第四七一話 投の意地
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「はぁ、はぁ、どうだ? 触れることすら出来ないと言ってたが、いきなり覆されたな」
「はは、いいね神薙流。そうでないと面白くない。今のが偶然ではないことを祈るよ」
「……ふん、それこそ神薙流なめんな。いくぜ、合気陣!」
取り出したハンカチで袖を拭き、髪をかきあげるコウキ。一方ナゲルは、地面に根を張る様に直立し、合気陣を展開させる。
祖父のナガレ仕込みのこの奥義は、あらゆる攻撃に対し、適切な返し技を重ねることが出来る。
「それが、噂の合気陣ですか。神薙 流を象徴する代表的な技だと聞いていたけど、まさかその孫が使用するとはね」
「……随分と神薙流に詳しいな。なんとなく予想はしてたが、お前、神破流か?」
「――ふふっ」
コウキは不敵な笑みを浮かべるにとどめた。ナゲルはほぼ確信していたが、何であろうとこの場は勝つほかない。
合気陣はコウキの言うように祖父であるナガレが得意としていた技だ。そして神薙家でこれを使えるのは祖父を除けばナゲルだけでもある。
尤も、ナガレが使用する合気陣が次元を超えて神さえも捉えると称されるのに対し、ナゲルの合気陣が及ぶ範囲は半径一キロメートル程度。尤もこれは周囲の状況を把握するための範囲であり、反撃が及ぶ制空圏に限定すると半径五メートル程度となる。
それでも範囲内に踏み込んだ相手に瞬時に返し技を決められるのだから、十分凄いとは言えるのだが――
「ぐぅぅ――」
コウキが合気陣を張ったナゲルの身をすり抜け、とんでもない量の打撃を置き土産に残していった。
うめき声をあげるナゲルだが、今度は倒れず堪えてみせた。
「これが合気陣? おかしいな僕には全くダメージがないよ。ナガレが使っているという合気陣もこんなものなのかな?」
「――はぁ、はぁ、うるせぇよ」
コウキを睨めつけ言い返すが、かなり苦しそうなナゲルでもある。
「さっき触れてきたから、ちょっとは期待できるかと思ったけど、気のせいだったかな?」
薄笑いを浮かべるその顔が気に入らないナゲルだ。しかし合気陣は解かない。
とは言え、一見するとかなり不利な状況であるのは確かだ。コウキの言うようにナゲルの速度が光速止まりであれば、例え合気陣を展開させたところで分が悪い。
コウキが達している次速とはつまるところ次元を超えることの出来る速度のことだ。
一方光速はどれだけ速いと言っても三次元の粋を出ることは叶わない。
つまり次速と光速ではまさに速度の次元が違う。コウキは移動した瞬間には次元そのものがずれているようなものだ。だからナゲルの体もすり抜ける事ができる。そんな相手を捉えようとしたところで実体のない雲を掴むような話なのである。
「全く、こんなことならもっと真面目に修行しとくんだったな……」
「はは、今更泣き言なんて見苦しいね!」
コウキが次速で再びナゲルの合気陣へ飛び込んだ。そこへナゲルが合わせるように腕を出す。だが、またも一方的にコウキの攻撃がナゲルを捉え、コウキが後方へすり抜けていく、が、その直後コウキがバランスを崩した。
「……これは?」
「へへっ、少しは、感覚を掴めてきた、ぜ……」
「……ふ~ん、だったらこれはどうかな?」
再びコウキが迫り、互いの体が重なり合った、その時、コウキの体が浮き上がり、ビュンッと回転した。
そのまま背中から床に叩きつけられそうになるが。
「おっと危ない」
「くっ、惜しいな……」
だがしかし、コウキは空中で体を捻り、器用に着地を決めた。悔しがるナゲルだが。
「あはっ、なるほどね。今ので判ったよ。どうやら君は亜次速の領域には踏み込んでいるみたいだね」
「は、なんだっていいさ。お前を倒せるならな」
「いやいや、それはちょっと甘いんじゃないかな。次速と亜次速じゃね。全く、これがナガレ相手ならもう少し楽しめたかもだけどさ」
憐れむように語るコウキ。ここで言う亜次速とは光速と次速の境界に存在する速度とも言える。
次速は完全に次元を超えた速度なのに対し、亜次速とは現次元と別次元を交互に、つまり超えたり超えなかったりを繰り返す速度である。
故に、完全な次速を相手するには不十分にも思えるが。
「しょせん亜次速どまりの君じゃ完全なる次速には敵わないのさ!」
再びコウキが迫り、無数の打撃がナゲルを襲った。だが互いの肉体が重なり合った瞬間、コウキが地面に叩きつけられていた。
「な!?」
「捉えたぜ畜生が!」
体を床に打ち付けながらも、すぐさまナゲルの手から逃れ、距離をとり体勢を立て直すコウキ。先程までの薄笑いは完全に消え去っていた。
「……あきれたもんだね」
「はぁ、はぁ、何がだよ」
「そのやり方だよ。まさか技が決まるまで延々と繰り返すなんてね」
「俺は頭は良くないからな。これぐらい単純なやり方のほうがわかりやすくていい」
呆れ顔でコウキは肩を竦めた。コウキの言うようにナゲルが行った方法はあたるまで技を繰り返すというものだ。
亜次速は現次元と別次元が交互する速度であり、次速の相手に攻撃するには、自分が次元を超えたタイミングで別次元にいる相手を捉える必要がある。
だが次元を超える領域の相手にタイミングよく亜次速の技を決めるなど本来そう簡単にできるものではない。だが、その確率を少しでも引き上げたいなら技を繰り出す回数を増やせばいいというのがナゲルの考えだ。
現にそれでナゲルの返し技が一発決まっている。問題はそのために、自分が決める以上のダメージを覚悟する必要があるという点だ。
当然だ、相手は一方的にナゲルに攻撃を加えられるのに対し、ナゲルはその攻撃が当たるか当たらないかは運否天賦に任せているようなものなのだから。
「どれだけダメージを受けても、決まった時の一発に掛けるということかい? 全く、馬鹿げてるね。あまりにリスクが高いやり方だ。僕は嫌いだな、そんな泥臭い戦い方。君の祖父である神薙 流の合気とやらはそれはそれは美しかったと聞くけど、君の技には美しさの欠片もない」
「……勘違いしてんじゃねぇよ」
「勘違い?」
「さっきから爺ちゃんの名前ばかりいいやがって。いいか? お前が相手してんのは神薙 流じゃねぇ! 神薙 投なんだよ馬鹿野郎!」
射るような視線を向け、ナゲルが吠えた。そう、彼はナガレでないのだ。例え泥臭かろうがそれがナゲルの戦闘スタイルなのである。
「ふふっ、確かにそうだね。君じゃあのナガレの足元にも及ばないことだろう。あまりにレベルが違いすぎるしね」
「否定はしないさ。だが、それでもお前には負けない」
「どの口がそれを? 黙って案山子でいることしか出来てないじゃないか君は」
「だったら案山子じゃないところを見せてやるよ」
そう言ってナゲルは合気陣を展開したまま、独特の歩法を見せ始めた。あっちへフラフラ、そっちへフラフラとどことなく覚束ない足取りであり。
「はは、驚いたね。まさかここにきて酔拳とは。合気は捨てたのかい?」
「そう思うならさっさと決めに来てみろよ。出来るものならな」
コウキは眉を顰めるも、何をしようと速度の差が埋められるはずないと判断したのか、再び次速でナゲルに迫る。コウキの数字では言い表せられない程の攻撃がナゲルの全身に降り注いだ。
「馬鹿かな君は? その奇妙な動きのせいで、逆に攻撃を多く受けているじゃないか」
「あぁ、そのとおりだよ」
コウキの言う通り、ただ黙って待ち構えていた時と異なり、下手にふらつくような動き(尤もこれでも亜次速に達しているわけだが)によってコウキに追いかけられる形となり、その分多くの打撃を受ける事となってしまう。
だが、それは逆に言えば――
「ぐっ!」
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはよく言ったもんだな」
そう、相手の攻撃を受ける回数が増えるということは、ナゲルが反撃を行う回数も増えるということだ。それはその分チャンスを生む。
何千、何万、何億、何京とカウンターを放ち、ついに捉えた一打。ナゲルの掌底が、ついにコウキのみぞおちを捉えた。
「た、たかが一発!」
「たかがじゃねぇ! これが俺の決定打だ! いくぜ!」
すぐさま逆の掌底がコウキの脇腹に命中する。神薙流には合気を利用した打撃技も存在するが、実はナゲルはそっちの方が得意であった。
そしてこの掌底も当然ただの掌底ではない。ナゲルの掌底は当たった瞬間に体内の水分を受け流し波紋のように体内に広げる。そこから同時に逆側から掌底を叩き込むことで、左右の波紋をぶつけ合わせ、それを繰り返すことで増幅させ、共振させ、それが限界まで達した瞬間――
「これで決まりだ! 神薙流独技――水震裂波!」
その瞬間、コウキの内側から衝撃が溢れた。まるで爆発したかのような現象。いや、まさにこれは爆発だ。体内の水分を波紋としてぶつかり合わせた結果、外側への圧力が極限に高まり内側から破壊されたのである。
弾かれたように吹き飛ぶコウキ。そのまま廊下の壁に激突し、ぐはっ、とうめき声を上げたあと床に倒れた。
「へへっ、やってやったぜ……て、そんな喜べるような勝ち方じゃないか……」
気が抜けたのか、ナゲルもその場に腰を落とす。辛くも勝利、それが現実である。相手の攻撃を見極めた上で返し技を決める――それが本来の合気の戦い方なのだが、ナゲルが受けたダメージはあまりに大きい。
戦法としては完全に肉を切らせて骨を断つといったところであり、合気の使い手としてみるならとても褒められたものじゃないだろう。
「はぁ、どっこいしょと。とにかく、こいつにいろいろ聞かないとないとな……」
満身創痍といった状態ではあるが、痛みを堪えながらも倒れたコウキへ近づいていくナゲルであったが。
「キキッ――」
「……おいおい冗談だろ――」
そこでナゲルは信じられないものを見た。ナゲルが倒す直前までコウキだったそれが――むくむくと姿を変え、角の生えた鬼と化したのである。
「こいつ、人間じゃなかったのか?」
「勘違イするナ、人間」
「は?」
「キキッ、我はコウキ様二使えシ畢舎遮なリ――我二も苦労すル、ようでは、とてもコウキ様二は――キキッ」
そこまで語り、畢舎遮は砂となり消え去った。
「んだよそれ――あ~畜生!」
壁にもたれかかり、ずるずると背中を引きずるようにしながら床に腰をつける。天井を見上げ、クソっ、と声を漏らした。
「……考えてても仕方ないか。後は親父……は、流石に大丈夫か。あれ相手に負けるわけが――て、おいおいなんだよこれ!」
弾かれたようにクズシが向かった方向へ目を向け、ナゲルが緊張の声を発す。それほどまでに、感じられた気配は異質なものであった――