第六十六話 エルミールの薬店にて
「やっほ~エルミール~遊びに来たわよ~」
ピーチが相変わらずの軽いノリで店内に入り声を上げた。
左右にふりふり揺れ動くツインテールが妙に愛らしい。
「は~い、いらっしゃいませ~。あ、ピーチさんお久しぶりです」
パタパタと店の奥から掛けてきたエルミールは、相変わらずの丁寧な物腰で頭を下げる。
そしてナガレをみやり、
「ナガレさんもお久しぶりです」
とにっこり微笑んだ。
接客業といえばナガレのいた世界でも営業スマイルぐらいは当たり前であるが、彼女の見せるソレは作られたような紛い物ではなく、心からの笑顔であることに好感が持てる。
「お久しぶりです。私の事も覚えていてもらえたとは嬉しいですね」
何せエルミールが言うように、ここへ来たのはナガレにとっても久しぶりであり、更にまだ二回目である。
ピーチにとってみてもナガレと初めてあったあの日以来の事であるので半月ぶりぐらいの来店となるだろう。
以前は魔草採取がメインだったので良く訪れていたようだが、ナガレとパーティーを組むようになってから他の依頼を請けることの方が多くなってしまっているからだ。
それに瞑想の強化で、今のところマジックポーションに頼ることもなく、以前報酬として受け取っている物も魔法の袋の中に入れっぱなしなのである。
尤も腐るものではないので長期間持ち歩いていたとしても問題はないのだが。
「勿論です。一度お会いしたお客様は忘れないがモットーでもありますので」
「でも確かに最近ちょっと忙しくてご無沙汰だったわね……でもね! 色々仕事こなしたおかげか私ちょっと今リッチなのよ! だからその分今日は色々買っちゃうわ!」
「それは嬉しいお話ですが、無理はなされず必要なものを言ってくれれば用意しますので」
ありがとう、とピーチは思わず表情を緩める。
こういった時、相手にお金があると判った瞬間にわざとらしい笑顔を振りまき、必要のないものや効果は同じでもより高い方を勧めようとする店主が多いものだが、彼女にはそれがない。
お客様第一主義で不必要に儲けようなどと考えもしていない事だろう。
人が良すぎると思うものもいるかもしれない。だが長い目でみれはこういったお店の方が最終的に生き残っていくものである。
「こちらのお客様は初めてでしたね、て、あ――」
ピーチやナガレと挨拶を交わした後、彼女の視線が先ずエルマールとエルシャスを捉えた。
するとそこでエルミールの動きが止まる。
目と目があったエルマールの表情にも戸惑いが溢れた。
もしかしたらバレた? などと思っているのかもしれないが。
「……か、可愛い――」
しかし一拍置いて出てきた言葉はそれであり、目をキラキラさせて両手を頬に添えた。
接客第一な彼女がいつもと少々違う様相を見せる。きっと今のエルマールの姿に母性本能をくすぐられたのだろう。
尤も真実で言えばこの状況は全く逆なのだが。
「そ、そやろーーーー! 可愛いやろ~~~~。ほんま目に入れても痛くないほど可愛いうちの愛娘やねん!」
そして、かと思えばエルシャスがトンデモ無いことを口走る。
すかさずエルマールが目を尖らせ彼女を睨めつけた。
何言ってるのじゃお前は~~~~! と文句の一つもいいたそうである。
「え? そうなんですか!? あ、すみません。まだお若そうに思えたので」
「いややわぁ。若い言うてもうちもうにひゃ、あ、イタッ~~~~~~~~!」
叫びあげエルシャスが脛を抱えて店内を飛び回った。
咄嗟にエルマールが脛を蹴り上げたのである。
「ま、ママは二十八歳なのじゃ!」
そしてエルマールもしかたがないと思ったのか、エルシャスの娘という設定に合わせた。
年齢に関しては人間であった場合に不自然のないような事を言って誤魔化す。
折角エルフであることも隠してきているのに、真の年齢を言ってしまってはバレバレだからである。
「の、のじゃ……」
だが、エルミールがその言葉を復唱し彼女をじっと見つめる。
ついつい出てしまう口癖は止められないものである。
しかも幼女になった為かのじゃ成分が多い。
だが、幼女で語尾がのじゃはもしかしてまずい? とエルマールはわたわたし始めるが。
「か、可愛いです……」
言って、エルミールがその頭をなでなでした。どうやら単純に愛らしく思っていただけだったようで完全に杞憂であった。
だが優しく撫でられた事で、エルマールの顔が、かぁ~、と朱色に染まる。
「あ!? ごめんなさいつい!」
「べ、別にいいのじゃ!」
パッと手を放し、謝罪するエルミール。
しかし上目遣いでエルマールが声を上げた。
「エルミール~、なんか嬉しそうだしもっと撫でてあげたら?」
すると、イシシッ、と面白そうに整った歯を覗かせるピーチ。
エルマールのあわてぶりが愉快だったのだろう。
ナガレも、仕方無い人ですね、と思いつつ、密かにその様子を楽しんでいる。
「な、何を言っているのじゃ! 妾は別に……はぅ!」
エルミールが再度彼女の頭に手を乗せ撫でると、小動物のように愛撫を堪能し始めるエルマールである。
なんだかんだいっても気持ちは良さそうだ。
「でも、凄いしっかりされてるお子様ですね。お幾つなのですか?」
「うちの子はこうみえてよんひゃ――よ、四歳なのよ! 賢いやろ?」
「え! 四歳なんですか!?」
エルマールに、キッ! と睨めつけられすぐに言い直すエルシャスだが、それにしても四歳は言いすぎだろう。
「それは凄いですね。あ、あのお名前をお聞きしても?」
「え? あ、え~と、う、うちがルシャス! 娘はマールや!」
咄嗟に誤魔化したにしてはそれっぽい名前になったものである。
「そうなんですね。じゃあマールちゃんですね。宜しくねマールちゃん」
「よ、宜しくなのじゃ」
頬を染めつつ目をそらし挨拶を返すエルマール。どうにもまともに顔を見れない心境なようだ。
「あ、それで、お客様も初めましてですね」
「はい。僕はイベリッコといいます」
彼は別に名前をごまかす必要もないので素直に自己紹介をした。
尤も布で姿は隠している状態なので、ピーチの連れといった状況でなければ普通に怪しい。
「彼、凄い照れやなのよ」
ピーチは一応イベリッコが姿を隠してる理由を彼女に伝えた。
「それに彼はすこし特殊な一族な出で、外では顔は晒せないという鉄の掟がありましてね」
「え、えぇそうなんですよ」
空気を読んだのかイベリッコもナガレの話に乗っかった。
そして雰囲気を変えようかと思ったのかキョロキョロと店内を見回し。
「でもこのお店は結構珍しい植物も多いですね。あ、これとかも解熱効果が高いですし、こっちは精神を安定させるのに効果的なリフレス草ですね」
「えぇ詳しいんですね」
「はい、父さんが物知りだったので」
イベリッコは罠の設置も得意なようだが、臭い玉のようなものも作成しただけあって植物についても詳しいようだ。
いつのまにか、エルミールと薬草談義に正に花を咲かせ始めている。
「な、なんなのじゃ、エルミールはもしかしてあぁいうのがタイプなのかのう?」
エルマールが怪訝そうに顔をしかめる。
楽しそうにイベリッコと会話するエルミールの事がどこか心配そうでもある。
「馬鹿ね。タイプもなにもあれじゃあ顔は判らないじゃない」
「そやな。まぁ話しが合うってだけやと思うで。心配性やなぁうちの子は。そこが可愛いんやけど」
「誰が娘なのじゃ! 調子に乗るななのじゃ!」
叱咤するエルマール。しかし今の姿じゃ迫力に欠ける。
「邪魔するよ」
と、そこへ店にやってくるはあのスチールである。
「て、なんだ随分と盛況だな。て、ナガレじゃねぇか! いや、あんたに教えてもらったグレイヴも評判いいんだよ! 本当助かったぜ」
ナガレを見つけるなり駆け寄り頭を下げるスチール。
口下手で人付き合いが苦手というドワーフのスチールであるが、ナガレと付き合うようになってから大分砕けてきた感じがある。
「なんじゃ、なんでドワーフがこんなところにくるのじゃ全く」
「うん、なんだこの生意気そうな餓鬼は?」
エルマールはドワーフがやってきたことが不満そうであり、スチールも肌でそれを感じたのかキツい口調で応対した。
これでは折角エルフである事を隠していても意味がなさそうではあるが。
「……てか、あれは一体誰だ? な、なんであの子とあんなに仲睦まじくしてるんだ!」
スチールの目がふたりに走り、ぐぎぎっ、と何か悔しそうに歯噛みする。
そんなスチールの様子に眉を顰めるエルマール。
そしてその状況を眺めながら、
「な、何か修羅場の予感!」
と何故か嬉しそうに口にするピーチであった。




