第五十一話 エルフの長
案内役の女性に連れられ、エルフの里に脚を踏み入れるピーチとナガレ。
里の中は流石に人間の街ほど大きくはなく小さな村といった様相だが、自然を大事にした空間となっており、基本的には下草などもそのまま。
そしてエルフ達が暮らす家はやはり木製の造りが多かった。
そんな中、彼女の後から脚を進めるふたりではあったが――
「ねぇ? 依頼では確か女性必須で男は少ないほうがいいみたいな事が書いてたわよね?」
ふとピーチが、前を歩く案内役のエルフに尋ねた。
「はい。人間の男は、我らのような美しいエルフをみると見境がないことが多いですからね。男だけだと何をしだすかわからないですし、それに対応するのも面倒ですからギルドにそうお願いしました」
「いや、美しいって自分で言っちゃうんだ……まぁいいけど、でもだったらなんで――」
そこまで言って一旦ピーチはキョロキョロと辺りを見回し、そしてナガレを見て、改めて言葉を紡ぐ。
「なんで皆ナガレに注目してるのよ! なんかキャーキャー言ってるのもいるし!」
そして叫ぶ。そしてとうのナガレは照れくさそうに頬を掻いた。
ナガレからしても、よもやエルフからこんな歓迎を受けるとは思ってもいなかった事だろう。
「それは仕方ないです。何せナガレ式の考案者と言えば今やエルフの憧れの対象ですからね。大変人気で、我が里でもまだ使っているのは外と内の門番と長だけではありますが、皆出来上がりを楽しみに待っております。それだけ素晴らしい武器だと認識されているのですから、銘の冠ともなっているナガレ様がやってきたとあれば注目されるのも当然です」
「そこまではっきり言われると妙に照れくさい気もしますが……」
半ば諦めてはいるナガレだが、よもやナガレ式一つでここまでの事になるとはといったところであろう。
「確かにナガレ式は私も凄いと思うわ。でも貴方達エルフよね? それなのに武器一つでそこまで騒ぎ立てるものなの?」
「それは当然です。今でこそ穏やかに暮らしてはいますが、この里のエルフの本質は戦闘民族。寧ろ武器に拘らないほうがおかしいのですから」
「……はい? 戦闘民族? え? ちょ、何言って……」
「着きました。この中で長がお待ちです」
そうこう話してる内に長の待つという建物に辿り着いた。流石は長というだけあり、他と同じく木造ではあるが、その佇まいは屋敷といっていいほどのものである。
「門もしっかりしていて立派な造りですね」
「はい、やはり長たるものこれぐらいの物は必要ですからね」
そう言って、里の入り口と同じように門の前に立つエルフへ、ふたりが客人である事を告げ、門を開けてもらう。
屋敷の前に立つ門番は外にいるふたりよりもかなり生真面目のようで、美形ではあるが、表情一つ変えず手早く行動した。
そんな彼女もやはり手に持ちし得物はナガレ式グレイヴである。
「ではどうぞ」
「いや、てか、どうぞの前に戦闘民族ってだから何よ!」
しかしそれに答える事はなく、結局彼女に連れられ奥の間へと案内された。
ピーチは得心がいかないといった表情を見せ続けていたが。
「よくぞ参られたのじゃ。妾がこの里を治める長、エルマールであるぞ」
案内されたのは、中々の広さを誇る大広間であった。
目算ではあるが、ギルドの一階部分がまるまる収まってもまだ余裕があるぐらいの広さがある。
それに天井も高い。目を引いたのは椅子などは設置されておらず、板の間にそのまま腰掛ける方式であったところだ。
そのせいかなんとなく和の雰囲気を感じさせる。
広間に入る前に靴を脱ぐ必要があったところも大きいか。
大広間の正面は一段高くなっており、エルマールと名乗った長はそこに敷かれた敷物の上に腰を落としている。両足を横に出す、いわゆる横座りと称される座法でふたりを出迎えている形だ。
そしてナガレとピーチも長である彼女に自己紹介を兼ねた返礼をした。
ちなみにナガレは一分の隙も感じさせない見事な正座で長と相対している。
ピーチに関しては、あまり慣れていないせいか座り方もぎこちないが、とりあえず見よう見まねで何とかしている。
「ふむ、お主はあのナガレ式の発案者らしいのう。あれは見事であったぞ。妾も購入したがのう、斬ってよし突いてよしおまけに相手を引っ掛けて引きずり回すことも出来るすぐれものじゃ。褒めて使わそう」
「喜んで貰えて何よりです」
どうやら彼女は鈎付きのグレイブを手に入れたようだ。しかしこの里に来て、ナガレ式武器についての感想をきくことの多いナガレである。
とは言え相手はエルフの長、素直に感謝の言葉を述べるナガレであった。
「それにしてもお主姿勢が良いのう。妾も思わず惚れ惚れするほどじゃ」
そう言いつつ妖艶な笑みを浮かべるエルマール。流石はエルフの長というだけあってか、この里のエルフは皆一様に平均以上の美しさを誇るが、この長に関しては更にその上を言っていた。
背中まで達する金色の髪は神々しいまでの輝きを放ち、同じく金の虹彩を湛えし切れ長の瞳は目を合わせた者のハートを即座に射抜きそうな程の魅力で溢れている。
おまけにその格好はまるで羽衣のような衣装を身に纏い、しかも内側がうっすらと透けて見えるような作り。
シースルーというものか、おかげで身体のラインはくっきりと、更にエルフにしては大きな胸。胸元から溢れんばかりの谷間を惜しげも無く披露している。
「ふふっ、どうじゃ? お主さえ良ければ今晩でもしっぽりと――」
そして――男であればグッときそうな程の誘い文句がナガレの耳朶を打つ。
隣ではピーチが、な!? と絶句しているが。
「中々に魅力あるお誘いではありますが、私達は仕事の依頼という事で赴いております。ですので、出来れば本題の方に入って頂けると嬉しく思います」
微笑みを残したまま、ナガレはそう彼女に返した。
ピーチはどこかホッとした様子ではあるが、エルマールは目を細め若干の不機嫌さを表情に宿し口を開く。
「なんじゃ、つまらん男じゃのう」
そして不満そうに口にするエルフの長であったが、ちょっと待ってよ! とピーチが叫びあげ。
「さっきから聞いてればなんなのよ一体! 第一下心のある男を排除するためにあんな条件出したんでしょ? なのにナガレを誘惑するなんて一体どういうつもりよ!」
相手が里の長である事などお構いなしに、ピーチがエルマールにビシリと指を突きつけ言い放つ。
すると、ふん、と一つ声を漏らし。
「全く喧しい女よのう。まぁ良いわ。それに関してはこれはようはテストじゃ。もし妾の誘いにあっさり乗るような男であったなら、それなりの洗礼を与え里を追い出すところよ」
その言葉に、え? そうなの? と目をパチクリさせるピーチ。
そして、ふふっ、とエルマールが妖しい笑みを浮かべ更に言葉を続ける。
「つまりお主たちは合格というとこじゃな。とはいえ少々傷はついとるがのう。妾がこれだけ誘惑しとるというのに、全く動じぬのだから」
「あったりまえじゃない! ナガレは女性の気持ちに関しては超にドが付くほどの鈍感なんだから! 下手したら誘惑だって事すら気がついてないわよ!」
「中々酷い言われようですね……」
若干心外だといった感情を顔に宿しつつ、ナガレが呟く。
「それにしたってのう。これほどのいい女が誘っとるのに全く反応無しとは、もしやお主、男色の気があるのかのう?」
「ありません」
それに関してはきっぱりと言い切るナガレだが、酷い疑いを掛けられたものである。
おかげで広間で控えているエルフ達からもひそひそと囁く様子が感じられる程だ。
「まぁ良い、本題じゃったな。内容は依頼書の通りじゃ。実はこの森の西部にオーク共が住み着いてしまい森を荒らされて困っておってのう。だからそやつらを生け捕りにして欲しいのじゃ」
テストも合格ということで、エルマールはそこからはあっさりと本題に入り、依頼内容をふたりに説明した。
「ふ~ん、でも生け捕りなのね。ちょっと珍しい気がするけど」
「ふむ、そこに疑問を持つとは、ただ言われた事をほいほいこなすだけの浅慮な冒険者というわけでもなさそうじゃのう。じゃが理由は簡単じゃ、妾達は自然を愛する誇り高きエルフ族。じゃから森がオーク達の血で汚される事を良しとせぬのじゃ」
「ふ~ん、なるほどね」
ピーチは一応は納得をした様子。
だが、ナガレは思案顔で顎に指を添える。
「……なんじゃ? お主も何かあるのかのう?」
「いえ、ただ荒らされたというとどの程度なのでしょうか?」
「……色々じゃ」
「……色々ですか?」
「そ、そうじゃ! オークの事はよく知っておろう? 獣人とは言え気性が荒く、野蛮な一族じゃ! 見た目も醜悪じゃしのう。森の動物達も考えなしに狩りおるし、それにオークは性欲も強く、エルフの女も何人か襲われておる! 放ってはおけんのじゃ!」
「え? 女も襲うの? 最悪じゃない! だったらナガレ、早く解決しないとダメよね!」
ピーチは特に女性を襲うという事に怒りを覚えたようで、ナガレにそう訴えかけてきた。
「確かに、それであれば急ぐ必要があるかもしれませんね。承知致しました。では早速オークの捕獲に向かおうと思います」
「うむ、頼んだぞ。期待しておるでのう」
エルマールの発言と、ピーチの訴えで、ナガレはとりあえずは納得し、その場を辞去した。
そしてピーチとふたり、里を出てオークを探すべく森の西部へと向かうのだった――




