第四六九話 次速と奥義
「う~ん、どうやら追ってきてるようだね」
「ほう……」
立ちふさがる公安零課の猛者達を排除しながらセイジツとコウキ達は地下駐車場を目指していた。だが、そこで何かを察したようにコウキが口にした。
セイジツは口元を緩め、彼に顔を向ける。
「護衛のアケチロイドを数体残していただろ?」
「残念だけどあんなのじゃ力不足だね。足止めにもならないよ」
「それは面白い。一体誰が来ているのかな?」
「貴方もよく知っている二人さ。何せさっきまで法廷に立たされていたのだからね」
「なるほどな」
顎を摩り一考した後、コウキに問う。
「足止めは可能か?」
「二人共かな?」
「いや、今の神薙流の最高師範はクズシという男だったな。その男には興味がある。そうだな、その息子のナゲルとかいうのはお前に任せた」
「はは、これはまた。つまり神薙 流の嫡男とやりたいと?」
「そうだな。勿論、この私に屈するなら別だが、しかし神薙流の技にも興味がある」
「……怖いもの知らずだねぇ」
「そうか? ふふ、まぁ使うことはないと思うがいざとなればアレもあるからな」
「それについては、止めはしませんが、使うときはある程度の覚悟はしてくださいよ」
判ってるさ、と告げ、コウキを残しセイジツと護衛達が先へと向かった。
「さて来たようだね」
髪をかきあげる仕草を見せながら、二人を待ち構えるコウキ。その直後、音もなく二人が姿を見せた。
「やぁやぁ、これはこれは親子揃って仲が宜しいことで」
飄々とした態度でクズシとナゲルに応じるコウキであり、それを見たナゲルがやれやれと嘆息した。
「またか、さっきからアケチロイドとかうざったいことこの上ないな」
「……油断するなナゲル。相手の気配をよく読め」
面倒臭そうな態度を見せるナゲルだが、クズシは何かを察したような真剣な眼差しで息子に警告する。
ん? と目を眇めた後、ナゲルがコウキに目を向け――その表情が変わった。
「どうやら、いままでの連中とは少し違うようだな」
「うふふ、どうかな? まぁでも、敢えて言えばカッコよさなら僕のほうが数億倍上だけどね」
髪をかきあげながらそんなことを言うコウキにナゲルは目を細めた。
「セイジツという男がいないな。足止め役といったところか?」
クズシが問う。この長い廊下を進んだ先に地下駐車場へ繋がる階段がある。気配から察するにセイジツはそこへ向かったようだと判断する。
当然、駐車場はとっくに公安零課に押さえられてるとは思うが、セイジツ達はそれでも問題がないという自信があるのだろう。
「う~ん、まぁそのとおりと言えばそのとおりなんだけどね。でも、あの人も変わっていてね。足止めはそこの息子さんだけでいいというんだ」
「は?」
指を向けられ、ナゲルが眉を顰めた。
「でもほら、こっちも一応依頼人の希望だから。クズシさん、あんたは先に行っていいよ」
「……それを聞いて、はいそうですか、と言うとおりになると思っているのか?」
「う~ん、どうしてもというなら別に僕は構わないけど、ただ、二人で僕にかまっていたら流石にセイジツに逃げられちゃうと思うよ」
軽々しくそんなことを口にする。ただ、それはこれまでに相手してきた明智家特有の慢心とは明らかに違った。
それはクズシも感じ取っている。少なくともこれまでのアケチロイドと一緒くたに考えるわけにはいかない。
「いいぜ、判った。親父いけよ。折角のご指名なんだ。こいつの足止めってやつを俺が受けといてやるよ」
「……しかし――」
「いいから行けって。少しは自分の息子を信じろよ」
父に目を向け、ナゲルが先へ進めと促した。その決意にクズシは首肯し。
「判った、だが、油断するなよ」
そう言い残し、その場から消え失せる父クズシ。
「ひゅ~流石に速いね」
「あれが見えたか。なら、確かに多少は骨がありそうかもな」
「はは、そうだね少しは期待に添えられるといいのだけど」
どことなく余裕が感じられた。この男の言葉は軽いが、確かな自信故とも言えるかも知れない。
「一応名前を聞いておこうか。ジャーマネさん」
「う~ん、そっちの仕事も知ってるんだね。まぁ、それはもう辞めたけど、名前はコウキっていうんだ。よろしくね」
「そうかよ。だったらコウキさんよ、さっきの話だけどこうは考えなかったのかい?」
「ん?」
「俺がお前もあっさり倒して親父に追いつくという可能性だよ!」
ナゲルが立ち位置から消えたかと思えば、コウキの前に立ち、その細い手首を取りに掛かっていた。そのまま崩して技に入ればそれで終わりと言えるタイミング。
だが、空振った。いや、正確には掴みにいった手首をすり抜けた。
「ふむふむ、なるなるほど。いや、凄いね。あの一瞬で光速にまで達するんだ」
「――ッ!?」
驚愕に目を見開く。ナゲルの背後に彼はいた。掴んだと思っていても掴めず、しかも背後を取られるまでナゲルは気づけなかった。
弾かれたように距離を取る。そして呼吸を整えた。
「……口だけじゃないってことか」
「そう見えたなら光栄だね」
再び髪をかきあげながらコウキが答える。
「ところで、君の速度はそれで限界かい?」
「……速度だと?」
「いや、だからね」
そう言って、今度はコウキ側から攻めてきた。かなり速い、それはナゲルにも理解できた。だが、対応できないほどではない。
相手からくるなら後は合わせて返せばいい。合気に通ずるものなら当たり前の所為と言えた。
肉薄し、拳を打ってきたコウキにナゲルが添えるように手を出した。だが――掴めなかった。またも相手の腕をすり抜け、そして気がつけばナゲルは廊下の壁に叩きつけられていた。
「ぐはっ!」
うめき声が漏れる。叩きつけられた壁に亀裂が走り衝撃で大きく凹んだ。
「うん、流石にダメージは受け流したね。でもちょっと残念かな」
「はぁ、はぁ……お前――」
荒い息を吐き出しながら、険しい目を向けるナゲル。その姿にコウキは肩を竦めた。
「どうやら君は光速の先――次速には達してないようだね。あの神薙 流の孫と聞いていたから楽しみでもあったけど、期待しすぎたかな」
◇◆◇
「どうやら私の言ったとおり動いてくれたようだなアイツは」
「……全く、一体何を考えているのか」
地下駐車場ではセイジツ達を捕らえようとしたのであろう公安零課の警察官が倒れていた。
そしてクズシの周囲にも無様に地面に倒れたアケチロイドの姿。勿論これは、やってきたクズシに攻撃を仕掛けてきたところで返り討ちにされたものである。
「どうやら私に用があるとのことだが、今更謝罪などは受け付けるつもりはないぞ。これだけのことをしたのだからな」
「はは、何か勘違いされてるようだが、謝る気などこれっぽちもない。ただ、神薙家の力には興味があってね。どうだろう? これまでのことは水に流してくれまいか? 父も含めた無能な連中はもはや死んだも同然。これからはこの私が明智家を引っ張っていく。そのためにはこれまでのような傲慢な思想を捨て、互いに歩み寄る柔軟さも必要だ」
「そうか。そこまで言うなら素直に捕まり、それ相応の処罰を受けるがいい」
「これはこれは、神薙家の者は冗談も言うのだな。なぜ私が無能共にみすみす捕まる必要があるのか。それよりももっと有意義な話をしようではないか。大人しく私が改革する新しい明智家に隷属するがいい。そうすれば悪いようにはしない」
「……やはりあの親にしてこの子どもありか。話すだけ無駄なようだ」
ほとほと呆れたようにため息をつき、クズシが構えをとった。つまり話はここで打ち切りということだ。
「フフッ、やはりそうなるか。だが、この結果はある程度予想していたよ。しかし、お前はなにか勘違いしている。おい」
「「はい、何でしょうか?」」
セイジツの呼びかけに最後に残った護衛のアケチロイド二体が反応する。
「お前たち、本気で私を攻撃しろ」
アケチロイドは命令に忠実だ。つまり、セイジツのこの命もしっかり聞き届け、全力で攻撃を仕掛けてくる。だがその瞬間だった。重畳たる響きが広がり、二体のアケチロイドがバラバラに粉砕された。
「ふふっ、守られてる者が守っている者より弱いとでも思っていたかな? 言っておくが私は明智家において最強。格闘技においては弟のマサヨシもそれなりのセンスをもっていたが、それでもこの私には一度たりとも勝つことが出来なかった」
自ら護衛を破壊し、己の力を誇示するセイジツだが、クズシの様子に変化はない。
「流石だな、私の力を見ても動じない。ふふ、そうでなければな。光栄に思うが良い! 私が本気を出すことなどそうそうあるものではないのだからな!」
「やれやれ、子どもならば子どもらしく、純粋な遊びだけで済ませておけばいいものを」
「……私が子どもか。だったら見るが良い、これがお前のいう子どもの見せる技だ!」
軽いステップを見せた直後、消えるように動き、残像が浮かび上がるほどの速さでクズシを中心に回転した後、まるで全方位から壁が迫ってきたかのような蹴りの連打を放ってきた。
「どうかな私の蹴りは!」
「……なるほど、テコンドー、空手、カポエイラ、マーシャルアーツ、ムエタイ、キックボクシング、サバット、クンフー、セパタクロー……あらゆる格闘技やスポーツから蹴り技のみを抽出し、磨き上げたと言ったところか」
「ふふ、流石だな神薙流。この一瞬でそこまで見抜くとは」
圧倒的な物量で迫るセイジツの蹴りを、涼しげに捌きながらクズシが言う。セイジツは感嘆の声を漏らしつつ、一旦距離を離し、片足を上げた状態を保ち会話を続けた。
「言うまでもないが蹴りはリーチが長く腕の数倍の威力を持つとされる。だが、こと実戦に置いては蹴りよりも腕を使った技術の方が多く用いられる。それは腕のほうが蹴りに比べ動きが柔軟であり隙も少なく、素早い攻撃が可能だからだ。だが、これは逆に言えば蹴りで腕以上のポテンシャルを発揮できれば、拳になど頼らなくても相手を圧倒できるということでもある。だからこそ私は蹴り技のみを徹底して鍛え上げ、この明智流蹴撃術を完成させた」
「やれやれ随分と自分語りが好きな男だ」
「ふふっ、これは失礼。だが私がここまで話したのは、お前に忠告するためでもある」
「忠告?」
「そうだ。言っておくがいま私が見せた力は精々三割程度。本気などとは程遠い準備運動のようなものだ」
「それが忠告だと?」
「そのとおり。そして今度はこの力を五割まで上げる。そうなればこれまでのようにはいかない。だからこそそろそろ見せてみろ。神薙流の奥義とやらをな!」
「奥義――だと?」
「そうだ! 私はそれが知りたくて、お前との対決を選んだのだ! さぁ見るが良い! 千烈の蹴撃皇とまで称された私の技を!」
宣言通り加速したセイジツの蹴りがクズシに襲いかかる。だが、クズシはすぐさま蹴り足を取り、折りたたむようにしながら回転を加えて投げ飛ばした。
「くっ!」
地面に叩きつけられるも、そのまま受け身を取るように回転し、片膝をついた状態で呻くセイジツ。その目には怒りの炎が灯っていた。
「き、貴様なんだこれは!」
「はて? おかしなことをいう。技が見たいと言うから見せたまでだが」
「私が何も知らないと思って馬鹿にしているのか! これはただの四方投げだろう! 私は奥義を見せろといったのだ!」
四方投げは合気道における基本的な技の一つである。セイジツは自分の蹴り技をあっさりと返されたことよりも、奥義を見せなかったことに憤りを覚えているようだ。
「やれやれ、どうやらお前は勘違いをしているようだな」
しかし、嘆息を交えながらクズシはセイジツをみやり、淡々と言葉を続ける。
「私が使える技は四方投げ、小手返し、入り身投げ、天地投げ、そして教だけだ。奥義なんてものは一つも使えんぞ――」