第五十八話 本気の本気?
「……く、屈辱なのじゃーーーー!」
エルマールが叫びあげた。
幼女にしてはその迫力は中々のものであり、蟀谷に青筋を浮かべピクピクさせているその姿は、明らかに憤慨してる様が見て取れるものである。
「妾は誇り高き戦闘民族たるエルフの長! にも関わらず、この妾を相手に二割じゃと? 馬鹿にするにも程があるのじゃ!」
その黄金の双眸に燃え上がる炎が浮かび上がる。
そして吹きあふれる黄金のオーラは、確かにこれまでとは比べ物にならないほど強大であった。
「……なるほど、確かに先程までが実力の半分であったという話、妄言などではなかったようですね」
「当然なのじゃ――こうなっては妾も、一〇〇%中の一〇〇%の力を見せてくれようぞ!」
「こ、この精霊力は、確かにエルマール様は本気――いけない! 皆さんいますぐここから離れて下さい! 巻き込まれてしまいますよ!」
「て、口調戻ったわね! てか、あんたはどうするのよ?」
「私は――エルマール様の側近。こんなところで逃げるわけにはいきません」
「……エルシャス――」
「それに……あんな可愛らしい子を放ってはおけんやんか~」
「いや、そっちが本音かよ……」
見直しそうになった感情が一気に霧散しそうになるピーチであった。
『な、なんかさっきより揺れが酷くないこれ?』
『ひいぃいぃい! 天変地異だーーーー! 死んじゃうーーーー!』
『…………』
『世界の終わりだよ~~~~! 早く、早く逃げないと~~~~!』
そして、先ほどとは明らかに違う強烈な揺れが湧き起き、流石のオークも慌てふためきだした。
ブヒー! ブヒー! と鼻息も荒い。
「え~い! うるさーーーーい! 草食系だかなんだか知らないけど、ナガレはあんたらの為にも頑張ってるんだから信頼して大人しく見てなさい!」
だが、そんなオークに向けてピーチが瞳を尖らせ怒鳴り上げる。
人語の理解できないオークだが、その雰囲気に飲まれたのかピタリと動きを止めた。
「……ピーチ様」
「ふ、ふんっだ! 貴方だけに格好つけさせやしないわよ。それにさっきもいったでしょ? 私はナガレを信じてるの!」
腕を組み頬を朱色に染めながらも、ピーチはナガレをみやり強い思いをそのまま言葉に変えた。
隣で慌てていたオークも、今はナガレとエルマールの戦いに改めて目を向けている。
そして――
「この一撃に全てを掛けるのじゃ。お主――例え死んでも恨むでないぞ」
幼女の目に宿る光からは、その覚悟がありありと滲み出ていた。
これまでとは比べ物にならない真剣な顔つきに、否がおうにも空気が張り詰められる。
そして――揺れが収まったその時、エルマールはナガレ式グレイヴを放り投げた。
「考案したお主には悪いがのう、妾にはもう必要ないのじゃ」
「構いませんよ。それよりも、果たして何を見せてくれるのか楽しみです」
「…………」
沈黙。口数が減り、宿るは炯眼、決意の双眸。 宿る殺気は本物。瞑目し何かを口ずさむ。
その瞬間、エルマールの右腕に変化。
膨張――圧倒的な速度で腕が一気に何十倍にも肥大化した。
その様相はまるで巨人の如し――それは一見すると、先ほどまで彼女が見せていた、地の精霊による筋力の増強とも思える勢いだが。
しかし違う。それは明らかに肉体によるものではなかった。地の精霊の力であるという部分では同様なのだが、筋肉ではなく周囲の土が集まり更に高熱によって鋼化しエルマールの右腕に纏われたのである。
しかもそれだけでは終わらない。今度は黄金の蔦がエルマールのパンパンに膨れ上がった鋼の腕に侵食し、筋となったソレがまるで血管の如く波打ち始めた。
無数に張り巡らされた黄金の蔦は拳全体にも及び、その巨腕は黄金の如き輝きを周囲に向け放つ。
「……な、何かしらあれ? 流石にこれまでと様子が違うわね」
「はい、エルマール様は間違いなく本気。あの拳に大量の精霊の力が宿っております。土の精霊による拳の創造、そして火の精霊による硬質化。更に樹の精霊によって蔦を這わせ拳に強靭性を持たせてます。そしてあの黄金の光もやはり光の精霊によるもの。光速の打ち込みを可能にしその威力も底上げされます」
エルフ族とは元来精霊を慕い精霊に慕われる種族。
互いに協力しあう共存関係にあると言っても良い。
だが、それでもいくらエルフとはいえ、普通であれば一度に扱える精霊は一種類程度。
二種類を同時に扱えるようなものですら滅多にはいない。
しかし、流石はエルフ族でも唯一の戦闘民族と称される里の長である。
完全体となった事で、火、地、樹、そして光、合計四種類の精霊の力をその右腕に集約させてみせた。
そして、当然それだけの精霊を集めた一撃、その威力は計り知れない。
「……我が里のエルフを治める長として、そして、親として、この戦い負けるわけにはいかぬのじゃ! これが妾の全力なのじゃ! 精霊式戦闘術究極奥義黄金樹地の巨人拳!」
刹那――跳躍したエルマールより放たれた必殺技がナガレに向けて撃ち下ろされた。
光の速さで放たれた一撃は強烈な衝撃波を生み出し、圧倒的な暴力が周囲にも広がった。
ピーチやエルシャス、そしてオーク達も、吹き飛ばされないように必死である。
拳は、撃ったと思われた瞬間にはナガレの間合いに着弾した。
陣を張ったナガレの合気とエルマールの繰り出した精霊力の塊が鬩ぎ合う。
ぶつかりあう力と力によって空間が複雑に歪みあった。
その一撃は、ナガレの気持ちを僅かにだが高揚させた。
エルマールの決意の一撃は、無量大数分の壱とはいえその力を六割まで引き上げさせた。
刹那――ナガレの合気陣が消失する。
彼が何かを呟いた直後だ。
エルマールの表情が僅かに緩む。己の技がナガレの壁を打ち破ったのだ。
きっとそう思った事だろう。
だが、それは否――ナガレの陣は破られたのではない、自ら解いたのだ。
『これは、勿体無いですね――』
それが陣を解く直前にナガレが口にした言。
故に、振りぬかれた拳はナガレが翳した両手によって阻まれる。
拳に込められたパワーがナガレの掌を伝いその全身を駆け抜けた。
大地が爆ぜ、大気さえも割れる。
しかしそれを以ってしても、ナガレの笑みは崩れない。
いや、それどころかナガレはその一撃を楽しみ、相手の全力を体全体で受け止めてさえいる。
そして、エルマールのパワーが最大出力にまで達したその瞬間――ナガレの合気によって受け流された力が増幅し、かと思えば今度はナガレ自身が後ろ足を引き、半身になりつつ巨大な腕を引っこ抜くが如く勢いで、空中にいたエルマールごと地面へと叩きつけた。
ナガレの耳に届くは幼い悲鳴。しかしその勢いは留まることは知らず、叩きつけた直後に円を描くようにエルマールの身を何度も引き摺り回し、そこから今度は逆側に一本背負いのような投げを決め叩きつけ、再度引き摺り回し、逆側に――それを合計一〇セット決めたところでナガレは一旦攻撃を中断した。
「ふぅ……いやはや、貴方の決意の篭った一撃、中々楽しめました。そのせいか少々熱くなってしまいましたが――どうしますか? まだ続けますか?」
「いや、てかナガレ、その子生きてるわよね?」
思わず不安げに訪ねてしまうピーチ。ナガレの容赦のない責めについつい心配になってしまったのだろう。
何せ相手はエルフの長とはいえ今の見た目は幼女なのである。
「ぐっ! か、勝手に殺すでないのじゃ――」
しかし、かなり苦しそうではあるが、エルマールの意識はまだ保たれていたようで、上半身を起こし平気であることを訴える。
「ふ、ふん、この程度、まだまだなのじゃ。妾はまだ戦えるのじゃ」
「いえ、流石にもう無理でしょう。パワーも相当落ちていますし、これでは勝負になりません」
確かに息は荒く、膝に小さな手を添えなんとか立ち上がる事が可能といったところであり、そのセリフが強がりであるのは明らかである。
「だ、黙るのじゃ! オークはどうしても必要なのじゃ! そ、それに里の長として、貴様のような若造に負けるわけにはいかぬのじゃ!」
「……いや、見た目なら今の貴方のほうがずっと若いんだけどね……」
思わず突っ込んでしまうピーチだが、とはいえ、ナガレの実年齢を持ってもエルマール本来の年の足元にも及ばないのは確かである。
あくまで生きてきた年数だけ見るならばだが。
「聞き分けのない子供のようですね。意地を張るのは結構ですが……仕方ありません。それに私達も貴方に騙されていたのは事実ですしね。厳しいようですが、少々罰を与えましょう」
「ば、罰じゃと?」
目を見開き、明らかにエルマールに動揺の色が垣間見える。
すると、ナガレはいつもの所作で瞬時にエルマールの目の前に到達。
「な!?」
驚愕する幼女――だが。
「神薙流合気柔術奥義・逆転流罰――」
するとヒョイっとナガレは幼女エルマールを持ち上げ正座し、膝の上に乗せ、百叩き! と言葉を紡ぐ。
その瞬間、パシィーーーーン! という快音が辺りに鳴り響き。
「の、のじゃーーーー! 痛いのじゃーーーー! な、何をするのじゃーーーー! 止めるのじゃ~~!」
「残念ながらこれはお仕置きですので。では残り九十九――参ります」
「参りますじゃないのじゃーーーー! やめ……ひぃいぃい! 判ったのじゃ! 負けを認めるのじゃ~~~~!」
しかしナガレの手は休むことなく、幼女の尻を叩き続けた。
なお――ナガレの百叩きは一叩きで実は百回打っている。
つまり実際は一叩き(百回)が一〇〇セットであり、結果、エルマールの尻はナガレの手により一万発叩かれる事となり――エルマールの悲鳴は暫く森に響き続けたという……。
エルマール戦これにて決着!
一万発も叩かれるとお尻が凄いことになりそうです。




