第五十二話 くっころ
「それにしてもエルフの女性を襲おうなんて、やっぱりオークはオークよね!」
取り敢えずはエルフの話を聞き、オークを生け捕りに森の西へ向かうふたり。
その道中、やはりピーチはオークに対して怒りを露わにしていた。
「ただ、オークはかつては魔物として見られていた事もあったようですが、エルフ達も口にしてましたが、今は獣人として認識されているのですよね?」
「それは、まぁね。オークは見た目が二本足で歩く豚という感じだし、独自の言語で喋るから人間とは言葉も通じないしで前はそう思われていたみたい。でも魔核を有してなくて、構造的にも人や多種族と同じという事が判ってからは、獣人として認識されてるけど」
ピーチの説明に頷くナガレ。勿論これはナガレも既に知っている事ではあるが。
「でもね、他の種族と違ってオークは今でもあまり人も含めて多種族との交流がほぼないのよ。昔、魔物として忌み嫌われていて狩られてたりしたのもあって、他種族を未だに恨んでるオークが多いというのもあるみたいだけどね。でもそれだけじゃなくて、あいつらやたら血の気が多くて悪事を働くことが多いのよ。盗賊や山賊に身を落としたりする事も多々あるし、それに実際多種族の女性を襲うこともよくあるしね」
ピーチが眉を落とし、そう説明する。差別というものが禁止されているこの国ではあるが、そういった背景からやはりオークは疎ましく思われる傾向が強いようだ。
「そうなると、今回のオークも悪事を働いているようならば、やはり対処する必要があるのでしょうね」
「勿論よ。女の敵は許せないわ!」
鼻息を荒くするピーチを認めつつ、ふたりは更に森の奥へと進んでいく。
そして、そこから更にある程度進んだところで、ナガレが、一度止まって下さい、と右手を広げ、ピーチの動きを制した。
「どうかしたの?」
「えぇ、ちょっとしたトラップが設置されてますね」
え!? と驚きの声を上げるピーチ。
そしてナガレは、その場で腰を落とし、地面を観察し、下草に隠れるようにして這わされている糸を指で示す。
「これが罠ですね」
「むぅ、やっぱりオークはオークね。それで、やっぱりこれに引っかかると落とし穴に落ちたり、矢が飛んできたりする感じなの?」
顔を顰め、まだ見ぬオークへの嫌悪感を露わにしながら、ピーチがナガレに問いかける。
「……いえ、この罠は殺傷する為のものではないようですね。これを切ると糸の先に吊るされた板が揺れ、オークに知らせるようになっているのでしょう。みたところ仕掛けられている罠は、こういった何者かの侵入を察知できるような類が多いようです」
「つまり、それでやってくる相手に備えるという事なのかしら?」
「……今の段階では、はっきりとは言えないですが――取り敢えず罠には気をつけて先を急ぐとしますか」
ナガレの発言に頷くピーチ。
そして、ナガレが前を歩き周囲の状況を確認しながら、トラップに引っ掛からないようピーチに位置を伝え歩くこと十数分。
ふたりは遂にオークが生活してる開けた空間の前まで辿り着いた。
そしてふたりは茂みの中に身を潜め、彼らの様子を一旦観察する。
「……オークってこんな暮らししていたんだ。ちょっとびっくり」
ピーチが意外そうに口にする。
何故なら、その空間はちょっとした集落のようになっていたからだ。
といっても、その有り様はナガレからすれば少々原始的でもある。
見たところオーク達は、天幕を利用し簡易的な住居を設置し、そこで生活しているらしい。
そして集落の中心には木の枝などが集められており、土鍋のようなものも置かれている。
どうやら火を使ったり簡単な料理をしたりも出来るようである。
そんな集落の中には、六人のオークの姿が見受けられる。
ただその内の一人は恐らくオークであろうという判断だ。
何せその一人だけは、なぜかは判らないが厚めの布地で全身が包まれており、はっきりとその姿は確認出来ないのである。
「ブヒッ! ブヒルバ! ブヒリンパ」
「ブフッ、フヒュブ!」
すると、今度はふたりの潜む藪とは逆側の奥から更に二人のオークが姿をみせ、オーク特有の言語で残っていたオークと会話を始めた。
戻ってきたオークはそれぞれ、野草や森で取れたのであろう果実を籠にいれて抱きかかえている。
『おかえり~どう? 大丈夫だった?』
『うん、途中狼の群れがいたから怖かったけど、なんとか避けて帰ってきたよ~』
『狼!? 怖! みつかって噛まれでもしたら痛いし最悪だよね』
『まぁ一応臭い玉を持って行ったから、いざというときは投げて逃げるけどね』
『それより、エルフ、大丈夫だった?』
『うん、今日は出会わなかったよ』
『そう、良かった』
『本当勘弁してほしいよね。おかげで住処も何度も変えないといけないし――』
「…………」
ナガレはオーク達の話を聞きながら色々と考えを巡らす。
ちなみに、彼らの話しているのは勿論オーク語ではあるが、ナガレは当然それも一言聞いただけで全て理解できている。
「あいつら……何か集まって話し合いを始めてるわね。きっと何か良からぬことを考えているんだわ! そう思うでしょナガレ?」
「え? いや、それは」
ナガレはオークの言語を理解できているが、隣で様子を窺っているピーチに関しては別である。
彼らの会話の内容がわからないため、見た目と雰囲気で判断してしまっているのだろう。
しかしナガレとしては、この会話を聞いて放っておくわけにもいかない。
「ピーチ、実はですね」
なのでナガレは、彼女にオークの会話の内容を伝える事にした。
すると、それを聞いたピーチが目を丸くさせ、そして怪訝な顔を見せる。
「それ、本当なの? だってそれだと……」
「えぇ、あのエルフの言っていたことと微妙に噛み合いませんね」
ナガレの返答に、う~ん、と腕を組み唸るピーチ。
そして、でも、とナガレをみやり。
「ナガレってばオークの言葉も理解できたのね……」
「えぇ、まぁ覚えたのは今ですが」
「今って……まぁナガレだもんね」
若干呆れたように零すピーチなのである。
「さて、取り敢えずですが、このまま黙っていても話は進みませんね。なのでちょっと私が行って話を聞いてみようと思います」
「え? あ、それなら私も行くわよ」
「……そうですね。ですが少しお待ち下さい。先ずは言葉がわかる私が話をしますので、合図したら出てきて下さい」
ナガレの提案にピーチは顎を引き納得を示す。
「では――」
そしてナガレは藪から姿を見せ、オーク達に向かって脚を進めつつ、あの――と声を掛けたわけだが……。
『――ッ!?』
『に、人間だーーーー!』
『逃げろ! 食われるぞーーーー!』
『ぶひゃぁあああああぁあ!』
「…………」
ナガレが現れた瞬間、集落は大パニックに陥ってしまった。
オーク達は大声で叫び上げながら、ナガレから逃げ出そうと脇目もふらず一目散に遁走を試みる。
しかしそんな中、一人のオークが石に蹴躓き転倒してしまう。
『み、みんな置いてかないでよぉ~~!』
そして腕を伸ばし助けを乞うオーク。
そんな彼に、ナガレはゆっくりと近づくが、残されたオークはガクガクと震え、太い腕を必死に動かし後ずさりし、そして目の前まで迫ったナガレにむけてこう言った。
『くっ! 殺さないで!』
そんな涙目のオークを見ながら一つ息を吐きだし、そしてナガレは人当たりのよい笑みを浮かべた後その口を開く。
『大丈夫ですよ。私はあなた方と少し話がしたいだけですから』
その姿にオークは目を丸くさせた。
まさか人間がオークの言語で語りかけてくるとは思いもしなかったからであろう――
これも一応くっころ……え?違う?




