第六十八話 宿! お風呂! 食事!
「あら? 今夜はまた随分と沢山ね?」
宿に着くと、宿主のバーダンが女性にしては逞しい腕を組みながらそんな事を言ってきた。
その視線は交互に宿に来た面々を捉えていく。
「おまけにそんな小さな子まで……もしかして貴方の娘?」
「違います!」
バーダンの問い掛けには何故かピーチが声を大にして返答した。
む~、と何故かムキになっている様子も感じられる。
「冗談よ冗談。そもそもあんたらまだそんな大きな子供が出来る年齢じゃないしね」
「……そもそも妾は子供じゃないのじゃ」
「え? 何かいった?」
「いやいや! なんでもないねん! この子はうちの娘でなぁ。ふたりとは昔なじみって奴や!」
「昔なじみって……まぁ別にいいけどね」
色々突っ込みどころがあったようだが、冒険者をメインの客として捉えているこの宿は、基本細かい事までは詮索してこない。
「ところで部屋の方は空いてましたか?」
ナガレが確認の為に尋ねる。
エルフふたりとイベリッコでいつもより三人多く、二部屋ほど追加で必要になる。
特に予約していたというわけでもないので、部屋が残ってるかは気になるところだが。
「あぁ、それなら大丈夫よ。なんていったかしら? いつも貴方たちの部屋の隣を取っていた私みたいな赤髪の子達が、今回はちょっと遠出になるからって今日の分は部屋を取っていないのよ。だから貴方達の泊まってる二階にちょうど二部屋分空きができてるわ」
「へぇ~フレム達今夜はいないんだ」
「あぁそうそうフレムね、あと狐耳の子と可愛らしい女の子よ。今日は見慣れないお客さんも多かったけどその分で丁度って感じだね」
バーダンの話だとナガレ達が部屋を取ったことで丁度満室になったようだ。
かなりタイミングが良かったと言えるだろう。
「はい、じゃあこれが鍵ね。ふたりは既に知ってるだろうけど、お風呂は夜の11時まで食事は夜の8時までね。鍵を見せればサービスの料理が出るから。ごゆっくり~」
チェックインを済ました後は、一揖し二階の部屋に向う。
ナガレとピーチは元々取っていた部屋があるのでいつも通り、イベリッコもシングルだが、エルマールとエルシャスはツインの部屋となる。
調度良かったのはこの三人の組み合わせがフレムのパーティーの組み合わせとほぼ同じだったからだ。
唯一の違いはツインに泊まる方の性別ぐらいだろう。
ただ――
「ピーチ~! エルシャスと部屋を変わって欲しいのじゃ! 後生なのじゃ~~~~!」
「何いうとんねん! うちはエルマール様の護衛やん! 常に一緒やないか~あ~かわゆすぎや~ん!」
「あ、ごめんね。私そういう趣味ないから」
「趣味ってなんなのじゃ! 妾にだってそんな趣味ないのじゃ!」
「ピーチそれは失礼やろ! うちはエルマール様がかわえぇからずっと愛でていたいだけやねんで!」
「それが迷惑なのじゃ! いいかげん離せなのじゃ!」
部屋でエルシャスとふたりきりにされ、すっかりエルマールは彼女のおもちゃである。
ピーチに変わってくれと懇願しているが、それに応じるつもりはないようだ。
寧ろ彼女の目はこの状況を完全に楽しんでいる。
「お風呂に行こうと思いますが、イベリッコは難しいですかねぇ」
「そうですね。ちょっと残念ですが皆様で楽しんで来てください」
そしてナガレはそんな女性陣のやり取りを他所に、イベリッコと話をする。
ただイベリッコは耳や鼻を隠さないといけないのでやはりお風呂は厳しそうである。
「あ! お風呂なら私も付き合うわよ!」
「妾を無視するななのじゃ~~~~!」
結局、エルマールの頼みは受け入れられず、部屋割りの変更もなされず。
取り敢えずはと、イベリッコだけは部屋に残る形で全員でお風呂に向かうのだった。
(ふむ、やはり今日は人が多いですね)
浴場に入ったナガレはそう思いつつ周囲を見回した。
洗い場は八割型埋まっており、普段は中々広々として見える浴槽も今日は狭く見える。
時間的にも丁度冒険者が風呂に浸かる時間に合わさった形なのも大きいか。
「おい! てめぇそんな汚れた身体で湯に浸かるな! ちゃんと洗ってから入れや!」
そして、中にはそんな怒号を飛ばすものもいる。
だがそれも仕方ないだろう。何せ冒険者の利用が多い宿である。
仕事帰りの冒険者の中には野外で魔物と死闘を繰り広げ泥だらけで帰ってくるものだって少なくはない。
本来冒険者とは身体を張ってなんぼの仕事である。
そんな者達が、考えなく湯に浸かっていてはすぐに湯が汚れてしまう。
だからこそ自然に風呂場内でも指揮を取り出す者が現れるのだろう。
鍋奉行ならぬ風呂奉行といったところだ。
尤もこういった取り締まりは厳しいに越したことはないが。
ナガレは空いてる場所を見つけると、身体を洗い髪も洗う。
とは言え他の冒険者と違い、ナガレの身体は殆ど汚れていない。
何せナガレは普段から大体の汚れは無意識のうちに合気で受け流してしまっている。
だから殆ど汚れないのだ。
これまでの戦いにしても、現段階ではこれといった苦戦もしていないせいか、掠り傷一つない。
他の冒険者に比べても圧倒的に綺麗な身である。長い黒髪はトリートメントなしでもツヤツヤである。
しかし折角のお風呂だ。ナガレはそれでもしっかり身体は洗う。
一切の妥協なしである。何故か数名から熱い視線を受けてはいるがそれは軽く受け流す。
「エルマール様~~! うちが洗ったるさかい、遠慮せんといて~~」
「や、やめるのじゃーー! 変なところ触るななのじゃーーーー!」
「う~ん、やっぱり見事な幼女体型になってるわね。前はボンキュッボンって感じだったのに、今はつるつるぺったんこだし」
「う、うるさいのじゃ! ちょっと今は胸が勝ってるからと、わ、妾だって本来なら!」
「何言うとんねんピーチ。このつるっつるでぺったんなとこがえぇやんか~きゃーー! かわえぇ! 抱き締めたいわ!」
「抱きしめてから言うななのじゃーーーー!」
『うるさいよ! 他にも客がいるんだから静かにしな!』
「…………」
知ってか知らずかは判らないが、隣の三人の声は壁があっても筒抜けである。
そしてどうやら他の冒険者に怒鳴られてしまったようだ。
しゅんとした声で謝罪しているのが聞こえてくる。
(少々はしゃぎ過ぎですね……)
そう思いつつもナガレは身体を洗い、しっかり湯浴みした後風呂からあがるのだった。
お風呂から上がった後はイベリッコを迎えに部屋に戻り、その足で全員で食堂に向かった。
食堂もやはり人が多かったが席は空いており、更に気を遣ってか宿の娘が追加の椅子を一つ用意してくれた。
本来四人がけのテーブルであるが、そのおかげで五人でも一緒に食事を摂ることが可能だ。
こういった気配りは中々嬉しい。
「いつもありがとうございます。こちらが本日のサービス定食ですね」
鍵を見せて暫く待つと、宿の娘である少女がそれぞれの目の前に料理を置き、ペコリと可愛らしく頭を下げ元の位置に戻っていった。
若干イベリッコの事が気になったようだが、詮索無用としてる経営方針からか、どうして姿を隠しているかまでは聞いてこない。
そういう意味では皆で泊まる宿を一緒にして正解だったと言えるだろう。
「むむぅ! この肉に掛かってるソースは絶妙なのじゃ! 最高なのじゃ~~~~!」
エルマールは出てきた食事に偉く感動したようだ。
肉料理やスープ、パンに至るまで美味しそうに食している。
「あぁエルマール様~ほらソースが付いてるで」
「むぅ! そ、それぐらい自分で拭くのじゃ!」
「貴方串焼き食べてた時もタレをつけてたわね……」
何かちょっと可哀想なものでも見るような目でエルマールを眺めるピーチである。
すでに里の長の威厳はどこへやらといったところだろう。
「ところでサラダは食べないのですか? 美味しいですよ」
先程から全く野菜に手を付けないエルマールに、ナガレが問う。
ちなみにナガレに好き嫌いはなく、毎日の食事もバランスには気をつけている。
合気を極めんとする為には食事にも気を遣わなければいけないのだ。
尤もナガレは、多少食べ過ぎたとしても余分な塩分やコレステロール、脂質に至るまで全て合気で受け流すのだが。
「う、さ、サラダは別に良いのじゃ」
「エルマール様は野菜が苦手やからなぁ。好き嫌いはいけないでと調理番にも言われとるのに」
「よ、余計な事は言うななのじゃーーーー!」
「いや、エルフなのに野菜嫌いって――」
腕をぶんぶんと振り回すエルマールを見ながら、ピーチが呆れたように目を細める。
イメージからして、エルフで野菜嫌いというのは意外過ぎるからなのだろう。
「イベリッコは全部食べてるわね」
「はい。僕は草食系というわけじゃないし、父さんにも好き嫌いは駄目だと教えられてきたので」
「いいお父さんを持ったわね。どっかのエルフと偉い違いよ」
「どっかのエルフとは誰の事なのじゃ!」
エルマールが心外だとばかりに声を大にして訴えるが、それでもサラダには一切手を付けようとしないわけだが――
野菜が嫌いでいつも肉ばかり食べてたエルマールです。




