第四六二話 選ばれたヒロイン
「――投票総数2578万3125票! 二位の原 紅爐伊と2000万票以上の差をつけて圧倒的支持率で選ばれましたのは新牧 美歌さんでーーーーす!」
この発表に一番驚いたのはやはりミカ本人であった。涙を流し、主演の権利と共に賞状を受け取る。
しかし、彼女がヒロインとして選ばれたことに異を唱えるものなどほぼいなかった。ミカと共に決勝の舞台に立ち、演技や歌を披露して競い合ったヒロイン候補達は口々に述べる、彼女であれば納得だと。
そう、ただ一人を除いては――
「これってどういうことよ!」
「う~ん、本当参っちゃうねぇ~ちゃうまいだねぇ~」
「あぁああぁあ! もうイラッと来る! こんな時ぐらいそんな喋り方やめなよ!」
「あはっ、ごめんね~でもほら、ちょっと原ちゃん苛ついていたみたいだし」
「当たり前でしょ! こっちはこれまでの努力がすべて無駄になったのよ!」
努力ねぇ、と聞こえない程度の声で呟くマネージャー。確かに努力はしたようだが、その方向性はまずかった。
クロイのバックには明智家がついている。だからこそ彼女はこのコネを最大限活かし、500万票の権利を買ってもらった。
監督は審査員の買収などが行われないように、ネットも利用した投票に踏み切ったのだろうが、色々とセキュリティーを強めたところで無駄なことであった。
何より肝心のセキュリティーのシステム構築を任せたのが神破カンパニーである。現状明智家と取引がある企業に任せた時点で不正を免れることなど不可能であった。
だが、それだけのことをしても計算を見誤った。何せ投票数の差が圧倒的過ぎた。これでは五〇〇万票程度の不正票など無いに等しい。
それでも相手がミカでなければ十分なんとかなった筈だが、今回は相手が悪かったとしか言いようがない。
どうやらミカにはかなり優秀なトレーナーがついていたようだ。勿論クロイにもついていたが、クロイはどちらかと言えば自分本位が過ぎ、独りよがりな部分が強い。
才能はある。それだけに自意識過剰――そこが欠点だ。だから周りが見えていない。
今回にしてもクロイが見せた演技などはどれもが完璧だった。
だが、あまりに完璧過ぎた。それ故に、クロイの演技は彼女が演じるであろうヒロイン像をはっきりと見せてしまった。つまりネットで投票権を握っていたファンからしてみれば、壮大なネタバレを見てしまったような錯覚にさえ陥ってしまったのである。
一方でミカの演技は、一生懸命さ、ひたむきさ、それらを感じると同時に役に対する試行錯誤がありありと見て取れた。それが結果的に程よい隙を見ているものに思わせ、彼女がヒロインを務めたときに一体どんな演技に仕上げてくるのだろうという期待感に繋がったのである。
つまりミカは敢えて完璧には仕上げず、だがそれが結果的に力の抜けた柔らかい演技に繋がった。この役はこうなのだと自己主張でガチガチに固めたクロイの演技とは真逆である。
だが、見ている側の気持ちを考えたならば、柔軟性のあるミカの演技の方がより楽しめたわけであり――それが結果的にこれほどまでの投票差に繋がってしまったわけである。
尤も、それをクロイ本人に話したところで納得するわけもないわけであり。
「こうなったら彼に何とかしてもらうわ!」
「う~ん、でも、もう結果発表されてしまったんだよ? ネットでも大々的に出てるし、各社の記事にもなっている。ここからひっくり返すのは厳しいんじゃないかなぁ?」
「出来るわよ。そうよ、そもそもあの監督だって無能なのよ。私よりあの女を選ぶなんて。きっと、きっと枕よ! そうに決まってるわ! あの卑怯な雌豚め! だったらこっちにも考えがあるわ。ゼンジに頼んで、スキャンダルにして、ドラマごと潰してもらうんだから!」
やれやれ、と肩をすくめるジャーマネであり――そしてクロイが連絡してすぐ、その計画は実行されたのだった。
◇◆◇
「これは、一体どういうつもりだ!」
「どうして? どうして私、こんなところに? それになんで監督さんやカメラマンさんまで?」
ミカは戸惑っていた。それは監督にしてもそうだった。あのオーディションの後、監督はちょっとしたパーティーの場を設けてくれていた。
そこには最終選考まで残った女の子たちも含めて、新しく始まるドラマの関係者なんかも多数参加していた。
そこまでは覚えている。だけど途中から記憶がパッタリと消え、そして何故か今、監督や、つば付き帽子を目深にかぶったカメラマンも含めた三人は手錠を嵌められ全く記憶のない場所に連れてこられてしまっている。
「フフッ、いいざまね」
「く、クロイさん!」
「ムッ、君は確かアケチエンターテインメントの……」
三人の前に姿を見せたのは最終審査で競い合ったクロイと、二十代中頃ぐらいの男性の姿。
「うん、そうだよ~クロイをお気に中の芸能プロダクションの代表取締役兼超優秀弁護士の明智 善人さぁ~。ま、他にも色々と経営していたりするけどな。ほら、僕って超金持ちだからね。実業家だからね」
は? と監督が何言ってるんだこいつ? といった顔を見せた。この男は基本表舞台に出てくることはほぼない。監督にしても顔を雑誌のインタビュー記事で見たことがある程度である。
そのため、彼も直接会ったことは初めてだったのだが、その発言はあまりに痛々しかった。
「ねぇゼンジ~それでこのふたりこれからどうするの~? スキャンダルになるような恥ずかしい写真撮っちゃう? この場でお互いに激しいキスでもさせちゃうとか!」
ウキウキした表情で屑みたいなことを口にするクロイに、ミカは戸惑いを隠しきれない。
勝手に姉に嫉妬し、その恨みを自分に向けてきていたのはなんとなくわかっていた。それに彼女がやってきたこともこれまで散々聞いてきたため、何か嫌がらせ的なことはしてくるだとうと予想していがが、まさかここまで直接的な行為に及ぶとは。
ここまでくるともはやこれはただの嫌がらせでは済まない。
「ちょ! クロイさん、貴方自分で何をしているか判っているの? こんなの犯罪よ!」
「え? 犯罪? キャハハ。大げさよねぇ。ほんのちょっと恥ずかしい写真を撮られるぐらいで。ねぇゼンジ~」
本当の名前はゼンジンなのだが、どうやら彼女は彼をゼンジと呼んでるようだ。かなりの色ボケぶりだが、この状況でそんなマネが出来る神経はミカには理解が出来ない。
「そうだね、とりあえず。お~い皆出てきていいよ~」
ゼンジンが声を掛けると、奥からぞろぞろと屈強な連中が姿を見せた。全員男だが、物騒なことに手には凶器のたぐいが握られている。
「え? あれ? ゼンジってば嫌だなぁ。アクション映画とるわけじゃないのよ? カメラマンはどうしたの?」
「あはは、そんなのいるわけないじゃないか。大体そんなものなくてもこの倉庫にはしっかり隠しカメラが設置されてるから大丈夫だしね。まぁどちらにしてもこんな無能な監督や、女優の卵の一人ぐらい消したところでどうとでもなるよ。ほら、うちって権力あるから、いくらでももみ消せるからね」
「え?」
クロイが目を丸くさせた。そして彼をみやるその表情には明らかな狼狽。
「ま、まって、え、え? 何それ消すって?」
「うん、君は心配しなくても大丈夫だからね。ここにいる皆はうちで用意した始末屋達だし、この連中は勿論、後からしっかり家族や関係者も始末させるから。それに、女の方はしっかりと辱めさせるしね。必要なら後で動画見ながら一緒にしよっか?」
終始笑顔で狂気じみた内容を羅列させる。一方で内容を頭で理解するにつれ、クロイの表情から血の気が失せていった。
「ふ、ふざけるな! 貴様! 私の家族は関係がないだろう!」
「え? 何いっちゃってるの? 関係あるよね? 僕の推しを無視してその子を選んだのはお前じゃないか。だったらちゃんと制裁をうけないと。だって僕の機嫌をそこねたんだよ? これってどういうことか判ってる? 犯罪だよ犯罪。許されざる罪だ。だから弁護士の僕がこの場で君たちに判決をいいわたす。お前たちも家族も全員死刑。あぁ、監督の娘はまだ高校生だったね。なかなか可愛いし、場合によっては海外に売り飛ばすぐらいで許してやってもいいよ~ほら僕優しいからね」
「こ、この、腐れ外道が!」
監督が吼えるが、ゼンジンはそれをヘラヘラと眺めるだけだ。
「やめてください! 監督もカメラマンも関係ないじゃないですか! 恨みがあるなら私だけ狙えばいい!」
すると、ミカがキッ! と睨みつけ言い放った。監督が驚き目を見開いていたが。
「ま、待て! 彼女をそんな危険な目には合わせられん。ならば私だけで、せめて私の命だけで勘弁してやってくれ! 私一人の命で済むなら安いものだ!」
「は? 何をいってんの? あんたみたな無能な監督の命で釣り合うわけないよね? 寝言は寝てから行ってくださいよ――と、いうか。そもそもこのカメラマン何?」
ふと、ゼンジンの注意がカメラマンに向けられる。どうやら彼からしてもイレギュラーな存在だったようだ。
「はい、このふたりを攫う時、いつの間にか近くにいて、大声をあげようとしたんで連れてきたんです」
「そうなの? はは、何それついてないね。全く下手な正義感を振りかざすからそうなるんだよ。正義ってのは僕みたいに権力をもって初めて実行できるってのに」
「貴方、本気で言っているのですか? こんな真似をしておいて正義だなんて……」
「あはは、馬鹿だな~正義ってのは強ささ。そして今この地球上で一番強いのは僕たちの明智家。つまり明智家こそが正義なんだよ。そんなこともわからないから、君はこんな場所で惨めに死んでいくのさ。たっぷり後悔した後でね」
ふふふっ、と笑みをこぼす。その姿が心底気持ち悪い。
「ところでさ、そっちのカメラマン? そいつのさ、ちょっと帽子外してみてよ」
「はい」
ゼンジンに命じられた男が近づき、カメラマンから帽子を脱がせた。
「……へぇ、そんな気はしたけど、これはなかなかだねぇ」
ゼンジンのテンションが上がる。帽子をとって顕になったのはショートカットの少女の顔であった。
どことなくボーイッシュな雰囲気も漂うが。間違いなく美少女の部類に入る。
「ねぇ、君、名前何ていうの?」
「……メクルだけど」
「へぇ、メクルちゃんかいい名前だねぇ」
そんなことを口にしながら、その溌剌とした健康的な肢体を上から下まで舐め回すように見やるゼンジンであるが――