第四五八話 兄と妹
お待たせいたしました。更新再開です。
「……バカ兄貴、どうして私に黙ってた!」
「お、お前久しぶりに部屋から出てきたかと思えばいきなりそれかよ……」
ナゲルの発言からも判るように、遂にミルが部屋から外へと出てきた。しかもある話をナゲルから聞いた途端、弾かれたように外に飛び出てきたわけだが――なぜかその目には憎悪の光が宿っており、禍々しいオーラが現出していた。空気が一瞬にして淀み、妙に息苦しさを覚えナゲルも思わず床に尻をつく。
「いや、だってお前ずっと部屋にいたし、じいちゃんも俺と話してすぐにその、異世界からの干渉? なんかよくわかんないけどそれを切ってしまったしなぁ」
「引き止めたのか?」
「はい?」
「お前はその時、ナガレお祖父様を少しでも引き止めたのかと聞いている!」
「あ、いや、流石にそこまで気が回らなかったと言うか……」
顔をひきつらせながらナゲルは答える。ミルがナガレを好いているのは承知していたが、まさかここまで切れだす程とは思っていなかった。
「……いくら兄でも、これは許されざること。罰を与えねばいかない」
指でナゲルをさし、罰を宣告するミル。そこまでされると、流石にナゲルも黙ってばかりもいられない。眉を顰めミルを見上げ。
「おいおい、確かに兄ちゃんにも悪い点はあったかもしれないが、罰って、大体俺だって流石にお前に黙ってやられるほどヤワじゃないぜ?」
立ち上がり目を細めつつ答える。確かにミルは神薙家ではどちらかと言えばインドア派な方であり、戦闘に関係する合気関係の技術も嗜んでいない。
神薙の血筋でいえばナゲルの孫であるタオスよりも身体能力は低いだろう。
妹のことは大事に思っているナゲルだが、かといってそんなミルに、遅れをとるなど間違ってもありえないと高を括るナゲルであるが――
「……兄貴こそ、私を舐めすぎ」
「……へ?」
「……きゃ、きゃぁあああぁあああ!」
「え? いや、きゃあぁ、ってお前突然何を――」
ナゲルがオロオロと慌てだす。なぜなら突如ミルは先ず自分の着ていたシャツを自ら破りだし、呆気にとられるナゲルの前で悲鳴まで上げ始めたのだ。
正直何がなんだかわからないといった様子のナゲルであったが――突如ナゲルの持っているアイキフォンがけたたましく鳴り始める。
何かと思ってみてみれば、凄まじい勢いでAiinに大量投下されるメッセージの山。
『ミル様になんてことを! 怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨』
『実の妹に手を出すなんてこの鬼畜! うらゆるすまじ!』
『殺す! 百回殺す! 千回殺す! 万回殺す!』
何故か殺害予告までされるナゲル。その上でAiinを通しての着信、何故か出てもいないのに勝手に通話状態になり、怨念の篭った声が届いては消えていく。
「ちょ、ちょっと待て、ミルお前何を……」
「……私のアカウントの一つに兄貴の変態行為の一つを載せただけ」
「いや、変態行為って! 俺何もしてない!」
「ちゃんと謝る。そして次はお祖父様の事、絶対にすぐの報告を忘れないと約束する。約束破ったら針百万本呑むことをこの念書で同意して。血判も押す」
「は? ふ、ふざけるな! だ、大体こんなもの、大したことねぇし。こんな奴らにいくら言われても、兄ちゃん怖くもなんともないし」
「……『妹と寝れればいい』、『妹がエロ小説家すぎる件』、『俺の妹が可愛すぎて辛い』――この題名に記憶は?」
途端にナゲルの額から汗が滲み出てきた。
「今のは軽いジャブ。『異世界で妹ハーレムを築きましたが何か?』、『妹好きの下僕嬢』、『妹がスライムだらけだった県』――兄貴の部屋の本棚の写真付き、ニヤニヤして読んでる写真もおまけして、静さんに送る」
「ちょっと待てーーーーーーぃ!」
「……何?」
「な、何じゃないだろ! お前どこでそれを!?」
「……この程度、神薙流量子合気術があれば楽勝」
そうだった、とナゲルは頭を抱える。確かに戦闘系の技術こそ嗜んでいないミルだが、量子合気術のような情報操作系の合気は祖父直伝である。
この時ばかりは余計な事をしてくれたな、と祖父であるナガレを若干恨んだりもするナゲルなのである。
「……それじゃあ送る」
「どうもすみませんでしたーーーー! 念書もどうか書かせてくださーーーーい!」
結局ナゲルは土下座した。念書も書いた。
「まさかミルが自分から部屋から出てきた上に、こうして外にまで出てくるなんてなぁ」
念書を書き終えた後、改めてナゲルは妹のミルに現在の状況を伝え、今後について話し合ったのだが――驚いたことに一通り話を終えた後、ミルが自ら部屋から出て動くと宣言してくれたのである。
これはナゲルからしてみたなら、天岩戸が開かれたかの如く衝撃である。
とは言え――実はナゲルからしてみれば怒りに任せてとはいえ妹自ら兄の前に姿を見せてくれた事が嬉しくわりとテンションは上がっていたりもする。
「……兄貴の前以外ならそれなりに顔は出していたつもりだけど」
「俺の前にだけ姿を見せてなかったのかよ! 泣いていい?」
衝撃の事実である。尤もナゲルより多少は顔を出していたというだけではあるが。そしてアイキに関しては自由に部屋に出入りしていた。
「う~ん、それにしても」
ナゲルが隣に目を向ける。ちなみに、今はミルが運転席に座ってハンドルを握っている。少々情けない気もするが、乗り込んだ車がミルの所有物だから仕方がない。
そもそもナゲルは車を所有していない。車より早く走れるのに必要性を感じないからだ。
尤も祖父所有の車が地下車庫に相当数あるので必要な時に借りればいいだけだが。
「……何でそんなに見る?」
「いや、久しぶりに見たけど、運転してる姿はちんまりしてるのにギャップがあって可愛いよな」
キッ、と車が止まり、窓が、ウィイィン、と開く。正面からは巡回中の警官の姿。
「おまわりさんコイツです」
「ちょ、ちょっと待て!」
「どうかしましたか?」
「突然乗り込んできて私を変な目で見てきた変態なんです」
「ちょっと君、署まで……」
「まてまてまてまてまて!」
結局説明して誤解を解くのに三〇分掛かった。
「おま! 勘弁してくれよ! なんであんな事言うんだよ!」
「チッ……」
「チッ! じゃない!」
「……とりあえず助手席禁止、後ろに行って」
「何その汚物を見るような目!」
「うにゃ~ん(騒がしいニャン)」
「……大体なんでいつの間にかアイキまで一緒に来てるんだよ……」
「……ボディガード」
「おいおい、ボディーガードって兄ちゃんがいるだろ?」
「ジーーーーーーーー」
足元に寄ってきたアイキを抱きかかえながら、射抜くような視線を向けてくる。
その目が言っていた、その兄に対するボディーガードだと。
「ちょ! おま、絶対何か勘違いしてるだろ!」
「……妹物のラノベが好きで実の妹に変な目を向けてくる変態兄貴というイメージ」
「率直だな! だからさっきのはお前が昔と変わらないから! ほら、お前なんか見た目小学生みたいでそのまま変わってないだろ? こんなレアなケース中々」
「アイキ」
「ニャン!」
結局ナゲルはアイキに思いっきり引っかかれた。
「……助手席はアイキ、後ろは変態兄貴」
「クッ……」
結局妹の誤解は完全には解けないまま、再び車に乗るナゲルである。
ただ、ナゲルも当然妹を溺愛する気持ちはあるがそれだけである。可愛いという気持ちもちんまりとしたミルがハンドルを握ってる姿のギャップに色々思うところがあったからだ。
そもそも、先程の警察の件にしても、ミルが運転していると知ってからは流石に警官も免許を確認していた。しかし写真を見て年齢を見てミルを見てそれでもなおセンターに問い合わせをしたほどである。ミルの見た目はそれほどまでに幼い。
「全く、余計な事に時間が掛かった。とにかく急ぐ」
「それにしても本当、急にやる気出したよな。じいちゃんの話があったからか?」
「……それもある。でも、マイ様の妹さんがピンチなら黙っていられない」
「ま、マイ様? え? ミルあの子の事知ってるのか?」
そう言われてみるとナゲルの説明でマイの名前が出た時には若干テンションが上ったような気はしたが。
「……マイ様の才能は本物。ずっと応援していた。突然消えるなんておかしいと思ったけど、まさか異世界にいたなんて……」
ミルの情報収集能力でもこればかりは謎のままだったようだ。尤も異世界に召喚されていたわけであり、地球でいくら探してもみつかるわけがないのだが。
「そうだったのか……あの子そんなに有名なんだな」
「……兄貴は情弱すぎる。もっと世間に目を向ける」
「いや、俺だってたまにはあれだ! ネットのニュースぐらいみてるぞ!」
「はぁ……」
ジト目でため息をつくミル。少し傷つくナゲルであり。
「そ、そういえばこの車、カーナビもついてるんだな~凄いな~」
結局ナゲルはよくわからないごまかし方をする。
「何が凄いのか判らないけど、一応最新のAPS搭載」
「APS? GPSじゃなくて?」
「……本気で言ってる? 今時の車ならAPS(AikiPositioningSystemの略)標準搭載ぐらい当たり前。GPSなんて過去の遺物」
「そうなの! え! だいたい何その合気って、合気関係あるの?」
「……はぁ、妹として恥ずかしい。関係は大あり。そもそもAPSはAiki素粒子を利用した技術。素粒子を発見したのはお祖父様」
「マジで!? え? 今日エイプリールフールとかじゃないよね?」
「違う」
「……じゃあじいちゃんそっちの世界でも有名なのか?」
「そこがお祖父様の凄いところ。基本的な実験方法と理論だけ提示して趣味でやったことだからと、後のことは他の研究者に任せた。だから表舞台には出てきてない。でも有名人」
「そ、そうなのか。でも凄いな。つまりじいちゃんのそれで新しい人工衛星が上がったのか?」
「はぁ、本当に信じられない。人工衛星なんてもうとっくに廃止されてる」
「はぁああぁあ!? え、うそ! 本当に?」
「本当に何も知らない。人工衛星は一度衛星落としがテロで利用されてから危険視されてきた。それを救ったのはこのAiki素粒子。この素粒子は宇宙にも存在していてAiki反応で素粒子同士が受け流し合い繋がり合う。そのおかげで人工衛星がなくても宇宙中の位置情報も簡単に掴める。当然地球でも誤差なんてまるで無い完璧な精度を実現した。そのおかげで人工衛星は全て廃棄が決まった」
「……なんかよくわからないが凄いってのは判った」
正直ほぼ理解はしていないがあのじいちゃんならまぁなんでもありだなって事で納得した。
「……それにしても、兄貴だって神薙家の人間なのにこんなのも知らないなんて情けない」
「お、俺にだって知らないことぐらいある!」
全く、と腕を組みつつ、ふと何かを思い出したように。
「それにしても、俺もついつい普通についてきてしまったけど、この車結局どこに向かってるんだ?」
そう、ナゲルはミルがどこに向かう気なのかを知らない。外に出るという事だけでテンションが上がってしまってそこを確認していなかったわけだが。
「そんな事は決まってる、明智家の心臓部――」