第六十五話 待っていたふたり
「転生者というとあれよね? 召喚者みたいに人為的に行うのではなくて、異世界からやってきた魂が母体に宿り産み落とされるというのよね?」
ナガレの反応を認めつつも、ピーチがマリーンに確認するように問う。
すると彼女は一つ頷き。
「そうね。別名神の奇跡とも神の悪戯とも言われてるけど、召喚と違って偶発性が高いから転生してくる事に関しては当然干渉が出来ないわ」
ナガレは、地球からこの異世界に来る際、異世界と地球との間にある時空の狭間を感じ取っていた。
故にその場に渦巻く魂の存在も感じ取っている。
その中の一部が狭間を抜け、この世界の誰かの母体に入り込み転生者として産み落とされる事になるのだろう、と、ナガレは判断している。
勿論、地球の人間がそのままの形で召喚される場合と違って、転生の場合は赤ん坊として生まれてくる事になるわけだが。
「でも、私不思議だったんだけど、その転生者ってどうやって判断してるわけ? 本人が素直に私は転生者ですって言うならわかるけど」
「それは確かに難しいみたいだけど、でも召喚者にしろ転生者にしろケタ違いのステータスや強力なスキルを持ってる場合があるからね。それである程度判断して調査する事があるみたい。それでも認めるかどうかというのはあるけど、オーク盗賊団を壊滅させたという冒険者はあっさり認めたらしいわね」
確かに召喚と違って転生の場合はこの世界の人間として生を受ける事になるため、比較的わかりやすい黒髪黒目という特徴にも当てはまらない(尤もその判別方もかつての召喚者の影響で絶対ではないが)。
そうなると、後は能力値で判断するしか無いといったところなのだろう。
「でも諸国も含めてどこも転生者や召喚者には気を張っているみたい。かつては戦争にも利用されてたぐらいだしね。だから異世界人を召喚する魔法なんかも今はよっぽどのことがない限り認められていないし、使うにしても死んだ直後の魂を召喚する術に限られているらしいわね」
死んだ直後と限定するのは生きている人間を他の世界から召喚するという事は拉致と同じで問題があるとされているからだ。
しかし死んでしまった人間であれば寧ろ召喚された側からも喜ばれる場合も多い。
ちなみに死んだ直後というのは魔法の性質上、魂から肉体を元の状態に再構成し、召喚できるのは命を失い肉体から魂が抜けだした直後のものに限られるからである。
勿論その場合は先にマリーンが言っていた転生と違い、生前の姿のまま召喚され異世界に降り立つ事になる。
この際、召喚先の公用語も知識として得られるというおまけ付きである。
なお、こういった召喚魔法は行使にかなりの魔力が必要となり、発動の際には周囲に大きな魔素の乱れが生じるのが特徴であり、この大陸にはそれを監視する機関が存在するため、もし密かに異世界からの召喚を試みたのがいたとしてもすぐに察知出来る――と、ここまではナガレも異世界に来た時からある程度理解していた事ではある。
ちなみにナガレは別に召喚されたわけでも転生したわけでもないので、当然何もいわなければバレることは無い。
「まぁどっちにしてもオー、その盗賊団が倒されたのは良かったわね」
チラリとイベリッコを見やりつつ、敢えて盗賊団という名称だけでピーチが伝える。
見た目は違うとはいえやはり同じオークであり、気を遣ったのだろう。
「……確かに良かったですね。でもその転生者も五千のオークを殲滅させたとなると相当時間が掛かったでしょうね」
「まぁナガレならそれぐらいやっちゃいそうだけどね」
ピーチが目を細め乾いた笑みを浮かべつつ述べる。
「それが時間という意味ではそうでもなかったみたい。なんでも盗賊団全員が集まる集会みたいのがあったみたいで、その冒険者はその情報を元に討伐に向かったらしいのよ」
ナガレならともかく、各地でバラバラで行動する盗賊達を各個撃破となるとかなりの時間と労力を要する。
いくら転生者と言えどそう簡単なものではないだろう。
だが、一箇所に集まっていたというなら話は別だ。
尤も五千の敵をたった一人で殲滅など転生者といえど凄い事ではあるのだが。
「まぁ一箇所に集まってたからと言っても、たった一人でだからやっぱりとんでもないけどね」
肩を竦めマリーンがそう応えた。
ピーチも確かにね、と同意する。
「でも、オークの盗賊も壊滅されたんだったら、イベリッコみたいな普通に暮らしてるオークに変な疑いが掛からないようにしないとね」
「確かにそうね。でもナガレの理論は面白いわ。これを元にオーク達にも伝えるようにして、できれば痩せてもらって、イベリッコ君みたいな可愛らしい姿がオークとして定着すれば、また皆の目も変わると思うわね」
「そうね! だったらオーク達にもダイエット頑張って貰わないとね~」
「そうなると先ずは食べる量からですね」
「そうだ! ナガレなら凄いダイエット法とか知ってるんじゃない? ナガレ式ダイエットとか!」
「……なんでもナガレ式とつけられるのはちょっと」
後頭部を擦りつつナガレが言うと、三人の笑い声がギルド内に響き渡った。
「さて、じゃあこれが今回の追加報酬ね。それで、エルフの報酬はちゃんと貰えるんでしょ?」
「勿論よ! あ、でも思ったより早く解決したからということで秘薬が出来るまであと六日ほどかかるみたい」
「あら、そうなんだ。でも仕方ないわね。依頼者からの直接報酬の場合はそういう事もあるし」
「確かギルドでは、直接依頼者から報酬を受け取る場合は最大一〇日間の猶予期間が認められてるんでしたね」
そうそう、とマリーンが頷いた。
この制度は依頼者の負担を少しでも減らすためでもあり、実際、報酬を金銭で受け取る場合も依頼者にはこの猶予期間が与えられていて金銭での支払いはギルドが先払いしてる形である。
なお、この依頼料や報酬を依頼者が踏み倒した場合、利息が発生し徴収用に冒険者が派遣される。
例えその時点で支払ったとしても、取り引き名簿には未納経験者として登録され、請けつける事のできる依頼にも制限が生じたり場合によってはギルドに対して依頼そのものが出来なくなる。
また悪質な場合は罪人として処罰される事にもなる。
その為依頼料を踏み倒すものなどは殆どいないのが現状であり、そういった厳しい制度の上でギルドの信用が成り立っているのである。
「さて、じゃあそろそろ行くわね」
ある程度話の区切りがついたところでピーチが辞去の言葉を述べた。
「そう。次の依頼はまた明日?」
「いえ、明日から五日ほど街を離れます。ですので次の依頼は戻ってきてからですね」
「そうね、私も一緒に出るわ」
え? と目を丸くさせるマリーン。
「なになに? もしかしてふたりしてどっかにしけこむ気とか? やだ! いつの間にそんな関係に?」
「ち、違うわよ! 何言ってるのよ。そうじゃなくて秘薬が出来るまではエルフ達のところでちょっとお世話になるのよ」
頬を朱に染めつつのピーチの回答で、やはりマリーンは目をパチクリさせ小首を傾げた。
「わざわざエルフの里で待つんだ?」
「えぇ、ちょっと思うところがありましてね」
「ふ~ん、まぁいいわ。エルフの里なら近いしね。てか私もちょっと興味あるわね。休みもあるし見に行ってもいいかしら?」
「大丈夫じゃない? マリーンだけなら女性だし問題ないと思うわよ」
「そっか、じゃあ時間あいたら顔出すわね」
「お待ちしてますよ」
そこまで言って、三人はギルドを後にした。
「おお、やっと戻ったのじゃ。モグモグ、妾を待たせるとは、パクパク、失礼なのじゃ!」
「……美味しそうに串焼き食べながらよく言うわね」
「はうん! 串焼きを食べるエルマール様も素敵やん! ほんまかわゆすぎやわ! 口元にタレが付いているところなんてもう最高や!」
グッと親指を立て破顔するエルシャス。
するとエルマールの顔がかぁ~っと紅く染まり。
「そ、それならそうと早くいうのじゃ!」
「あ! 袖でなんて勿体ないで! うちが舐めとったるわ!」
「や、やめ、やめるのじゃ~~~~!」
そんなふたりのやり取りをどこか冷めた目で見ているピーチでもある。
そして周囲の人々はどこか微笑ましいものでも見てるような目でその光景を眺めていた。
「てか、ふたりとも目的を忘れてるんじゃないわよね?」
呆れたように言うピーチ。そう、エルシャスは一応護衛という名目だが、エルマールに関していえば一緒にハンマの街まで同行したいと言っただけの理由があった。
だからこそ今も精霊魔法で耳を隠して街にやってきている。
とは言っても門番にはしっかり素性を明かした上で街に入っているし、エルフである事がバレたからと本来ならばどうという事もないのだが……。
ただ比較的珍しい種族であるのは間違いないので、人々に注目される可能性はあるし、またエルマールがわざわざ赴いた理由的にも、エルフであることを街なかでは隠しておきたかったのだろう。
「さて、串焼きも食べ終えたなら行きましょうか。目的の店に」
「そうね。じゃあこっちよ、迷わないでついてきてね。エルミールの店までそう遠くもないから」
ピーチがそう言うとエルマールはどこか緊張した面持ちで、エルシャスと共にふたりの後に続くのだった――
今後の更新時間ですが18時から19時の間になると思います。




