第五十六話 神薙流奥義
エルマールが叫びあげたその瞬間、嵐が彼女の身に鎧のように纏われ、更にナガレ式グレイヴには炎が付与され燃え上がる。
しかもエルマールの黄金色の髪にも炎が巻きつき、まるで炎が髪そのものになったが如く地面につくほどまでに伸長した。
つまり、今ここに筋肉と嵐の鎧に身を包まれた、炎髪の女戦士が生まれたのである。
「地の精霊に加え、風と火の精霊を己に宿す――あれこそがエルマール様の第二段階。レベルで言えば250を超える程です。しかし驚きました、まさかあの姿を見せる日が来るとは……」
『なんか髪の毛がえらいことになってるね』
『熱くないのかな?』
『てかなんで髪の毛まで燃えてるのかな? 意味あるの?』
『…………』
「た、確かに髪の毛が燃えてるのはよくわからないけど、な、なんか、インパクトはあるわね」
密かにオークの言葉が少しずつ理解出来ているピーチは、第二段階に突入したエルマールを見てそんな感想を抱いた。
確かにゴリゴリの筋肉姿に紅く燃える炎の髪は中々のインパクトである。
「いうておくが、別に見た目だけが変化したわけではないぞ。我が身に纏われる風の精霊で更なる素早さを、炎の精霊で圧倒的な攻撃力をそれぞれ手に入れているのだ。そう! もはや妾に死角なし!」
半身の構えでビシリと指を突き付け堂々と言い放つ。
風格だけなら確かに達人のソレとも言えるだろう。
「さぁ行くぞ! 精霊式戦闘術奥義烈風十字斬!」
エルマールは目にも留まらぬ速さで斬撃を交差させ、十字型の巨大な鎌鼬を生み出した。
範囲も広く、直進する刃は普通なら避けるのも困難である。
尤もナガレはそもそも避ける必要がないが。
十字の刃はやはりナガレまで届くことなく、途中合気によって更に巨大な十字刃と化し跳ね返された。
だが、その位置には既にエルマールの姿はない。
「愚か者が! 今の妾は音を置き去りにする程の俊足を誇る! この一撃でぎゃふんと言わせてみせるわ! 精霊式戦闘術奥義灼獄熱波!」
今度はナガレの背後をとったエルマールが、炎に包まれたナガレ式グレイヴを振り上げた。
斬――炎の筋が縦に刻まれ、同時に炎の息吹がナガレに向け放たれる。
斬撃と炎撃のコラボレーション。
しかし、ナガレの間合いに不用意に入ったのは愚行でしかない。
ましてやどれだけ俊敏になろうとも、そう、音を置き去りにする速さを手に入れようとも、攻撃する瞬間に動きが止まっては意味が無いのだ。
斬撃と炎撃、その両方をナガレは軽く受け流し、そして両手を振りぬき、半円を描くようにしてエルマールを地面に叩きつけた。
「ぎゃふん!」
結果――潰れた蛙の如き惨めな姿をエルマールは皆に晒すこととなる。
「てか、逆にぎゃふんって言っちゃてるわね……ねぇ本当にあれでレベル250なの?」
「……」
最初はエルフの長の変化と、そのレベルに驚き続けていたピーチだが、ナガレとの戦いを見ている内に、いつしか実は大した事ないのでは? と思い始めてしまっていた。
隣で見ていたエルシャスも完全に呆けてしまっている。
「……いい加減出し惜しみせず最終段階を見せたほうがいいのでは?」
「ふ、ふん! 何を言う!」
ナガレは親切心から彼女に助言するが、エルマールは立ち上がり、語気を強めそれを跳ね除けた。
「言うておくが、これは貴様の為でもあるのだからな! 何せ最終段階になると妾は力の制御が効かぬ! ふふっ、もしそれであっさりと命を奪うような事があっては楽しめぬではないか。何せ久しぶりの好敵手に巡り会えたのだからな!」
「…………」
「てか……それってもっと優位にたっているか、いい戦いをしてる時にいうセリフじゃないかな……」
「え、エルフ族唯一の戦闘民族である我らの長たるエルマール様のプライドは非常に高いのです。だから、その――」
エルシャスの説明も段々としどろもどろになってきていた。
クールを維持していたその様相にも変化が現れ始めており、ナガレの強さに圧倒され始めているのが見て取れる。
「とにかく! 妾にはまだまだこの状態でも貴様を圧倒できる技がある! さぁ征くぞ! 炎と嵐の輪舞!」
構えを取り、叫びあげたエルマールを包み込むように暴風が渦を巻き、そしてグレイヴに宿る炎が勢いを増し、盛んに燃え上がった。
「やれやれ――」
そしてナガレも若干呆れたようにそうつぶやきつつ、迎え撃つべく身構える。
するとエルマールの口角がニヤリと吊り上がり。
「これで消し炭になるが良い! 精霊式戦闘術奥義旋風灼熱激!」
刹那、エルマールの身が大回転、そのまま竜巻となり炎が巻き上がり、そして巨大な火炎竜巻となってナガレに襲いかかった。
放たれた炎の竜巻は容赦なくナガレを飲み込み、彼の身が灼熱の炎に包み込まれる。
『うわ~あの人凄い炎を浴びちゃったよ』
『危険だよね~火事とか大丈夫かな?』
『……』
『あんなの僕達が喰らったら焼豚になっちゃうよね』
「……てか、貴方達の会話結構シュールね」
「いや、ナガレ様の心配はいいのですか? というか、貴方オークの言葉が判るのですか?」
「はっきりじゃないけどなんとなくね。あ、ナガレね、うわ~大変火だるまだわ~」
ピーチはナガレに関しては既に完全に棒読みである。
さっぱり心配などしていない様子だ。
「……少々エルマール様を舐め過ぎでは? いくらあの方でもあの奥義を喰らっては」
「う~ん、でもナガレだしね……」
別にピーチは薄情な気持ちで言っているのではない。戦いを見てる内にナガレなら大丈夫と確信し、信頼しきってるだけなのだ。
「ふっ、やったか?」
そして――思わずエルマールが自信ありげにその言葉を漏らしてしまうが。
「それはフラグというものらしいですよ」
炎の中から発せられたナガレの声にエルマールの顔色が変わった。
そして、かと思えば火炎竜巻の回転が強くなり、その中では舞うように炎を巻き取るナガレの姿。
「さて――」
そして、ナガレは合気で巻き取った炎を器用に操り、そして――上に掲げた。
「……な、なんじゃそれは?」
「知りませんか? 江戸タワーです」
そう言われても異世界人のエルマールに判るわけはないのだが、それを承知でナガレは炎で紡ぎソレを作り上げたのである。
そして更にそこからヒョイヒョイと炎を使いその形を変え――
「これが、橋です」
今度は炎を使って八段橋を作り上げた。
そう、ナガレは炎を糸に見立て綾取りをしてみせているのである。
「更に、亀、鶴、虎、龍――」
そして、そこから更にナガレは華麗なる連続技を決めていき。
「そしてこれが、神薙流合気綾取り術奥義・鳳凰です」
ナガレは、先程からエルマールが見せる奥義のお返しとばかりにそれを披露した。
炎の糸で紡がれた鳳凰はそれはそれは見事な出来である。
「……綺麗」
「み、見事です」
その絶景に思わずピーチがうっとりとした表情を見せ、エルシャスも感嘆の声を漏らしてしまう。
「くっ! た、確かに見事じゃが、それがなんだという――」
「ではお返しします」
「へ?」
言ってナガレは炎で作り上げた鳳凰をエルマールへと返した。
鳳凰は一鳴きすると、優雅に羽ばたき、そしてエルマールに向かっていき、彼女の身を飲み込んだ。
轟音が鳴り響き、火柱が天に向けて突き上がる。これだけの事をして火事にはならないのかと心配にもなるが、ナガレはその辺に抜かりはない。
上手く合気で調整している為、炎は周囲に影響を及ぼさないのだ。
「う、うぐぅ……」
そして火柱が収まった後には、蹲り呻くエルマールの姿。
いい感じに肌が火焼けしているが、筋肉の固まりが蹲る姿は正直あまり美しくない。
だが、流石は精霊を使いこなすエルフの長である。あれだけの炎を浴びてもこの程度で済んでいるのだから。
尤もそれもナガレの計算の内ではあるが。
「……ふふっ、あ~っはっはっはっはーーーー!」
そして、蹲りながらの大笑い。
思わず観戦しているピーチも眉を顰めるが、スクリ、と彼女は立ち上がり。
「ふふっ、本当に大した男よ。よもや妾がここまで追い込まれるとは……じゃが! それもここまで! 今こそ見せようぞ! 精霊式戦闘術最終形態!」
その顔に怒気を滲ませ、そして再び、はぁああぁあぁああ! とエルマールが気合を入れ始める。
「な、何? 何が始まるの?」
「こ、これは――エルマール様の精霊力がぐんぐんと上昇している! 一〇万、二〇万……これは、ついにあれを!」
驚愕するピーチ、そして側近ながらも狼狽してみせるエルシャス。
周囲のオーク達もブヒブヒと騒ぎ立てる。
一体何がおこっているのかと慌てているのだろう。
何せエルマールの身から溢れた力は突風を引き起こし、更に地面も揺らし始めている。
ナガレ以外は思わず腕で顔を覆ってしまうほどだ。
「さぁ見るが良い! これが妾の本気の本気、精霊式戦闘術完全形態!」
その瞬間、精霊力が爆発し、黄金の柱が天を貫いた。
そして、その柱が段々と縮小していき――その中には……。
「のじゃ~~~~~~!」
なんと、更に輝きを増した金髪を湛えし愛らしい幼女の姿があった――
この最終形態(幼女化)展開は結構わかりやすかったですかね。




