第四七二話 荒神
皆様あけましておめでとうございます。
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「……とりあえずこの男は縛り付けて、ナゲルの様子でも見に行くとするか」
駐車場の床に倒れたままのセイジツを眺めつつクズシが独りごちた。
周囲を確認し、これにしておくか、とセイジツが乗って逃げようとしていた車のタイヤをあっさり取り外し、ホイールを取り除いた後、加工してベルトのように伸ばした。
後はこれで縛ってしまえば身動きは取れないだろう。そう考えていたのだが。
――ドクン、ドクン。
「何?」
突如、意識を失っていた筈のセイジツの鼓動が駐車場に鳴り響いた。思わずクズシが振り返り、その姿に注目する。
その胸がまるで膨張するように波打っていた。響く心音が段々とそして唸るように高鳴っていく。
「……ぐ、あ、あ、う、うぐあぁああああああぁああ!」
狂ったように叫び、セイジツが蹶然する。口から涎をぼたぼたと垂らし、片目だけが緑色に染まった状態で歓喜し震える。
「私、ハ、負ケナイ、コンナコトデ、ハ、カカッ、力ガ、力、ガ、湧イテクル、コレガ、コレガ神ノ力、カ――」
緑色に変化した目だけが威容さを際立てていた。何かを確認するように己の両手を見た後、ふん! と声を上げ腕を振るう。地下駐車場の天井に長大な一文字が刻まれた。
それを認め、ニヤリと口角を吊り上げた後、両手を広げると突風が駐車場全体を駆け抜けた。偽の裁判所ではあったが、怪しまれないように駐車場内には沢山の車両が止められていた。
だが、その車が一様に吹き飛ばされ、回転しながらぶつかり合い、天井や壁に激突していく。
その光景に、満足げな表情を浮かべ笑うセイジツであり。
「ドウヤラ、コノ力ハ風ヲ操レルヨウダナ。フフ、私ニピッタリナ力ダナ。マサニ神風ダ」
セイジツの声が変化していた。反響するような声だ。頭蓋に直接響くような、そんな声だ。
「愚かな……」
瞑目し、クズシが嘆きの声を漏らす。瞼を開き、憐憫の眼差しをセイジツに向けた。
「恐らく、その神は荒神である一目連。その様子を見るに、目に宿されたのであろうが、人間の手には余る力だ」
「ハハッ、成ル程、ツマリ貴様ハ、恐レテイルノダナ? コノ、神ノ力ヲ!」
セイジツが腕を水平に振った。研ぎ澄まされた風の刃が高速でクズシに迫る。
「一刀両断二、サレテシマエ!」
「……無駄なこと」
すると、なんとクズシは迫る風刃に向けて、自ら前に出た。
「馬鹿メ、自ラ、死ヲ選ンダカ!」
「そんな愚かな真似はしない」
「――ッ!?」
セイジツの目が驚愕に染まる。なぜならクズシが一歩踏み込んだ瞬間には既にセイジツの横にいて、当たり前のように入身投げが決まっていたからである。
「グハッ! 馬鹿ナ!」
叩きつけられた直後、風を操り一気に後方へ下る。そして信じられないものを見るような顔でクズシを見た。
「ナ、何故ダ! マサカ、風ヲ受ケ流シタノカ!」
「受け流すまでもない。速さを一段階上げればいいだけの話だ」
「ハ、ヤサ、ダト? 馬鹿ヲイウナ! 風ヲ操ル神ノ力二目覚メシ私ガ、速サデ負ケルナド!」
「その様子だと、やはり次速までは達してないようだな。その力を持て余している証拠だ」
「フザ、ケルナ! 私ハ、才能二満チ溢レテイルノダ! 神ノ力トテ、自在二使イコナシテ見セル!」
両手を使い、手の中に風を集め回転させる。こうして生み出した竜巻をクズシへと解き放った。
大口を広げ、唸りを上げて驀進する。倒れたような形で進む竜巻はまるで風の猛獣だ。だが、クズシはそれだけの驚異を目の前にしても全く動じず、怯むこと無く手を差し出し、今度は竜巻を受け流して見せた。
クズシは合気の基本しか会得していない。だからこそ、受け流すことに関しても何度も何度も繰り返し練度を上げ続けてきた。
当然、クズシならこの程度の竜巻は軽々と受け流す事ができる。
クズシの力が加わり更に勢力の増した竜巻が逆に荒神と化したセイジツを呑み込んだ。
「ムグウウゥウウゥウ、小癪ナ真似ヲ! ダガ、マダ私ノ力ハ上ガッテイル!」
「……もうやめておけ」
「ダマレダマレダマレ! ダマレェエエェエエ! 私ハ、明智家ヲ変エル! コノ力ガアレバ、世界モ手ニスル事モ――ハ?」
変化は唐突に表れた。セイジツの右腕が急激に膨張していく。そしてむき出しになった筋肉がボコボコと腫瘍の如く肥大化していき、遂に右腕が弾け飛んだ。
「ナ、ナンダトォオオォオオオ! 馬鹿ナァアアァアアァア! 何故、私ノ腕ガァアアアァアア!」
セイジツが絶叫する。だが、クズシは特に驚いている様子はなく。
「だから言っただろう。神を取り込むなど自らの命を縮めているようなものだ。人間には過ぎた力なのだ」
「ナ、コレガ、コレガ、アイツラノ、言ッテイタ、リスク、ソ、ソンナ、ア、アァアアアアアァアアァア!」
今度は左腕が弾け飛んだ。そして左足から足、膝と順番に、爆発したように吹き飛んでいく。
「コンナコトデ! 私ハ、選バレタ人間ナノダ、コノ世界ヲ手ニスべシ、至高ノ王、ソレガ、私ナノダ! ソレナノニ、嫌ダ……死ニタクナイ!」
破滅は遂に右足にまで及び、立っていられなくなったセイジツはうつ伏せに倒れたまま、生を懇願し、わめき騒ぎ続けた。
「貴様! ソウダ! 貴様ナラ、私ヲ、助ケラレルノダロウ! 神薙ノ力デ、私ヲ助ケルノダ!」
「……無理だな」
「ナ、何故ダ! ソウカ、ソウダナ、私達ノ事ヲ、恨ンデイルノダナ? ナラバ、モウ決シテ、オマエタチニ手ハ出サナイト誓オウ! 勿論礼ダッテ弾ム、何デモ言ウコトヲ聞イテヤル! 金ガ欲シケレバ、幾ラデモクレテヤル! ダカラ、頼ム! 私ヲ、私ヲ助ケテクレ!」
「……だから無理なのだ。もしこの場に父がいれば、もしかしたら可能だったかもしれないが、私では滅びゆくお前の肉体を救うことは不可能」
「ソンナ……ソンナ、ソンナア!」
「仕方あるまい。リスクを冒してまで手に入れた力なのだから、お前もそれぐらい覚悟があったのだろう。それに、これまで散々悪事を重ねてきたのだ。それも業と受け止める他あるまい」
「フ! フザケルナ! 何ガ悪事ダ! 貴様ラ有象無象ノ虫ケラ共ト、私ノ命ノ価値ニ、ドレ程ノ差ガアルト思ッテイルノダ! 私ノ命ハ、国ヨリモ重ク、愚カナ、ソノ他大勢ノ命ナド、紙屑ヨリモ軽イノダ! ソレ、ナノニ……アァアアアァア! 私ノ、足ガ、腕ガ、髪ガ、顔ガ、崩レテイク、無クナッテイク、痛イ、痛イ、イタイイタイイダイイダイイダイダイイダイィイイイイイ! 嫌ダ、死ニタクナイ、シニタクナイ、シニタク、ナ――イ……」
遂には涙を流し、死に恐怖する始末であったが、しかし運命は容赦なく、セイジツの肉体は弾け、崩れ去り、最後に緑色の瞳だけが残されたが、それも間もなくして風化するように塵芥となって消え去った。
「……見苦しく、哀れな男であったな」
セイジツの最後を見届けたあと、黙祷し踵を返すクズシ。するとそこへ、親父! と息子の声。
「なんだ終わったのか。しかし、随分とボロボロだな」
「た、大したことねぇよこのぐらい。それより、何かヤバイ気を感じたんだが……もう消えてるな」
「あぁ、あの男が荒神化してな。だが、もう終わった」
「はぁ? 荒神って……なんでそんなもの――いや、そうか。あの連中か」
「その様子だと、やはりあの男はそうだったのか?」
「いや、正確にはあれは人間ではなかったんだけどな。でも、多分そうだな」
「人間ではない? ふむ、何か色々と厄介な事が起きているようだな」
腕を組みクズシが唸る。どうやら事は明智家との問題でないことを本格的に実感しはじめているようだが。
「とにかく、これで明智家に関しては収束することだろう。とは言え、セイジツに関しては説明せんとな。それに手当の出来る人間が必要だろう」
地下駐車場を含め、途中の廊下にも公安零課の人間が倒れていた。全員命に別状はないようだが、ほうっておくわけにはいかないだろう。
「あぁ、ならとりあえずキトウさんのとこに戻ろうぜ」
ナゲルの提案にクズシは首肯し、そして息子とふたり来た道を引き返していった――
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