第四十九話 新たな依頼へ
「ところで先生! 本日はどうされますか? 俺としてはまた俺達のパーティーと合同で迷宮攻略などどうかなと思うのですが?」
四人でそんな会話をしていると、冒険者達に詩を披露していたフレムが戻ってきて提案する。
元々迷宮攻略の話を持ってきたのはフレムだ。
『先生程の腕前なら、せこせこと狩りや魔草や薬草採取に励むより迷宮攻略の方が儲かりますよ』
これが最初のフレムの誘い文句だったが、別にナガレは稼ぎの面では十分過ぎるほどであった為、そこに惹かれる事はなかった。
ただ、迷宮には強力な魔物が潜んでるという部分に興味をもった形だが。
「ちょっとちょっと、言っておくけどもう貴方達が受けられるような核迷宮はこの辺りにないわよ」
だが、そこでカウンターからマリーンがストップを掛けた。
「全く、ここ数日で五つも六つも攻略しちゃんだから規格外もいいところよ。普通迷宮って何組もの冒険者が何度もトライしてようやく核を破壊できるものなのよ? なんでどれも一日でしかも半日足らずで攻略とか出来るのよ……て、今更そんな事いうのも馬鹿らしいけどね」
ナガレを眺めながら、はぁ、とため息を吐くマリーン。
「そりゃ先生だからな! 当然!」
そして何故かやはり自分のことのように得意げなフレムである。
今のマリーンの話にもあったようにこの世界には迷宮というものが存在する。
そしてその迷宮は二つの種類に分かれ、そのひとつは今マリーンが話した核迷宮である。
これは一説によると、魔素の濃い地域で自然に魔素が核化し意思を持ち迷宮を構築した存在とされており、このタイプの迷宮は生まれたならすぐに攻略対象となる。
理由は迷宮が魔物を生み出すという部分が大きい。迷宮で生まれた魔物は暫くは迷宮内をウロウロするだけの存在でしかないが、時間が経つと数が増え外に出るようになってしまう。
そうなると他の生物にも危害を加えるようになる為、迷宮内の魔物は出来るだけ討伐を続け、厄介な事になる前に迷宮核を壊すのが望ましいとされているのである。
中には危険度の高い成長型の迷宮も存在するというのもある。
この迷宮に侵食され滅亡した国もあるという程だ。
ちなみに迷宮核はフレムが冒険者達に話していたように、意思を持つ存在でもあるため、己の身を守る為魔物化している。
これがいわゆる番人だ。そして当然番人は迷宮内で生み出される魔物よりも遥かに手強い――のだが、最初に挑戦した迷宮に関していえばナガレも正直張り切りすぎてしまい、地下五層程度の小さな迷宮ではあったが、僅か一〇分足らずで攻略してしまったものだ。
なお、この一〇分というのはピーチやフレム達のパーティーと一緒であった為であり、ナガレだけで挑んだなら恐らく秒レベルでの攻略となったであろう。
ちなみに迷宮にはもう一つ古代迷宮というものも存在する。
これは核迷宮と違い、その名の通り古くからその場所に存在する迷宮だ。
古代迷宮は核迷宮よりも規模が大きいことが多く、未だ完全に攻略された迷宮は少ない。
このタイプは種類も豊富で、天罰の遺跡、地獄の闇穴、英雄の城塁、八〇〇万ノ塔が特に巨大な四大迷宮とされている。
とくに八〇〇万ノ塔は、上に八〇〇万階分伸びているという驚異的な迷宮だ。
そんな迷宮攻略ではあるが、ナガレは最初の迷宮攻略後は自分は出来るだけ後衛からサポートすることに徹する事となった。
理由はナガレが全て片付けては、他のメンバーの為に全くならないからである。
彼らはレベルを上げるという目的もあるので、戦闘も己の力でこなした方がいい。
一つの迷宮を攻略するのに半日程度掛かったのはその為でもある。
それでもマリーンから言わせれば、今彼女が言っていたように驚異的な話のようだが。
ちなみに先ほどフレムが話していたような強力な魔物が出現した際は、ナガレがカバーに入り、結果的にフレムに度々尊敬され、詩まで作られてしまう羽目になったわけだが。
「でもナガレのおかげで私も随分とレベルが上っちゃった」
「ピーチもレベル18だっけ?」
そうよ! とドヤ顔を見せるピーチだが。
「でも、未だに魔法は第一〇門までしか開けないんだっけ? 本当に、魔法職なのにね……」
う、うっさいわね! と両手をぶんぶん振り回すピーチ。どうやら本人は意外とその事を気にしてるらしい。
「ですが、その代わり魔力の操作はどんどん上達しておりますよ。杖の先端を槍上に変化させたり、盾の形成もタワーシールド並に大きく出来るようになりましたし」
「そ、そうよ! 私だってちゃんと成長してるんだからね!」
今度はえっへんと胸を張る。
「……それってなんかだんだんと戦士化してない?」
「ははっ、迷宮でも自分から接近して魔物を杖で殴り殺すんだもんねぇ」
「で、でも凄く勇ましくてかっこいいと私は思います!」
「ローザ~私の事を判ってくれるのは貴方だけよ~」
ローザに抱きつくようにして嬉しがるピーチである。
しかし、魔術師に勇ましいって――と、やはり呆れ顔なマリーンであった。
「それにしたってマリーン! 俺はさっぱり納得いかないぜ! なんだって先生が未だにBランクしかも2級なんだよ!」
「いちいち私に絡まないでよ。仕方ないでしょう? 確かにデスクィーンキラーホーネットの件とか大活躍ではあるけど、だからってそんなほいほいランクを上げるわけにもいかないのよ。他の冒険者との兼ね合いもあるしね」
マリーンが辟易といった様子で答える。このやりとりもフレムがナガレを先生と慕って以来何度繰り返されたかわからない程であるからだろう。
「フレム。私は気にしておりませんし、ギルドにはギルドの考え方もあるでしょう。あまりマリーンを困らせてはいけませんよ」
「う、は、はい。すみません先生」
しょぼんと肩と眉を落とすフレム。やはりナガレには素直なフレムなのである。
「ところでナガレ~実際今日はどうしようか~?」
ピーチがテーブルに頬杖を付きながら問いかけてくる。
確かにまだ今日の仕事が決まっていない。
するとナガレが徐ろに立ち上がり、依頼書の貼られている掲示板に向かった。
「ふむ、これは少し変わってますね」
依頼内容
南西の女エルフの里より、森内に棲み着いたオークを生け捕りにして欲しい。
条件
Bランクより可。但し人間の女性が必ず含まれる事。男性の方が多いパーティーなどは不可。
報酬
依頼達成後エルフの秘薬提供。
「あぁそれ? 結構問い合わせが多いんだけどね。中々条件に合わないというか、女エルフの里ということでスケベ心丸出しで来るのが多いのよ。依頼してきたエルフもそれを予想してそういう条件にしたんだと思うけど」
「へ~、でも男女比が一緒ならどうなの?」
「それなら可能ね。まぁそれでも明らかに下心が明らかならこっちの判断で受け付けないところだけど、ナガレならそんな心配は無用だしね」
確かに……と半眼でピーチが口にする。
何せナガレは、あのビッチェの色香にも惑わされなかった程だ。
「でもエルフの秘薬は魅力的ね」
「エルフ族に伝わる秘薬は、飲めば魔力蓄積量の底上げが可能でしたね。確かにピーチにはぴったりでしょう」
基本魔力は大気中の魔素を変換して身体に蓄える。
ステータスで表示される最大魔力はこの最大蓄積量を表し、この数値には個人差がある。
この値はレベルアップでも徐々に増えていくが、エルフの秘薬はレベルアップなしでもかなりの増加が見込めるため、魔術師にとってみれば喉から手が出るほど欲しい一品である。
「うん、うん! そうね! いいじゃないこれ! ナガレ! これ請けよ、ねっ! ねっ!」
ピーチが縋るように言ってくるが、ナガレの答えは既に決まっていた。
「勿論、ピーチが大丈夫なら私は問題無いですよ」
快諾するナガレをみてマリーンは、そう、と頷き。
「じゃあ受注書用意するわね。前と同じで依頼達成したらそれにサインを貰ってくれればいいからね」
「先生! その依頼! 俺もいきます! 是非!」
「何言ってるのあんたは駄目よ」
当然のようについてこようとするフレムに、ピーチが待ったをかける。
「な、なんでですか先輩!」
「あんたね、依頼内容聞いてた? 男の方が多くちゃ駄目なのよ。フレムのパーティーだとローザはともかくカイルとフレムがついてきたら条件にあわないじゃない!」
うぐぅ! と喉を詰まらすフレム。それに、今回は仕方ないね、とカイル。
「フレム無理をいっちゃナガレ様に迷惑よ」
うぅ、とフレムが肩を落とした。以前と違い意外と物分りがよく、どうやら素直に諦めて三人で請けられる仕事を選ぶようだ。
「じゃあ、お願いね」
こうしてマリーンに見送られ、ナガレとピーチは女エルフの里のある森へと向かうのだった――
ナガレ、女エルフの里へ行く。




