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第四七〇話 基礎を極めし後継者

「奥義を使えないだと?」

「うむ、使えん」

「そして使えるのはその、基本的な五種類の技だけだというのか?」


 基本蹴り技のみを徹底して磨き上げたセイジツだが、格闘技に関しては全般調べ尽くしている。当然クズシが語った技にも覚えはあった。


「そのとおりだ」

「はは、これはとんだお笑い草だ! それでよく神薙流の最高師範などと言えたものだな」

「……私はそれを受諾した覚えはない。故に、最高師範は今も父である神薙 流であり、今の私はあくまで最高師範代だ」

「はは、なるほど。つまりお前は神薙家の出来損ないということか。これは参った、私はどうやらとんだ大外れを引いてしまったらしい。そのような出来損ないをわざわざ待ってしまうとはな」


 嘲笑うセイジツの姿に、過去を思い出す。あの頃も確かに陰でそしられたことがキッカケでクズシは焦っていた。


 だが――


「何を言われようが事実だから仕方がない。だが、それでもお前には負ける気がしないがな」

「……はは、これはこれはまた随分と大きく出たものだな。この、不良品風情が!」

 

 セイジツがクズシに飛びかかってくる。その僅かな間、クズシはあの日のことを想起した。


――時は四〇年ほど遡る。


 それはクズシがまだ一七歳だった頃の話であった。


「――父上ありがとうございました」


 丁重にナガレに向けて頭を下げる少年がいた。道場で父であるナガレに稽古をつけてもらっていた彼は非常に生真面目であり、誰よりも努力家で合気に対して真剣に向き合っていた。


 父であるナガレはそれが息子であるクズシの長所であると理解していたが、ここ最近は少々肩に力が入りすぎなようにも思えていた。

 

「そろそろ上がりますか?」

「いえ、父上、ここで見取り稽古を続けていても宜しいですか?」

「それは構いませんよ。ですが、根を詰めすぎると逆によくありませんから、程々にしておくといいでしょう」

「判りました」


 そしてクズシはナガレの動きを一挙手一投足見逃さないよう真剣に見続けた。


「父上、地流天突を見せて頂いても宜しいですか?」

「それは構いませんよ」


 ナガレはクズシにもよく見えるように何度も技を繰り返してあげた。すると納得したように頷き、ありがとうございますといって稽古を終え道場を後にした。


 それから暫くしてナガレも鍛錬を終え、部屋に戻ろうとすると、そこでは愚直なまでに反復練習を繰り返すクズシの姿。


(ふむ、あの熱心さは買いますが、しかし――)


 自分の息子がここまで合気に真摯に向き合っているのだ。ナガレとしては当然嬉しさもある。だが同時に思うところもあった。


 そして後日、クズシとの乱取りにおいて、彼が試した技はナガレの見取り稽古を下に練習を続けていた地流天突であった。


 ナガレはそれを清流の如き心持ちで受け続ける。本人が何かを感じ取るまでは余計なことは言わないつもりだったが。


「――父上、私の技は如何でしたか?」


 一万本を越えた辺りでいよいよクズシが問いかけてきた。特にこれといった助言も言わず、技を受け、見続けてきたナガレ。


 クズシの表情には若干の焦りと不安が感じられた。


「その様子だと、自分でも気がついているのでは?」

「……はい。流石です父上。実は自分自身何度練習してもどうしてもしっくりこないのです」

「一つ聞きますが、なぜこの技にこだわりましたか?」

「……この技がというわけではありませんが、そろそろ神薙流の奥義にも触れておきたいと思いまして。その、自分は神薙の血を引く後継者ですから」

「なるほど」


 ナガレは一つ頷き、そして語る。


「その思いは嬉しいですが、今のままでは気持ちだけが先走り空回りしている気がします」

「空回りですか……父上、もし私に才能がないのならはっきりと言ってくれてもいいのですよ」

「なるほど、ではあくまで私の考えですが、クズシには神薙流の奥義はあっていないと思います」

「……そうですか」

 

 クズシが肩を落とす。覚悟はしていたのかも知れないがはっきり言われればやはり堪えるのだろう。


「ですが、それと才能がないとは全く別の話です。そもそも神薙流にとって奥義などさして大事なものではありません」

「え?」

「柔を重視した神薙流は考え方もわりと柔軟なのですよ。私はこれで好き勝手生きてきた人間ですしね。だからこそクズシには奥義などに縛られるようなことなく、己の長所を活かして欲しいと考えております」

「……私の長所ですか?」

「はい。ここ最近は奥義を会得しようとその練習を続けていたようですが、同時に合気の基礎もおろそかにすることなく余念なく鍛錬を続けてきたことも知っております。これまでもクズシは地道に基礎を磨き続けてきました。私からすれば、奥義などを覚えることより、弛まぬ努力を続ける姿の方が遥かに輝いて見えます」

「父上……」


 クズシの表情が和らいだ。喉につかえていた何かがすっと落ちてきたような、そんな表情。

 ナガレの言うように彼にも焦りがあった。これまでは合気の基礎だけをひたすらに続けてきた。


 だが、そんなクズシに心無い言葉を発するものもいた。神薙流の後継者ともあろうものが奥義の一つも使えないのかよと。


 そのことが、本当に自分は神薙流を受け継ぐ資格があるのか? という不安を植え付けた。


 だがしかし――


「さぁクズシ。見せてください。貴方が磨き続けてきた小手返しを」


 ナガレの言葉を受け、クズシから迷いは消えた。それからは日々、合気の基礎だけを積み重ねる日々。型や歩法は勿論、合気における基本的な技とされる、小手返し、入り身投げ、四方投げ、天地投げ、そして教を何千、何万、何億、何兆、何京、何極と愚直なまでに色褪せること無く、来る日も来る日も研磨を続け。


――そして現在。


「ぐはぁああああああ!」

「これが小手返し。お判り頂けたかな?」


 自慢の足技で攻め立ててくるセイジツであったが、クズシによって受け流され、無様に地下駐車場の床を舐めることとなった。


 小手返しと言えば相手の腕を取るやり方が一般的だが、クズシであればそれが足であろうと当然問題はない。


「く、くそ!」


 だがセイジツもめげない。更に攻め立てようと立ち上がり、一歩足を踏み込むがその瞬間にはクズシに懐に入られ頭を地面に叩きつけられた。


「これが、入り身投げだ」


 その衝撃で、地面に叩きつけられた体がバウンドし天井にまで体を打ち付けることとなった。


「はぁ、はぁ、くそ! くそ! ありえない! なぜだ! こんな誰もが知っているような技だけで! こんなものに私が私が!」

 

 悔しさからか何度も何度も床を叩きつけるセイジツ。クズシが奥義を使えないと知り、嘲笑混じりに攻撃を繰り返してきた彼であったが、基本技しか使えないというクズシにいいようにあしらわれる一方であった。


「なんてな――」


 だが、悔しがっていた表情を一変、何かを察したようにほくそ笑み、ゆっくりと立ち上がった。


「いまのを見て、少しは愉悦に浸ることが出来たかな? だが残念だったな。私はお前の弱点を既に見切った」

「……私など弱点だらけの男だ。そんなものを見破られたから一体なんだというのか」

「はは、驚いた。なるほど客観的に自分を見る力はあったというわけか。ふむ、褒めてやってもいいぞ。お前は奥義こそ使えなかったが、基本的な技一つとってもなかなかのものだった。だが、お前の技はどれも決定的に足りてないものがある」


 ふふっ、と鼻を鳴らし、人差し指を突き付け言った。


「それは威力だ。受け流しダメージを増幅させる、それこそが合気の真髄なのだろう。実際貴様の技は私の力を利用し、それなりの上乗せをしていた。だが、そんなものは私の力があればどうとでもなる。現に、この通り私はピンピンしているのだからな」

「そうか、では私も答えよう。お前のその徹底的なまでに蹴りに拘った戦闘スタイル。確かに見事なものだ。達人レベルといって良いだろう」

「ほう、これはこれは師範代からとはいえ、お褒めに頂き光栄だ」

「だが――」


 うやうやしく頭を下げて見せるセイジツだったが、クズシの話はそこで終わりではなかった。


「確かに技は見事だ。肉体的にも仕上がっている。しかし残念なことに精神があまりに未熟だ。だからこそそのような見当違いなことを言い出す」

「なんだと?」


 セイジツの眉がピクリと反応した。眉間に皺を寄せ不快感明らかである。


「中々面白いことをいう。ならば私も一つ教えてやろう。今までの技も、全く本気ではなかった。それですら返すのにギリギリだった貴様では、本気になった私の技についてなどこれやしないだろう!」


 刹那――クズシの周囲を圧倒的な物量のセイジツが取り囲んだ。


千烈の(サウザンド)蹴撃皇(シュートマスター)の名は伊達ではないということだ。本気になった私の放つ蹴りは一秒間で優に千を超える! 貴様の基礎とやらで返せるものなら返してみろ!」

「やれやれ仕方のない男だ」


 有言実行、クズシに向けて千を超える蹴りが迫る。が、しかしクズシはなんとその全てに適切な形で、四方投げ、小手返し、入り身投げを合わせていった。


「そしてこれが、天地投げだ」


 最後に、上下に開いた手でセイジツの蹴りを受け止め回転させるようにしながら天井と地面に順番に投げつけた。

 

 ぐふっ! とうめき声を上げ、再び地面を転がるセイジツ。だが、受け身を取りすぐさま立ち上がった。


「ま、まさか私の攻撃全てに技を合わせるとはな。だが、やはり私の考えに間違いなどなかった! お前の技には威力が足りてないのだ!」

「……随分と鈍いのだな」

「な、なに?」


 瞑目し、答えるクズシに怪訝そうに眉をひそめるセイジツだが。


「ダメージとは蓄積するものだ。これだけやれば、そろそろ気づくかと思ったが」

「蓄積、だと?」

「……そろそろだな」

「まて、それは一体、ぐ、ぐぁああぁああぁああぁああああああ!」

 

 皆まで語ること無く、セイジツが絶叫しその場から吹き飛び錐揉み回転しながら地面に叩きつけられていた。


 その姿を見ながら、ふむ、と顎に手を添え。


「やはり、教は見せるまでもなかったか――」

と独りごちるのだった。






◇◆◇


 クズシがセイジツを相手に軽くあしらっている最中――ナゲルはコウキ相手に思わぬ苦戦を強いられていた。


「さっきからいろいろ試してるみたいだけど無駄だと思うよ」

「はぁ、はぁ……」


 髪をかきあげながら余裕の笑みを浮かべるコウキ。懐から手鏡を取り出し、髪型さえも気にしだす程だ。


「まるで自分は負けるはずがないと、確信しているような態度だな……」

「何か間違ってるかな?」

「……確かに強さは認めるよ。だが、やってやれないことはないさ」

「ふふっ、流石に肝は座ってるね。だけど、無駄だ、君じゃ力不足さ。所詮光速止まりの君じゃね」

「随分と自信があるんだな」

「そうだね。君は下速無効の法則というのを知っているかい?」

「……知らん。頭はそんなに良くはないほうだからな」

「ははっ、だろうね」

「ムカつくなお前」


 目を細めるナゲルだが、コウキの解説は続いた。


「下速無効の法則というのは、基本下の領域の速度では上の領域の速度の相手に攻撃は当たらないというものさ。時速の領域では音速の相手を捉えられないように、音速の領域では光速の相手に届かないように、所詮は光速の領域で足踏みしている程度の君では次速の僕には触れることすら叶わない。だから――君の未来には敗北しか待ってないのさ!」

「ガハッ!」

――チッ。


 コウキの攻撃を受け、再びナゲルの身が浮き上がり、天井に叩きつけられた。口から血を流しながら地面に落ちる。


 あまりに一方的な戦い、そう思えたが――コウキが腕を上げ、袖に目を向けた。

 ナゲルとすれ違ったその時、何かが掠ったのを感じたからだろ。

 

 そして、袖には僅かに血がついていた。それはコウキの血ではなく。


「へへっ、どうだ、触れてやったぜ――」

「ふ~ん、少しは面白くなってきたじゃない」

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