
再びよぎる表情にボルドフは悟った。アザリアは自分の言葉がラルダの教えと相反するため気兼ねしているのだと。
「あなたの村には伝わっていた? 千年の昔このエルリア大陸に魔法文明が栄えていたという伝説は」
かぶりを振るボルドフに、アザリアは続けた。
「それらの国々の中には邪神信仰を国是としていた国もあって、そこでも僧侶たちが神の名のもとに強大な魔法を行使していたと伝えられているわ。けれどそれらの国々は大戦争を引き起こし、大陸の形が変わるほどの被害をもたらしたあげく魔法文明自体の崩壊を招いてしまったの。そのとき魔法に基づき特権的な地位にいた者たちは蜂起した民たちに虐殺されたそうよ。彼らの多くは修行を積むのではなく魔法装置の力で術を行使していたせいで、身一つでは術を使えなかったらしいから」
「ここにはそんな話まで残っているのか……」
「迫害される側にまわったからこそ、かもしれないけれど」
憂いを含んだ瞳で女魔術師は応えた。
「けれど魔法文明の崩壊は、やがて抑え込まれていた魔物たちが再び跋扈し始める事態を招いたの。剣や弓矢だけでは対抗できず人々は魔法に縋るしかなかったけれど、あくまで魔物を討伐する目的に限定させることも求められたのよ。そんな要請にラーダという僧侶が術式そのものに禁忌を織り込むことで応えようとしたのが破邪の教団ラーダの始まりよ。それからは無限定、無制限に行使できるかつての魔法は魔道の技と見なされているの」
「……待てよ、じゃあガラリアンのあの術はどうなんだ? 奴はまともに炎を俺たちに放ったじゃないか!」
「訓練所には魔物がいないから、禁忌を織り込まない術の発動も許されているのよ。でないと見習い魔術師は術を身につけることさえままならないから」
「だから俺に見せたのか。素のままの魔法のありかたを」
アザリアは頷いた。
「ラルダの話は僧侶としてのものだから、開祖ラーダが神の声を聞いたところから話が始まっていると思うけれど、魔術師たちに伝えられてきた断片的な言い伝えを重ね合わせるとそんな過去が窺えるのよ。魔術師たちは世界を滅亡させかけた存在として迫害さえされたわけだし、ラーダ教団も自分たちはそんな魔術師とは違うと主張しなければ人々の支持を集められなかった。ここでは魔術師とラーダ教団が力を合わせることが求められたからこそ、双方に伝えられてきたものから過去の真相を探る試みもできるというわけ」
「だからここでは誰もがラーダの教えを学ぶというわけか。だがガラリアンはそんなもの眼中になさそうにしか見えんぞ。自分の術に制限を加えるなんてこと、奴が受け入れているのか? あの炎の威力はそんな生やさしいものとは思えなかったが」
ボルドフの予想どおり、アザリアはかぶりを振った。
「かつてのアルデガンなら、彼は追放を免れなかったでしょう。ガラリアンは禁忌の織り込まれていない術式をベースに、自力でひたすら威力を高め続けているのだから。アルデガンの窮状あればこそ、その処遇は審問の議題になりえたの。そして大司教閣下直々の審問の結果、彼は留まるのを許されたのよ」
「あのゴルツ閣下が? まさか!」
「本当よ。私たちはラルダから聞いたのだから。閣下とのやりとりそのままを」
その返答を聞いてさえ、若き巨漢は信じられぬ思いで女魔術師の顔をまじまじと見つめるばかりだった。




