第七十一話 特級任務
本編再開です
「ゲイ! そっちに行ったぞ! 気をつけろ」
「ウフン、グリーンってばわかってるわよん」
変異種リノケロファルマンの鼻先に生えた、槍状の角がゲイに迫る。
だが、それは仲間の警告を受けるのとほぼ同時にゲイが身を翻し難を逃れた。
するとリノケロフォルマンは、勢い余ってそのままゲイの真横を突っ切り、森の木々をなぎ倒しながら突き進んでいった。
「嫌だわん。本当猪突猛進って感じねん」
「油断するなゲイ。相手はレベル60台の変異種だ」
ゲイに向けて発するは、先ほどゲイに向けて警笛を鳴らし、グリーンと呼ばれていた男。
今回の任務でリーダーを務める。
そんな彼は、ゲイと同じ特級冒険者だ。
但し、彼の場合はBランクではなくAランク。
その名に合わせたような緑色の外套を羽織り、中には革製の胸当てという様相。
背中に矢筒を携えており、見た目通りメインにしてる武器は弓である。
獲物を仕留めようと構えた弓は、レアリティの高い素材を組み合わせて作られたスナイプコンポジットだ。
「全くだぜゲイ。相手は変異種、ちょっとした油断が命取りだっつの。第一このスリーマンセルだと、壁役はお前しかいないんだから、とっとと退場なんて事はないようにしてもらわねぇとな」
肩を竦め注意を呼び掛ける男、その名はボークと言う。
逆立てたブラウンの髪、上半身にはチェインベストを身につけ、背中からは厚めのマントを羽織っている。
そのマントは前を覆い隠せるほどにはゆったりとしており、普段はベストが見えないぐらいまで覆った状態を維持しているのが彼のスタイルだ。
そして、そんな彼も特級冒険者。そのランクはゲイと同じくBである。
「おっとまたおいでなすったぜ」
ボークが呟くように言うと、ドスンドスンという重苦しい響きを奏でながら、再び先ほどの変異種がその姿を見せた。
この魔物は、リノケロランスと呼称される見た目がサイに似た魔物の変異種である。
リノケロランスに関しては巨岩のような体躯と、鼻先から伸びた槍状の長大な角が特徴であり、基本的にはその角を振り回したり、先ほどこの変異種が見せたような突撃を繰り返す、はた迷惑な魔物である。
そして――その変異種であるこのリノケロファルマンは見た目にはリノケロランスともよく似ている。
しかし身体を包む皮膚は鱗状のものに変化しており、その外観も艶のある砲金色、勿論見た目だけでなくより硬い堅甲と変化しており、下手な腕で挑もうものならちょっとした剣程度ならポッキリと折れてしまうほどだ。
だが、この変異種の違いで最も重要なのは――
「て、おいおい、大きな口がこっちを狙ってきてやしないかい?」
ボークが目を丸くさせ、額に手をやりながら不安そうに口にする。
何故なら、この変異種の特徴でもある、背中の筒が彼らを狙っていたからだ。
このリノケロファルマンは背骨の一部が変化し、砲身状に背中から生え伸びている。
中心には刳り貫かれたような孔もしっかりとあいており、そしてこの魔物は背中に魔力を込める事で――
ドゴォォオオォン! と鳴り響く砲撃音。
この変異種の攻撃スキルであるパンツァーブレイズ。
背中に魔力を込める事で、目標に向けて砲身状のソレから、炎の砲弾を発射する。
しかも着弾すると爆発するおまけ付きだ。
まさに魔物界の重戦車とも言える存在である。
着弾と同時に爆轟し、灼熱の余波が周囲に広がった。
その一発で自然が蹂躙され、森の一郭にクレーターが一つ出来上がった。
リノケロファルマンの瞳は誰も居なくなった正面に向けられている。
きっと今の一撃で、全員纏めて爆散したのだろう、そう思っているのかもしれないが――
「全くこんな事だから、私達特級が駆り出されるのよ、ねん!」
いつの間にか、変異種の横に立っていたゲイが、その両手でナガレ式バトルハンマーを力強く振りぬいた。
鋼鉄より硬い筈の鱗が砕け、飛び散り、体重五〇トンは下らない巨体が跳ね上がる。
身体の構造故か、くの字にこそ曲がらないが、へしゃげた体側と、舌を伸ばし目を細めた苦悶の表情が、その威力を物語っている。
しかし、それでもなんとかバランスを保ち、リノケロファルマンの四肢が大地を掴んだ。
そこから僅かに横滑りを見せるが、身体ごと捻り、怒りを滲ませた目でゲイを睨みつけてきた。
「う~ん、やっぱり結構タフねぇん」
「――開け魔道第八門の扉、発動せよ植術式ジャックホールド」
相手の動向を探りつつゲイが肩を竦め言った。
すると、離れた位置から詠唱が紡がれ、グリーンの魔法が行使される。
変異種の足元から野太い蔦が伸び上がり、生き物のようにウネウネと蠢きながらリノケロファルマンに絡みついていき、そしてそのまま縛り上げ束縛した。
「流石は自然の理解者の称号持ちだけあるな」
ゲイ、グリーンと同じように爆発から逃れていたボークが感嘆の言葉を述べる。
弓使いでもあるグリーンだが、魔道門を第七門まで開くことも出来る万能さが売りだ。
更に自然を使ったトラップも使いこなす。
その称号の示す通り、自然を活かした戦闘に関してのエキスパートなのである。
「ぼさっと見てないで仕事しろ」
「へいへい、リーダーは手厳しいねぇ」
言うが早いか、ボークはその身のマントを翻し、内側に隠されていたスローイングダガーを目にも留まらぬ早業で数十本、獲物に向けて投擲した。
すると数多のナイフはまるで吸い込まれるように、鱗が砕け顕になった剥き身のソレに突き刺さっていく。
すると魔物は天に向かってひと鳴きし、ズシィイィイン――という重低音をひびかせた。
彼のナイフを受けた事で、脚がフラつきそのまま傾倒したからである。
「あらん、貴方こそ、八腕の投擲手の称号は伊達じゃないじゃない」
「まっ、これぐらいはな」
ボークは、あまりの投擲の速さ故、称号の通りまるで腕が八本あるようだと称される。
その力は今も遺憾なく発揮され、たわけだが。
「調子に乗るな。第一毒で片付けるなら、あんなに数はいらなかっただろう」
そんな彼に、グリーンが諭すように述べる。
確かに、今この変異種が倒れたのはナイフによるダメージというよりも、彼が独自に調合した毒の効果によるところが大きい。
彼がナイフに付着させていたのは神経性の毒で、ボーク曰く、ドラゴンでも身動き取れなくさせる程の代物である。
尤もそれは流石に誇張が過ぎるというものだが、投擲武器での戦いがメインのボークは、その効果を高めるために遠慮無く毒も用いる。
「言われちゃったわねんボーク」
「全くAランク冒険者様は手厳しいぜ」
茶化すな、と若干不機嫌の篭った声でグリーンが返すと、ボークは肩を窄めた。
「さてっと、それじゃあトドメ刺しちゃうわねん」
ふんふふ~ん、と鼻歌まじりに毒の影響で動けなくなった獲物に近づき、ゲイはその頭をハンマーで打ち砕いた。
そしてそのまま、ボークと討伐部位に素材、そして魔核の回収に入る。
リーダーのグリーンに関しては索敵系の能力にも長けているため、周囲への警戒を怠らない。
「しかしゲイ、お前随分と強くなったんじゃないかい?」
リノケロファルマンの鱗を剥ぎ取りながら、ボークが問いかけるように言う。
彼は以前からゲイの事を良く知っていたし、何度か仕事も一緒にこなしたことがある。
「ふふん、愛の力は強いのよん」
「愛の力ねえ、そういえば武器が変わったな。ナガレ式だったか? 最近街じゃ随分と噂になってるが」
「ふふん、それこそがあたしの愛の原動力よん。この武器はまさに彼と私の愛の結晶ねん」
そういいながら、ウットリとした目でナガレ式バトルハンマーに頬ずりするゲイである。
「おいおいマジかよ。いや、でもお前、前はグリーンの事がタイプとか言っていなかったか?」
「あらん? 勿論そうよ。いい女はねん、気も多いものなのよん。だからあたしは何度も彼にデートの申し込みをしてるんだけど、中々良い返事はもらえないわねん」
ゲイの発言にグリーンは渋い顔を見せ、勘弁してくれ、と返した。
「俺にそんな趣味はない。ボーク、お前が相手してやれ」
「おいおい、俺こそそんな趣味ないぜ」
「うふっ、ごめんねん、あ・た・し、あなたタイプじゃないのよん」
「いや! だからそもそも俺にそんな趣味は、大体なんで俺が振られたみたいな体になってるんだよ!」
全力で抗議するボーク。その様子にグリーンは薄い笑みをこぼした。
「だが、確かにゲイは随分と腕を上げたな。レベルは30を超えているのに、何か壁にぶち当たってる気がしていたのだが……今はそれもなくなっている。武器を新調したおかげ、だけというわけでもなさそうだしな」
ゲイに向けられたグリーンの言葉で、何かを思い出したようにゲイが目を細めた。
「それこそがあたしと彼の愛の賜物よん。あの時の彼との愛のランデブー、今でも思い出すと身体が火照るわん」
その巨体をクネクネさせながら恍惚とした表情で語る。
みているボークは悍ましいものを見ているかのようなゲンナリした表情ではあるが。
「それ、まさか両想いとかじゃねぇよな?」
「ふふん、だったら嬉しいのだけどねん。あたしの恋は常に一方通行よん。でも、だからこそ燃えるのよん! 障害があればあるほど愛は燃えあがるもの、そうは思わないかしらん?」
「それは、知らんがその男のおかげでそこまで強くなれたなら大したものだ」
「まぁ確かにな」
「うふん、確かに彼のおかげで道が開けたのは確かねん」
ふたりに対してどこか誇らしげに返すゲイ。
今のゲイからは漲る自信が感じられた。
「しかし、その調子ならAランカーになれる日も近いだろう」
グリーンはゲイの強さを改めて認めながら、そう評す。
「Aランカーか。Bランクの特級経験者なら、Aランクになっても特級として推薦される可能性が高くなるからな。そうなれば随分と箔がつくってもんだぜ」
「だったらボークもAランクの試験を受けてみたらどうだ? もう声は掛かってるんだろ?」
「確かにそうだけどな、俺は今ぐらいの方が気楽でいいんだよ」
グリーンに尋ねられるが、あまり気乗りはしないといった調子でボークは返した。
冒険者のランクはBランクから先はギルドの審査で上がれるだけの資質があるかどうかをまず判断され、それだけの力があるとみなされれば試験を受ける機会が与えられる。
しかし当然昇格の為にはその試験を合格する必要がある。
これはつまり試験を受けなければ昇格は出来ないという事でもあるのだ。
だから、ボークのように冒険者の中には次のランクにいけるだけの実力を持っていても、試験を受けず今のランクを維持するという者が一定数いる。
特にこれはBランクからAランクに上がる段階の冒険者に多い。
Aランクともなると、それだけ責任の大きくなる依頼も増え、ギルドから指名依頼が入るケースも増えるからだ。
そういうしがらみを嫌ってランクを上げないという選択肢を取るものもおり、ボークはまさにそれだった。
実際のところボークは特級とて本来はあまり気乗りはしなかったのだが、それまで断っては評価が著しく下がる可能性もある。
だから取り敢えず特級までは渋々ながら受けた形だ。
尤も、本来特級に選ばれる冒険者は稀であり、それだけでも誇らしい事なのだが。
そんなボークを眺めながら、やれやれと一つ息を吐き出すグリーンである。
「さてっと、これで素材の剥ぎ取りも終わりだな」
「ご苦労だったな。しかし、それにしても俺達の部隊だけで、これで四体目か……」
一通りの回収が終わった後の亡骸を見下ろしながら、グリーンが怪訝な表情で呟く。
「確かに多いな。本来変異種なんてそう発生するもんじゃないってのにこの数。ハンマの街周辺で同時に何体も確認されてると聞いてはいたけどなぁ」
「だからこそ、あたし達特級に討伐命令が来たとも言えるけどねん」
ゲイの言うように、本来変異種一体が出たぐらいであれば、特級だけが動くような話にはならない。
精々討伐隊のリーダーとして密かに特級の冒険者が選ばれるぐらいだろう。
特級の仕事というのは、昇格試験の試験管を務めるといった内容はあくまでおまけ程度であり、メインは、こういった通常ではありえない異常事態が発生した際に、秘密裏に対処する事なのである。
そしてこうした事案が発生した場合、先ずBランクの特級冒険者が斥候役として状況確認の為の調査に赴き、対処できるようなら行い、出来ないようであれば迅速にギルドへと報告し、その報告に基いてAランクやSランクの特級冒険者などが割り振られる形なのである。
今回の件は、もともとは冒険者からほぼ同時期に変異種の確認情報がギルドに届けられた事が発端であり。
そこから一緒に行動しているボークなどが調査に向かい尋常でない事態であることが発覚した。
その為、こうしてスリーマンセルを一組とした特級パーティーが各地へ変異種討伐の為、赴いているというわけである。
「どちらにせよ、どうにもこれには人為的な何かを感じるな……既に王都の本部案件として上げられているから、原因究明の為、S特級も動き始めているようだが」
「おいおい本当かい? 随分と大事になってるんだな。しかし人為的って……どっかの帝国が絡んでるとかか?」
ボークが少々大仰な動きで両手を広げ、眉を顰めた。
彼の言う帝国とは、サウス大陸において三大帝国とされる北のアインズ帝国、西のクサナギ帝国、東のマーベル帝国の事である。
この中で東のマーベル帝国と西のクサナギ帝国に関しては、バール王国と国境も接しているという事もあり長年緊張状態が続き、特にマーベル帝国とは何度か鉾を向けられ激しい戦にまで発展した事がある。
だが、時の平和王ツェベルト・バール・アノルド六世の巧みな外交手腕によって、周辺諸国との大陸平和連盟を築き上げ外堀を埋めた後、なし崩し的に帝国にも加盟させる事で戦争を終決させたわけだが――
「今はこれといった衝突はないとはいえ、特にマーベル帝国との禍根は残っているわけだしな」
「確かにその事がきっかけとなり、マーベル帝国は占領下にあった王国の解放を許すこととなったりもしたようだが……しかしその影響か、今はかつての威光はすっかり形を潜めている。可能性がないとは言えないが――」
グリーンの表情を見る限り、何かもっと別な力が働いているのでは? と勘ぐっている部分も感じられるが――
「まっ、どっちにしろあたし達は与えられた任務をこなすだけよねん」
「……あぁ、全くもってそうだな。そこはゲイの言うとおりだ」
コクリと頷きグリーンはゲイに同意を示した。
「とりあえずまだ時間もあるしな。もう少しこの森を調べ――」
その時、上空に向け大量の鳥が飛び立ち、そしてグリーンの目が鋭く光った。
「……あらん? もしかしてフォレストサーチに何か引っ掛かったのかしらん?」
フォレストサーチはグリーンの持つ索敵系のスキルであり、周囲の植物から常に発し続けられる呼吸や、脈動音などを元に感情を探る。
植物という物はとても繊細であり、特に魔物など悪意あるものがその領域に踏み込んだ時、顕著に変化が現れる。
このスキルは植物のこの微妙な変化から、周囲の状況を把握する事が出来る能力なのである。
「……それなりの数だな」
「なんだ? 魔物かい? 厄介そうか?」
「……これは、いや、だが――」
「どうしたのよんグリーン。難しい顔しちゃってん?」
怪訝な顔でゲイがグリーンに声をかける。
彼のその顔は真剣そのものであり、しかしどこか戸惑いの様子も感じられた。
そして、グリーンは顔を上げ改めて口を開く。
「……近づいてきてるのは多くが魔物だが――その中に人間が一人混じっている」
ナガレ、まだ出ませんがもう少しお待ち下さい。




