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第四五一話 パパ

「何か色々スッキリ出来たわね」


 鏡面で涙を流して喜ぶ妹のミカと母、キョウカの姿にホッと胸をなでおろすマイである。


 どうやらマイの渡した指輪と手紙が効果的だったようだ。いや、むしろアレがなければ夢だと思われておしまいだっただろう。


 ただ、ここまで喜ばれるとむしろちょっと気恥ずかしそうでもあり、だが、やはりマイも嬉しいのか少しだけ涙も滲んでいた。


「ナガレくんのいっていたとおりにして正解だったけど、でも夢の中で渡したものがちゃんと届くって……これが出来て人は戻れないの?」

「物を渡すのと人が時空を超えるのとではまた意味が違ってきますからね」


 ふ~ん、と訝しげな目を向けるマイ。確かに言っていることは判るが、それでもなんとかなるんじゃないか? と思っているのかもしれない。


 そして、確かにナガレならやってやれないこともないのかもしれないが、ナガレにも色々考えるべきことがあるのだろう。


「だが、とりあえずこれで一安心だなマイ」

「はい、上手くいって良かったです」

「う~ん、確かに再会できたのは嬉しいのだけど……でも喜んでばかりもいられないのよね。事務所の問題が解決してないし、何とかするとは言ったけど、先生になる人がいないんじゃ話しにならないわ」

「んなの、自分がやればいいんじゃないのか?」

 

 頭を悩ますマイにフレムが言った。確かにマイは夢の中でも妹の演技を見て色々と助言していた。


「そうね、また夢の中で指導するとか」

「それがそう簡単な話でもないのよ。結局私が教えても、私は別に専門の先生ってわけじゃないから細かい指摘なんかは無理だし、私が教えると結局私のやってきたことをなぞるだけになるかもしれないの。でも、ミカは私とはタイプが違うからそれだと長所が発揮できない可能性があるし……」

「む、難しいのですね」

「……自分でやるのと教えるのではまた違う」


 ビッチェの言葉に、確かに、とメグミがどこか納得したように頷いた。

 メグミはビッチェのおかげで強くなれたが、あれを他の人が見て同じように成長できるかと言えば別問題であろう。


「確かにマイさんはどちらかといえば動的、一方でミカさんは静的といえるタイプでしょうからそういった問題は出てくるでしょうね」

「姉妹でも間逆なのね……」

「えぇ、とは言え、努力家という面や負けん気の強さなどはやはり似ているようですが」

「な、なんか照れるわね……」


 頬を少し赤らめるマイ。面と向かって褒められるとやはり照れくさいのだろう。


「私にいい案があります」


 と、ここで意外にもヘラドンナが何かを思いついたようだ。


「ここに私の調合した毒薬があります。これをそのクロイという女に――」

「ごめん、却下で」


 マイが即答した。

 そうですか……と肩を落とし少しショックを受けていそうなへラドンナであるが、日本でそんな事をすればむしろミカがお縄につくことになってしまう。


『マイ、トリックを使えば、バレない!』

「うん、トリックを使っても駄目なんだぁ、ごめんねぇ」


 マイはキャスパも軽くあしらった。そもそもトリックなんてものを使えば使うほど名探偵という人種に喜ばれるだけである。


「ふむ、ここはやはりあの子を頼るのが一番かもしれないですね」


 朝の漫談を一通り聞いたところで、ナガレが何かを思い出すように呟いた。


「あの子って?」

「はい、こういった事にうってつけの子がいるのですよ。そうですね、では昼までは休み、それから今回はデビルミラーと私に使用する分だけブレインジャッカーを出していただけますか?」


 そして、昼食を食べ終えたところで、ナガレがお願いした通り、悪魔の書からデビルミラーとブレインジャッカーを呼び出すマイであり。


「それでは――始めますね」


 そして、鏡面に映し出されたのは――






◇◆◇


「ハァ、ハァ――」


 荒ぶる息を抑えつけた。なんとか息を整えようとする。柔肌にピッタリとフィットした暗紫色のラバースーツ、その大きな膨らみ、一旦沈み込み、また大きく膨らんだ。


「ゴッド・ハート、そこに隠れているのは判っているぞ!」


 男の声が耳に届く。切れ長の眼の中に浮かぶ、黒真珠の如き瞳が鋭く揺れる。

 鼻筋がよく通り、口元の引き締まった美しい女だった。

 だが、白魚のような指は拳銃の引き金に掛かっている。女性が持つには随分と物騒な代物だ。彼女のような美しい女であればなおさらだろう。


 手にしているソレもUSPタクティカルと、女性が護身用として持つには少々物々しくもある。


 柱の影に身を潜め、背中をピタリと付けたまま、スッと覗き込む。

 黒服でサングラスを掛けた屈強な男たちが五人、辺りを警戒していた。

 彼女、ゴッド・ハートを追ってきた組織の連中である。


 フッ! と短く、それでいて一気に息を吹き出し、柱の影から飛び出した。


「いたぞ!」


 途端に彼女を追いかける銃弾の音。短く、それでいて鋭い発射音が続き、床や柱、天井に銃痕を刻み込んでいく。


 連中が所持しているのはTMP短機関銃。性能は申し分ない良い銃だが、彼女を仕留めるには腕が足りていない。


 階段を駆け上がり、扉を開けて表に出る。

 だが、そこは――


「いよいよ年貢の納め時だなゴッド・ハート――」

 

 黒服の男たちが追いついてきて、ニヤリと口角を吊り上げた。

 彼女は追い詰められていた。腰に感じるは欄干の冷たい感触。

 強い風が轟々と吹き荒れ、後ろで纏めた彼女の黒髪が踊り狂う。


「諦めろ、地上七七七階、二五〇〇メートルの屋上から逃げられる手段なんてあるはずがない」


 銃口を彼女に向けたまま、黒服の男が死刑に等しい宣告をした。

 彼女、ゴッド・ハートの頬を汗が伝う。


 だが、彼女からは絶望が感じられず、諦めた様子は勿論、自暴自棄になった様子さえ見せず、フフッ、と妖艶な笑みだけをその顔に湛えた。


 彼女の頭上に見える満月。その背景をバックに佇む彼女は、月の光によって咲きでた夜の花のようであった。


 そのあまりの美しさに、どうやら素で(・・)見惚れてしまっている様子の黒服達。

 ふと、彼女が髪を纏めていた紐を解き、頭を振るとまるで翼のように黒髪が大きく広がった。

 

 そして、いくわよ、と声をかけると、黒服がハッとした表情になり、短機関銃のトリガーを引いた。


 一斉に発射される銃弾。だが、彼女は、タンッ、と心地よい音を奏で屋上の床を蹴り、華麗に舞う夜蝶のように羽ばたいた。


 そのまま空中で二回、三回と回転し、欄干を越え、地上二五〇〇メートルの高さから、落下。


 何!? と驚嘆し、黒服達が欄干まで駆け寄り、落ちていったゴッド・ハートを確認しようとする。


 だが、そこでみたのは信じられない光景。なぜなら、彼女は垂直に聳え立つ高層ビルの壁を、後ろ足で駆け下りていたからだ。


 しかも、その状態から両手に一丁ずつ構えたUSPタクティカルを連射。悲鳴を上げながら次々と黒服達が屋上側へ倒れていき、最後に残った一人は短機関銃で狙い撃とうとするが、フッ、と笑みをこぼした彼女の銃弾が、眉間を貫き、同時にサングラスもパリィィイン! と割れた。


 そして彼女はビルを垂直に駆け下りながら反転し、そのまま一気に加速、七七七階から三階まで駆け下り、そこから壁を蹴って跳躍、一回転し、そのタイミングでやってきたバイクのタンデムシートに飛び乗った。


 そして互いの検討を称え合い、最後に愛の言葉を交わした後で――


『はい、カーーーーーーット!』

 

 そんな声が夜空に響き渡った。

 バイクから降りた彼女へ、拍手喝采が鳴り響く。数千人と集まった映画スタッフ達がワンカットで見事決めた彼女の演技を称えている。


 メガホンを持っていた監督も、駆け寄ってきて、彼女をハグし顔を綻ばせる。


「いや~~~~! 良かったよココロエ。本当にいつも抜群の演技に最高のアクション。あれ一体どんなトリックを使ってるんだい? まるで本当に肉体だけで駆け下りてきてるみたいでね、まったく思わず私も手に汗握ったよ」

「ありがとうございます。でも、監督の手腕が素晴らしいからこそ、私も活き活きと演技が出来ると思ってますので」


 アクションに見せたような鋭い目つきは和らぎ、どこか淑やかさを感じさせる笑顔を振りまくココロエ。

 それに監督も思わず赤面である。


「ところで今日のパーティーには参加してもらえるんだよね?」

「勿論ですわ。監督に誘われて断る人なんておりませんもの」

「いや~良かった良かった。もう君のシーンは全て撮り終わったし、休みに入るとも聞いたから心配だったんだけど、君がいてくれるとパーティーの場も華やぐからね」

「そんな、私なんてもういい年ですもの。むしろこんなオバサンがお邪魔して宜しいのかしら?」

「そんなことはない! 君はいつまでたっても若々しいよ。本当、若さだけが売りの下手な女優なんて霞むほどさ。じゃあ、後でね」

「はい、それではまた」

 

 頭を下げ、撮影現場を後にするココロエ。するとしばらくしてあの黒服達も降りてきたわけだが。


「あ、あの監督。あのミス・カミナギのアクションは本当にトリックなんですか? ワイヤーも命綱も一切無しで、彼女自身がスタントをやるとは聞いてましたが……」

「うん? あっはっは! 決まってるじゃないか。確かに彼女は素晴らしい女優だが、人間が肉体だけでこの世界一高い七七七階建ての高層ビルの屋上から駆け下りるなんてできるわけがないだろう? 巷を騒がせていたスーパーヒーローにだってこんなの無茶さ。それなのにあのボディで、無理無理、絶対無理」

「いや、でも、監督もその方法はしらないんですよね?」

「うむ、彼女はそのあたりは秘密で通してしまっていてな。私も最初に仕事した時はそんなの無茶だって言ったものだけど、その場で信じられないようなアクションを見せてくれて、全て独自のトリックなんだって言うしさ、信じるしか無いよ」


 は、はぁ……と黒服役の俳優が返事をするが、直で見た彼にも一体どんなトリックなのかさっぱり検討もつかず、疑問符が頭から離れないようだ。


 こうして、一つの映画の撮影が終わり、控室へと戻るココロエ。


 ふっ、とため息一つ。


「トリックって事にするのもやっぱり少ししんどいわね……」


 そして独りごちる。すると扉がガチャリと開き、彼女の担当マネージャーが入ってくる。


「ココロエさん、予定の確認いいですか?」

「うん、大丈夫よ」


 そして軽く打ち合わせをし。


「それでは今夜は予定通りパーティーに出席、明朝からいよいよ休みですね」

「えぇ、何せここ五年休み無しだったしね。ここで一気に取らせてもらうわよ。スケージュルの方も問題ないわよね?」

「えぇ、でも相当苦労しましたよ。何せココロエさんは今や世界中で求められる大女優ですから……ここでこれだけ休むと、その先また暫く休めませんよ?」

「いいのよ。私は休む時は休む、仕事の時は仕事でわけてるし、問題ないわ」

「……本当、私と母娘ほど年が離れてるとは思えないほど元気ですね。見た目だって、私のほうが上に見られるぐらいだし……」

「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」


 ココロエはそう言うが、これは決してお世辞ではない。本当の事である。

 

「それでは、一旦ホテルに戻りますか?」

「そうね、お願い」


 そして、ココロエはホテルに戻り、着替えを済ましてパーティー会場へ向かう。  

 ハリウッドを代表するスターが大勢いる中、その中でも尤も注目されていたのは彼女、ココロエであった。


 日本人でここまで世界で浸透している女優は珍しいが、やはりそれは変わらない美貌と全て自力でこなす派手なアクションの賜物でもある。


 そのまま話すと色々と面倒なのでトリックということにしているが、彼女はスタントマンや命綱など一切なし、ワイヤーアクションなしで、CG顔負けのスーパーアクションを決めてしまう。


「やぁミス・カミナギ、いつも綺麗だね」

「ふふっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞なんかじゃないさ。そこでどうかな? 今度ディナーでも?」

「お誘いは嬉しいけど、貴方に私みたいなオバサンは似合わないわよ」

「とんでもない! ココロエにそんな事を言うやつがいたとしたら、そいつには見る目が無いんだよ」

「でも今年で五五よ。下手したらお婆ちゃんって呼ばれてもおかしくないかも」

「年齢は関係ないさ。君はこんなに美しい。それに、僕はいつも思ってるんだ、もしかしたらココロエ、君は伝説に登場するエルフなんじゃないかってね。それぐらいの麗しさだよ」


 ありがと、とニコリと微笑む。男心を鷲掴みにしそうないい笑顔だ。

 ただ、いつものことだが、彼女は誘われてもハッキリとした約束は交わさずはぐらかしてしまう。


 勿論年齢で考えればそろそろいい人の一人二人いてもおかしくないのだが、どうしてもある人と比べてしまう彼女がいた。


 こうして、様々なアプローチをのらりくらりと躱しながら、パーティーも終わりを告げ監督と別れのハグを交わし、ホテルへ戻る。


 それなりにお酒を呑んだが、これぐらいではそこまで酔うことはない。


 すると、スマフォが鳴り、それを手に取り、あら? と目を丸くさせた。


『あ、お姉ちゃん』

「うん、久しぶりウケミ」


 スマフォから聞こえてきた声に若干ホッとした表情を見せる。


『うん、本当久しぶりだね。ところでお姉ちゃんそろそろ日本に戻ってくるのよね?』

「うん、時差があるから、着くのは~頃になるかな」

『そっか、じゃあ迎えに行くよ。久しぶりに色々話を聞きたいし、家には来るんでしょ?』

「勿論よ。下手なホテルより安全だし、のんびりするならやっぱり家が一番だしね」

『うん、判った準備しておく。それと、お父さんのことは知ってると思うけど――』

「うん、パパも何か相変わらずよね。まだ連絡ないの?」

『そうなんだよね。まぁ、色々規格外のお父さんだから余り心配はしてないけど……ところで、お姉ちゃん誰かいい人見つけた?』

「と、突然ね! いないわよ誰も!」

『いないって、勿体無いわよね。お姉ちゃん美人なのに』

「いいのよ、慌てなくたって。貴方はもう結婚してるし、それに私は理想が高いのよ」

『そうだよね~お姉ちゃん前からちょっとファザコン入ってたし』

「な!? ウケミあんたねぇ!」

『それじゃあ、こっちで待ってるからね~』


 そして通話は切れた。もう! とボヤくココロエ。


 そして、シャワーを浴び、バスローブを羽織ってベッドに椅子に腰を掛けた。


「……でも、帰ってもパパいないのよね――」

 

 そして、そう呟くココロエであったが……。


『ココロエ、ココロエ聞こえますか?』

「……嫌だ、パパの幻聴が聞こえてくるなんて、これじゃあ本当にファザコンみたいじゃない」

『幻聴ではありませんよ。こちらを見てください』

「はいはい、全く本当に、て、へ? 嘘! パパーーーー!?」


 声のした方へ顔を向け驚嘆する彼女。そこにはまるでホログラムのような奇妙な画面、そして彼女の(パパ)、神薙 流の姿があったのだった。

神薙 心恵(かみなぎ こころえ)

神薙家長女。長男の神薙 崩(かみなぎ くずし)の妹で五五歳。未婚者。

山神 浮美(やまがみ うけみ)

旧姓は神薙 浮美。神薙家の次女。既婚者。



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