第六十九話 アレス・エッセン
「ガハハハっ! いやぁだからよ、俺があんとき新調したこの武器で前に出たからよ!」
「全くナガレ式ってのは大したもんだよなぁ。俺も早くほしいぜ」
「でもちょっと値が張るからな。俺にはまだまだ厳しいぜ」
「まぁお前たちも早く俺様みたく稼げる冒険者になれって事だ! ほら! 今日は俺の奢りだ! 飲め飲め!」
ナガレ達が席についてから食堂に顔を見せた冒険者一行が、そんな会話をしながら機嫌よく酒を喉に流し込んでいく。
会話の中で得々と戦果を話している男は、如何にも戦士然とした雰囲気で、筋肉の盛り上がりも中々なものだ。
そんな彼は近くの壁に立てかけた長柄の斧を指差しながら得意気に語っていた。
本来ならこういった場にそのような武器を持ち込むのはマナー違反であるが、冒険者の利用が多いこの宿ではそこにいちいち文句を言うような事はないようだ。
ただ武器に対して話してる三人の格好は麻のシャツに革のズボンとラフなものである。
といってもこれはどこをみても皆似たようなものだが。
食事を摂るときにまで暑苦しい鎧着のまま来るのはそうはいないということだろう。
三人の冒険者テーブルの上に何本も酒瓶を乗せ、仲間内で注ぎあいグビグビと美味そうに胃に注ぎ込んでいく。
宿泊客がほぼ冒険者というこの宿は、食堂にも酒は常備されている。
仕事を終えた冒険者には食事の時の酒を楽しみにしているのも多いからだ。
「それにしてもナガレ式は本当人気ね。これ相当な金額が入ってくるんじゃない? ナガレ使いみちとか決めてるの?」
「ふむ、今のところはあまり考えていないですね。生活する上でも冒険者として活動してる分で十分でもありますからね」
「う~ん、なんか欲がないのよねナガレ」
「なんや余ってるなら使わんと勿体無いで」
「といっても妾もあまりお金に拘りはないがのう」
「僕も父さんとふたりきりで暮らしていたせいか、あまり気にしてないですね」
どうやらピーチとエルシャス以外は、お金というものに対する執着は薄そうである。
エルシャスに関しては里の財政を管理もしてるらしく、その影響かお金に無頓着という事はなさそうだ。
エルフの里といってもナガレ式グレイヴを購入したりと取引してる商人はいるので、全くお金を使わないというわけではないのである。
「ギャハハハっ! 確かにあれはおかしかったよなぁ! お前ビビって腰抜かしてよ!」
「全くだ。情けないったらないぜ! この俺のナガレ式ポールアックスがなきゃ今頃ジャイアントリザードの腹の中だったんだからよ!」
「あ~もうそれはいいっこなしだぜ」
「いやぁ、それにしても今回は稼がせてもらったぜ! ジャイアントリザートにソードアリゲーターだからな! 固い皮膚も俺の新スキル鉄鋼割りとナガレ式ポールアックスの組み合わせにかかればイチコロよ!」
会話の中に頻繁に入り込んでくるナガレ式に何とも言えない気持ちになるナガレであるが、どうやらあの一行は今日かなりの成果を上げたようだ。
上機嫌で酒をどんどんおかわりしていき、酔いも相当回ってきてるようだが。
「ジャイアントリザードにソードアリゲーターって事はBランク冒険者かしらね」
「ふむ、魔物であるか。里のある森は魔素が少ないでのう。あまり魔物がでないのじゃがな」
魔素の多いところは魔物が生まれやすい。特に濃ければ濃いほど凶悪な魔物が生まれやすい傾向にある。
これはこの世界の常識だが、エルフ達はこの魔素の濃いところは忌避する傾向にある。
理由は魔素の濃いところは精霊食いというスキルを持った魔物が生まれる事があり、その影響で精霊は自然と魔素の濃いところを恐れるようになったらしい。
その為エルフの一族は出来るだけ魔素の少ないところに里を築こうとする。
そして、もし魔素が濃くなってきた場合は別の森に里を移動するのである。
実際エルマールも長い年月の間に数度里を移動せざるを得ない状況に陥っているようだ。
中々大変な話であるが、その移動のおかげで偶然にも娘が店を開いている街の近くに里を築けたわけだが。
「そっか。それで森の中でも魔物には出会わなかったのね」
「確かに僕もあの森では魔物には全くあってませんね」
ピーチが納得したように頷き、イベリッコも得心がいった様子。
「でも、それなのによく戦闘民族なんて言われてるわね」
「うん? なんじゃ知らんのか。まぁ大分昔の事じゃからな。妾達の祖はかつて魔神討伐の際に仲間を集い積極的に参加したのじゃ。しかもエルフでありながら弓や精霊魔法による援護ではなく、戦士の如き勇ましさで前に出て行ったのじゃ。それから妾の一族はエルフで唯一の戦闘民族と言われたのじゃな」
「それにかつての戦乱期も一族から参加したのもおるねんで。エルフでありながら人の王から勲章を貰ったのもおったようや」
「へぇ、魔神ってかなり昔に世界を滅亡させようとしたという連中よね? 今となってはお伽話みたいなものだけど、流石に長寿のエルフは違うわね……」
「言うても妾が生まれるよりも更に前の話なのじゃ。だからエルフ族の間でもちょっとした伝説扱いじゃな」
エルマールの話を聞き、魔神ですか、とナガレは一つ呟き。
「なるほど、そのような一族の血筋であるならばエルマールのあの強さにも納得がいきますね」
「……お主に言われてもなんか素直に喜べないのじゃ」
言葉を続けたナガレに対し眉を顰めエルマールが言う。確かに最終形態になっても全く歯が立たなかったのだからそう思っても仕方ないのかもしれない。
「それにしてもちょっとあいつら酔いすぎね。そんなに飲むなら酒場に行けばいいのに」
「ほんまやな。喧しくて敵わんわ」
ピーチとエルシャスがあの冒険者の方をみやりつつ文句を言う。
確かにあの周りだけ盛り場の如き様相に変わりつつあった。
他の客にも眉を顰めているものが多い。
「あのお客様。他のお客様の迷惑になりますので、もう少し声を落として頂けると」
「うん? おお! 可愛い嬢ちゃんじゃないか! いや俺様は今日は気分が良くてな! そうだちょっと酌してくれや」
「え、いえ……私はそういう事は……」
「えぇいいじゃんか~少しぐらい付き合ってよ~」
すると、彼らの騒ぎぶりを見兼ねた宿の娘がテーブルの前に赴き注意するが、連中は酒瓶を娘に向けそんな事を要求してきた。
この状況は少々羽目を外しすぎかなと思える。そして調理場で見ていた父親が調理用ナイフ片手に鬼のような形相で連中を見ていた。
今にも三枚におろしだしそうな様相である。
このままではちょっとした事件に成りかねないと思い、仕方ないな、と席を立とうとするナガレだが。
「君たち、いい加減にしたまえ。他のお客にもその娘にも迷惑だろ?」
すると一人の青年が連中を見下ろすように立ち、少し調子に乗りすぎている冒険者を戒めるように言った。
金髪碧眼の目鼻立ちの整った彼は、一見すると正義感の強い好青年といった様相である。
「あん? 誰だお前は?」
「ここを盛り場と勘違いしてるゴロツキに、ちょっと一言いってやろうかと思ったしがない冒険者さ」
そういった後、青年はニコリと微笑み。
「ほら、君はもう大丈夫だから、危ないから下がってなよ」
「え? あ、でも喧嘩はちょっと困ります」
「あはっ! 君は心配症だなぁ。大丈夫だよこんな屑みたいな連中、喧嘩にもならないから」
この状況で悪いのは明らかにテーブルについている冒険者達である。
ただ青年の挑発するような口ぶりは、既にかなり酒の入っている彼らを無駄に刺激するだけだろう。
「はぁ? て、てめぇ! 俺が屑だと! Bランク3級の俺に向かって!」
案の定、その中で特に自分の武勲を自慢していた男が青年の襟首を掴んだ。
「お、おいちょっと待てって、よく考えたら俺達もわる――」
「い、ぎゃあああぁあああぁああぁああぁあ!」
そして、一触即発の空気の中、仲間の一人が冷静になったのか仲裁に入ろうとしたその時、男の悲鳴が食堂にこだました。
「お! おい! 大丈夫か!?」
「う、腕がぁあぁああ! こいつ俺の腕を、お、折りやがったぁああぁ! あぁあぁ痛ってぇええぇえ!」
先程まで随分と上機嫌で話していた男の表情が一変、床を転げ悲鳴を上げ続ける。
だが――
「ちょっとうるさいよ」
「ぐふぇ!」
転げまわる男の腹を青年は蹴り上げ、無理やり大人しくさせた。
かなり強烈な蹴りだったのか、男はその場に蹲り、ぐぅう、うぅう、と苦しそうに呻き声を上げている。
「お、おいあんた! 何もそこまでする事はないだろ!」
「は? 悪いのは君たちじゃないか。今もいたいけな少女に乱暴を働こうとして。だからこれはちょっとした罰だよ」
「は、はぁ? 乱暴って、確かに俺達も調子乗りすぎたけど、別にそこまで」
「うるさいよ。モブはモブらしく僕にやられとけばいいの。どうせテンプレな雑魚なんだから」
「え? ヒッ! ちょおま、テンプレって何いって――」
短い悲鳴を上げ狼狽する男に向けて、青年は全く躊躇う様子もなくその拳を振り上げる。
だが――
「もうその辺にしておいたら如何ですか? 彼らも十分反省してるようですし、これ以上は無意味でしょう」
青年の動きがピタリと止まる。
その腕はナガレの手によってしっかり握りしめられていた。
「……はい? 誰? 君?」
「……少々やり過ぎに思える青年を止めに来た、しがない冒険者ですよ」
「え? あ、ナガレったらいつの間に!?」
そこでようやくピーチも席にナガレがいない事に気がついたようだ。
「……ふ~ん面白いね。てか全然動かないんだけど?」
青年は自分の腕を見ながら怪訝そうに語った。
ナガレに掴まれてはいるが、特別握りしめる力が強いというわけでもない為、不思議に思っていることだろう。
「これでも軸をしっかり押さえてますからね」
身体を動かそうとするとき、軸を作り上げたり保ったりする事は何より大事な要素となる。
この軸がブレればパンチ一つとってもその威力は激減するし、歩行一つとっても上手く歩くことが不可能となる。
では――その軸を完全に停止させたらどうなるか? その答えを今正にナガレが示していた。
ナガレは相手の軸を読み、それを合気によって押さえつける事でその動作を完全に封じたのである。
「……ははっ! 判った判った。ちょっとしたお仕置きのつもりだったけど、まぁ確かにもう十分かもね。だからこの腕を放してよ」
「……そうですか。判ってもらえて何よりです」
ナガレは彼の表情をしっかり見据えながら腕を放す。
すると彼は数回掴まれていた方の腕を振るが。
「ふむ、別に痛いわけじゃないんだね」
青年は、どこか不思議な物を見るような目をナガレに向ける。
だが、ナガレの合気に基本そこまでの力は必要としない、ほんの少しの重心移動と合気を組み合わせればそれで事足りるのだ。
「――それに黒髪黒目にその格好……ふ~ん、ま、いいや。そういえば自己紹介がまだだったね。僕はアレス・エッセン、君は?」
「……ナガレ・カミナギです」
「そっか覚えておくよ。あ、ちなみに僕も冒険者やってるからさ」
アレスはそこまで言うと、何故かどこか上機嫌に手をひらひらさせながら食堂を後にするのだった――




