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第四六八話 暗殺者の血統

 感情を常に殺し続けてきた筈の少女の目が動揺に揺れた。何より、なぜ自分が女とわかったのかわからなかった。


「は、離せ!」

 

 少女はタオスに向けてナイフを振った。だけどそれはあっさりと受け止められる。


「駄目だよ、こんなことしたら。ナイフも危ないよね」


 少女の体がふわりと浮いて、タオスを越えて反対側に着地した。ナイフは取り上げられていた。


「これは預かっておくね」


 にこにことした笑みは絶やさず彼は言った。だが少女の武器はそれだけではない。隠し持っていたナイフを取り出そうとするが。


「――ッ!?」

「ごめんね。危ないものは全部預かったから」


 隠し持っていた筈のナイフはほぼ少年に取り上げられていた。一体いつの間に、少女にも理解できなかった。


 眼の前の少年は見た目には幼いただの子どもだ。格好こそ道着姿だが、殺気も感じられず、襲ってきた相手を殺そうともしない甘ちゃんだ。


「……殺す、絶対殺す」


 少女が自分に言い聞かすように繰り返す。


「どうして? どうしてそんなに殺すなんて言うの? 殺すってことはね相手が死ぬってことなんだよ?」

「……命令は絶対。失敗は許されない――」

 

 そこまで言って、少女は般若の仮面を脱ぎ捨てた。

 ハッとするような美少女だった。見た目は十歳ぐらいなのだが切れ長の瞳に、淡い褐色肌とが相まって幼いながらも妖艶な雰囲気を醸し出している。


 ニコリと微笑んだ。その表情にタオスも頬を染め、そこに隙が生まれた、と少女は判断した。タオスは彼女から武器になりそうなものは殆ど取り上げた。だが、彼もチェックしきれていないところがあった。


 少女の手が胸元に伸びた。スーツの中から一本のナイフを取り出す。そう、タオスでも流石に女の子のそこまでチェックすることができなかった。それに当然少女は気づいていた。


 そしてそれであれば女の武器も通じるはず、そう踏んだ結果であり、今ならやれると確信もしていた。


 今度は少女は正面からいった。下手に回り込むより素早く喉を貫いたほうが確実だ、とそう考えたのだ。


 鋭い突きが喉に迫る。殺った、と確信出来るタイミング。


「駄目だよ」


 だけど、届かなかった。貫いたと思ったその瞬間、まるで柳のようなしなやかさで上半身を引き、その手がナイフを掴み取った。


 自分よりも幼い子どもにどこにそんな力が、と少女は目を見開いた。ナイフは微動だにしない。


「命令だから殺すなんて駄目だよ」

「黙れ! 私のことなんて、何も知らないくせに!」


 常に感情を殺して暗殺に挑んでいた、そんな少女には憤りの感情が溢れていた。

 こんな平和ボケした国に育った奴らに自分の何がわかるのか! と――


 少女はトムド王国で生まれ育った。トムド王国は経済的に不安定な国家で、貧民街と呼ばれる地域が非常に多い。治安も悪く、それだけに裏組織の隠れ蓑としてもよく利用されていた。

 

 そんな中、少女は優しい母と慎ましく暮らしていた。常に空腹の伴う暮らしではあったが母がいれば幸せだった。


 だが、それも長くは続かなかった。突如政府が麻薬の撲滅を宣言し、貧民街に兵を送り込み、何も悪いことをしていなかった母親を連れ去ってしまったのである。


 そして少女の母はあっさりと処刑が決まった。麻薬などとは縁のない母だった。だが、無実を訴える母の声など聞き入れもせず、碌な証拠もないまま死刑になってしまった。


 少女は幼くして孤児となった。母の死に少女は神を呪った。そんな彼女に手を差し伸べたのが、明智 誠実であった。


 そして明智家は彼女に食べ物と寝床を用意し、養子として迎え生活を支援することも約束した。


 だが、そのかわりに求められた条件、それが明智家専属の暗殺者になることだった。真の正義を貫くには、奪わなければいけない命もある。それがセイジツの言葉であった。


 彼女は明智家に育てられた恩がある。そして彼は約束もしてくれた。いずれ必ず彼女の母が殺される要因となった政府に鉄槌を食らわせてやると。その日の為に一流の暗殺者になるんだと。


 だからこそ、少女に失敗は許されない。ここまで育て上げてくれたセイジツの期待は裏切りたくないし、この世界の闇など知りもしない平和ボケした連中に負けたくはない。


 ナイフを自ら手放し、少女は彼女の足で数歩分飛び退き、後ろで纏めた髪に手をやった。髪の中には針が隠されていた。


 流れるような所作でタオスに針を投げつける。一度に八本散らした。常に急所を狙い一撃で音もなく仕留めてきた少女からすれば不本意なやり方だが、針には毒が塗ってあった。


 掠りでもすれば確実に殺せるほどの劇毒である。これまで見てきた限り少年は相手の攻撃を受け流すような行動が多かった。


 この針にも同じやり方でくればしめたものだ。針には小さな棘が出ていて触れただけで毒におかされる。少女は手袋をしているため平気だが、タオスは素手だ。


『私の勝ちよ』


 そこだけ母国語のスエラヒル語で話す少女。暗殺者として鍛えられた彼女は様々な国の言葉も教え込まれていた。そのため日本語も堪能である。


 だが、それでもトドメを刺すときには常に母国語が出てしまっていた。


『ごめんね、まだ終われないんだ』


 え? と少女は目を見張った。それは少しでも体内に入れば一瞬で死に至る毒を受けても平然としている様子は勿論、少女の国の言葉をタオスが話してみせたからでもある。


「あの言葉は、ふむ、トムド王国の出でしょうかな」


 そんな二人を見守るように立ち続けているのはタオスの祖父でもあるシツジであった。

 実は彼は少女の侵入にはとっくに気がついていたのだが、そのまま進めばタオスと出会うと判っていた為、見守ることに徹したのである。


「しかし、あの年であれだけの技術……あの明智家にもこれだけの指導が出来るものがいましたか……いや、逆に明智家だからと言うべきか――」


 顎を摩りそんなことを呟く。


「しかし、この出会い、これも血のなせるものか。尤も彼女は相手が悪かったでしょうな。命令通りただ殺すだけを考えたただの暗殺者では、殺しの技術を知った上で、生きる意味を知った相手には決して敵わない――」


 ふと、何かを懐かしむように空を見上げた。そう、それは三年前、タオスが四歳の頃の思い出――






◇◆◇


「参ったな。俺としたことが、タオスを見失っちまうなんて……」


 その日、ナゲルは息子のタオスとハイキングにやってきていた。この日は別に山ごもりの修行などの名目ではなく、父として親子水入らずで遊びにきた程度の感覚であった。


 だが、息子のタオスがいつの間にか消えていた。タオスは神薙家の血を引くだけに四歳でもそこらの格闘家が束になっても勝てないほどの腕はあったが、それでも山では何が起きるか判らない。


 急いでナゲルは周囲の気配を探った。

 みつけた、と独りごちる。はっきりとした気配はふたつあった。一つはタオスの発する強い気配。もう一つは――野獣、しかもかなり大きい獣の気配だ。


「羆が出るという話はあったが、まさか! タオス!」

 

 ナゲルは疾駆し、気配のもとへ急いだ。そして――


「あ、お父さん」

 

 急いで駆けつけたナゲルだったが、タオスはなんてことはない顔を見せ笑みを浮かべた。

 

 その様子に、ナゲルは言葉を失い。


「……これは、お前がやったのか?」

「うん。あのね、この熊が僕に襲いかかってきたの。だから、返り討ちにしたんだよ、凄いでしょ?」


 屈託のない笑顔で答えた。手は血に濡れていた。


「どうお父さん、凄いでしょ?」

「――馬鹿野郎! なんてことをしてるんだお前は!」


 つい怒鳴ってしまったナゲルだが、タオスはその場できょとんっとしていた。なぜナゲルがそこまで怒るのか理解できていない様子だった。


「お父さん、僕、この熊に食べられそうになったんだよ? それなら殺しちゃうのも仕方ないよね」


 当たり前のように言う。しかしナゲルとてそのことじたいはわからないでもない。相手は猛獣だ、襲ってくるようならナゲルとて返り討ちにすることはあるだろう。


 だが、問題はその、やり方だった。羆は目がえぐられ全身の骨を粉々に砕かれ、一部の骨は体を突き破り内蔵ごと外に飛び出し、その体も胴体がねじ切られたような状態で上下分かれた状態で地面に横たわっていたのである。


 それがどういうことか――つまりタオスはこの羆を使って、自分の技を試したのである。しかも神薙の技に暗殺術をおりませて……。


「タオスお前のやり方は度を越えすぎてるんだ。どんな生き物でも命を粗末にしてはいけない。神薙流は遊び道具ではないし自分の力をひけらかすためのものでもないんだ。判るか?」

「……はい、ごめんなさい」

「――わかればいいんだ。さぁ戻ろう。母さんが心配する」


 こうしてこの日の出来事は終わった。だが、それから数日後、ナゲルはタオスに稽古をつけ模擬戦を行ったわけだが。


「よ~し、タオス本気でかかってこいよ」

「本気でいいの?」

「勿論ださぁこい」


 その直後、ナゲルの目の色は変わった。勿論幼いタオスの技はナゲルに通じるわけもないが――その一つ一つが全て死に直結するものであった。


「あは、やっぱりお父さんは強いや」

「……タオス、その技は誰に教わった?」

「う~ん、どこでってわけじゃないよ。なんとなく練習してこんな感じなら一番効果的かなって」

「お前が今つかった技は全て相手を殺しうる技だ。それがわかってるのか?」

「えぇ~? でも戦いってそういうものだよね? 殺すか殺されるかでしょ?」


 羆を返り討ちにしたあの頃からうすうすと気づいていたことだった。

 このままでは危ないと、ナゲルは感じ取っていた。だが、それを言葉で説明したところで諭すことが出来るのか――


「何か悩みがあるようですね」


 一人懊悩するナゲルに話しかけてきたのは祖父のナガレであった。

 情けないとは思ったが、そこでつい祖父に相談してしまうナゲルであったが。


「――話はわかりました。ですが、それなら私なんかよりずっと適任の方がいるではありませんか」

「え? それは?」

「えぇ、勿論――」


 そして、ある夜タオスは祖父に呼び出され道場へ向かった。


「きましたかタオス」

「シツジお爺ちゃん」

 

 そこにいたのはタオスにとってのもうひとりの祖父、元暗殺者のシツジであった。


「タオス、私と一つシアイましょうか」

「え? お爺ちゃんが相手してくれるの?」

「えぇそうですよ。勿論このシアイは一切の遠慮なく本気できてくれて構いません」

「本当! やった! 最近ね、お父さんも相手を殺すような技は駄目だっていうからね、物足りなかったんだ」

「そうですか。では、それも好きにしてくれて構いませんよ。さあ、どこからでもどうぞ」

「もういいの?」

「構いません。もう始まって――」

 

 話している途中だったが、目と鼻の先にタオスが迫っていた。シツジの片目だけが大きく見開かれた。


(これはこれは、ナチュラルに命を取りに来ましたか)


 先ず足の腱を断ちバランスが崩れたところを合気の技で首を折る。


 それが狙いだろうと判断し、回転するように避け、タオスの裏を取った。


「お爺ちゃん凄い! 面白い!」


 更に目を狙い、玉を潰しにきた。五臓六腑を潰しに掛かり、脳の破壊を試みる。


 まさに神薙流と黒井が扱う暗殺術との融合だな、とシツジは苦笑した。


 これを我流で行っているのだ。もしシツジが暗殺家業を続けていたら、そのセンスに脱帽し、心から喜んだことだろう。

 

 だが、今は違う。だからこそ判る。このままでは駄目だと。


「ねぇお爺ちゃん、さっきから避けてばかりだけど、手は出さないの?」

「出して宜しいのかな?」

「勿論だよ! 僕お爺ちゃんの技を見るの楽しみだよ!」

「――判った。なら、死合おうか」

「え?」


 それは一瞬、タオスにも全く認識できず彼の背中は道場の壁に叩きつけられていた。

 

「あ、うぁ……」


 そしてシツジの右手はタオスの胸にあった。腕は胸の中にめり込んでいた。そして直に心の臓を握っていた。


「え、え? な、にこれ?」

「タオスが見たがっていた私の技だよ。直に心臓を握られた気分はどうかな?」


 暗殺によって培ってきた技術は、瞬時に相手の肉体を細胞レベルで看破する。その結果、筋肉も神経も骨もすり抜けて心臓を直に鷲掴みするという離れ業を可能とした。


「貴方の心臓は私の手中にあります。私があとほんの少しでも力を込めれば貴方は死ぬのです」

「え? し、死ぬ?」

「そう、死ぬのです。ですが、構わないでしょう? 死合を願ったのはタオス、貴方ですよ。相手を殺す気でいくなら殺される覚悟も持つべきです」

「死ぬ、ぼく、が、死ぬの?」

「はい、殺します。それが貴方が使ってきた殺しの技です。だから貴方は死にます。死ぬのですタオス!」

「ヒッ、嫌だ……」


 初めてタオスが怯えた顔で叫んだ。


「嫌だ、死にたくないよ! 僕、死にたくないよ~~~~!」

 その瞬間――タオスの体は大きな腕の中に包み込まれていた。シツジが強く強く抱きしめていた。


「それでいいんだタオス。それが、命の重みなんだよ」

「命のおも、み?」

「そう、そしてこれが、命の暖かさです」


 その後、タオスはシツジの中でわんわんと泣きじゃくった。そしてタオスは自らが死を感じ取ったことで、命の大切さを学び、それからは相手を殺すような技はつかなわくなった。


 それどころか、殺すというワードには敏感に反応するようになった。


 だからこそタオスは命令通り殺しを実行しようとする少女にこだわりを見せた。


 そしてシツジには既に判っていた。ただ殺すためだけに生きている暗殺者では、決してタオスには勝てない。


 今の投擲も、タオスにとってはなんてことのないものだった。毒が塗られ棘もあった。だが、タオスであれば腕を振った衝撃で触れること無く針を跳ねのけるなど造作も無いことだ。


 少女の暗殺術は確かに見事なものだ。だが、それはあくまで人として見たときだ。しかしその域を超えない限り、タオスの足元にも及ばない。


「確かに僕には君がどんな暮らしをしてきたかは判らないよ。だけど、それでも、君がすごく悲しい目をしているのは判るよ」

「……知ったふうなことを、知ったふうなことを言うなぁあぁあ!」


 感情を爆発させながら、少女は髪の毛に手をやる、がその瞬間だった、タオスの腕が少女の胸にめり込んだ。


「え?」

「今、僕の腕が君の心臓にあるよ」


 ほう、とシツジは思わず感嘆の声を漏らしそうになった。


「このまま僕が力を強めれば君は死ぬ、死ぬんだ」

「あ、い、いや、いやぁああ――え?」


 その瞬間、タオスの腕に少女は抱きしめられていた。そう、あの時のシツジのように、タオスもまた少女に気づかせる為に同じことをやった。


 その結果――タオスの中で少女はひたすら涙し、シツジの予想通り、戦いに決着がついたのだった。

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