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第四七四話 神破 天

「どうやら無事、明智家の件は解決したようですね……」


 シツジに連絡が入ったのは既に日が傾き、辺りが薄暗くなってきてからのことだ。

 彼はついさっきまで明智家から差し向けられた暗殺少女エスペラと話をしていた。孫のタオスからも助けて欲しいと哀願されたことであり、一部始終を見ていたシツジも心に決めていたことだが、念の為彼女自身の意志も確認した。


 その際にシツジは集めていた明智家の情報も包み隠さず教えた。当然それにより彼女は自分の真の仇が己を育てた明智家そのものであったことを知り悲しみに暮れたが、シツジと話しているうちに気持ちもだいぶ落ち着いたようであった。


 その上で彼女は、もう明智家に戻るつもりはないことを明確に表明した。なんなら逆に明智家を抹殺にいきかねない勢いだったがそれはシツジが止めた。


 そんなことをしなくてももう明智家は終わるという補足付きでだ。

 問題はその後のエスペラの身の振り方であった。それは少女自身が心配していたことだが、明智家からは暗殺の術しか教えられてこなかったため今後どうしていいかわからないというのだ。


「今後どうするか決めるのはエスペラ次第だ。だが、暗殺者としての道しか知らないから他に生き方がわからないというなら試しに私のもとで働いてみるかい?」

「え……でも私、貴方の孫を殺そうと……」

「だが、殺さなかったでしょう? それにそんなことを言ったら私なんて過去にこの家の長を暗殺仕掛けた。だが、今はこの通り執事として仕えさせてもらっている」


 え? と少女は目を丸くさせた。まさか自分のような境遇を持ちながら、まっとうな人生を送っている者がいたとは思わなかったのだろう。


 だが、それが結果的に少女の背中を押し、エスペラが変わるきっかけとなった。


 少女はシツジの下で見習いとして働くこととなった。その後、妻であるヒトミと、エスペラを執事として育てるかメイドとして育てるかで揉めたりもしたが、結局両方覚えると少女が宣言したことで解決。その後は日が落ちるまで仕事を教えていた。


 そうこうしているうちにあっという間に時間が過ぎ、そしてシツジのスマフォに連絡が入り、明智家が正式に公安零課によって拘束されたことを知ったのである。


(色々と目まぐるしい一日でしたな……)


 そんな事を思いながらシツジは通常業務に戻り、屋敷の外側を掃除していたのだが――その時に異変に気がつく。


「ダイモンさん! どうなされたのですか!?」


 神薙家の広大な敷地には東西南北に一箇所ずつ門がある。そのうちの一つ、東門を守っていたダイモンが倒れていたのだ。


「め、面目ない、侵入を許してしまった……」


 意識はあった。だが、体は自由が効かないようであった。大門は神薙流における師範代の一人だ。そして師範代の中では尤も打たれ強い。戦車で撃たれてもびくともしないほどだ。


 体力にしても世界をその身一つで一周しても息切れ一つ起こさないほどでもあるが、にも関わらず倒されている。


 相手はそれなりの使い手の可能性があるとシツジは警戒心を強めた。何よりダイモンを倒しておきながらそれをシツジに感じ取らせなかったのである。


 一流の暗殺者であったシツジは気配には敏感だ。数キロ離れた先にいる蟻の子一匹の気配すら察知することができる。


 そんなシツジが全く気づけない相手――東門から入ると、門下生が数珠つなぎのように倒れていた。全員もれなく意識をたたれている。これといった外傷もなく、抵抗した気配もない。


 その腕前は暗殺者のソレと変わらなくも思えた。倒れている門下生たちが心配ではあったが、みたところ怪我はなく命に別状もない。


 ならば、とシツジは先を急いだ。相手が誰かなど見当もつかないが、よりにもよって神薙家相手に大胆不敵としかいいようがない。


 ただ、思えば今日はタイミングが悪かった。何せ今日はナゲルにしてもクズシにしても明智家とのゴタゴタで不在である。当然ナガレもいない。


 ふと脳裏をよぎった違和感。タイミングが悪かった? 本当にそうなのか? 

 まさか、とシツジの背中に冷たい汗が伝う。相手の場所はわからない。だが、その謎の相手はわざとシツジに手がかりを残しているようでもあった。


 これだけのことをしているにも関わらず、自分が移動した形跡がわかるように門下生を気絶させていたり、残された足跡などがそれを如実に表しているようでもあった。


 罠の可能性も考えられなくもなかったが、これだけのことをする相手がこんなわかりやすい罠を仕掛けてくるとも思えなかった。


 広い庭園をシツジがひた走り、中心に当たる場所で明確な手がかりが途絶えた。


「ここで、消えた?」


 周囲を注意深く観察するシツジであったが――その時首筋にぞわりとした感覚を覚え弾かれたように振り返る。


「ここまで気配を強めてようやくとは。神薙家に仕える自慢の執事でもこの程度か」


 直前まで誰もいなかったはずのその場所に、一人の男が当たり前のように立っていた。

 鋭い目をした男だった。年の功は二〇代そこそこといったところか。だがそれはあくまで見た目だけならだ。


 発せられる気配は、一朝一夕で身につくものではない。まるで悠久の時を過ごした仙人か、いやそれでも足りないか。神さえも凌ぐ、それほどの存在感を持った男であった。


 しかもそれだけの力を有しながら、直前まで何の気配も感じさせていない。


「貴方は何者ですか?」

「神破 天――そこまで言えばわかるかな?」

「……なるほど。納得です。そして、やはり関わっていたのですね。神破流が……」


 シツジの発言に、神破を名乗る彼はニヤリと笑みを深めた。


「一体、貴方の目的はなんですか?」

「散歩だ」

「……はい?」


 テンの答えに、シツジは理解に苦しんだ。まるで何事もないように、彼は続ける。


「噂の神薙家というのがどの程度のものなんか、見てみたかったのさ」

「それだけですか……もしやと思いますが、まさか貴方はただそれだけの為に、明智家を利用したのですか?」

「ふふっ、さてどうかな?」


 不敵に笑うその姿に、シツジは空恐ろしいものを感じた。彼の言葉は肯定と同意義であった。

 

 つまり神破流はあるいは彼は、ただ神薙家に足を踏み入れる、その為だけに明智家を捨て駒にしたということなのである。


「うちの師範代や門下生を傷つけておきながら、ただの散歩だと貴方は言うのですね?」

「そのとおりだが、そこは逆に感謝してもらいたいぐらいだな」

「なんですと?」


 険がにじむ声であった。だが、同時にシツジの声には恐れも含んでいた。


「神薙流の看板にあぐらをかき牙を研ぐことも忘れた連中に、自分たちがどれだけ未熟なのかを私自らが改めて教えてやったのだ。これで彼らも上には上がいることがわかったであろう? より精進に励むといい」

「世迷い言を……」


 シツジが唇をギリっと噛み締めた。


「しかし、まさかこの程度とはな。非常に残念にも思う。正直言えば落胆した」

「落胆ですと?」

「そうだ。史上最強の名を恣にしていた神薙流も、神薙 流という存在がいなければこんなにも脆い。所詮神薙流などというものは神薙 流の庇護下におかれなければ私一人に手も足も出ない程度の脆弱な存在でしかないということだ」

「……それで煽っているおつもりですか? 大体、わざわざナゲル様やクズシ様がいない時を狙っておいて一体どの口がそれを言うのか……」

「声が震えているぞ?」

「……くっ」

「念の為言っておくが余計なことは考えないほうがいい。そこそこ臆病なようだから、敢えて言う必要もないと思うがな。できれば君には、いまここで起きたことをありのまま聞かせる伝言役になってほしいのだから」

「……貴方にとって私はその程度ということですか」

「いやいや、むしろそこまで評価されたことを光栄に思ってほしいものだね。ふふっ、さて今日やるべきことは済んだし、そろそろ御暇させてもらおうかな」

「……これは神破流から神薙流に対する宣戦布告とみていいのでしょうかな?」

「ふふっ、どう捉えるかは君たち次第だ」


 そう言って――男はシツジの前から姿を消した。まるで煙のように現れ、そして煙のように消えた、虚のような存在であった。


 そしてシツジは、ようやく安堵し息をつくことが出来た。気がつけば全身から汗が吹き出ており、執事の衣装もびっしょりと湿っていた。


「何も出来なかった……情けないことですが、それが私とあの男との差、ですか……」


 悔しそうに呻くように、夜空を見上げながらシツジは呟いた――






◇◆◇


「テン様も無事目的を果たしたみたいね」

「そう、それは良かった」

「そっちはどうなの?」

「畢舎遮を一体失ったかな。まぁ、あんなのはまた作ればいいけど」

「ふ~ん、確か貴方の畢舎遮は貴方の力の一部を使えるのよね?」

「まぁね。とはいっても精々次速一程度までだけど」

「そう、でもそれに苦戦する程度じゃ神薙流も大したことがないわね。わざわざ四天王の私たちや三大のテン様が出る必要あったのかしら? 二門でも十分だったんじゃない?」

「それは僕たちが決めることじゃないさ。ただ、一つだけ言えるのは――これは神薙落としの為の、始めの一歩を踏み出したに過ぎないということさ。長い長い戦いの、最初のね――」

長かったこの章もいよいよ終わりにちかづいております。

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