第四五六話 新しい仲間?
ココロエの申し出はカオルからしてみれば願ってもない話であった。
ただ、やはり所長は現在の経営状況を気にし、正直うちにはココロエ様を雇うだけの余裕がありません、と素直に伝えたのだが。
「そのあたりは問題ないわ。流石に完全に無料だと立場上難しいのだけど、そこは成果報酬として、ミカさんのドラマの主演も決まったり、もしくはそれに準ずる仕事が入った時に支払っていただければいいわ。契約書もその形で作成するし」
「えぇ! それはもう、そのような好条件で受けていただくならこんなありがたい話はありませんが、ですが本当にそれだけで?」
「そうね、私の方からも一応条件があるわ」
所長が、やっぱりか、といった表情を見せた。世の中そうまい話があるわけないと考えたのであろうが。
「先ず第一に、レッスンするのはミカさんだけということ。流石にこの条件で誰でもというわけにもいかないしね。そしてここからが重要なのだけど、私、今回は少し多めに休暇を取って完全にプライベートで来ているの。だから私が日本に戻ってきている事は他言無用でお願いしたいの。特にミカさんのレッスンの件は秘密厳守でお願いします。うぬぼれがすぎると思うかもしれないけど、騒ぎにはしたくないのよ」
「いえ、その気持ちは十分判ります。ココロエ様は今は世界が認める大女優。日本に戻ってきていると知られるだけでどんな結果になるか想像がつきます。その上ミカについても、先生としてつくなんてしれたら騒ぎ出す事務所も出てくるかもしれないし、名前が出るだけで不公平に感じてしまう者も多いでしょう」
「そ、そうか、なるほど……」
「ココロエ様、このアツコにお任せあれ! 絶対に情報漏洩なんてさせません! このハゲが口を滑らしそうになったら毛根と命を削ります!」
「こわ! 怖いよアツコさん!」
しかしアツコは本気である。目を見ればそれがわかる。そして彼にとって毛根はそれすなわち命である。
「信用させていただくわ。特にアケチエンターテインメントには、そちらも知られたくないでしょうからね」
ココロエの発言に、カオルとハゲエが顔を見合わせた。
「ご存知でしたか……」
「これからレッスンをつける相手の事だもの。それなりには調べるわ」
「それなのに、わざわざ先生を買って出てくれるなんて……」
「ふふっ、だって許せないじゃない。同業者としてやり方が気に食わないわ」
この時ばかりはココロエの表情も険しくなった。勿論どの業界も引き抜きぐらいは当たり前に行われるが、明智家が係る場合当然ただの引き抜きですむわけがない。
表向きは大金を積まれて移ったということにしているようだが、実際はあらゆる情報網を駆使し、弱みを握った上で無理やり契約書にサインさせたのである。
そしてこれがアケチエンターテインメントの常套手段でもある。
高い報酬を支払うなんて人間らしい一面など彼らにあるわけがない。実際は弱みを握ったのをいいことに、とんでもない安い金額を提示され、需要がなくなるまで絞り尽くすのである。
今回この事務所から引き抜かれたメンバーも、育ててくれた恩があるから裏切れないと思っていたようだが、弱みを握られたり、無理やり作り上げられたりしている。
尤も、これに関してはミルの力も駆使してもらい、酷いことになる前に対策をとってもらうつもりだ。
ただ、それでもすぐというわけにはいかない。
なので――
「それと、実はこれもお願いになってしまうのですが、三人ほどこの事務所で面倒見て欲しい子がいるのですが、一度見てもらってもいいでしょうか?」
「え! ウチでですか?」
「はい、実は一緒に来ていて、今お呼びしても?」
「あ、はい、ご期待に添えられるかは判りませんが……」
では、とココロエは席を立ち、三人を呼びに行ったわけだが。
「お願いしたいのはこの子達よ。こっちの子がジャネット・フィーバー」
「チキェーーーーッス」
ココロエが紹介した一人は、黒髪で、強めのウェーブを掛けた褐色の女性。Tシャツにジーンズといったラフな格好で、どことなくワイルドな感じが漂う。
「それとこっちが双子のユニットで活動しているSaTuよ」
『よろしくデス!』
声を揃えて挨拶してきた。流石に双子だけに息がぴったりであり、それぞれ白と黒のゴスロリファッションと奇抜な化粧を施している。
ただ、元の顔はどちらも可愛らしい。
「が、外国の方でしたか」
「え? これ、本当に、ジャネット・フィーバーとサトゥ? え、本当に?」
「ココロエ様、人脈すごすぎます」
「え? 何、カオルくんもアツコさんも知ってるの?」
ココロエの紹介を受けて驚いている二人を尻目に、所長はキョトン顔であったが。
「いや! ジャネットとサトゥを知らないのは流石にありえないでしょう!」
「え? いやでも自分、海外のアーティストについてはあまり詳しくなくて……」
「それでよく芸能事務所の所長なんて出来たわね! 今すぐやめろ! 毛根ごとやめろ!」
「そこ毛根関係あるの!?」
「あるわよ! 全く、いい! ジャネット・フィーバーといえば世界でも五本の指に入ると言われている女性ロックシンガー! コンサートを開けば一千万人規模で会場が埋まるといわれているとんでもない存在よ! そしてサトゥー! この二人は男の娘と女の子の双子コンビとして名を馳せていてね」
「えぇ! 片方は男なの!」
「だから男の娘よ! とにかく、この二人はデスメタルにマーチを組み合わせたデスマーチという新ジャンルを開拓し一世を風靡したカリスマ的存在なの。その人気はジャネットにも負けずとも劣らないわ!」
「えぇええぇえええぇええ!? そんな凄い三人がどうしてうちなんかに!」
「……本当ね、どうしてこんな所長の髪の毛のように吹けば無くなりそうな事務所に……」
アツコも不思議そうな顔を見せている。
だが、カオルの表情は妙に神妙だ。
「うん? カオルくん、そんな難しい顔してどうかしたのかい?」
「え? あ、その、え~と……」
すると、カオルの様子から何かを察したのか、ココロエがクスりと笑い。
「どうやらカオルさんは三人の事をよく知っているみたいね。構わないわよ、本人たちも判ってることだもの遠慮なく言ってもらって」
「うん? よく知っているって何かあるのかな?」
所長が怪訝な顔で尋ねる。すると申し訳なさそうにしながらも。
「いや、その、記憶が確かなら、ジャネット・フィーバーもサトゥも、ちょっとした問題を起こしていたような」
「ふぇ? 問題?」
「えぇ、そうね。契約の話の前に説明しようとは思っていたけど、こっちのジャネット・フィーバーは酒癖が悪くて、結構色んな所で呑んで暴れたり、乱闘騒ぎを起こしたりと、女性とは思えない程ヤンチャしすぎちゃって……世界にある三分の一の国から出入り禁止食らってしまっているのよ」
「……え? え~と、すみません聞き違いかな? 会場のことですよね? もしくは一部の地域で出入り禁止になってるとか……」
「いえ、国です」
ココロエがはっきりと言い放った。
「あ、言っておくけど俺、悪くないから。あいつらが心狭いだけでよ。別に大したことしてないし」
「あはは、おもしろ~い。招待されたパーティーでとある国の大統領を半殺しにしたり~」
「花火をあげようとしてロケットランチャーを打ちまくったり~」
『店内にいたゴキブリに腹を立てて、火炎放射器で店どころか二〇〇棟近くを全焼させた事が大したことないんだ~』
「……え?」
双子の話に所長の目が見事なまでに点になった。
「え~とそこも一応フォローいれさせてもらうと、大統領の件は先にセクハラをしてきたのは向こうの方で、花火についてはベロンベロンに酔っ払って辿り着いたのが丁度テロ組織の潜伏場所で、そこにたまたまおいてあったロケットランチャーを打ちまくってしまったのと、火炎放射器の件も呑んでいた店やその周辺が麻薬の密売に利用されていた区域で、なので、一応は大目に見てもらって国外追放や出入り禁止で済ませてもらってるわけね」
正直フォローになってるのか怪しいところだが、そういうことらしい。
「え~と、じゃあそちらのサトゥの二人も?」
「あぁ、この二人はそんな破壊的な真似は、ただちょっといい加減というかルーズで、TV番組の出演に遅れたり、そもそもすっぽかしたり、決まっていた全国ツアーをネトゲにハマったからという理由で全て中止にしたり、その結果、結構な損害が出たかな~的な」
所長の毛がまた見事に抜けた。
「全く仕事をすっぽかすとか考えられないぜ。俺は仕事はきっちりやってるからな。お前らの方がよほどタチわりぃ」
『あぁ~ん? ウェポン使って迷惑かけてる方がよっぽどタチわるいだろうが!』
「はいはい、三人共、五十歩百歩なんだから、少し行儀よくしてましょうね」
『でもココロエさん、こいつらが!』
「いいから黙れ――」
一瞬空気が変わった。その結果、三人共借りてきた猫のようにおとなしくなる。
「な、なんかすごいですね」
「ごめんなさいね。それで、この三人こんな感じで問題が多くて、ついにどこも引き取り手がいなくなってしまったの。それでお願い出来ないかなって」
「……うちがですか?」
「はい、最初にもいいましたが」
「……それは、断ってもいいのでしょうか?」
一拍の間を置き、真剣な顔で所長が言った。手に負えないと思ったのだろう。
「勿論、強制ではありませんわ。ただ、彼女たちは所属できる場所がないだけで、今でも需要はあります。世界中に根強いファンが多いですからね。なので、もしいま所属を決めていただければ、例えばこの仕事などはすぐに取り掛かることになると思いますよ」
え? とココロエの出してきた書類に目を通す。そこには最終的な利益も算出されており――
「げげぇえええぇえ! こんなにーーーー!」
所長のハゲエは目玉が飛び出さんばかりに驚いた。
「しかもこれは前金もそれなりに入ってきますので、断るのも勿体無いかなと」
「むむむっ、これは確かに……て、あれ? これ日本の仕事じゃないですよね?」
「はい、流石にすぐに国内では。ただジャネットの出入り禁止もアジア方面では及んでないところが多いのです。なので、この仕事を」
「そ、そうですか。ですが、残念なことに今うちには同行できるマネージャーが……今回の件でカオルくん以外皆やめてしまって……」
「あら、一人、適任者がいるではありませんか」
「え? だ、誰ですか?」
「ふふっ、またまたとぼけちゃって。私仕事する相手のことは調べると言ったではありませんか。所長は中国語、韓国語、台湾語が堪能でしたわよね?」
「え? は、はぁ。まぁ確かにいける口ですが……え?」
「全て、今回の仕事と関係してますわ」
「え? いや、いやいやいやいや! いくらなんでも所長の私が自らなんてそんな」
「出来ます! むしろ大歓迎です!」
「えぇえええぇえええぇええ!?」
「そうですね。今は所長でも動いて利益に繋がるなら、動いて貰うべきでしょう」
「カオルくんまで!?」
「大体仕事がなければ所長なんてただの飾りですよ。所長にはそれが判ってないんです」
「ふたりしてどうしてそんな事いうわけ!」
「フッ、ハゲだからさ」
「どさくさに紛れて、ジャネットまで何言ってるの!?」
『所長を踏み台に……』
「もういいよ! それと今更だけど日本語ペラペラだな!」
「この子達、日本のアニメとか大好きで、それで日本語覚えたみたいなの」
「アニメは偉大ですね」
「いや、カオルくんそんな話でまとめようとしないで……」
とはいえ、結局なし崩し的に所長はココロエの連れてきた三人の担当になることと決まり、すぐに契約書を交わし、三人の対応マニュアルを渡され、荷物をまとめられ、飛行機に乗せられて、夕方には日本を発ったという。
「アディオス所長……」
「やっぱり空港エンドはいいものね」
見送ったカオルとアツコの感想がこれである。
「さて、それじゃあカオルさん、ミカさんの家まで案内してもらえるかしら?」
 




