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第四八二話 ナガレ 対 剣聖ゲオルギウス

「やれやれ、どうしても話し合いで解決する気がないと?」

「悪魔の書に洗脳されたような連中と話し合う道理などない」


 厳しい目つきでナガレを見やり、ゲオルギウスが言い放つ。


「むしろ今ならまだ間に合うぞ。私が聖剣アスカルトを抜いた以上、万が一にも貴様に勝ち目などありえない」


 光沢のある聖剣を掲げゲオルギウスが自信を覗かせた。豪華な意匠が施され、まるで儀礼用の剣にも思えるが、よく見れば剣全体が光の膜のような物で覆われておりその膜は抜いたゲオルギウスにまで広がっていた。


 聖剣というだけあってかなり特殊な剣である。それは当然ナガレにもお見通しだった。


「この聖剣アスカルトは聖なる加護を持ち主に与えてくれる。この剣を抜いている限りあらゆる魔法も物理的な攻撃も跳ね返し精神干渉さえも跳ね除ける。お前が何をしようと聖なる加護の前では無力だ」


 剣を構えながらゲオルギウスが得々と語った。その瞳は自信に溢れていた。自身が勝利する未来しか見えていない様子だった。


「はっは、ゲオルギウス様が剣を抜かれたぞ。こ

れで絶対に勝てる! あの剣の加護は我ら聖騎士が束になっても破れないほどの反則的な性能を誇るのだからな!」


 そんな剣聖の言葉に反応したのは先程ナガレに挑もうとしたガタイのよい聖騎士であった


 だが、そんな彼の言葉に対して――


「反則的な性能? そうか?」

「……今更」

「だよねぇ。ナガレっち相手だとその程度じゃね」

「そうね。何か本当攻撃を跳ね返すとか、さんざん見てきたものね」


 そうナガレと行動を共にしてきた面々の反応はどこか冷ややかであった。


「う~ん、どんな攻撃も通じないとか普通に考えたら確かにチートっぽいんだろうけど」

「まぁ、ね。だって……ナガレはもっと凄い能力持ちも軽々と倒してきたもの」


 メグミとマイも苦笑気味に語った。その目はどこか遠くを見ているようでもある。


「でも、加護はエクスより凄いかも?」

『な! 馬鹿を言うでない! 大体何が全ての攻撃を跳ね除ける加護であるか! そんな加護は甘えである。そのような物に頼っていては真の実力など身につかぬわ!』


 エクスはどうにもご立腹である。性能が劣ると言われて拗ねているのか、本心からの言葉なのかはわからないが。


「なんて奴らだ……」

「五剣聖の一人であるゲオルギウス様が聖剣アスカルトを抜いたというのにふてぶてしいにも程があるぞ」

「ふん、どうせただの強がりだ」

「もしくは相手の実力も測れない馬鹿かだな」

 

 聖騎士たちは不機嫌そうに、または小馬鹿にする様に口々に言い合った。彼らはゲオルギウスの勝利を信じて疑っていないようである。


「いくぞ!」

「どこからでも」


 そして、ゲオルギウスが動く。聖剣は大剣といっても差し支えない程度の大きさはある。だが、ゲオルギウスはそれを軽々と片手で振り回した。


 剣聖と呼ばれるだけあって剣筋は流麗であり、大剣を扱っているにも関わらずナイフでも扱うように素早く無駄なく、連続攻撃を繰り返してきた。


 その一つ一つが途切れること無く繋がり、攻撃も千差万別。単純な繰り返しなど一切なく、恐らく相当腕の立つ冒険者であっても攻撃を予測するのは厳しく苦戦を強いられることだろう。


 尤もそれは常識的な強者だった場合だ。当然だがナガレは常識の外におり、ゲオルギウスの攻撃など幾らでも対処のしようがあるだろうが――その上でナガレが選んだのは実に基本的な物であった。


「なッ!?」


 ゲオルギウスの攻撃が止まった。正確には止めさせられた。何故なら気がついた時、ゲオルギウスの体は空中を舞っていたからだ。


 だが、当の本人には何が起きたかすら理解出来なかったことだろう。実はナガレのやったことといえば剣の軌道に合わせて手を添えただけ程度のことであり、あまりに自然に呼吸をする程度の何気ない仕草だった為、ゲオルギウスは全く意識することが出来なかったのだ。


「だ、だがこの程度でダメージは、ぐっ!?」


 地面に落下したゲオルギウスの顔は驚愕に満ちていた。思わず漏れる呻き声。これはしっかりダメージが通った証拠である。


「な、なんだ?」

「今の声、まさかゲオルギウス様がダメージを受けたのか?」

「馬鹿な! 聖剣の加護に守られているのだぞ!」


 聖騎士たちがざわめき出す。彼らにとってはそれほどまでに信じられないことだったようだ。だが、ナガレにとってみればこの程度の加護を破るなど赤子の手をひねるより簡単なことだろう。


 何せアケチの絶対無敵を誇るバリアや、完全消滅さえもものともしなかった程なのだから。


「こ、この私がダメージを受けただと……馬鹿な、そんな馬鹿な、加護に守られている私が何故!」

「……その程度の加護でナガレに勝てると思っているのが間違い」


 信じられないと言った顔を見せるゲオルギウスへ、ビッチェの辛辣な言葉が届いた。キッと睨めつける聖騎士たちだが、途端にだらしのない顔となり地面に崩れ落ちた。


「び、ビッチェさんもやっぱりとんでもないわね」


 メグミが目をパチクリさせる。確かにナガレとは別な意味で凄まじい力を発揮している。主にフェロモン的な方面で。


「その程度の加護だと? 馬鹿な、あらゆる攻撃を跳ね返す加護だぞ!」

「ですが、自らの攻撃は別なようですね」

「私、自身の攻撃だと?」

「はい」


 ゲオルギウスの目に戸惑いの感情が宿る。ナガレの言っている意味が理解できないのだろう。


「まさか、お前も攻撃を跳ね返す力をもっているというのか? だが、だとしても私の加護はそれを攻撃とみなす。ダメージなど受けるわけがない」

「跳ね返したわけではありません。受け流したのです。合気としては基本的な所作ですね。勿論、ある程度効果は大きくさせて頂きましたが」

「受け流しただと? だが、それでも加護は効くはずだ!」

「ですが、実際効いていません」

「ぐっ……」


 ゲオルギウスが短く呻く。そう、確かに彼が何を言おうとダメージは通った。これが事実。そしてそれはナガレのいうとおり、加護は彼自身の行為だと判断し発動しなかった。


 ナガレの合気はそれそのものをそのままの状態と認識させて受け流すことが可能だ。それは例え威力が増幅されていたとしても。例えばいくら加護が効いていても、剣はゲオルギウスが柄を握ることに反応はしない。つまりどれほどの加護であってもそれが反応しない領域というものがある。ナガレの合気はその反応を利用して加護を無視することも出来る。


 尤も、これはナガレが言うように神薙流の基本的な技であり、やろうと思えばそれ以外にもいくらでも手はある。つまるところゲオルギウスの持つ聖剣の加護などナガレからしてみればその程度のものでしか無い。


「こ、こいつ、さては何か卑怯な技を使ったな!」

「そ、そうだ。そうでなければ聖剣の加護が破れるわけがない!」

「は? 何言ってるんだこいつら?」


 突如野次を飛ばしだす聖騎士達。その姿にフレムは呆れ顔を見せた。そもそも戦いにおいて卑怯などというものはない。尤もナガレの技は自身が鍛え上げ研磨し培ってきたものだ。卑怯などと言われる筋合いがそもそもないわけだが。


「ゲオルギウス様、もうこのような連中に義理を通す必要などありませんよ」

「そうです。卑怯者相手に一対一でなどやる必要はない」

「こうなったら我ら全員で――」

「黙れ! 貴様ら私を愚弄する気か!」


 だが、彼らの暴言を諌めたのは剣聖たるゲオルギウスその人であった。


「今の技が卑怯なものなどではないことぐらい戦っている私が一番よくわかっている! 貴様らの言っていることは私だけではない、由緒あるソフォス神聖騎士団の品位すら貶めかねないことだ! 恥を知れ!」


 聖剣を水平に振り、怒りを込めて聖騎士達に言い放つ。騒がしかった聖騎士達の口はゲオルギウスの一喝によって閉ざされることとなった。


「……聖騎士を名乗っておきながら恥ずかしい限りだ。卑怯者呼ばわりしたことに関してはこの者たちを代表して謝罪いたす」

「いえ、もういいのです」


 ナガレは謝罪をしっかり受け止めた上で寛大な対応を見せた。どうやらゲオルギウスにしても最低限の礼儀は持ち合わせているようだ。ナガレもそこに敬意を払ったのだろう。

 

 尤もだからといってこの戦いが中断されるようなこともなく。


「だが、悪魔の書に関しては話は別。そなたの腕は認めるが――譲る気がないというのならば、こちらも本気を出さざるを得ない」


 相手もやはり引きはしない。それどころかなまじナガレの力を認めたことで、彼も本気になったようだ。


「――死んでも、恨むなよ!」

「な、まさかゲオルギウス様はあれを!」

「お、おい、俺たち、ここにいて大丈夫か?」


 聖騎士たちが色めきだった。どうやらゲオルギウスがやろうとしているのはそれほどの一撃なようである。


 尤も、ナガレ一行に関しては全く動じていなかったわけだが。


「受けよ光の断罪を――ディバインクロス!」


 その瞬間、聖剣の刃が眩い光を放ち、かと思えば轟音と共に大地に光の十字架が刻まれた。巨大な十字架はしかし、聖騎士やナガレ以外の一行を外れるように描かれていた。どうやらしっかりと制御したようだが、これだけのパワーを秘めた技を制御できるというのが剣聖たる所以でもあるのだろう。


 そして光が収まった後、大地には十字架のような深い谷が出来上がっていた。ちょっとした町なら軽く飲み込める程に巨大な代物である。


「や、やった流石ゲオルギウス様だ!」

「きっと、あの男は成すすべもなく物言わぬ骸となり谷底に落っこちたことでしょう。死体も残らなかったかもしれません」

「当然だ。全く馬鹿な男だ。さっさと悪魔の書を渡しておけばこのようなことにならずに済んだものを」


 そして聖騎士たちが嬉しそうにゲオルギウスを讃えていく。一方聖剣を鞘に収め穴を見下ろすゲオルギウスの表情は複雑なものであった。


「ここまでの技を使わざるを得ないとは……あの男ならもしやと思ったが、あの衝撃を受けては助かるまいな。もし万が一生き残っていたとしてもこの深い穴では――」

「いやいや、確かに大した穴ですねぇ」

「は? な、なぁぁあああ!?」


 だがゲオルギウスの考えとは裏腹に、すぐ後ろにナガレが立っていて、ゲオルギウスの作った穴を一緒になって覗き込んでいた。そのことにびっくりしたゲオルギウスは思わず飛び退いてしまい、そこでハッとした顔を見せた。


 何故ならとんだその方向にはまさに彼が生み出した谷があり、途端に訪れる浮遊感。


「な、落ち――」

「おっと危ないですよ」


 かなり慌てふためいていたゲオルギウスだったがそこはナガレである。合気によってゲオルギウスが落ちるのを防ぎ、地面にそっと立たせてあげた。


「大丈夫ですか?」


 ポカーンとした顔を見せるゲオルギウス。先程までの威厳に満ちた顔はもはやみられず。


「しかし、流石にこれだけの穴があっては通行人にとっても迷惑でしょう。ふむ、戻しておくとしますか」

「……は? 戻す? 馬鹿な、貴様何を言って――」

「はいっと」


 だがゲオルギウスがみなまで言う前に、軽く両手を合わせるようにしたナガレの所作によって十字架のように拡がった大地の穴が見事に閉じられた。


「――ッ!?」

「「「「「「#$%▲○π※α!?」」」」」


 そして、はい終わりましたよ、と笑顔を見せるナガレに対してゲオルギウスもその他の聖騎士たちも顎が外れんばかりに驚き言葉をなくすのだった――

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