第四五七話 嘘? 本当?
「えぇええええぇえ! ほ、本物のココロエ様なのですか? 偽物ではないのですか! そっくりさんではないのですか?」
「違うんだミカ、これは本物のココロエさんなんだよ」
「そ、そんなの、そんなの嘘ですよ。あははは、全く皆で私を騙そうとしているのですね?」
「え~と、何か私が一番驚いているのだけど、一応ココロエは私で間違いないわよ」
「で、でも! そうだ、確かココロエ様は特殊メイクの達人でもあって、下は0歳から上は100歳まで自由に姿を変えられる筈! お婆ちゃん役をやってる映画で私泣きましたし、女子中学生役のときも普通に可愛いと思いましたもの! つまり、今ココロエ様はココロエ様に変身して私の前に現れて、ドッキリを仕掛けようとしているのですね!」
「落ち着いてミカ! それは結局ただのココロエ様よ!」
横から母親のキョウカがフォローした。それぐらいミカの心は動揺している。
そのせいか一点勘違いもしていた。確かにココロエはその力で様々な年齢の役に挑んだが、それでも〇歳児の赤ちゃんは流石に無理である。
そんな事が出来るのは世界広しと言えど、父のナガレぐらいであろう。
しかしそれ以外に関しては事実であり、それはそれで十分とも凄いとも言えるだろう。特に女子中学生役は四五歳で挑戦したにも関わらず見事に演じてみせた。
なんなら一七歳で女子中学生役をやったアイドルの方が老けて見られた程である。
勿論それぞれの年代の演技力も完璧であり、その上スタントまで完璧にこなすのだから、世界中から仕事の依頼が殺到するのも判るというものだろう。
ちなみに、ココロエが長期休暇を取った事は既に全世界のトップニュースとして配信されており(勿論現在どこにいるかはトップシークレット)、この休暇期間中の経済損失(そもそも長期休暇はとっくに予定として決められていたので、損失なんてものは発生しないはずだが)は八五〇〇兆円であると発表されていたりもする。
とにかく、若干取り乱し気味のミカは、キョウカがどうどうと落ち着かせていた。
流石、母は強しといったところか。このような状況でも決して慌てず騒がず、冷静に――
「あ、そうだわ。私ときたらココロエ様にお茶をお出ししないと」
「あ、いえ、もうそれ以上は……」
「そんな! このような有名な御方が来ていらっしゃるというのに、お茶の一つも出せないとあっては末代までの恥です!」
「いえ、そうではなくてキョウカさん――もう大量に並んでますので」
「え?」
カオルが苦笑いを見せる。そう、既に食卓には大量のお茶の入った器が並んでいた。しかもペットボトルのお茶から、湯のみ茶碗、それになぜかご飯用の茶碗や汁物を注ぐお椀、コーヒーカップにティーカップ、丼、近藤さん三号(破れにくい)まで多種多様だ。
ゴムの近藤さん三号に関しては、なぜそれに! という気もしないでもないが、平静を装いつつもかなり動揺しているのが見て取れる。
ちなみに余談ではあるが、近藤さん三号に関しては商店街の福引で三等を当てた時の景品として貰ったものなようだ。
その商店街の行く末が色々と心配である。
「いい加減落ち着きましょう」
「は、はい……」
「何かすみません――」
「不甲斐なくてすみません……」
結局このままでは話が全く進みそうにないので、とりあえず邪魔になりそうなものはココロエが片付け、真剣な口調で説明を始める。
それでもミカはまだ若干戸惑っていたが、話をしていくうちに現実に引き戻されていったのだろう。
三分もすれば真剣な顔つきでココロエの話に耳を傾けるようになり。
「以上の理由で、早速今日からでもやれることはやっておきたいのだけど、大丈夫かしら?」
「は、はい! 勿論です! 本当に夢みたいです、ココロエ様にご指導頂けるなんて」
「――今はそれでいいけど、夢じゃなくて現実なんだって事はしっかり認識してね。本来は厳しいスケジュールの中、主演を勝ち取ろうというのだから、浮ついた気持ちだと意味がないのだから」
「は、はい! わかりました。ココロエ様よろしくお願いします!」
「様じゃなくて先生ね。今日から始めるのだから頭はしっかり切り替えて。最初に言っておくけどかなり厳しくいくから覚悟しておいてね」
ミカの目をしっかり見据えながら告げる。
はい先生、と答えた彼女の瞳には力強い光が宿っていた。
これなら大丈夫そうね、と瞑目する。
実際のところ、ココロエが自ら進んで指導を買って出るなどかなり珍しい。
勿論ナガレから話を聞いたというのもあるが、その際に見せてもらったココロエの演技を見て、心が動いたのである。
それぐらいミカには才能が感じられた。ただ、今のままではただの原石であり、誰かが磨いてあげる必要がある。その役を自分でやってみたくなった、それが理由だ。
こうして、この日より早速ココロエの厳しいレッスンが始まり、ココロエと二人三脚でミカは第二審査合格を目指すこととなる。
◇◆◇
「な、なんだテメェは!」
「私ですか? 私はただの執事ですよ」
「は? た、ただの執事が、なんでこんなところにいやがるんだ!」
「ははっ、それはこちらのセリフでございますね。全く、多少ヤンチャがすぎる程度ならば、こちらもわざわざ出張ってきたり致しませんが、そのような薬を――この神縫島でのさばらせて置くわけにはいかないのですよ」
その日、一つの組織が密かに潰された。
それも、たった一人の老君の手によって――
「全く、引退した身とはいえ、殺し屋が殺さずにというのも中々大変なものですね」
血にまみれ真っ赤に染まった手袋を真新しい白手袋に交換し、執事服の彼は言う。
尤も殺していないと言うだけで、五体満足でいるかどうかはまた別問題だ。
「ま、あいつらも運が悪いよな。通称死神、黒の死行者、他にもあったか? そんな二つ名を付けられるほど恐れられていたあんただ、あの程度の連中じゃ束になっても勝てやしない」
背中に届いた声にゆっくりと振り返る。動揺は感じられない。むしろそこにいることは知っていたかのように、相手の顔を確認し僅かに口元を緩ませた。
「これはこれは鬼頭様、随分と久しぶりですな。今も公安の方で無茶をおやりで?」
「おいおいシツジさん、滅多な事を言うもんじゃねぇよ」
タバコを咥え、火をつける。そしてシツジの横にやってきて、高台の上から壊滅させられた組織の建物をみやった。
「あんたも知ってるだろ? 公安零課なんて、本来そう滅多に動くものじゃないんだよ。それにしても派手にやったもんだ」
「はい。もし公安の方で狙ってた案件なら申し訳ありませんが、流石にこの島であんな連中に好き勝手な真似はさせておけませんので」
「かまやしねぇよ。どうせこっちはどうしようもねぇ表側連中の手伝いだ。ま、とはいえ年中暇してるような俺たち零課にも久しぶりに案件が飛び込んできたのは事実だけどな」
「……明智家のことですかな?」
「何だ、やっぱ知っていたのか」
紫煙を燻らせ、シツジを見た後、あんた吸うんだっけか? と一本箱から伸ばしてみせるが。
「いえ、今はもう。暗殺者を廃業してからすっかりやめたもので」
「ははっ、流石暗殺稼業をやめて使用人の道を選んだだけある。意思が固い。これ、嫌味じゃないぜ?」
「判ってますよ」
「それは良かった。ところで、ナガレ先生は元気かな?」
「元気だとは思いますが、今は旅に出てしまっていて留守にされています。しばらくは戻らないのではと思いますが」
「かぁ~やっぱり噂は本当だったか。全く、ナガレ先生の協力でもあれば、チャッチャと解決できそうなんだけどな」
「ふふっ、ズルはいけませんよ」
「はぁ、世の中甘くはないって事か」
ボリボリと後頭部を掻く。するとシツジが口を開き。
「ところで、私の前に顔を出したのはただの顔みせというわけではありませんよね?」
ふと、そんな問いかけをした。
鬼頭は途端にバツが悪そうにし。
「かなわないなあんたには。そうだな、図々しいと思うかもしれないが、明智家について知ってる情報があれば教えてほしいのさ。何せあの連中、上に警察組織のトップがゴロゴロいやがるからな」
「なるほど、そんな事でしたら構いませんよ。私の知る限りで宜しければですが」
「おっと、随分とあっさりだな。だけど、こわいね、何か見返りを求めてくるつもりだったりして」
「はははっ、まさか、の、そのとおりでございます」
ニコリと返すシツジに、かぁ~やっぱりかぁ~と鬼頭が返した。
そして互いが互いの要求するものを提示しあい、その日の夜は更けていった――