第五十三話 裏切り?
「どうやらオークを捕獲するのに役立つ冒険者は見つかったようだな」
エルフの長、エルマールの目の前にはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた一人の男が立っていた。
丸々とした顔をしており、正直オークと言われても信じそうな風体ではあるが、彼はこれでもれっきとした人間である。
「……問題ないのじゃ。今さっき行ったところであるしのう」
「そうですかそうですか、それは良かった。いやしかし、エルフの中で唯一戦闘民族とさえ称される程のあなた方が、冒険者の手を借りねばいけないとはねぇ。思ったよりも大した事がなくて少々肩透かしを喰らった気分だよ」
「……あのオーク達、逃げ足だけは早いのじゃ。それに、妙な仕掛けも施しとるでのう……」
「なるほど、その為の囮だったか。腕のたつ貴方達なら警戒するが、人の女であれば上手く釣れるかもしれないと、そういうことだな」
「……その話はもう良い、それよりも約束はちゃんと守ってくれるのであろうな?」
エルマールが確認すると、男は、ふふっ、と忍び笑いを見せ応える。
「大丈夫だ。こちらに必要なのは一匹だけ、残りのオークは貴方達の好きにしていい。必要だろ? 時期的に?」
その言葉に、エルマールは、くっ! と歯噛みし、そして口を開き。
「そっちの事を言うとるのではない! 約束を守れば無事帰してくれると、そういう話じゃったであろう!」
唸るように男へ返すエルマールに、あぁ、そうでしたなぁ、とわざとらしく両手を広げ。
「勿論判ってるさ。ただ、それも取り引きの材料を揃えてもらってからだがな。が、そうだな、折角だからもう一つ条件を追加しても?」
「な!? き、貴様調子に!」
「う~ん? 別にいいのだぞ。嫌なら嫌で、こちらは貴方の大事な方を代わりに奴隷として売り捌くだけだからなぁ」
汚れた感情をその顔に貼り付け、男は言う。
それにエルフの長は、唇を強く噛んだ。
「随分と悔しそうだな。戦闘民族と言われるほどの貴方のそんな顔、中々貴重なものだ。まぁでも安心しろ。それほど難しい話ではないさ。貴方が利用しようとしている冒険者の女もついでに頂こうと、その程度の話だからな」
「――ッ!? 貴様……何を言っているのか判っておるのか?」
エルマールは厳しい目付きで男に問うが、男はそんな事は気にもせず言葉を返した。
「何だ? まさか罪悪感でも? そんな事は今更だろう? それに所詮は餌。用が済めばお前たちにとっては何の価値もないだろうに? 適当にオークに殺されたとでも言って誤魔化せば良いではないか」
「……とにかく出来るだけの事はする。だから」
「あぁ判ってる。そちらが約束を守ってくれるなら丁重に扱うさ」
そこまで話した後、男は不敵な笑みを残し、森の奥へと消えていった。
エルマールの足元には一匹の蛇だけが残されていた。
憎々しげにそれを見下ろし、思わず脚で踏み潰すような仕草を見せるが――結局それはせず、エルフの長は皆の下へと戻っていった。
◇◆◇
ナガレは、オークの言語を理解し取り敢えずオークに事情を話して聞かせ、その結果信用を得ることに成功した。
逃げていったオーク達も戻ってきた為、改めて今回の件についてオークに話を聞くが。
『つまり皆様はエルフに追われる理由に身に覚えはないと?』
『全くわけが判らないよ』
『なんか急にやってきて追いかけてきたんだよな』
『危なく彼も捕まりそうになった事はあるけど、その時は臭い玉をぶつけてなんとか逃げたんだ』
『…………』
ちなみにその臭い玉とは、オークが作成方法を教わり作った物で、刺激臭のキツイ果実や葉、動物の糞などで調合し樹液で固めた玉に込めた物のようだ。
投げつけて玉が割れると相当な悪臭を発生させるらしい。
なお、調合に動物の糞は利用しているが、彼らはあくまで排泄後の糞を拾うだけで、自ら他の動物に近づくことはない。
ナガレが聞く限り、このオークはとても臆病で動物を狩ったりすることなく過ごしているようなのである。
「てか――さっきからナガレ一人で納得してぇ! もうブヒブヒ言ってないで私にも教えてよ! てか、ちょっと残念な気がしてならないわよナガレ!」
ピーチがサイドテールをフリフリさせながら抗議した。
オーク言語の理解出来ない彼女は、ナガレとオーク達の会話を聞いていても、ブヒッ! や ブヒュウ、としか理解できないのである。
しかも、それをパートナーのナガレが一緒になって発しているのだから彼女としてはたまったものではないのだろう。
「これがオークの言語ですからね。ただ大体の話は掴めました。やはり彼らはエルフに狙われる覚えはないそうです。森を荒らすような真似もしていないようですし、エルフの女性を襲ったりもしていないとの事ですからね。ただ――」
ナガレはそこで、ひとつ気になっていた点をオークに尋ねた。
オークの中で唯一姿を見せようとしない布地に巻かれた者の事だ。
『彼は、オークであることに間違いないんだけど、ちょっと変わった病を患ってるみたいで……』
『実は、元々は僕達の仲間じゃなくて森で倒れているのを保護したんだよねぇ~』
『だから、彼もあまり姿を晒したくないみたい。僕達もチラッと見ただけだしね』
「…………」
話を聞く限り、どう考えても何かありそうな話ではあるのだが、人(?)が良いのかオーク達はその事を気にしている様子はない。
「ねぇ? オーク達はなんて?」
「そうですね。取り敢えずやはり彼らが捕まる理由はなさそうですね」
「そうなの? だったらなんであのエルフ達は……う~ん、一度確認に戻る必要があるかもね」
「そうですね。確認することには賛成です。ただ、その前に追ってきた彼女たちはなんとかする必要がありそうですね」
ナガレがそう言うと、え? とピーチが目を丸くさせた。
するとナガレは後ろを振り返り、そして藪の影に潜む存在に向けて声を上げる。
「隠れていないでそろそろ出てきたら如何ですか?」
すると、ガサゴソと茂みが揺れ、中からエルフの女戦士が数人登場した。
「い、一体いつから気がついていた?」
「そうですね、里を出てから気がついていましたよ。あまり気配を消すのは得意ではないようですね」
「え! そうなの!?」
ちなみにピーチはまったく気がついていなかったようだ。
「で、でも、罠とかあったのに……」
「ですから、私達が先に進んだことで罠を潜り抜ける事が出来たのでしょうね」
あ……とピーチが小さな声を上げた。
そう、先に進んだナガレ達の後を追ってくれば彼女たちが罠に引っかかることはない。
「まさか、そんなところから気づかれていたなんて……流石はナガレ式の発案者……」
「だけど、一体どういうつもりだ!」
ナガレを付けてきていたエルフの一人が、ふたりを責めるように声を上げた。
「どういうつもりとは?」
「だから、そのオーク達の事だ! 何故お前たちはさっきからそんな連中とブヒブヒと仲よさげに会話しているのだ!」
どうやらエルフにもオークの言語は理解が出来ないようだが、それでもナガレ達が友好的に会話しているのは雰囲気で察したようだ。
「いや、私は会話には参加してないんだけどね……てか、ブヒブヒって」
納得がいかないといわんばかりにピーチが目を細める。
オーク語を話す仲間とは思われたくなかったのかもしれない。
「私はオークの言語を理解できるようになったので、それで彼らの話を聞いていたのですよ」
「お、オークの言語を理解だと?」
エルフには戸惑いの色が見える。まさか人間が豚の鳴き声のような独特な言語を理解できるなんて思いもしなかったのであろう。
「はい、それで話を聞いたのですが、どうにも貴方達の言っている事と齟齬がありましてね。なので、逆に私の方がエルフの皆様にどういう事か確認したいぐらいなのですが」
エルフの女戦士たちに明らかな動揺が走った。
顔を見合わせ、どうしよう、といった雰囲気も感じられる。
「そ、それはそのオークが嘘を言っているのだ! 大体オークのような連中の言っている事を信用するのがおかしいのだ! 相手はオークだぞ!」
「残念ですが、私はオークだからと悪く決めつけるような浅慮な感情を持ちあわせていないので、それに、ピーチを囮に使おうなどと企てていた貴方達よりはこのオーク達の方が信頼に値します」
「て、私が囮!? え? なにそれ!」
「今話したとおりですよ。雄しか生まれず多種族と交配しようとするオークですが、ある事情からエルフには目もくれません。その上、あの里のエルフは戦闘民族とさえ言われるほどの強者の女戦士揃い。わざわざオークもそのようなエルフ達を襲ったりはしないでしょう。しかも彼らは追ってくるエルフから必死に逃げていた。それにエルフ達は手を焼いていたのだと思います。だからこそ、人族の女であれば、オークをおびき寄せる囮として使えるのでは? そう考えたのでしょう」
エルフ達は何も言わない。だが、沈黙は肯定と同じである。
「何よそれ……私達まんまと利用されていたってわけね」
「くっ! そこまで看破されるとはな! だがこちらにも理由があっての事! お前たちも一度請けた依頼なら、責任持って遂行しろ!」
「勝手な言い分ですね」
「冒険者なら当然だろう! 第一オークなんて放っておいてもどうせいずれ悪さするのだ!」
「それはありませんよ」
「な、なんでそんな事がわかる!」
「簡単です。この状況をみて判りませんか? このオーク達は一切肉を食べません。見ての通り食料として採取しているのも野草や森に生る果実だけです」
「だ、だから何だというのだ!」
「判りませんか? つまり彼らはオークの中でも珍しい、草食系オークだという事です」
な!? とエルフ達が絶句した。
そして隣で聞いていたピーチも、これにはびっくりと目を丸くさせる。
「そ、草食系オークって、本当なの?」
「えぇ、その証拠に彼らは酷く臆病です。私が現れただけであの慌てようですし、狩りだって致しません。まぁだからこそ、森を駆けまわり鹿でも熊でも平気な顔して狩ってみせるエルフに恐れを抱いていたのでしょうね。彼らからしてみれば、そこのエルフ達は肉食系エルフといったところでしょうから」
「に、肉食系エルフって……」
肩を落とし、どこか呆れたように半眼で呟くピーチであった。
「まぁそういうことですので、私はとりあえずこのオークにつかせて頂きますよ。それに、彼らは魔物ではない獣人です。ならば、何もしていないのなら捕まるいわれはありませんからね」
「くっ! 裏切るというのか!」
「先に騙したのは貴方達の方でしょう」
「黙れ! こうなっては仕方がない! 不本意だが……無理矢理でもオークを連れて行く!」
「……さて、そう上手くいきますでしょうか?」
そして――
「あ、ぐぅ、つ、強すぎる……」
「これが……ナガレ式を考案された御方の実力か――」
剣を抜き、襲いかかってきた女エルフ達ではあったが、ナガレの手にかかれば相手にもならず。
まさに瞬きしてる間に攻撃を受け流され、大地に倒れるエルフ達なのであった。
「さて、どう致しましょうか」
「……くっ! 殺せ!」
「……いや、殺しませんよ」
「う~ん、てか何故かナガレが悪者ぽくなってる気が……」
エルフにそんな事を言われるナガレを見ながら、ピーチが呆れたようにそう零すのだった――
今度こそ真のくっころ展開です。




