第五十九話 罰と幼女
「うぅ、酷い目にあったのじゃ……」
エルマールは、勝負が決まったことで一旦ナガレ一行や側近のエルシャスと共に屋敷へと戻ってきたが。
広間に戻ってもなお臀部を擦りながらブツブツと文句を零していた。
何せ、ナガレの尻叩きを一〇〇セット、合計で一万発も受けたのだからそれはお尻も痛くなるというものだろう。
尤もナガレとてそれなりに加減はしているが、それでも常人であれば振動で骨盤が破壊されてもおかしくないレベルである。
逆にこの程度で済んでいるのは、やはりエルフ族唯一の戦闘民族たる猛者の集う里、その長だけあると言うべきか。
「じゃが、じゃが、一体これはどういう事なのじゃ~~~~!」
そして広間に着き、一旦落ち着いた……かと思えばエルマールが拳を握りしめつつ叫びあげる。
「何よ突然。一体どうしたっていうのよ?」
その様子に、怪訝な表情で問い返すピーチだが、オイッ! とエルマールが突っ込み。
「見てわからんのか! 妾の、妾の姿がさっぱり元に戻らないのじゃ! おかしいのじゃ! ありえないのじゃ! いくらなんでもそろそろスキルの効果も切れて、本来の絶世の美女に戻るはずなのじゃ! なのに未だ変化がないなどありえないのじゃ~~~~!」
「てか、今度は絶世の美女とか言い出したし」
目を細め呆れ顔のピーチである。
「それでしたら、元には戻りませんよ」
しかしその様子を眺めながら、ナガレがあっさりと言い放つ。
「は、はぁ!? なんじゃ! どういうことなのじゃ! お主何をしたのじゃ!」
「えぇ、ですので事前に罰を与えると言ったとおりです。逆転流罰は、合気によってふたつの異なる状態を逆転させて定着させる技法。故に今の貴方はその身体こそが平常という形です」
「え? て、ことはエルマールは幼女の状態から戻れないって事?」
「そういう事ですね」
「そういうことじゃないのじゃーーーーーー! なんて事をするのじゃ! あり得ないのじゃ! 妾の、妾の美貌がーーーー!」
指をぶんぶん振り回し半分涙目のエルマールである。
幼女のまま過ごさねばならないという事実は、やはり相当ショックなようだ。
「ナ、ナガレ様――」
そして一通り話を聞いていたエルシャスが、肩をプルプルと震わせ口にするが。
「おおエルシャス! 流石妾の側近! 妾のこの痛ましい姿を憂いているのだな! ならば言ってやるが良――」
「な、なんて素敵な事をしてくれたんや~~! 最高やん! これもう罰じゃなくてご褒美やん! きゃ~~~~! エルマール様~~~~!」
エルマールの予想とは裏腹に、エルシャスは相好を崩し、喜び勇んでなんとエルマールに跳びかかった。
な!? と慄く幼女であったが、あっさりとエルシャスに捕まり抱きしめられ、その状態のまま広間をゴロゴロと転がる羽目になった。
しかもエルシャスは長のほっぺに頬ずりし、そのはしゃぎようは傍からみて少々痛々しいほどである。
「のじゃ~~~~! やめるのじゃ~~~~! 何しとるのじゃ! というか! なんでこの程度の力が解けんのじゃーーーー!」
「言い忘れてましたが、私の合気による効果で本来の力も大分弱まってしまっておりますので」
「なんたる事なのじゃ~~~~~~!」
エルマールの悲鳴が里中に広がったのは言うまでもない。
ちなみに、このナガレの奥義、逆転流罰――中々便利そうな技であるが、実は色々と制限の多い技法でもある。
例えば、状態を逆転させるといっても生と死の逆転は不可能であること。
また、肉体への負担が大きいため一般人には使用不可な事などが挙げられる。
その為、ナガレもこの技の考案はしていたものの、条件が限定的すぎるということでこれまで使う機会には中々巡り会えなかった。
だからこそ、エルマール相手に初めて技が使用できた事で中々にご満悦なナガレでもある。
「うぅ、あんまりなのじゃ、妾のお尻にばかりかこんな仕打ちまで、うぅうぅう」
暫くしてようやくエルシャスから解放されたエルマールであったが、今度は床に突っ伏してシクシクと嘆きだしてしまった。
「ねぇナガレ。流石にちょっと気の毒に思えてきたわ」
「……そうですね。エルマール安心して下さい。確かに暫くはその状態でいてもらう必要がありますが、実際は一生というわけではありませんので」
ナガレが補足するように述べた事で、幼女の身がピクリと震えた。
「流石ナガレ。そうよね一生な筈がないわよね」
「そ、それで! いつなのじゃ! この状態は一体いつ解けるのじゃ!」
そして、ガバリと上半身を起こし、話に食いつくエルマールであるが。
「はい、一〇年もすれば元に戻りますよ」
「……え? いや、一〇年って――」
ニコリといい笑顔で述べるナガレだが、ピーチは目を細めて突っ込んだ。
流石に長過ぎると思ったのだろう。
「じゅ、一〇年?」
「はい、一〇年です」
ちょこんと座り、改めて聞き直すエルマールだが、ナガレの回答は変わらず、改めて幼女は俯くが。
「ちょ、ナガレ、やっぱり一〇年は――」
「……まぁ一〇年ぐらいなら別に構わんかのう」
「えぇええぇえええぇえぇええぇ!」
顔を持ち上げ思ったより軽い反応のエルマールに驚愕。
しかし、ナガレは納得したように顎を引き。
「エルフ族は人間より遥かに長生きですからね。一〇年ぐらいは大した事ないのですよ」
「まぁ、そういうことじゃな。それに、それぐらいであるなら、この姿でいるのも面白そうなのじゃ」
「そ、そういうものなんだ……」
「素敵やん! エルマール様がこん姿で一〇年もやなんて! 一生大切にするで!」
「貴方一体何目線なの? てか、ずっと思っていたけど何、この変わりよう?」
「いうておくがのう。エルシャスは本来はこんな感じの娘なのじゃ。ただ、この口調は妾の側近としては相応しく無いと思ったのじゃ。じゃからあの口調を練習させたというのにのう……すっかり戻ってしまったのじゃ……」
エルシャスに抱きしめられ頬をグリグリされながら嘆息するエルマール。
もはや抵抗する気も起きないらしい。
「さて、取り敢えずこれでオーク達に関しては諦めて貰えるという事で宜しいですね?」
「……その件じゃが――」
話が落ち着いたきたところで、ナガレは本題を切り出した。
だが、エルマールははっきりとした答えは示さず、何かを言い淀んでいる様子。
「……それと、私が勝てば、貴方の秘密を教えてもらうという約束でもありましたね」
「……それは、確かにそうなのじゃが、わ、妾には秘密などないのじゃ」
「ここまできてまだソレ? ナガレは勝負に勝ったのよ? 戦闘民族を治める長ならいい加減腹を括ったらどう?」
ピーチが眉を顰め、少しキツイ口調で問う。
だが、エルマールはそこでやはり押し黙ってしまうのだが。
「……まぁピーチ、それも致し方無い事なのかもしれませんけどね。何せ、彼女はずっと監視され続けているのですから」
え!? とナガレの話を聞いたピーチが驚嘆する。
そして、エルマールも目を丸くさせ、なんで判ったのじゃ? といった様子で戸惑いを隠しきれていないが。
「な、何をいうておるのじゃ! そんな事ない――」
しかし、それでも尚、気取られまいと誤魔化そうとする。
だが――
「そして、これがエルマールを監視し続けていた蛇ですね」
「えぇえええええぇえええぇええぇええ!」
ナガレがひょいっと掲げて見せた一匹の白蛇に、エルマールは驚嘆した。
「な、なんて事をしてくれてるのじゃ! その蛇に何かあったら! 妾の、妾の娘がーーーー!」
「エルマール様! 気をしっかりもちぃや!」
両手で頭を抱え取り乱す幼女と、それを宥めようとするエルシャス。
そして、呆然とその姿を見やるピーチだが。
「え? む、娘?」
「えぇ、その様子だと彼女の娘が何者かに人質に取られているといったところでしょうか? 先程の戦いでもぽろりと親であることを漏らしておりましたしね」
確かにエルマールはナガレとの戦いに於いて、『親として』といったセリフを吐き出していた。
本人はきっと無意識に口に出したのかもしれないが。
「ですが、安心して下さい。この蛇は別に死んでいるわけではありませんよ」
「う、嘘をつくのじゃ! ぐったりしとるではないか!」
ナガレに首根っこを捕まえられた白蛇は、確かにエルマールの言うとおり力なくダランとしているが。
「これは少々眠ってもらっているだけですよ。それも合気で八割だけ眠らせているだけで、残り二割で偽の情報を流し続けているのでそちらも問題ありません」
「……は? 何をいうておるのじゃ? いくらなんでもそんな事」
「可能ですよ。問題ありません」
「ナガレがそういうなら間違いないわね」
「……ほんまピーチ彼の事めっちゃ信頼しとるんやね――」
感心したように述べるエルシャス。
そしてエルマールも、はっきりと言い切ったナガレの姿を認め、少し落ち着いてきたようである。
「さて、それではこれで障害はなくなりましたね。では話して頂きましょうか。一体誰があのオークを狙っているのか? そして、貴方の娘であるエルミールについて――」
暫くエルマールは幼女のままとなりました。




