第四五四話 孫と爺ちゃん
デビルミラーを通したココロエとの会話も終わり、一旦休憩を挟んだ一行であったが、その後ナガレは、もう一人と連絡をとっておく必要がある事を告げ、改めてデビルミラーを行使、すると、今度はまた先程とは違う場面が鏡面に映し出され。
『全く、本当ならこういうのは爺ちゃんに任せたほうが早いんだろうけどなぁ』
「私がどうかしましたか?」
『へ?』
怪訝な声を上げ、キョロキョロと辺りを見回す一人の男性。
そんな彼にナガレが、こちらですよナゲル、と呼びかける。
声の方を振り返るナゲルであったが、そこに浮かび上がったナガレの姿に、目を白黒させ。
『お、お祖父様?』
「はい、久しぶりですねナゲル。お元気でしたか?」
見た目からして身体の方は問題無さそうだと判断したのであろう。
ナガレの表情はとても落ち着いたものだ。それでいて温厚さが満ち溢れている。
一方でナゲルはやはりまだ少々戸惑っている様子がある。
『なんというか、本当お祖父様はいつも唐突ですね。それに、見たこともないような方も一緒のようですし』
困った顔で口にする。だが、どうにも言葉の調子が辿々しい。
「ナゲル、別に今更かしこまる必要はないでしょう。貴方自身言いにくそうですし、私も調子が狂います。いつも通りの方がやはり貴方らしいですよ」
ナガレに指摘され、ナゲルは目を丸くさせるも、はぁ~とため息を吐き。
『全く、爺ちゃんは本当、相変わらずだよ。今更驚かないけど、今度は一体どんな無茶やらかしたの?』
「態度がコロッと変わった!」
二人の話を観察していたピーチが声を上げた。
そんなピーチを、ジッ、と見た後、ナガレの近くに立つ面々を流れるように見た。
『見た目といい格好と言い、異文化感が半端ないな。これってコスプレ、て、わけでもないか……』
「……コスプレ?」
「先生、そもそもこの失礼な奴、一体何ものなんですか!」
『先生って爺ちゃん……』
一体何をしてるんだ? といった怪訝でだるそうな目を向けてくるナゲル。そんな彼の発した単語の一つに不思議そうな顔を見せるビッチェでもある。一方フレムはその態度に腹を立ててるようだが。
「ご紹介が遅れましたが、この子は神薙 投。私の孫です」
「大変失礼いたしましたーーーーーーーーーーーーー!」
ズザザーー! と頭から鏡の前に滑り込み、そのまま五体投地の状態で謝罪するフレム。ナゲル以上の態度の変わりようである。
『……とりあえず、考えるのも面倒だし爺ちゃん説明してもらっていいかな?』
「ははっ、相変わらずですねナゲルは」
フレムの行為はあっさりスルーし、ナガレに説明を求めるナゲルだ。
するとナガレは要点だけ上手く纏めて、これまでの事を説明する。
『……つまり簡単に言えば、爺ちゃんは異世界転生したって事だ』
「死んでませんので、この場合異世界に勝手にお邪魔してしまったといったほうがいいかもしれませんね」
『今更だけど爺ちゃん、本当非常識だな』
全く遠慮の感じられない返しをするナゲルである。だが、ナガレからは特に気にしている様子は感じられない。
ナゲルは人と接する態度こそ違いはあるが、この自由奔放さはナガレとの血のつながりを感じさせる部分でもある。
尤も、それ以上に面倒くさがりというのもあり、自由の配分をいかに怠けるかに割り振ってる節があるのが短所ともいえる。
それも含めての個性と考えるのがナガレでもあるが。
「それにしても、まさかこれだけの話を異世界転生の一言で済まされるなんてね……」
「むぅ、やはりナガレ様のご令孫だけあって、器が大きいのかもしれない」
「そ、そういう考えもあるんだね」
異世界に召喚された三人はナゲルに対して異なる感想を持ったようだ。
ただ、マイはその前にココロエの事を見ているので、同じ血が流れていても随分と違うものね、などと呟いていたりもする。
「それにしても今度は孫ですか。参りましたねこれではまたナガレが殺せません」
『随分と恐ろしい女だな。美人でおっぱいも大きいのに』
「あいつ、スケベね!」
「……スケベだな」
『うるせぇ! 男ならな! そこにおっぱいがあれば見てしまうもんだろうが!』
堂々と言い放つナゲル。開き直ってるともとれるその姿はある意味男らしい。
「ははっ、そんな事を言っていては、シズカさんに怒られますよ」
『な!? その名前を出すのはズルいぞ爺ちゃん!』
ナゲルが慌てだす。
「相変わらず、シズカさんには頭が上がらないようですね」
『ぐっ……』
「え~? そのシズカさんって、一体誰~?」
するとカイルが興味深そうに聞いた。
「はい、孫に嫁いでくれた御方ですよ。とても出来た御方でして、これでナゲルは見る目がありますから」
「そ、それなのに他の女性の胸などを凝視してしまうのですね……」
とても残念なものを見るような目をナゲルに向けるローザである。
『だ、だから俺の嫁の事はもういいだろう。大体、爺ちゃんだって婆ちゃんには頭が上がらなかっただろ』
「……そうですね。確かに私も美心には、ですが男はそれぐらいが丁度いいのかもしれません」
この会話に、即座に反応したのはピーチとビッチェである。
「……ナガレ、もしかしてそのミコさんって――」
「はい、私の妻ですね」
「や、やっぱり……」
がっくりと肩を落とすピーチ。だが、ビッチェは何かに勘付いたようでもあり、しかし、敢えてはふれないようだ。
『……ま、婆ちゃんが健在だったなら、流石にこの状況を見たら切れるかもな』
「はて? 何故ですか?」
『何故って、そりゃこんな美人に囲まれていたら誤解の一つもするだろう?』
「――アレは、そんなことで誤解するほど察しは悪くありませんょ」
きっぱりと口にするナガレに、やれやれと顎を掻いた。
『ま、どっちにしろもう亡くなって結構経つわけだし、例えそっちでそういうことがあったとしても誰も文句は言わないと思うけどな。折角若返ったわけだし』
ナゲルは、一応は周りの(中でも特にピーチとビッチェの)空気を察し、気を遣ったつもりのようだ。
ピーチは、それって、とミコが既に他界している事に気がついたようだが、流石にすぐに触れるつもりはないらしい。
「そうですね。確かにこれで結構好き勝手やらせて頂いてます。冒険者の仕事も中々刺激がありますしね」
『……いや、そういう話じゃないんだけど、はぁ、全く、そっちはそっちで大変そうだな……』
呆れ眼でナガレを見た後、同情したようにピーチとビッチェを見るナゲルであった。
「ところで、そちらは何か変わったことはありませんでしたか?」
『あぁ、そうだった。丁度今の爺ちゃんの話に関係してる事がこっちでも起きてるんだけど――』
そして、ナゲルから一通り話を聞くナガレであり。
「やはり、明智家が関わってきてるようですね」
『そうなんだけど、実はミルが調べた情報で、神破カンパニーという会社名が出てきたんだ。爺ちゃんなら、これについても何かわかるかな?』
「……神破ですか」
『そう。神破流と何か関係があるのかなと俺は睨んでるんだけどな』
ナガレは顎に手をやり、何かを考える様子を見せるが。
「そこまで判っているなら、後はそちらでなんとかなるでしょう」
『へ? いやでも爺ちゃん、神破だぜ?』
意外だなといった目をナゲルが向ける。
「ですが、私は既に地球にはおりません。それにそういった事も含めて、後を任せております。ですので、そちらの問題は皆で協力して対処ください」
少々突き放したような言い方でナガレが答える。するが、ナゲルは、はぁ~、とため息一つ。
『爺ちゃんが関わってくれるなら楽できると思ったんだけどな』
「ナゲルのそういうところも嫌いではありませんが、折角の機会です。やる気を見せてみてください。それに、兄として妹にいいところを見せるチャンスですよ」
『そんなことでミルの俺に対する評価なんてかわらないと思うけどな』
そう口にしつつも、そういえば、と思い出したように声を上げ。
『ココロエ叔母さんも戻ってくるんだったな。そのミカって子も、結局明智家に巻き込まれてる感じか……全くこっちはこっちで面倒なことばかり引き起こしてくれるし、厄介な連中だぜ』
「あ、あの、何か申し訳ないです……」
妹の名前が出たからなのか、マイが鏡の前で殊勝な態度を見せた。
それを見て、ん? とナゲルが反応し。
『あぁ、君がマイちゃんか。ま、そのことは気にする事はない。それに叔母さんにまかせておけばそっちの対応はどうにかなるだろうしな。後は、俺は俺で、色々調べる必要が出てくるだろうけど、とにかくまずはミルの情報待ちだな』
「はい、頼りにしてますよナゲル」
『ふぅ、爺ちゃんにそう言われたらな。あ~~! やるしかないかやっぱ!』
叫ぶナゲル。そんな孫の姿に、微笑を浮かべるが。
『……それにしても、本当に異世界ってあったんだな。まさかメクルの言っていた突拍子のない推測が当たっていたなんてな』
「メクルさんですか。合わなくなって久しいですがお元気ですか? それに、クズシの様子は如何でしょう?」
『……わざわざ俺が説明しなくても爺ちゃんならわかるんじゃないのか?』
あさっての方へ視線を向けながら答えるナゲル。やれやれ、とナガレは笑い。
「私だって、常に全てを感じ取っているわけではありませんし、全てを理解してると言えるほど烏滸がましくはないつもりですよ」
『そういうもんなのか……』
そんなやり取りを躱しつつ、地球の家族の様子も確認するナガレ。
そして、今後の方針も固まった上で、一旦ナゲルとも別れの言葉を交わし、そこで交信が止まった。
「さて、これでお膳立ては整いましたね。後はナゲルやココロエ達に任せておけば大丈夫でしょう」
そして、最後にナガレがそう述べて、一旦この場を閉める事となり。
ミカや神薙家の命運は、ナゲルやココロエ達に託されたのだった――