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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第一の野営:東の荒野にて その1

 その夜赤毛の剣士は眠れぬまま、満天の星を見上げていた。


 月影なき夜空に星は冴え、天空またぐ銀河の流れや大小様々な星座の形までもが鮮やかだった。それらを形作る数知れぬ星々の明るさや色合いもまた常ならぬ鮮明さで目に映じていた。だが、それらは若者の眼中になかった。鳶色の瞳はただ二つの星だけをその夜も追い続けていたのだから。


 一つは東の地平線めざし黒き大空渡る赤く大きな戦星。それは赤毛の若者にとって、彼らが後にしてきた東の地での惨劇の象徴だった。村ごと焼き払われた人々の牙持つ屍の山。仮面を割られ素顔をさらした邪悪な魔導師の化け物じみた歪んだ顔。脱出した火の山の底から姿を現すや流れ落ち、かの地を潤していた水源を絶つことで永遠に不毛の地となさしめた巨大なスライムのごとき溶岩流。それらはほんの数日前にかの地を最後の峠から振り返ったあのとき、真紅の凶つ星が本来あるべき天頂を離れかの惨劇の地に下っていたように見えたせいで戦星とは切り離せぬ記憶と化していた。二人の師のいずれもがそんなものは見なかったと口を揃えて断言したにもかかわらず。そして今、その一人たる剛剣の師ボルドフの静かな、しかし野太い声が呼ばわった。

「眠れんのか、アラード」


 顔を向けた赤毛の若者の視線が、まず草の上に座す巌のごとき背中を捉えた。そしてその先、北の空に留まり輝き続ける純白の導き星の姿を。旅人にとって最も目にする機会の多い、それゆえ見慣れた導きの星を、だが若き剣士はここ数日、不思議な感慨を胸に見上げてきたのだ。

 凶つ星が夜の更ける前に地上へ下ったように見えたのは峠から振り返ったあの夜だけで、その後は本来の道筋を離れることなく夜明けとともに東の地平に没するのを繰り返すだけだった。にもかかわらずアラードの目には、夜ごとに天空を過る戦星の動きが不穏なものに見えてしかたがなかった。それだけに北の空を一歩も動かず浄化するような光を放つ導き星が、あたかも戦星を監視しているように思え、やがてアラードの脳裏では隻眼の邪法師の影を重ねられた凶つ星と対峙する存在として、いつしか凛とした女神の面影を帯びるものと化していたのだ。

 もちろん若き剣士は承知していた。それが自分しか見なかったとおぼしき戦星の不可解な挙動に由来する個人的な幻想に過ぎぬことを。だがアラードには感じられた。居住まいを正し見上げる師の分厚い背ににじむ、遙かな白き星への敬意にも似た思いが。当然それは自分の抱くイメージとはまるで異なるもののはずで、ゆえに赤毛の若者は思ったのだ。師が視ているものは、果たしていかなるものであろうかと。


 すると師が呟いた。深い感慨のこもる口調で。

「かつてあの星に導かれ、俺はアルデガンにたどり着いた。そして出会った……」

 思わず身を起こした若き剣士を、剛剣の師は肩越しに振り返った。

「眠れぬなら聞かせてやろう。おまえのような若造には年寄りの昔話ほど眠気を誘うものはないからな。こら、グロスは起こさんでいい。せっかく寝てる奴まで起こしてどうする。それにもう、こいつはとっくに知ってる話だ」

 ボルドフはアラードに向き直り、どっかと胡座をかいた。

「つまらん話なのは覚悟しろ。それと俺が眠くなれば、遠慮なく打ち切るからな。続きは次におまえが寝つけんときまでお預けというわけだ」


 そして巨躯の戦士は語り始めた。静かな、けれど腹にずしりと響く野太い声で。


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