第七十話 Sランク冒険者
「あいつアレス・エッセンってもしかして……」
青年が食堂を去った後、三人の内の一人が何かを思い出すように呟いた。
そして事が終わったのとほぼ同時にナガレの近くまでピーチ達が駆け寄ってくる。
「ちょっとナガレ大丈夫なの!?」
「えぇ、私は大丈夫ですよ。ただ……」
ピーチが心配そうにナガレに問いかけるが、ナガレは問題ないとそう応え、ナガレは蹲る男の前で床に膝をついた。
「いて! いてぇよ畜生!」
そして男の痛めてる腕を取り、人差し指と中指を使って触診のようなものを始める。
尤もナガレは医者ではない。なのでそれで病気の全てが判るなどということはないが、物理的要員による損傷であれば合気を通じ気脈を探ることで、どの程度なのかを推し量る事が出来る。
それもナガレ位になると下手なレントゲン写真よりは正確である。
「いい大人なのですから痛みは我慢して下さい。ジャイアントリザードやソードアリゲータを倒せたのでしょう?」
「そもそもそんなん放っといたらえぇんちゃう? 正直自業自得やろ」
痛い痛いと煩い男の腕を探り続けるナガレに、エルシャスが眉を顰めて言った。
確かに人の迷惑も考えず騒ぎたて、更に注意に来た娘にもちょっかいを出そうとしたと考えれば、特に女性陣から冷たい目を向けられても仕方ないが。
「そ、それは悪かったって。俺達が調子に乗りすぎたよ。それよりもこいつ助かるのかよ? し、死んじゃったりしないよな?」
どうやらガラは決していいとは言えない連中ではあるが、仲間意識は高いようだ。
今心配している男は、先程もこの痛い痛いと連呼してる男を止めようとしていたので、この中では一番良識があるのかもしれないが。
「大丈夫ですよ。この程度の骨折で死ぬ人間はいません。折れ方も綺麗ですね、これなら――」
そこまで言うとナガレは男の腕を持ち上げ、一旦その腕を伸ばし。
「少し痛みますよ我慢して下さい」
「イテェ! イテェってマジで何してんだテメェ!」
先に宣告しておくナガレだが、やはり男は終始喚きっぱなしだ。
だがそれに構うことなく、ナガレは、はっ! と気合を込め男の腕を思いっきり押し付けた。
大の男が涙を流し、更に大きな悲鳴を上げる。
「お、おいあんた! 何して――」
「はい、終わりました。もう痛みは引けてるはずですよ。簡単になら腕も動かせますよね」
仲間の一人が慌てて止めようとするが、その時にはナガレの応急処置は終わっていた。
「終わったいうと、骨はくっついたという事かのう?」
「ただ押し付けてるようにしか見えなかったけど……」
一部始終を眺め見ていたエルマールとイベリッコが不思議そうに口にする。
するとそれとほぼ同時に男が立ち上がり、軽く腕を振り。
「い、痛くねぇ。それに動くぞ! おお! なんだこれスゲェ!」
さっきまで痛い痛いと言っていたのが嘘みたいに晴れやかな顔でそう言った。
「嘘! ナガレってば治療魔法も使えたの!?」
驚きに目を見開き、ピーチがナガレに向けて声を張り上げる。
その様子にナガレは笑みを浮かべ、いえ、と返し。
「私はそのような魔法は使えないですよ。これは折れた部分を上手く合わせ、圧着させただけです」
ナガレの説明を聞き皆が一様にぽかんと口をあけた。
「……相変わらず人間離れしとるのう」
「そうですか?」
エルマールの呆れたような言葉に反問するナガレだが、目を細め溜め息を吐かれてしまう。
「今更だけどね。でもナガレに出来ないことってあるのかしら?」
「いくらなんでも出来ないことはありますよ」
「なんかピンとこんけどね。エルマール様にも勝ったぐらいやし、何があっても、もう驚かへんけど」
ナガレも一応は反論のような事を言うが、皆からすっかり人外扱いである。
「よくわからねぇが助かったぜ」
すると、応急処置を終えた男が立ち上がりお礼を言ってきた。
ナガレもそれに合わせて立ち上がり言葉を返す。
「いえいえ、ただあくまで応急処置ですからね。あの、添え木になるものと包帯などはありますか?」
男と会話しつつ、ナガレは宿の娘を振り返り尋ねた。
何かの拍子に骨がズレたりしないよう固定するつもりなのである。
「え? あ、はい! ちょっと待っていて下さい!」
少女は慌てたようにそう言うと、一旦食堂から出て、少ししてからナガレの要求したものを抱えて戻ってきた。
それを使いナガレは器用に添え木を腕にしっかり固定させ一瞬にして包帯を巻き終えてしまった。
「おお! なんかスゲェな。それにしても、ここまでしてもらって悪いな」
男は面目なさげに空いてる方の手で頭を掻き言う。が、直後思い出したように目を吊り上げ。
「それにしてもあの野郎! 今度あったら只じゃ置かねぇ!」
そう怒りを露わにした。
「それはやめておいた方がいいですよ。それに貴方にも悪い点があったわけですし」
だがナガレは忠告するように言葉を返す。
実際最初に面倒事を起こしたのは彼らである。
骨を折るのは確かに些かやり過ぎな気もするが、それに腹を立ててやり返すのは少々逆恨みも過ぎるだろう。
「そうだなゴンザレス。今回は俺達も調子に乗りすぎた」
そしてそんな彼は反省を促すようなセリフを仲間の一人が言う。
そして骨を折った男の名前がゴンザレスであることも判明した。
「ゴンザレス……強そうなお名前ですね」
それに反応したイベリッコが感想を口にした。
するとゴンザレスは腕力を誇示するように腕を曲げ力こぶを魅せつける。
「おう! 実際強いぜ俺は、さっきだってこのナガレ式で戦えば……て! あぁ! ちょっと待て! あんたさっきからナガレって、まさか!?」
そして自慢気に語るゴンザレスだったが、その途中でナガレの名前に気がついたようで驚きに目を丸くさせた。
「そうよ。ナガレ式の考案者。今更気がついたの?」
ピーチが呆れたように口にする。
しかし直前まで骨を折って痛い痛いと泣き叫んでいたぐらいだ。暫く気がつかなかったのも仕方がないことだろう。
「マジかよ! いやぁまさか噂のナガレさんに会えるとはな……て! そんな方とは露知らず迷惑かけてすみませんでしたーーーー!」
どうやらナガレの名前はかなり知れ渡っているようだ。
ゴンザレスもその正体を知った途端、今度は背骨が折れるんじゃないか? と思えそうな勢いで頭を下げてくる。
ナガレもいい加減慣れてはきているが、やはりナガレ式はあまりにわかりやすい。
「いや、別に私へそんな謝罪はいりませんよ。それに謝るべき方が違います」
表情を引き締め、ゴンザレスを戒めるようにナガレが言う。
その言っている意味を理解したのか、ゴンザレスがチラリと先ほどまで絡んでいた娘をみやり。
「……あ、確かにそうだったな。嬢ちゃんさっきは済まなかったな。俺も酔っちまって調子に乗りすぎた」
そして深々と頭を下げた。腕を折った影響でかなり冷静になれたようで、態度も殊勝なものに変わっている。
「あ、いえそんな! 判ってもらえたならいいのです。ただ、今度からはもう少し声を控えておねがいしますね」
「めんぼくねぇ……次からは酒を飲みたいときは酒場にいくぜ」
後頭部を擦りながら申し訳無さそうな顔を見せる。
どうやらこの男、見た目や名前と反して根はそこまで悪くなさそうである。
「なんだ意外と素直なのねあんたら」
そしてピーチもゴンザレスの評価を若干改めたようだ。
「あたぼうよ! 本来はおれらは道理をわきまえるBランク冒険者だからな! だがやっぱあの野郎は許せねぇけどな」
「いや、でもゴンザレス。余計な事は考えないほうがいいぜ。あの名前を聞いて思い出したんだ。あいつ、確かオーク殺しのアレスだぜ」
「オーク殺しって、もしかしてあのオーク盗賊団五千を一人で壊滅させたって噂のSランク冒険者か?」
「あぁ、多分間違いない。お前たちだって一緒に酒場で話しを聞いてたから名前ぐらい覚えてるだろう?」
「そう言われてみるとそうだったような……」
「はぁ、お前たちは飲み始めると記憶なくすまでだからな……」
三人の一人はどうやら聞き覚えのある名前だったようだ。
ただ残りのふたりの記憶は曖昧のようでもあるが。
「オーク盗賊団を壊滅させたって確かギルドでも聞いたわね」
「そうですね。マリーンが言っていた冒険者の事でしょう」
そしてピーチが思い出したように口にし、ナガレもそれに追従する。
しかし、まさかギルドで聞いたばかりの男にこんなところで出会えるとは。
しかしそれであれば、アレスの口にしていた言葉にも説明が付く。
彼の言葉の節々にはこの世界の住人では決して口にしないような事も含まれていたからだ。
「それにしてもこんなところまで来てるなんてな。俺が話を聞いたのは別の領内の街だったからな。ここからも結構離れてるし」
「あら、もしかしてこの街で活動してるわけじゃないの?」
ゴンザレスの仲間が意外そうに口にしたところでピーチが反応した。
雰囲気的に何かの依頼で街を離れていただけというようにも思えたからだろう。
「おうよ! 俺たちは腕っ節一つで街から街へ旅して魔物を狩る流れの冒険者だ」
それを聞きピーチも得心がいったようだ。
彼のいう流れの冒険者というのは活動拠点は決めず、依頼をギルドで請け負う事なく、道々で魔物を狩りながら渡り歩いているような者を流れの冒険者と呼んだり、またハンターと称する場合もあるようだ。
魔物は討伐が基本であるし、どこの街のギルドでも討伐部位や魔核、素材を持っていけば買い取ってくれる。
その為、わりと自由に仕事が熟せる為、好んでそういった活動に勤しむ冒険者も多い。
「なるほど、つまり狩りが専門でやってるという事ですね」
「ふ~ん、それでその流れの冒険者さんはまだあのアレスというのにお返ししてやろうとか思ってるのかしら?」
「……まぁここはナガレさんの顔を免じて勘弁しておいてやるか」
ピーチが目を細め意地悪く問いかけると、ゴンザレスは目を逸らしつつナガレを出しにそう返してきた。
「よく言うぜ。Sランクと聞いてビビっちまったんだろ?」
しかし仲間の一人は目ざとくそこに突っ込みを入れる。
ゴンザレスは罰が悪そうに眉を落とした。
「それを言うなって……いや、でも腕の件は本当に助かったよ」
「それは良かったです。ですがさっきもいいましたがあくまで応急処置なので、ちゃんとした治療は受けてくださいね」
「……治療か、でもなぁ教会は高いんだよな」
顎を掻きながら今度は弱ったように口にし腕を組む。
「全くだぜ、ちょっとした怪我を診てもらっただけであいつら五〇〇〇ジェリーとか御布施を要求してくるんだからな」
そしてそれには他の仲間も同意した。
教会はこの街にもあるが、あまり気軽に行けるようなものではないらしい。
「あら、だったら治療院にいけばいいじゃない」
「へ? 治療院?」
そんな彼らの話を聞いていたピーチが、なんてことはないように言う。
すると彼らは疑問符を顔に貼り付けたような表情で反問した。
「呆れた。知らないの? 教会に属さない治療魔術師がやってる院よ。教会に縛られていない分、ずっと格安でやってくれるわ」
ナガレの脳裏にローザの姿が浮かんだ。
確か彼女も教会には属せず冒険者として活動している。
「そんなのがあったのか、し、知らなかった」
「俺たちそういうのには無頓着だからな……」
「この街にもあるのか?」
「えぇ一つだけね。目立たないような場所だからちょっと判りにくいけど、え~と確か……」
ピーチは場所を思い浮かべながら、彼らに教えてあげた。
話を聞いている分には中央広場から南西の奥まった場所にあるらしい。
「ありがとう。助かったぜ! ナガレさんもこの恩は忘れないからな!」
そしてピーチからも案内を受け、一通り話を終えた彼らは、改めて一行に感謝し、食堂を後にした。
「それにしてもあの男、躊躇なく腕を折るとはのう」
「もしかしたら危ないやつちゃうか?」
「そのあとお腹も蹴ってましたしね……ちょっと怖かったです」
そして彼らが去った後は件のアレスの件に話が及んだ。
エルマールとエルシャスはあまり彼に良い感情は抱いていないようである。
イベリッコに関して言えば、盗賊だったとは言えオーク殺しと異名が付いている彼に畏怖してるようでもある。
「でも、Sランクだし冒険者としては優秀だったんでしょうね。ナガレはどう思ったの?」
「そうですね。かなりの実力を秘めてはいたようですし、彼らにも悪い部分があったので、ただあのまま止めてなければ彼らはあの程度じゃ済まなかったかもしれないですね。そう考えるとかなり過激な性格な方でしょうが」
「そっか……でもまぁ、私達がSランク冒険者と関り合いになることはそうはないわよね。ナガレは確かに強いけど、ランクはまだBランクだし」
ナガレの感想に頷きつづも、ピーチはそんな事を言った。
確かにランクで言えばあのアレスは最高ランクである。
依頼でかち合うこともないだろうが。
「……そうですね――さて、一悶着ありましたが、夕食も終わりましたし、そろそろ部屋に戻りましょうか」
ナガレは取り敢えず落ち着いたところで、皆に締めの言葉を述べた。
いろいろあって時間も結構経ってしまっている。
なので一行も食堂を後にし部屋に戻り、その日は過ぎていった――




