第四十八話 賑やかなギルド
本編新章スタートです
ナガレが異世界に来てから一〇日が過ぎた。
デスクィーンキラーホーネットの件以来、冒険者ギルドでもハンマの街においてもナガレの実力はすっかり浸透し、人々に一目置かれる存在となっている。
また、ハンマの街にはレベル0の凄い冒険者がいる、という噂は周辺の村や町にも広がりを見せていたりもした。
「皆聞いてくれよ! 今日も先生は凄かった! 一緒に北東に出来た迷宮の攻略に赴いて頂いたが、先生はやっぱり凄まじかった! レベル30超えのミノタウロスも何のその! 最深層の番人も危なげなく指一本で撃破してしまった!」
そして、ナガレの噂がここまで広まったのは、今も朝からギルドで何故か自分の事のように得意気に語るフレムに依るところが大きい。
以前に比べると喧嘩っ早い性格も大分改善されているが、ナガレを先生と慕う気持ちは相変わらずで、寧ろ日に日に心酔してきている有り様だ。
今や彼は冒険者の間で、ナガレ専属の伝道師とさえ囁かれる程である。最近に至ってはナガレを讃える詩にまで手を出してる始末だ。
「あ~あ~我が先生~最強で偉大なナガレ様~その手に掛かれば魔物壊滅、街を救出、YO! 俺の心、先生に釘付け! 天才に惹きつけ! 先生~先生~それがナガレ先生~」
だが残念ながら彼には吟遊詩人の才能は壊滅的と言っていいほどない。
更に言えば極端に音痴だ。だがそれが逆に冒険者達にうけていた。
以前のフレムの事を考えればこの変わりようはネタとしても最高なのだろう。
「ナ、ナガレ様ごめんなさい! フレムがなんか、でもあれでも一応三日三晩寝ずに考えたらしくて」
今はギルドのテーブル席に一緒についている一行だが、フレムの様子にローザが謝りながら説明してきた。
「……それはある意味凄いですね」
「ナガレっちのおかげでフレムも随分と砕けてきたからね~」
「砕けたというか、だんだんアホになってきてないあいつ?」
目を細めたピーチが呆れたように呟く。
確かに、別に酒に酔ってるわけでもないのにこのはしゃぎようだ。アホとまではいかなくても頭のネジが一本外れたかのような様相ではある。
「あらんナガレちゃん、お久しぶりねん」
「おや? ゲイ様、確かにお久しぶりですね」
「いやだわナガレちゃんってば。そんな他人行儀な、よ・び・か・た。ゲイって気軽に呼んでねん」
すると、ナガレ達の席に見慣れた筋肉ムキムキの黒光りする肌が迫りウィンクを決める。
だがナガレは特に応じることもなく、彼(彼女?)に応対した。
「そうですかゲイ。それにしても貴方も色々と忙しそうですね」
ナガレの発言に、ゲイの眉が一瞬ピクリと波打つ。
「うふっ、本当貴方鋭いわね」
「えぇ、なんとなくではありますが、厄介な魔物の狩りに奔走していて大変そうな、そんな気配がしました」
うふふっ、と更にゲイが意味深な笑みを零しつつ。
「本当に、ね。でもあたしの口からは何も言えないわん。あたしみたいな存在にはそれなりの秘密があるよのん。それに女はミステリアスな方が魅力的でしょん?」
ナガレに向けてウィンクを決めつつどこかで聞いたような台詞を言う。
しかし、やはり見た目筋肉マッチョの男が言うのと、妖艶な美女が言うのとでは感じさせる印象が段違いだ。
「でも、貴方のおかげで随分と助かってるわよん」
「え? ナガレのおかげで?」
これにはピーチが反応して不思議そうに疑問を口にした。
「そうよん。ほら、こ・れ。武器を変えたのよん。スチールの店でねん。ナガレ式バトルハンマーよん。でも凄いわん。柄を長くしただけでこんなに使いやすくなる上に威力も上がるなんて、さすがあたしが惚れた男よん。ただ強いだけでなくてこんなものまで考えちゃうなんて」
ナガレは思わず微妙な面持ちでゲイの取り出した槌を見やる。
確かに以前見た時と違い、柄が長くなりその分ヘッドの部分は小さくなっていた。
ただ質量は変わっていないようで、だからこそ使いやすさと威力を両立させる事が出来たのだろう。
ナガレは既に諦めてはいるが、このゲイの新調した武器も含め、柄を長くした武器は全てナガレ式という冠がつくようになってしまっていた。
ナガレ考案ということでスチールが商業ギルドに長柄武器を登録。更に複合武器であるナガレ式ハルバードも登録。
これが人伝に広まりに広まり、あっという間にナガレ式の名が定着してしまった。
スチールの店は当然大繁盛だが、手も足りないため、ナガレ式は独占にせず製法は他の鍛冶師にも伝わるようにし生産力拡大の道を優先させた(尤もこの場合、他の店で売れた金額の何割かがスチールとナガレに入るようになっているが)。
これにより、わずか数日の間にハンマの街だけで一万本の注文が入り、おまけに噂は他の街にまで流れている。直に王都からの注文も殺到するだろうとも言われおり、商業ギルドの予測では一ヶ月あれば一〇万本は発注が来るだろうとされる程の勢いでもある。
ナガレ式武器の平均金額は五万ジェリー。
それが一万本で五億ジェリーの売上である。
ナガレは最低でもそこから一割は入ってくる契約となっている為、五千万ジェリーはほぼ確定なのである。
更に商業ギルドの予測が当たれば、いずれは五億ジェリー程がナガレの収入となる。
バール王国の冒険者の平均月収が二万ジェリー程度である事を踏まえると、これがどれだけ膨大な金額かがよく判る。
流石のナガレは異世界において稼ぎの面でも規格外であった。
「うふっ、じゃああたしもそろそろいくわねん。このナガレ式バトルハンマーで叩いて叩いて叩きまくってあげるわん」
ゲイは満面の笑顔でウィンクを決めると、またねん、と言い残し冒険者ギルドを後にした。
「てかどんだけ叩く気なのかしら? そもそもどんな依頼?」
ピーチが呆れ返ったように口にし、疑問の言葉を呟く。
ゲイは一見するといつもどおりのオネェ冒険者に思えるが、新しく購入したというナガレ式バトルハンマーに頑強そうな胸当て、ガントレットにグリーヴとかなり物々しい出で立ちだった。
冒険者なのだから当たり前と思いそうだが、彼ぐらいのレベルになると、余程の事がないかぎりそこまで決め込まなくても大抵の依頼は事足りる。
実際普段は胸当てすらつけず、己の筋肉を誇示し獲物を狩るのがゲイの基本スタイルである。
そう考えるなら、今彼が抱えてる仕事はBランクの特級として挑む必要のあるレベルなのだろう。
そんな事を考えながら、ナガレはゲイが無事依頼を達成できることを願いつつ、改めて皆の様子に目を配った――




