第四十三話 記録的報酬
「さぁさぁ、あのデスクィーンキラーホーネットを打ち破ったナガレ先生のお通りだ! 有象無象の冒険者共! 頭が高いぞ! 道をあけろ! そして活目しとくと見よ! この方こそが最強にして崇高なるレベル0冒険者ナガレ・カミナギ先生――」
「フレム、そういうのは本当いいですから」
冒険者ギルドの扉を開け、ずずいっと中に入り片膝をついた状態で声高々に大仰な口上を述べるフレム。
そんな彼の所業にやはり頭を悩ますナガレである。
しかしナガレ達がギルドに入るなりほぼ全員の視線が彼らに集まった。
ただこれはフレムの所為による為というわけではない。
そもそもナガレの話はフレムが言うまでもなく、先にギルドに戻っていた討伐隊のメンバーによって伝えられていたのだ。
「あれが変異種のデスクィーンキラーホーネットを倒したというナガレか……」
「あぁ、あいつは色々噂のたえない野郎でな。レベル0でありながらグレイトゴブリンを倒したり、あのゴッフォ達を捕らえたりと信じられない程の活躍ぶりを見せてるんだぜ」
「まじかよ。あれ俺らなんかよりずっと若いよな? 見た目もまだまだ全然幼い感じなのに一体どこにそんな力があるんだよ……」
好奇の目がナガレ一行に降り注がれる。その様相にローザは頬を紅くし気恥ずかしそうに俯きっぱなしだ。
カイルは特に変化はなく相変わらずの笑みを浮かべている。
ただピーチに関してはフレムと一緒でどこか得意げである。
ビッチェは気配を薄くしてナガレの様子を見ることだけに集中していた。
ただ入り口近くにいるだけでカウンターに向かう様子はない。
「……ナガレは本当相変わらずね。正直私はなんかもう慣れちゃったけど」
ナガレが受付のカウンターに近づくと、いつもどおりマリーンが応対してくれた。
ちなみにマリーンのところがたまたまあいていたのではなく、職員たちに促されある意味強制的にナガレの相手を任されてる形だ。
尤も彼女がそれを嫌がってる様子はない。
しかし数多くの武勇伝を築き上げてきたナガレに対し、他の職員は気圧されてしまってるようでもある。
だからこそ慣れているマリーンが選ばれたのであろうが。
「てか、おいマリーン! ナガレ先生に向かって呼び捨てたぁ一介の受付嬢が失礼にも程があるぞ!」
「……フレム、それは私からお願いしてる事ですから」
「いや、てか先生って何? フレムってこんな性格だっけ?」
どうやらマリーンもフレムの気性の荒さや喧嘩っ早い性格、失礼な物言いなどかなり厄介なタイプであることはよく知っていたようだ。
だからこそナガレを先生と呼び殊勝な態度を取るフレムに驚いてるのだろう。
とはいえ、ナガレ以外に対する態度はあまり変わってないようでもあるが。
「あのねマリーン」
そして、フレムがこうなった理由に関しては仲のよいピーチから説明が入った。
それに取り敢えず納得するマリーンだが。
「なんかナガレの話を聞いていると飽きないわね……」
そういいつつもどこか呆れ顔のマリーンである。
「それで、そのデスクィーンキラーホーネットの件だけど――」
マリーンが本題に入ると、ナガレが、はい、と頷き戦利品を出そうとするが、流石に量が多すぎるということで魔法の袋を持って別室に向かいそれを取り出した。
なお、量が多すぎる為、ピーチの魔法の袋も利用している形である。
そして査定完了までの間、カウンターで待つこととなったが。
「先生! 楽しみですね! 俺絶対に先生はこれでAランクまちがいなしだと思いますよ!」
「流石にそれはどうでしょうかね。私はこの間Bランクになったばかりですし」
「あれ? そういえばビッチェは?」
フレムとナガレがそんな話をしていると、ピーチがキョロキョロと辺りを見回しながら疑問の声を発した。
「そういえばいつの間にかギルドからいなくなってますね……」
「小便でもいったんじゃねぇのか?」
「フレムっち、女の子相手にするときはもっと言い方を考えないと」
会話のやり取りを聞く限りどうやらローザ、フレム、カイルの三人もどこにいったかは判ってないようだ。
「……きっと彼女のことですからまたどこかで会えますよ」
しかしナガレには特に慌てた様子はない。なんとなく彼女がギルドから消えた事は察していたような様相である。
なので、とりあえずナガレの言うようにビッチェの事は一旦置いておくことにした一行であったのだが、そこへギルドの入り口のドアが開き、見覚えのある顔がきょろきょろとあたりを見回し声を発した。
「ここにナガレという冒険者はいるかい?」
「はい、ナガレは私ですが」
ナガレを探している彼に声を掛ける。
するとギロリと研ぎ澄まされた瞳を動かし、ナガレを認めた後、男が近づいてきた。
「てかあの野郎。俺を差し置いて先生に何のようだ!」
「いや、あんたナガレに精神面を鍛えろって言われてるんだから、その態度少しは改めなさいよね」
「そうですよフレム。マリーンさんにまで噛み付いて」
ピーチとローザに責められ、むぐぅ、と喉を詰まらすフレムである。
しかし重要な事であろう。ナガレに近づく者に誰かれ構わず喧嘩を売られては堪ったものではない。
「…………」
そして三人がそんな話をしていると、ナガレに用がありそうな彼がナガレの目の前で立ち止まり、そしてギロリと見上げたまま沈黙した。
「……おいおっさん! その目付きはなん!」
「フレム!」
ナガレが語気を強めるとビクリと肩を震わせフレムが口を噤んだ。
流石のフレムも先生と崇めるナガレにこう言われては黙るほかない。
「てか、何かどこかで見た気が……」
「ピーチ、この方は前にエルミールの薬店でお見かけしたドワーフのスチールさんですよ」
ナガレにそう言われ、そういえば! とピーチが目を大きくさせる。
「スチールって確か最近この街で店を開いた鍛冶師のドワーフだよね。おいらも一度ぐらい顔を出そうと思ってたんだけどね~」
「あん? ドワーフ? ふ~ん、で? そのドワーフが先生に何の用だってんだ」
「てかあんた、武器が壊れたんだから失礼を侘びて直して貰うよう頼んだほうがいいんじゃないの?」
「う!?」
半眼で誂うように言うピーチに、フレムが慄き悔しそうに歯噛みした。
「ところでスチール様、私に何か御用でしたでしょうか?」
ナガレが改めて沈黙を続けるスチールに尋ねた。
すると彼は自分の豊かな顎鬚を擦り。
「……あいつの言っていた冒険者があんただったとはな――」
そうボソリと呟いた後改めてナガレをみやり言葉を紡ぐ。
「あんた、時間が空いてからでいい。後で俺の店まで来てくれ」
「私が、お店にですか?」
「……そうだ、頼んだぞ」
スチールはそれだけ告げると踵を返し、ギルドから立ち去ろうとする、が。
「お、おいおいおっさん! それだけかよ!」
フレムがその背中に向かって叫びあげる。
だがスチールは特に反応も見せずギルドを出て行ってしまった。
「な、なんなんだあのおっさんは……」
「はは、まぁドワーフは口下手なタイプも多いらしいからね~」
「でもナガレどうするの?」
「そうですね、折角ですから後で行ってみましょうか」
「だ、だったら勿論俺もお供しますよ!」
「なんか勝手に決めちゃってるけどいいのローザ?」
「えぇまぁこういうのも慣れてますから」
「それにおいらもスチールの店に興味あるしね」
「ナガレ、査定終わったわよ」
スチールの店に向かうという事で話が纏まったところで、マリーンが査定結果を伝えに来た。
ナガレがカウンターに向かい確認する。
「今回の報酬だけど、先ず途中の盗賊と仲間を裏切ろうとした冒険者の捕縛、これでまず五万ジェリー。それに……細かい内訳はその用紙をみて欲しいけど変異種のデスクィーンキラーホーネットにプレートキラーホーネットの殲滅、そして巣の駆除、それに諸々の素材と魔核の買い取り全て含めて――合計一一〇五万ジェリー……ここのギルドじゃこれ新記録よ」
ため息混じりにナガレに告げるマリーン。
一応声は控えめに話していたのだが、目ざとい冒険者達はそれを聞き逃すこともなく。
「お、おい! 出たぞ! 報酬一〇〇〇万超えーーーーーー!」
「マジかよ! なんだよそれ! 俺の稼ぎの何年分だよ!」
「馬鹿、お前じゃ一生かかっても稼げるかわかんねぇっつの」
「信じらんねぇ~俺冒険者やって二〇年になるけど、最大で稼いだのなんて精々五〇〇〇ジェリーだぜ~~~~」
周囲から聞こえるは感嘆の声であったり、驚嘆だったり、妬み嫉みの類であったり、嫉妬であったりと様々だ。
だが、今やナガレの功績に文句をつけるものなどいやしないだろう。
何せ彼がデスクィーンキラーホーネットを倒した事が事実であるのは、一緒に行動をともにした冒険者や危機一髪で助けられた冒険者達が証明している。
「流石です先生! 一度で一千万超えだなんて先生でなければ絶対達成できませんよ!」
「私もそんな金額初めて耳にしました……」
「これはナガレっちには何か奢ってもらいたいとこだね!」
「あ! それなら私も前から約束してるからね! ピーチも忘れてないでしょうね」
「判ってるわよマリーン」
皆のそんな姿をみやりながら微笑むナガレ。
そして次に彼が伝えた言葉は――
「今回の報酬は私だけの功績によるものではありませんからね。ピーチは勿論ですがローザとビッチェの分も考慮して四等分で宜しいでしょうか?」
『えぇええぇえええええええええぇ!』
フレム、ローザ、カイルの三人がほぼ同時に驚きの声を上げる。
ちなみにピーチは、やっぱりね、といった顔をしていた。
「先生! それは流石に恐れ多すぎます! ローザの事は気にしなくていいですよ!」
「……フレム、今回の件は当然ローザの功績を考慮して私は言っているのです。貴方が勝手に決める事ではありませんよ」
ナガレの厳しい言葉に、あぐぅ、と呻くフレム。
そして肝心のローザに至っては――
「四等分……に、二五〇万ジェリー――あ、あぅ~」
黒目がぐるぐる回って今にも倒れそうな状態である。
どうやらあまりの金額の大きさに思考が追いついていない様子だ。
「大丈夫ですかローザ?」
心配そうに尋ねるナガレ。すると、ハッ! と正気を取り戻し。
「そ、そんなとんでもないです! フレムの言うとおり私はそこまでの事はしてませんし!」
「そんな事はありませんよ。現に貴方は何人もの冒険者の命を救っているではないですか」
「そうよ。私もローザには十分受け取る資格があると思うわよ。遠慮なんてせず貰っておきなさいって」
でも、でも、とわたわたするローザ。その姿がなんとも可愛らしく、周囲で見ていた冒険者の顔がほんわかしている。
とは言え、ナガレも当然の権利と分け前分を手渡し、ピーチの話も相まってローザはそれを恐れ多そうにしながらも受け取ったのだった。
「ところでマリーン、なんかいなくなっちゃったんだけど、ビッチェの事は知ってる?」
「ビッチェ? 誰それ?」
「私達と同じで今回のスイートビー討伐に参加してた冒険者よ」
なんとなく気になったのかピーチが彼女の事をマリーンに尋ねると、思案顔で彼女は今回の討伐参加リストを取り出し名簿に目を通した。
「おかしいわね? 今回の参加者にビッチェなんて名前はないけど……」
え!? とピーチが目を丸くさせる。
「どういうこと? だったら彼女は?」
「ピーチ、あまり他の冒険者の事を詮索するのは良くないですよ」
するとナガレがピーチに向けてそんな事を言った。
彼女は、え~、とナガレを振り返り眉を顰める。
「でもなんかおかしくない? そもそも参加してないのに……」
「彼女にも色々あるのでしょう。それよりどうでしょう、今皆とお話したのですが、時間が時間だけにお昼を食べにでもいきませんか?」
ナガレの発言にピーチの目が爛々と輝く。
「お昼! 勿論いくわよ! あ、そうだマリーンも一緒にどう? なんだったら私が奢るわよ!」
「う~ん、そうね。丁度交代の時間でもあるし、付き合っちゃおうかなぁ~」
ピーチは既にビッチェへの疑念は消え去り、お昼の事で頭がいっぱいなようであった。
中々の食いしん坊である。
と、いうわけで一行はマリーンも同伴した状態で彼女のオススメの店にランチに向かうのであった。
ナガレは武器も防具もいらないのでお金は貯まる一方なのです。




