第二の野営:川のほとりにて その9
「つまり隊長は、信仰への道に誘われたということですか?」
思わず訊き返すアラードに、剛剣の師は重々しく頷いた。
「おまえも知ってのとおり、ラーダの教えは大司教を頂点に頂くアルデガンの根底をなすものだ。どのみち誰かが俺に教えないといけなかったわけだが、それをラルダが引き受けてくれることになったんだ」
「でも、隊長は僧侶にはなられなかったんですよね?」
「ああ。結局のところ、俺は僧侶になれるほど神を信じることができなかった……」
黒い瞳はどこか遠くに向けられていた。
「ラルダは熱心に導いてくれた。俺も決して努力しなかったわけじゃないぞ。信仰で迷いに打ち勝てるならと自分なりに頑張ったつもりだったんだがな……」
しばし、その場は沈黙に閉ざされた。赤毛の若者には耳に届く川の音が、あたかも遠い者たちの交わす声のように感じられた。アラードは思った。そんな川の声に目の前の師は、あのラルダが若き日の己を導かんとした声を聞いているのだろうかと。
「結局、おれは戦士になった。ダンカンはもちろん、ローラムも暇を見つけては俺の稽古に付き合ってくれたおかげで俺の上達は早かった。ラルダも喜んではくれたが、その一方で残念がってもいた。閉ざされたアルデガンではそれほど深刻な悩みを経験する者は多くない。そんな苦悩を克服できてこそ真実の信仰も夢ではないのにと口癖のようにいっていた。それで俺はアザリアからも話を聞こうと思い立ったんだ」
「アザリア様から、ですか?」
再び訊き返す若き弟子に、ボルドフもまた頷いた。
「訓練が終盤に入り術者との連携を学ぶようになると、魔術師の技を目にする機会も出てきた。それはラルダが起こす僧侶の奇跡にも匹敵すると俺には見えた。それが信仰に基づくものでないというなら、彼らは何を拠り所にそんな力を発揮するのかと疑問に思ったんだ」
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「私たちの術の拠り所?」
訊き返す白の魔術師だったが、こちらを見つめる灰色の目にはすぐに得心の色が浮かんだ。
「つまり僧侶の奇跡との違いが知りたいの? だったらあなたに見せたいものがあるわ」
亜麻色の髪の魔術師は先に立って歩き始めた
魔術師たちの訓練場所は訓練所の回廊の中でもとりわけ大きな玄室が割り当てられていた。背の低い火口らしきものを模したとおぼしき土の山が床に盛られた広大な空間だった。洞窟の中層に実在する火山の地形を模したものだとアザリアは告げるのに頷くボルドフだったが、そのまま踏み込もうとする巨漢を女魔術師は引き止めた。
「入らないで、焼け死ぬわ」「なぜ? 本物じゃないだろ」
訊き返す言葉を轟音が絶ち、通路に業火が吹き込んだ。思わず立ち竦むボルドフの眼前でそれが砕けた。背後のアザリアが印を結んでいた。
「覗き見か? 消し炭になっても知らねえぜ」
嘲笑の降ってきた先をボルドフは睨み上げた。土山の上に立つ赤い人影。顔や表情こそ定かではなかったが、声や態度に現れる傲岸さがあまりに歴然としていたから。
「俺たちのパーティにくるというなら、少なくともてめえの面倒だけは自分でみろよ。俺は一匹でも多く化け物を退治するんだ。逃げ損なっても俺がどうにかしてくれるなんて甘ったれるんじゃねえぞ。頼るならご自慢の強運にでも縋りな」
「相変わらずねガラリアン、どこまで技を磨けば気がすむの」
「ハッ、なにヌルいことをいいやがる。俺たちの修練に終わりがねえことぐらいわかってるだろうが。それともそいつのお守りで勘でも鈍ったか? 白の守護者ともあろう者がよ」
「邪魔だったかしら。じゃあ退散するわ」
肩をすくめてそう返したアザリアが、踵を返しつつ囁いた。
「……わかったでしょう? こういうことよ」
再び吹き込んだ火柱が、そんな二人の背後で砕けた。




