第四九〇話 ナガレへの褒美
「うぅ、結局勝てなかった」
「あはは、何か気がついたら気を失っていたねぇ」
「うぉおおおおお! 俺は自分が情けないぜ! こんなことじゃ先生に顔向け出来やしない!」
「いえいえ、三人とも十分戦ったと思いますよ。実力がかなり上がっているのもよくわかりました」
試合が終わり、フレム、ピーチ、カイルの三人は敗北を知り随分と気落ちしているようだった。カイルは一見平気そうだが笑顔に力がないのがよくわかる。
ただ、そうは見ていないのがナガレだ。彼らに向けられた言葉も同情や心にもないことを言っているのではなく。
「……でもナガレ、私たち結局何も出来なかったよ?」
「そんなことはありませんよ。彼は最初魔法も使用せず剣を抜く様子も見せていなかった。ですが最終的にそのどちらも使わせる事となった」
「はは、確かにね。カイルだっけ? 彼の矢はつい剣で弾いちゃったし、フレムとピーチの攻撃もどんどん勢いがましていったしねぇ。魔法を全く使わないのも厳しいなと思ったから音波の魔法を使っちゃったよ」
そう、ユーリが最後に見せたのは別にただ叫んだだけというものではない。魔力を超強力な音波に変換させて放つ魔法、ブレイクウェーブであったのだ。
「でも先生、俺達は逆に言えばそれぐらいしか出来なかったということですよね?」
「フレム、最初に言ったように彼は強いのです。そのユーリからこれだけの力を引き出せたのですから、勿論それに満足していてはいけませんが、そのことに落ち込むのであれば、これ以上を目指す上で何が必要か考えてみるといいでしょう。どちらにせよ、世の中上には上がいることを知るにはいい機会だったと思います」
なるほど、と三人は納得しかけるが、冷静に考えて見れば規格外に上の存在が目の前にいる。
「……でも、そんなに強いなら私も興味がある。ユーリ、私ともやってみる?」
「そ、それは勘弁だよ!」
どうやらビッチェもユーリに興味が湧いたようだが、しかし当のユーリがそれをこばんだ。
「……何故?」
「だ、だって君、その何か凄いし! ぼ、僕にはこうみえて結婚したばかりの妻がいるし、な、なんかもう、近づくだけでヤバい!」
ビッチェは頭にクェスチョンマークを浮かべたような顔を見せているが、ユーリの顔は真っ赤だ。ビッチェはただでさえ際どい格好をしている上、フェロモンが凄いのである。一応普段は抑えているがお年頃のユーリは我慢するのも中々大変なのだろう。
「やれやれ、どちらにしてもこれ以上は勘弁願いたいかな。今の戦いだけでも部屋がかなりメチャクチャなんだ」
「うん? あぁ、そういえば……」
「改めて見ると結構なことしちゃったねぇおいら達」
「て、天井にも穴があいちゃってるわね」
冷や汗まじりにピーチが言った。仮にも帝国の城の一部を破壊してしまったのだ。焦る気持ちもわかるというものだろう。
「まぁ、それは私の方で許可を出したわけだし気にしなくてもいいさ」
「ふむ、ですが私も試合をさせた身として少し申し訳ないですね。それでは――」
「「「「「え?」」」」」
それは一瞬の出来事だった。ナガレが何をしたのか周りからは全く見えなかったであろうが、確かに壊れた天井や床、その他置物に至るまで全てが何事もなかったかのようにもとに戻ったのだ。
「す、凄い! これナガレ何したの? 魔法?」
「ただの合気ですよ」
「合気すげーーーーーー!」
ユーリが叫んだ。ナガレの合気の力を初めて目にしたことでかなり興奮しているようでもある。
「で、でも本当に凄いわね。今更だけど」
「さすが先生だ! 先生の凄さに比べたらちょっと負けたぐらいで落ち込んでしまっていた自分の小ささがよくわかりました!」
「う~ん、とりあえず何か壊れた時はナガレっちに頼めば何でもなおせちゃうんだね」
「なんでもではありませんよ。合気で出来る範囲内です」
その出来る範囲が広すぎるのがナガレの合気である。とは言え現場では壁や天井や床がただ壊れたり凹んだりしていただけだ。つまり壊れたという事実を受け流せばもとに戻すのは難しいことではない。
「今更だけどとんでも合気よねナガレくんの」
「あれはもう合気というよりAIKIに思えてしまうわ」
『それ何か違うのかの?』
「地球では大きく意味が変わってくるのです」
「よくわからないですね地球というのは」
『AIKI凄イAIKI凄イ』
ヘラもどことなく呆れ顔だ。一方キャスパは何か燥いでいる。
「……ナガレなら例えピーーーーしても直してくれそう」
「ちょ、ちょ、何言ってるのよビッチェ!」
ビッチェの発言にピーチも顔が真っ赤であり。
「ふ、沸騰しちゃうよ~~!」
「あ~! 師匠が!」
ローザの頭からも湯気がたち、慌てるアイカなのであった。
「少しごたついたが、ナガレよ、此度は帝国に尽力してくれてありがとう。この国の長として改めてお礼申し上げる」
一旦落ち着いたところで、改めて玉座の前で挨拶が執り行われる。ナガレも恭しく返礼した。
「さて、ここからが本題なのだが、此度のそなたの功績を讃えるため、何か褒美を用意しようと思っていてな。いや、もうこういうのはやはり苦手だ。ナガレよ、何か欲しいものはあるかい? 皇帝の権力で大体のものは用意しちゃうよ?」
「陛下……」
「いいじゃないリリアンヌ。堅苦しいこといいっこなしでさ」
「はぁ全く……」
途中からおちゃらけてみせた皇帝に、大臣も呆れ顔だが、この場ではこれ以上言っても仕方ないと思ったのか口出しはしてこなかった。そのうえで、全員の注目がナガレに向いていた。
これまでと違い、ナガレを軽んじる雰囲気はもうない。ナガレ以外の一行に関しても先程のユーリとの戦いを見たからか騎士や魔導師たちも一目置いているようだ。
「わかってないな。先生はそういう褒美には縁遠い御方なのさ。先生はこう言うぜ、そんなものは必要ありませんってな!」
そんな中、フレムがわかったようなことを口にした。ただ、これに関してはピーチも含めて皆がきっとそうだろうと思い込んでいたようなのだが。
「それでは陛下、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「ほら見ろ! やっぱり先生は何も、何も、え? お願い?」
だが、ナガレは皆の予想を裏切るように皇帝にそう返答した。フレムは勿論だが、他の皆にも驚きが感じられる。
「ナガレが何かを求めるなんて意外ね」
「そうだね~でもナガレだって依頼の報酬はしっかり受け取っていたしね」
「う~ん、それとこれとは少し違う気もするけどね」
「ま、ナガレくんだって人の子よ。そういうこともあるんじゃない?」
『褒美♪ 褒美♪』
「う~ん、でもちょっと気になるね」
「でも、ナガレ様ほどの方か一体何を?」
『ま、まさか我を!』
『自惚れるな。お前のような駄剣誰が欲しがるものか』
『何をーーーー!』
「はいはい、てか、悪魔の書もどっから声出してるのよ」
「下世話な、ナガレも所詮は人間か」
「…………」
そして騎士も含めて全員の視線がナガレに集中する中。
「ほう、いやいや、勿論ナガレが願うものなら何でも、とはいかないかもしれないが私の出来る範囲内なら全て叶えてみせると約束しよう」
「そうでございますか。それでは陛下、一つ土地の利用許可をいただきたいのですが」
そして遂にナガレが皇帝となったアルドフに願い出る。そのことに一瞬場がざわついた。
「え? それって領地がほしいってことかしら?」
「先生、土地が欲しかったのか?」
「へぇ~そういうの欲しがるんだねぇ」
「……そんな、ナガレがまさか――」
ピーチやフレム、カイルも含め見ていた皆が意外そうな顔を見せた。
騎士たちからも、わりと普通のものを欲しがるんだなと声が上がっている。
その上でビッチェの表情が険しい。
「ふ~ん、そういうの欲しがるんだ……」
一方でユーリはナガレの要求に少し残念そうな顔を見せていた。そして――
「ほう、なるほどつまり領地か。いや、これは少し驚きだが、勿論構わないよ。よし! ならばナガレの為に特別大きな領地を用意させよう。当然最高の条件でよりすぐりの土地を選んでみせるぞ。大臣出来るな?」
「えぇ、えぇ、それはもう」
このナガレの申し出に一番驚いていたのは皇帝のようであったが、しかし皇帝のアルドフは即座にそれを許可した。心なしか大臣の顔も明るい。
「……ナガレ、流石にそれはまずい。ナガレ程の男がなぜ?」
「え? ビッチェはナガレの要求に不満なの?」
「……当然。ナガレがここで領地を得ることの意味を考えればわかる」
「意味?」
「一体何の意味があるってんだ?」
「……私にはわかる気がします。ナガレ様は今まで一度たりとも土地を所望したことはありません。王国でもナガレ様は土地を持っておらず当然領地もありません」
「うん、たしかにそうだね。ナガレっちはそういうのとは無縁と思っていたし」
「え? ちょっと待って。つまりそれってもしここでナガレくんが領地を貰ったら……」
「そうか、ナガレ様が唯一領地を持つのが帝国ということになる」
「……そう。つまり帝国は期せずしてナガレという強力な力が手に入ることになる」
そうなのである。ナガレが帝国に領地を持つということはナガレが帝国の臣民になったに等しいこととなる。勿論だからといってナガレが戦いに利用される謂れはないが、しかし帝国からしたら大きなことだ。まして領地を皇帝自らが下賜しようというのだから、諸外国からは皇帝とナガレは懇意の関係にあると思われても致し方ない。
「……ナガレ」
ビッチェの表情が曇る。まさか、本気なのか? と言った目を向けるが。
「申し訳ありません陛下。私の言い方で勘違いさせてしまったようですが、私は帝国の領土が欲しいというわけではないのです」
「え?」
だが、ここでナガレが切り返す。それにユーリが目を丸くさせ、皇帝も、ほう、と息を吐き出すように口にし。
「しかし、領地が欲しいのではなかったのかな?」
「そうですね。そこは地図を見てお話したほうが良いかもしれません」
「おい、誰か急いで地図を持ってこい」
「陛下。ここに用意してございます」
「おお、さすがリリアンヌは用意が良いな」
そして地図を広げる台も用意され、その上に皇帝が地図を広げた。その周りにナガレだけではなく、仲間たちも集まってくる。
「しかし、地図をということは、もしかしてナガレは既にどこが良いのか決めているのか?」
「はい。私が許可をいただきたいのはここですね」
そしてナガレが利用したいという場所を指で囲って見せるが。
「む、むぅ、なんとここか!」
「え? あれって?」
「あ、あぁ確か」
「……これは、ふふ、ナガレはやっぱり面白い」
そしてナガレの指し示した場所を見ていたビッチェは表情を一変させ微笑を浮かべた。
「ねぇ、ここだと何か違うの?」
「うん、そうだろうね。だってここは帝国と王国の境目にある峡谷。強力な魔物や魔獣が多いこともあって、どちらの国も領土宣言をしていない場所だし」
すると、答えるようにユーリが口を出した。
「え~と、つまりどういうことだ?」
「馬鹿ね。これって帝国がそもそも領地として与えることなんて不可能な場所ってことじゃない」
フレムはユーリの説明にピンっと来ていないようだが、ピーチは理解できたようだ。
そう、この渓谷はマーベル帝国もバール王国も領有していない。だからこそこの渓谷を堺に領土がはっきりとわかれているのだが。
「ナガレ殿、これは流石に無茶ですぞ。この場所は帝国でも勝手に譲渡したりはできません」
「大臣の言うとおりだ。ナガレよどうしてもここでなければいけないのか?」
「はい」
「うむ、しかし……」
「陛下。私が求めているのはあくまでここを使用する許可です」
「許可か。だが、そんな真似をしても、王国側が黙っていまい」
「はい。ですので私は王国側にも同じように許可を頂けないかお願いしてみようと思っております」
「何?」
「あ、そうか。そういうことなんだね!」
アルドフとナガレの話を聞いていたユーリが興奮したように口を挟んだ。
「今回ナガレが貢献したのは何も帝国に対してだけじゃない。王国だって当然ナガレを無視できないだろうし同じように褒美を与えたいと言ってきてもおかしくない。その時に今と同じようにお願いする。その時に皇帝にも同じことをお願いしていると言えば」
「……王国も嫌だとは言えない」
ナガレがニコリと微笑むと、皇帝が参ったなといった顔で頭をなでた。
「しかし、ナガレよ何故ここなのだ? 正直住むのに最適とは思えないし、もっと条件のいいところがあるのではないか?」
「いえ、ここでなければ駄目なのです。私の目的はここに学校を建てることですので――」
そうだ、学校を建てよう!