第四五三話 豹変
ナガレの意外な一面がみれるかもしれません。
「あ、あの、あのあ、あの! 私! 新牧 舞と申し上げます! その、その! 神薙 心恵様の事は以前よりその、凄く! お慕い申し上げておりました!」
『あ、ありがとう』
ずずずいっと鏡面にまで躍り出て、マイがココロエに挨拶する。
色々と口調がおかしなことになってるが、それも彼女のことを尊敬し、憧れて来たが故だろう。
『でも、日本で有名な貴方に憧れて貰えるならこんな光栄な事はないわね』
「え! わ、私のことをし、知っているのですか?」
『勿論。これでも多方面にアンテナは張っているつもりよ』
「こ、光栄です! 光栄すぎます! もういつ死んでもいいです!」
「いや、死ぬなよマイ……」
『マイ死ぬ、キャスパ悲しい』
「え? いや、死ぬは例えよ。それぐらい嬉しいってこと!」
『ふふっ、でも、見ていて凄く安心できるわ。活発で純粋で、皆から愛されるタイプ。輝きも感じられるし、ドラマの主演に抜擢されるのも判る気がするわね』
「そ、そんな私なんてまだまだで、て、そういえば! どうしてココロエ様のような雲の上の存在の御方が、ナガレくんと知り合いなのですか?」
「はい?」
ピーチが怪訝そうな声を上げた。
するとメグミも首を傾げ。
「いや、今丁度その話をしていただろうマイ? 聞いていなかったのか?」
「え? そうなの? ごめんね。だって、ココロエ様と拝謁出来るとは思って無くて、もうそれ以外の事は耳に入ってなかったのよ」
ふぅ、と息を吐き出すメグミ。やれやれといった様相である。
『何かそこまで言われると逆に恐縮しちゃうわね。私そこまで大した人間じゃないわよ』
「そんなご謙遜を!」
「そ、そうです! 私も驚きです! まさかあのココロエ様が、な、ナガレ様のご息女だったなんて!」
ここで、マイと同じように固まった状態でいたアイカが声を上げる。
どうやら彼女もまたココロエのファンなようであり。
「へ? え? 何それ、嫌だアイカちゃんってば何冗談いってるのよ。ナガレくんってまだ子供よ? それなのにココロエ様の父親だなんて……」
『それは本当よ。そこにいるのは紛れもなく私のパパ』
「え?」
「……さっきまでまさにその話で持ちきりだった」
「全く、細胞が若返るなんて人外にも程がありますね。ですが、いずれ私が殺します」
ビッチェとへラドンナの話を耳にし、マイは錆びた金属のようなぎこちない動きでナガレを振り返り。
「……ナガレくん、本当、に?」
「はい。ココロエは紛れもない私の娘ですね」
「うそおぉおおおぉおおおぉおぉおおおおお!?」
鷹揚と答えるナガレに、マイは心底驚いたような顔を見せた。
まさか自分が憧れていた大女優の父親が、こんな近くにいるなんて思いもしなかったのだろう。
「ま、まさかそのような御方とは露知らず、ナガレ様には大変ご無礼を――」
「よしてください。それに別に無礼などとは思ってませんよ。呼び方も出来ればこれまで通りに、変わらない貴方でいてくれたら嬉しいです」
ナガレがココロエの父親と知った途端、マイの顔が青ざめ、低姿勢で謝罪の言葉を述べ始めた。
だが、ナガレは最初からそんな事は気にしていない。むしろ急に態度を変えられたほうが周りも戸惑うことだろう。
『私からも出来ればパパとは変わらず接して欲しいわね。何か今の貴方はすごくぎこちないし、本来の口調の方が貴方の良さが出ていると思うわよ』
「!? ココロエ様がそう言われるなら! と、いうわけで、これからもよろしくねナガレくん」
「はい、よろしくお願いします」
「アハッ、マイちゃんっては切り替え早いよねぇ」
「むぅ、俺としてはあの気安さは気になるところなんだけどな」
「全く、フレムもそんなに心が狭かったら女性にモテないですよ」
「俺は先生に好かれていればそれでいいんだよ!」
忠告するように口にするローザだが、フレムはそれがどうしたと言わんばかりに腕を組み鼻息を吹き出し、はっきりと言い放った。
「クリスティーナが聞いたらイジケそうね……」
「うん? なんでそこであいつの名前が出てくるんだよ?」
「……ダメだこいつは」
呆れ眼でピーチが言うが、フレムは全くその意味を理解していない。
ビッチェも匙を投げるほどの鈍感ぶりだ。
「で、ですが、私も一目見れて光栄です! 映画も何度も見ました! ラストアイキとか最高です!」
「あ~! 判る! あの最後の合気道家に扮するココロエ様のアクション! 総勢五〇〇〇万の相手をたった一人で包囲して壊滅する名シーン!」
「最後のあの名台詞――」
『例え私の命が尽きようとも、アイキは死なない!』
マイとアイカが異様に盛り上がり始め、声を揃えてぴょんぴょん飛び回った。
「後はゾンビと合気の対決を描いたアイキ・オブ・ザ・デッドも名作よね」
「私は、合気と共に去りぬでも、凄く泣いちゃって」
「うん、判る判る! 泣けると言えば、君の合気は? も外せないわね!」
「あとは、政治の闇を描いた、政界の中心でアイキを叫ぶ、も……」
「すごい! それも見てるんだね。アレも良かったよね! 最後のまさかの政治家軍団相手の合気の大立ち回り! あ、でもそれ系なら、その女、合気道家につき、なんかも――」
随分と盛り上がっている二人だが、周りはナガレとココロエを除けば少々ついていけてないようにも思えるが。
「……そういえば、パパは合気道家、というのがあったけどもしかしてそれも?」
『それね!』
息の合ったふたりの言葉に、口にしたメグミがビクッと震えた。
『懐かしいわね。パパは合気道家、は私の仕事が増えるキッカケとなった映画だから感慨深いのよ。でもだいぶ前よ? 貴方達生まれてもいないと思うけど、よく知ってたわね……』
「勿論! 手に入るメディアは全部揃えました!」
「わ、私はそこまでは、でも、ディスクは買いました!」
「え~と、再放送で……」
何故か申し訳無さそうな顔を見せるメグミだが、楽しみ方は人それぞれである。
「ふふっ、それにしても、本当にココロエは有名になったのですね。これだけ愛されているのを見ると嬉しい限りです」
「う~ん、でも何か最後のパパは合気道家って、ナガレとココロエさんみたいだね」
「うん? あれ? そういえ――」
『あ、アハハハ! そうだ! それどころじゃないわよ。パパ! 結局どうして私に連絡取ってきたの? まさか懐かしく思って、だけってことはないわよね?』
「はい、実はココロエにお願いしたいことがあるのです。マイさんの妹さんの事なのですが」
「え? ちょっと待って、それって?」
「はい、マイさんが今思ったとおりですよ。つまり――」
そしてナガレはココロエにマイの妹であるミカの状況について説明し、助けになれないか? と話を持ちかけたわけだが。
『なるほどね。そのドラマの話も知っているわ。修学旅行の件もね。何故かあまり大きくは取り上げられなかったらしいのだけど、同業みたいなものだし気にはなっていたもの。でも、まさかそれにもパパが関係してくるなんてね』
肩を僅かに上下させ、ココロエが軽く息を吐きだす。
ナガレの行動力に感心してるようでもあり、呆れているようでもあった。
「どうでしょう? なんとかなりそうですか?」
『そうね。知り合いに頼むという手もあるけど――フフッ、何か面白そうね。いいわ、ミカちゃんの件については私が直接いって見てあげる』
「えええぇええぇええ! いや、でも流石に申し訳ないですよ! お仕事だってあるでしょうし……」
驚きの声を上げた後、恐れ多そうにマイが口にする。
それを見たココロエは、フフッ、と微笑を浮かべ。
『大丈夫よ。ある意味丁度よかったのよ。実は暫くぶりに長い休暇を取ってね。明日にはここを発って日本に戻るつもりだったから』
マイが、え! と目を丸くさせる。
「それは良いタイミングでしたね。ココロエになら安心して任せられます」
父親としてナガレは娘を信頼しているようだ。
「さて、それではココロエも色々と準備があるでしょうから、一旦お別れですかね」
「え? も、もう?」
それからも、色々と話を進め、マイとアイカも憧れの女優との歓談を楽しんだが、流石にこのまま地球とつなぎ続けるわけにもいかない。
マイとアイカは随分と名残惜しそうにしているが――
『……それにしてもパパ、久しぶりの娘との再会だって言うのに、本当変わらないわね。もっと喜んでくれてもいいのに』
「嬉しく思ってますよ。ココロエの元気な姿も見れましたしね。ですが、貴方ももう立派な大人ですから、そこまで過保護に心配もしてませんよ」
『ふ~ん……』
ジト目を向けるココロエ。すると、僅かに口元を緩め。
『あ、そういえばパパ。実は私ね、彼氏が出来たの』
そんなことを口にした。
「え?」
「えぇえええぇえええぇええ!」
ナガレの眉がピクリと反応し、隣のマイも随分と驚いている。
「こ、ココロエ様に彼氏! 一体どんな方なのですか!」
『え? あ、いやそれはね……』
詰め寄るマイに戸惑うココロエ。するとナガレの隣にフレムが立ち。
「でも先生。姐さんはお美しいですし、好きな人が出来てもおかしくな――」
「貴方ですか?」
「え?」
そしてフレムが勝手に納得したようにうんうんと頷いていたのだが、ナガレがフレムを振り返り、突然の問いかけ。
「そうですか、貴方がココロエの彼氏という男なのですね?」
「え? いや、先生。ちょ、俺ですよ、突然どうし――」
「いえ、大丈夫ですよ。みなまで言わなくても。えぇ、ですが、折角ですから少々稽古をつけて上げましょうか」
「え? それは、先生に稽古をつけてもらえるなら嬉しいですが、今です、ヒッ!」
刹那、ナガレがフレムの身体を崩し、腕を取り大きく回転させた。
そしてそのまま地面に叩きつけ、今度は関節を決めだす。
「おや? こんなあっさりと、大丈夫ですか? こんな事で娘をちゃんと守れますか?」
「ちょ! せんせ、いた、いたたたたたっ、千切れる! ちぎれます先生! じぬじぬ!」
「大丈夫です、大丈夫です、死ぬと言って死ぬ事もあるかもしれませんが、大丈夫です」
「ひいいぃいぃいいぃ!」
フレムが悲鳴を上げた。絶叫であった。
なんとなくいつもの修行と変わらないようでもあるが、妙な容赦の無さも感じられる。
「ちょ、え? ナガレ突然どうしたの?」
「……ナガレ、何か違う」
『あ! いけない! まさかここまでなんて、パパ! その人は違うから! 私の趣味じゃないし!』
鏡の向こうからココロエが叫んだ。
へ? とナガレが反応し、ココロエの顔を見た後、フレムを見やり。
「おや? フレムじゃないですか?」
そう言って関節を解き立ち上がった。
肝心のフレムは、白目を剥き泡を吹いてしまっている。
「おやおや、こんなところで眠っているとはお行儀の悪い」
皆が唖然としている中、ナガレはココロエを振り返り。
「それで、え~と、そう、彼氏でしたね。あははは……そうですか、彼氏ですか」
『何事もなかったように話を戻した!?』
ほぼ全員の声が揃った。
「いや、そうですね。ココロエももうそんな年でしたか」
『パパ、私ももう五五よ』
ココロエの回答にも、信じられないといった顔を見せる一行である。
何せ見た目には二十代でも通じそうな程だ。
「そ、そうですよね。えぇ、それで、その彼氏は、一体どの程度ですか?」
『どの程度?』
「はい、つまり、なん合気かなと」
『なん合気って何!?』
初めて聞く言葉に驚きの声を上げる一同だが。
「おや? ご存知ありませんか? そうですね一合気で大体、世界が一〇〇回滅ぶぐらいです」
『一〇〇回も!?』
「私としては理想は一〇万合気程なのですが、そうですね、理想ばかり押し付けるわけにはいきませんので、ですが最低五〇〇合気ぐらいは欲しいところですね」
『どんだけ滅び尽くすの!?』
ナガレの妙ちくりんな発言の連続に多くが唖然となる。
そもそも彼氏レベルで世界を滅ぼす実力が必要とは、神薙家の敷居が恐ろしく高い。
「……ナガレがちょっぴり変。でもそんなナガレも愛おしい」
流石のビッチェはナガレが多少(?)おかしな言動をみせても動じないのである。
『プッ、アハハハハハッ! 本当、まさかパパがここまで動揺するなんて。ウケミの言っていたとおりね。でも、ごめんねパパ。彼氏が出来たというのは嘘なのよ』
「え?」
お腹を抱えて笑いだし、真実を伝えるココロエ。
ポカーンとするナガレに、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、ぺろりと舌を出した。
年齢を感じさせないキュートさである。
「ごめんねパパ。だってあまりにいつもと変わらないから、少しは困らせてあげたいなと思って」
「……そうでしたか。ですが、私はその程度で動じたりは致しませんよ。それに貴方にも好きな人の一人や二人出来てもおかしくありませんからね」
「え?」
「思いっきり動じてたわよね……」
まるで何もなかったかのように話を持っていくナガレに、疲れた顔を見せるピーチ達である。
『そうね。今度報告する時には、本当に出来ていたらいいんだけど、でもちょっと心配ね。その時は相手を壊さないでね?』
「ははっ、まさか」
いつものナガレに戻り父として応じるが、今の変貌を見るに相手は大変そうである。
こうして、少々珍しいナガレの一面もみれたところで、今度こそ本当にココロエとの通信を切ることになったわけだが――
一番とばっちりを受けたのは、今も倒れているフレムなのは間違いないだろう――
ウケミについて今回のココロエの話に関係したおまけ話を500話記念に書こうかなと思ってたりもしましたが……思ったより遅れてしまってたり(汗)
今回の話まで読んで頂き面白いと思って頂けたなら感想やブックマーク、評価などを頂けると嬉しく思います。
いつも読んで頂きありがとうございます!