第四八七話 ユーリの興味
ユーリを名乗る少年はかつては日本で暮らしていた転生者だった。日本にいたころは高校生、つまり十代という若さで命を失ってしまったようなのだが、そういったことは意外とあっけらかんと話して見せる中々明るい活発な少年のようであった。
「でも、そんな若さで死んじゃうなんて、魔物にでも襲われたの?」
一通り話を聞いた後、ピーチがそんなことをユーリに聞いてきた。
「ピーチ、地球には魔物はいませんよ」
「え? そうなの?」
「猛獣はいるけど、それでも銃を持った人間にはかてないわね」
「銃ってなんだ?」
「……異世界の科学で作られたという武器。この間まで一緒だったジョニーが扱う武器もそれ」
「そういえば何か持っていたねぇ」
「はは、銃ならこの世界でもユーリくんが再現してくれているよ。俺、いや私も持っているからね。帝国軍との戦いでは彼の用意してくれた魔導の銃火器が随分と役に立った」
話を聞くにどうやらユーリは魔導の力でこの世界に銃火器の技術を再現させたようだ。
「銃火器を再現って、貴方も中々とんでもないことしてるわね……」
「え? そう? 僕は出来そうなことを試してみたらできたってだけなんだけどなぁ」
キョトン顔で返事した後、なんてこと無いように話すユーリだが、マイは呆れ顔だ。
「異世界に来る人って無自覚でやらかすこと多いわね」
「……ナガレはそんなことなかった」
「いやいや、それはビッチェが最初のナガレを見てないからよ。私が最初に出会った時は結構無自覚に凄いことしてたわよ。ゴブリン語喋ったり」
ピーチが昔を懐かしむように言った。それに真っ先に反応したのはフレムであり。
「え! 先生はゴブリン語まで嗜んでいるのですか!」
「はは、意味のある言葉なら経験則で何となくわかるという程度のものですよ」
ナガレはこう答えるが、普通は一言聞いただけで完璧に理解出来るものではないのである。
「何でゴブリン語が経験でわかるのかしら……」
「メグミ、それはもう考えちゃ駄目よ」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
「またローザが、と思ったらアイカちゃんだった!」
「むむむ、やりますねアイカ!」
「え、え~と、アイカこんなキャラだっけ?」
戸惑う様子を見せるメグミである。だが、アイカは今やローザの弟子である。ローザの癖がうつっても致し方無しといったところだろう。
「でも無尽蔵に銃火器とか作成して大丈夫なのかしら?」
マイが心配そうに呟く。魔導の力とは言え、銃は銃だ。使い方を誤れば余計なトラブルを引き起こすし戦争の火種にもなりかねない。
「そこはユーリの育ての親でもあるお婆ちゃんがしっかり目を光らせているところでもあってね。ユーリは普段はこんなだけど、大賢聖でもあるお婆ちゃんには頭が上がらないのさ」
「ちょ、アルドフそれは言わないでおくれよ~」
「いいじゃないの。どうせ何れ知れ渡るのだし。それにあの人のことは私も怖いからね。この間ももう偉い剣幕でやってきて、ユーリの作った馬鹿な道具見せな! ってなもんでねぇ」
アルドフが苦笑いし、戯けるように肩を震わせた。ただ、かなり怖い相手なのは確かなようであり。
「それにしても、あの大賢聖がお祖母様なのですね……それだけの魔導具を作成できるというのも納得かもしれません」
「なんだローザ知ってるのかよ?」
「一応は教国の出身だからね」
「大賢聖の話なら私も知ってるわ。ほら、私って大魔導師を目指しているわけだし」
「……まだ諦めていなかったとはビックリ」
「な、何でよ!」
中々厳しい道のりにも思えるが、ピーチは夢を叶えるため毎日頑張って杖を振っているのだ。
「……ピーチのことはともかく、大賢聖はこの世界を救った英雄の一人としても讃えられる程の大人物。知らないフレムが常識ないだけ」
「フレムっち言われちゃったねぇ」
「うるせぇ!」
相変わらずフレムの扱いは辛辣なビッチェであり、それを聞いていたカイルが茶化すとフレムはやけ気味に怒鳴った。
「私たちは当然知らないけど、その称号は何か凄そうね」
「確かに婆ちゃんは王様でも頭が上がらない程だしね。それにめちゃめちゃ厳しくて、魔法を教えて貰った当初は何度も死にそうな目にあったよ」
「随分と明るく凄いこと話すんだね……」
「感覚がそもそも私たちと違うのだと思うわ」
『ふむ、しかしお主達もあのナガレが与えた課題を随分とこなしたのだ。あれとて普通に考えれば死と隣合わせのようなものであるぞ』
「い、言われてみれば、良く乗り越えられたと思うわ……」
森にいる間も彼女たちはナガレの手ほどきをうけていたし、課題を与えられたりもしていた。それは常人では考えられないようなものだが、そこは流石ナガレであり、限界ギリギリをしっかり見極め修行していた。
「でも、婆ちゃんには感謝してるよ。何よりおかげで僕は前世より転生後の方が長生きできているし、前世はあまり体は強くなかったけど、今は魔法だけじゃ駄目だってSランク冒険者を紹介してもらって体も鍛えられたからかなり強く慣れたんだ。肉体的にも魔法的にもね。精神に関してはまだ未熟だとか甘いとか自重しろとか色々言われるけどね」
屈託のない笑顔でそんなことを話すユーリである。しかし、確かに厳しいところもあるようだが、同時にユーリをしっかり愛情込めて育ててくれたのだと思える言動であった。
「でも育ての親って?」
「あぁ、うん。僕の本当の両親は僕が生まれてすぐ魔人に殺されたんだ。その時居合わせたお婆ちゃんが僕を育ててくれたんだよね」
「何か貴方わりとヘビーな人生送ってるのね……」
「確かにそれで同情されることもあるけど、物心ついた時には僕のそばには婆ちゃんがいたからね。尤もその魔人にはしっかり落とし前つけさせてもらったけど」
「落とし前って魔人ってそんな簡単な相手じゃないわよね?」
「確かにそうなのだけど、ユーリはその魔人を10歳にして一人倒した程の強者でね。その後も学園にいる間も何人も倒している。おかげで彼が生まれ育った魔法王国ソロモンでは英雄として称えられている程さ」
「正直僕は降りかかる火の粉を振り払っただけなんだけどね」
ポリポリと頬を掻きつつ苦笑する。だが、その目がナガレに移り。
「それよりも、僕が今一番興味があるのはナガレだよ!」
「私ですか?」
「うん! 君、何か合気を使うんだって? 合気って合気道の合気だよね? 僕、前世では体が弱かったから、そういう武術ツエー! みたいのに憧れるんだよ」
「確かに合気を扱いますがそこまでの物でもありませんよ」
「いや、十分そこまでのものよナガレのその合気は……」
「先生の合気は俺の憧れです!」
「……ナガレの合気がそこまでじゃないなら世界中のことがどうでも良くなる」
「凄い評価ね。わからないでもないけど」
「……その合気のせいで私の毒が通じないと思うと苦々しい」
「アイキスゴイ! アイキスゴイ!」
ナガレの返答に総ツッコミが入るのだった。ナガレとしては何の変哲もない合気といったところなのだが世間はそうはみてくれないのである。
「帝国に召喚されたアケチという悪辣な勇者にも勝てたんでしょ? 正直言えば僕が相手したかったところではあるけど、でも、かなり強そうだって聞いてたのに」
ユーリがワクワクした表情で聞いてくる。どうやらアケチの事は彼も知っていたようだ。
「てか、戦う気があったのにやらなかったのかよ。その時点で先生には遠く及ばないぜ」
その発言に対して得意がるフレムである。しかし、ユーリは、むぅ、と口をとがらせた。
「勿論可能ならやりたかったけど、国が違うとそういうのが難しいんだ。帝国から手を出してきたなら勿論僕が出たけど、そうでないうちに手を出してしまうと逆に相手に付け入る隙を与えるとかでね。婆ちゃんからも強く言われていた。だから隠れてサポートするのが精一杯だったんだ」
ユーリ曰く、その隠れてサポートというのが、アルドフへの魔導武器や魔導具の支援だったようだ。
尤ももしナガレが介入しなかった場合、帝国はアケチに支配され戦力を整えた上で、ナガレが暫く過ごしたバール王国かソロモン王国の侵略に乗り出していた可能性も高い。その場合当然ユーリとアケチとの対決になった可能性もありえたであろう。
「それでアケチの強さはどうだったの? やっぱり苦戦した?」
「……見ていて全く心配する必要がないぐらいにナガレの圧勝だった」
「大人と子どもの喧嘩にもならないぐらいだったわね」
「先生があんな野郎に苦戦するわけない。当然だろう!」
「本当に!? 婆ちゃん曰く相当ヤバい相手だって話だったんだけどなぁ」
ユーリは若干ガッカリしたように肩を落としため息を吐いた。だが忘れてはいけないのはそれがナガレだったからという点である。
「でも、それで更に興味が湧いたよ。ナガレ! ねぇ、ちょっと僕と戦わない?」
だが、どうやらこれまでの話でむしろユーリの心に火がついたようであった――