第四八九話 七人のユーリ
「お、おいらだって!」
ピーチとフレムがユーリと戦いを演じている。そんな最中、カイルもまた弓を引き、狙いを定めようとしていた。
ナガレの助言をきっかけに彼にもまた変化があった。仲間たちにどんどん置いていかれている気がして一時期は焦りもあったが、しかしだからこそカイルは皆と一緒にいたいから、横に並んで立っていたいから、その思いで練習を続けた。
皆の前では冗談ばかりで一見すると真剣味が感じられないカイルだが、その胸にはしっかりと熱いものを秘めていた。誰も見ていないところで一生懸命鍛え上げた、それがカイルの星弓術、いや、今はナガレに認められた、神薙流星弓術だ。
「いくよ! 神薙流星弓術――アルゴル星撃弓!」
カイルの放った矢が、ユーリに向けて一直線に駆け抜ける。照準は完璧に、相手の動きを読み、確実に当たると思われた一矢であったが。
「おっと」
「あ!」
ユーリは体を反らせ、ブリッジの体勢となってカイルの矢を避けた。矢はそのまま飛んでいき地面に当たると高価そうな謁見室の床が派手に弾け飛んだ。
「へ、陛下! このままで由緒ある謁見の間が!」
「は、はは。まぁ、許可しちゃったしね」
慌てる大臣の言葉にアルドフも苦笑いだ。しかし戦いはまだ続く。
「神薙流魔杖術・魔分身!」
ピーチが叫ぶと、その身から瓜二つのピーチが何体も出現した。ピーチは魔力を利用して自由に形作れる。それを利用して生み出したのが自分そっくりの人形である。
「……人形もしっかり動いている」
「はい。どうやらある程度コントロール出来るようになったようですね」
以前よりもしっかり成長しているようでありビッチェも感心していた。ピーチが生み出した分身がユーリに次々と迫り、杖で殴り掛かる。
「どう、私の魔法は!」
「いや、魔法使いの分身が先ず杖でぶん殴るっておかしくないか?」
「なんて徹底した脳筋スタイルなのか」
「む、むぅ、しかし杖で殴る度に揺れるあれは中々に見事な……」
「ギャラリーうるさい!」
ピーチが叫んだ。折角鍛えた技を披露したというのにいつまでたっても魔法扱いされないのが悔しそうでもある。
「面白いけど、動きが単調すぎるのが残念かな」
「いいのよ、それでもあんたの動きをある程度封じられれば――」
「俺がそこを狙う! 神薙流双剣術・氷双凍剣・零霧!」
ユーリの後ろからフレムが迫っていた。双剣には纏われているのは、既に炎から氷に変化している。
そして斬撃と同時に絶対零度にまで下げた霧を広げユーリの全身を包み込む。
「剣が当たらなくても、霧の範囲なら凍てつくぜ!」
「へぇ、結構多彩だね、と!」
ユーリが体を鋭く回転させた。プロのフィギュアスケーターでも舌を巻く程の回転によって生まれた風で霧が掻き消える。
「へへ、危ない危ない」
霧が消えて姿を見せたユーリが楽しそうに笑っていた。口ではこう言っているが小憎らしいほどに余裕である。
フレムも険しい顔を見せるが、しかしすぐに白く染まるユーリの様子に気がついた。
「どうやら完全に無傷ってわけにはいかなかったようだな。右手と左足が凍ったままだぜ」
「あ、本当だ! うそ、やばいやばい!」
「よくやったわフレム。これで素早い動きもとれなくなる、いくわよ! 魔杖爆砲!」
集束させた魔力が突き出した杖から放出させる。ピーチの使用する技では最大級の威力を発揮し、太い光線となった魔力がユーリに迫った。
だがしかし、ニカッ、と余裕のある笑みを浮かべ、かと思えばユーリを覆っていた氷が一瞬にして蒸発した。
「な、そんな――」
「はは、体温を自由に変化させることが出来るのは何も君だけじゃないよ。さぁ、力比べだ!」
迫る魔力の波動をユーリはなんと両手を突き出し受け止めた。
「そんな、素手で!?」
「ウギギギギギギギイィイイイイ! ダァアアアアァアアアア!」
そしてそのまま放たれた魔力ごと上に向けて払いのける。軌道が変化した光線は天井にぶち当たり大穴をあけて突き進んでいった。
「そんな、私の魔杖爆砲が……」
「へへへ、ピーチだっけ? 中々いいものを持ってるよね」
「……どこ見て言ってる?」
「え! いや違うよそういう意味じゃなくて!」
ビッチェのツッコミに慌てて弁解するユーリ。しかし女性陣は疑うような眼差しを彼に向けた。
「全く男ってしょうがないわね」
「うぅ、だから違うってば。もう! こうなったら今度は僕からもいくよ。ピーチの真似さ!」
ユーリが動き出す。するとユーリと戦っていた三人の目が点になった。
「ユーリが、沢山?」
「全部で七人いるよ!」
「先輩と同じ人形か?」
「あはは、同じかな? どうかな~?」
戯けるような言動を見せ、七人のユーリが三人を囲むように散って駆け回る。
「違う、こいつは動き続けている。きっと本物は一人の筈だ!」
「そういうことね。だったら殴る!」
ピーチは近くにいたユーリに杖で思いっきり殴りかかった。魔術師とはとても思えないやり方だが杖はユーリの頭を捉え。
「やった! て、あれ?」
しかし、スカッと空振り。どうやらピーチが殴ったのは偽物だったようだ。
「こっちだよ~」
「あ~もう!」
べ~っと舌を出すユーリにピーチが地団駄を踏んだ。
「だったらてめぇか! て、これも違うか――」
フレムもユーリの一体に斬りかかった、が、攻撃は体をすり抜けた。偽物だろうと判断したフレムであったが。
「さて、それはどうかな!」
「な!」
しかし、すり抜けた筈のユーリの反撃がフレムにヒットした。脚が顎に当たりそのまま後方へ飛ばされる。
「キャッ!」
そしてそれはピーチも一緒だった。鎖付きの鉄球と化した杖を投げつけるもユーリの体をすり抜け、だがそのまま突っ込んできたユーリの拳は食らってしまった。
「……ナガレ、あれわかる?」
「そうですね。次速ではありませんが、器用な子だなと思いますよ」
「えっと、つまりどういうことなの?」
「私も気になるな……」
マイとメグミはどうやらユーリの技が気になるようだ。
『なんとわからんのかメグ。全く我が主ながら情けない』
「それじゃあエクスはわかるの?」
『我は剣であるからな。実体があればきっとわかったことだろう』
それはつまりわからないってことでしょう、とメグミが目を細める。
「あれは確かに残像ですが同時に本体でもあるということです」
「……なるほど。わかってみれば単純明快。超早く動いて残像の動きに攻撃を重ねているってこと」
「え、え~と、どういうことでしょう? 師匠はわかりますか?」
「頭が沸騰しちゃうよ~」
ローザは頭から湯気が出ていた。とは言え、実際これは単純な仕掛けであり。
「そうか! なら、全て同時に攻撃すれば!」
しかし、カイルは何かに気がついたようであり、素早く黒目を動かし七人のユーリの位置を捉えた。
「いくよ! 神薙流星弓術――アルクトス七星弓!」
するとカイルの弓が北斗七星のように光り輝き、刹那、光の矢が七発同時に発射された。煌めく帯を残しながら光速の矢が七人のユーリに迫る。
「よし、当たる!」
カイルが確信したように拳を握りしめる。だが矢が捉えるかと思えた瞬間、振り抜かれた刃で矢が砕かれた。
「あ~惜しい!」
「だけど、上出来だぜカイル!」
「えぇ、分身が消えたわ!」
悔しがるカイルだが、フレムとピーチは感嘆の声を上げた。今の射撃によってユーリが本体だけに戻っていたからだ。
「ふぇ~皆技が豊富だね。ちょっと驚いちゃったよ」
「まだ余裕そうだな。だけど、こっちもまだまだいけるぜ!」
「そうよ私だってまだとっておきがあるんだから」
「お、おいらだって!」
フレムとピーチ、そしてカイルがユーリに向けて攻撃を再開させようとする。
だが、その時ユーリがニカッと再び白い歯を覗かせ――かと思えば大きく息を吸い込み、アッ! と大声を上げた。
こうして生じた強烈な音波で三人がほぼ同時に膝を突き、そして前のめりに倒れた――
「どうやら勝負はついたようですね」