第四五〇話 夢の中で……
「ちょ! なによそれーーーー!」
温泉を楽しみ、しっかりと夕食も摂った上で休みを取った翌日。
魔力も回復し、早速マイは悪魔の書を行使、ブレインジャッカーとデビルミラーの組み合わせで地球の様子を見るマイであったが、しばらくしてマイが怒りを露わに叫びあげた。
理由は――ミカに対する妨害と思われし行為が関係している。
ただ、クロイがミカに急接近してからの出来事なので、限りなくその可能性が高いとマイは思っているようであり、何より――
「ね、ねぇ、ところでそのアケチエンターテインメントって、ちょっと聞き覚えのある名前が混じってる気がするんだけど……」
ピーチが疑問と不安混じりの顔で言葉を漏らした。
ちなみに、当然鏡から聞こえてくる言葉は日本語であるが、そこはナガレである。
前もってマイに許可をもらった上で、異世界組にはしっかりこの世界の言葉で理解できるよう高速翻訳を行っている。
しかもナガレがしっかりこの世界でも判るニュアンスで翻訳を施し各自の耳に届くようにしているので機械翻訳よりも遥かに精度は上なのである。
さて、そこで問題なのは、やはりその頭の三文字であり――
「……アケチ、聞くだけでイライラしてくる」
「いや、ビッチェさん、日本にはアケチという名字の人は多いので、それだけでイライラするのは、それに偶然の一致とい可能性もありますので」
苦笑交じりにメグミが言った。確かにアケチだけで嫌悪されては、某私立探偵も涙目であろうが。
「だけどよ、そいつらがその妹さんを邪魔してやがんだろ? だったらどの道ろくな連中じゃないだろう」
「そうだね~アケチに悪辣さが組み合わさったらもう間違いないって感じかも~」
「そ、そう言われてみると確かに……」
「信じられません。もしアケチだとしたら、サトル様にあれだけの事をした相手。ナガレ以上に許せませんね。ちょっともいできます」
「……私も付き合う」
「な、何をもぐつもりなんですか?」
「アイカちゃん、そ、それはなんというか、不浄の物を――」
どうやらローザにとってアケチのそれは不浄なものらしい。間違ってはいないだろう。
「このアケチエンターテインメントは確かにあのアケチと関係はあると思われます。おそらくアケチの家族が経営してる事務所でしょうからね」
え!? とほぼ全員の声が揃った。
「そういうことか……どうりでね。当時はあまり名前に関しては気にしてなかったけど、そんなにいい噂も聞かない事務所だったし、それにあのクロイだって……」
険しい顔を見せるマイに、何かあったのか? とメグミが尋ねるが。
「あの子と番組で共演した時には嫌がらせみたいな事がよくあったのよ。だから、私もクロイかなとは思っていたけど、そんなことはこの業界じゃ普通な事だと思って気にしないようにしていたの。でも、マネージャーが流石に酷いと抗議に行ってくれたんだけどね、証拠はあるのか? と突っぱねられたみたいで。何かそういう証拠を残さない嫌がらせみたな小狡い真似は得意だったみたいなのよね、事務所として」
嘆息しながらマイが語る。ただ、当時の嫌がらせはまだマイが我慢すれば済む程度のことだったようだが、ミカの件に関してはただの嫌がらせでは済まない話だろう。
「だが、あんなのでも一応は息子だろう? それが今失踪中だろうに、それなのに平気でいるのか? この家族は? 普通ならこんなことをしている場合ではないだろう」
「それはおそらく、あのアケチのことを家族がそれほど心配していないからでしょう」
ナガレの言葉に、え? と一様に振り返り。
「あのアケチは家族に嫌われていたってこと?」
「まぁ、あの性格ならわからなくもないな」
フレムは一人納得したように、うんうん、と頷くが。
「いえ、嫌われていたというわけではないでしょう。むしろ期待はされていたはずです」
「期待はされてたって、それなら流石に心配するんじゃないの?」
マイが疑問符を浮かび上がらせながら目をパチクリさせる。
「いえ、期待されていたのは、異世界にいってからのアケチの行為についてでしょうからね。そこで結果が得られれば、地球の明智家にとっても利益につながると、そう考えたのでしょう」
「え? つまり、アケチは地球に帰っていたということ?」
「そんな、ではまさか、今も?」
「いえ、そうではありません。ですが、アケチが与えられた力はこの世界に存在するあらゆるスキルや魔法を行使でき、武器や防具、道具にいたるまでやろうと思えば幾らでも手に入れることが出来るというものでした。現状マイさんが悪魔の書で地球の状況が確認できているぐらいです。アケチがその力で地球と交信できる術を手に入れていたとしても何ら不思議ではありません」
「そう言われてみると確かに……」
マイは得心を示す。ナガレに敗れたとは言え、規格外の力であったのは確かだ。
そう考えるなら、確かに疑う余地はないであろう。
「しかし、その中に地球に帰る術は示されていなかったのだろうか?」
「あったのだとは思いますが、きっとそれは帝国が最初に皆さんに言った内容と一緒だったのでしょう」
「つまり、やっぱりその蒼月の夜というのを待つ必要があるって事ね……」
そう考えると、あと四年は待たなければいけないという事だ。
どちらにしろすぐに戻るというわけにはいかないだろう。
「でも、ミカ、折角一次審査も通ったのに……うぅ、ただ見てるだけしか出来ないなんて歯がゆすぎる! なんとかミカと連絡が取れれば――」
「可能ですよ」
「……ふぇ?」
「それは、やろうと思えば可能です。ブレインジャッカーをもう一体だして貰う必要はありますが、ただいきなりでは驚かれるでしょうし、先ずは夜、夢の中で試してみるのはいかがでしょうか?」
こうして夜になり、マイはブレインジャッカーを二体悪魔の書から呼び出した。
「でも、これをどうするの?」
「はい、この一つを私がかぶります」
すると、受け取ったブレインジャッカーをナガレがすっぽりと被った。中々シュールな絵面であるが。
「マイさんもどうぞ」
「……ナガレくんってば、よくそれあっさり頭になんて乗せられるわね。私はまだ少し抵抗があるんだけど……」
『マイ、頑張って』
「ありがとう、キャスパぐらい可愛ければいいんだけどね」
「マイさん、そのようなことを言われては、ブレインジャッカーが悲しみますよ」
「へ? 悲しいとかあるのコレに?」
「はい、今もショックを受けてしょげていますよ」
疑問顔を見せるマイであったが、ヘラドンナが頭に乗ってるソレの様子を伝えてあげる。流石同じ悪魔だけあって気持ちを知ることが出来るようだ。
「……確かにそんな雰囲気があった」
「ガビーン! って感じだったわね」
「それに比べると流石先生だ! 頭に乗ってるそいつも心なしか嬉しそうだぜ! くぅうぅ! 俺も代われるものなら代わりたい!」
「ははっ、フレムっちてば、何か最初の方だけイントネーションが違う気がするよ~」
「ふ、フレムさんがナガレ様のペットに、こ、これはこれでありかもしれません!」
「え? あ、アイカちゃんどうしたの?」
突如興奮した様子を見せるアイカに若干引き気味のローザでもある。
「な、なんか悪かったわね」
マイは恐る恐るといったところではあるが、頭のブレインジャッカーを撫でてあげた。
「マイ様、ブレインジャッカーが喜んでいます」
「そ、そう……」
言われてみれば、脚が嬉しそうにワシャワシャしてる気がする。頭の上でワシャワシャされるのはあまり気持ちのよいものでもなさそうではあるが。
「とにかく、これでミカと会えるのね?」
「はい、今眠りについているようですし丁度いいでしょう。私がサポート致しますので、どうぞ妹さんの夢の中へ」
「……何か凄くとんでもないことをしてると思うんだけど、ナガレくんならそれぐらい出来るのか、と納得できてしまう私がちょっと怖いわね」
そういいつつも、デビルミラーの鏡面にはいつの間にかミカの夢の中が映し出されており――ナガレの合気のサポートもありブレインジャッカーを通してマイはミカの夢の中へと入っていった……。
◇◆◇
「ミカ、久しぶりだね」
「――え? え? えええぇえええぇええ! お姉ちゃん!?」
夢の中での姉との邂逅に驚くミカ。突然の事に思わずわたわたし、夢の中にも関わらず派手に転んで尻もちを着いてしまった。
「イタタタっ、て、夢だから痛くないんだった……」
「もう、大丈夫ミカ?」
心配そうに顔を覗き込むマイ。その様子に、夢と知りながらもミカは思わず涙ぐむ。
「そ、そっか、夢なんだもんねこれ……あはは、でもなんかリアルで、本物みたい。いやだな私ってば……」
「う~ん、それについてなんだけど、なんといっていいかな? これ確かにミカの夢の中なんだけど、私は本物のマイ、なんだよね」
「へ? あ、あはは、本当、嫌になっちゃう、夢の中で私ったらお姉ちゃんに何を言わせてるんだろ……」
「ミカ! 違うの! とにかく話を聞いて――」
そしてマイは今自分の身に起きている状況を掻い摘んで話して聞かせる。
「……つまり、お姉ちゃんは異世界に召喚されて、帝国やそれに協力したアケチに利用されそうになったけど、クラスメートのサトルくんや、そのナガレって少年に助けられて、異世界で元気にやっているってこと?」
「そう、そうなのよ!」
納得してくれたみたいね、とホッと胸をなでおろすマイ。だが、ミカはすっと目を細め。
「……嫌だ、私ってなんでこんな設定に? 男子が異世界の物語の話で盛り上がっていたのは知ってるけど、あまり見たことなかったんだけど……」
「いや、だからそうじゃなくてね……」
がっくりと肩を落とすマイ。だが、冷静に考えればまさに突拍子もない話であり、信じてくれと言われてはいそうですかとはならないだろう。
「ふぅ、もうとにかく信じる信じないはいいわよ。でもね、あのクロイって子にもその後ろにいるアケチエンターテインメントにも注意が必要よ」
「今話していたアケチというとんでもないクラスメートの家族が経営しているから?」
「そう、だから何してくるか判ったものじゃないわ」
「ふふっ、何か本当のお姉ちゃんみたい」
「だから、本当のお姉ちゃんなんだってば」
苦笑してみせるマイに、ありがとう、と返すミカだが。
「でもね、もう遅いんだよ。多分その事務所の妨害で、うちの事務所も大打撃受けちゃって、私の演技指導してくれる先生にもキャンセルされて……もう、駄目かも――」
俯き加減に弱気な心情を吐露する。
そんなミカを見ながらマイは。
「馬鹿、何言ってるのよ」
両頬をちょっと強めに両手で挟み、うつむいた顔を起こし目を合わせる。
「諦めたら、そこで終わりだよ。それに、ミカは書類選考のときだって頑張っていたじゃない。私見てたよ。その頑張りをこんな事で無駄にさせちゃ駄目。あんな奴らに負けちゃ駄目!」
「お、姉ちゃん、でも、私……」
「大丈夫! きっとお姉ちゃんがなんとかしてあげるから。だから、諦めないでミカ。貴方の頑張りは、私がしっかり見ていたから――」
マイはミカを激励し、そして心からその努力を称え、どれだけ誇りに思うかを語った。
そして、ミカの目から涙が一筋こぼれ落ち。
「へへっ、夢でも何か嬉しい。勇気が湧いてきた」
「いや、だからね」
「うん、今いるのは本物のお姉ちゃん。今はそれでいい。それに、なんだかクヨクヨしてるのは恥ずかしくなってきちゃった。お姉ちゃんが見てるなら、私もっと頑張らないと」
「……うん、そうだね。私はいつも見てるよ」
マイが聖母のようなほほ笑みを浮かべ、ミカはちょっぴり照れくさそうに笑った。
「ねぇ、お姉ちゃん、一つお願いしていい?」
「勿論! 私にできることならなんでも言って!」
「じゃあ、私の演技、見てくれる?」
マイは、フフッと微笑み。
「いいけど、私、厳しいわよ?」
「うん、それは、望むところ!」
こうして暫く夢の中での演技指導が行われ――
「うん、大分良くなったよ。その調子でいけば、ミカはもっと上手くなれる。私なんてすぐに追い抜かれるかも」
「え? そ、そんな事無いよ」
「ううん、ミカはやっぱり私の妹、努力家だし、センスもある。でも、勿論私だって負けないようにこっちで頑張るけどね」
「お姉ちゃん……」
何かを感じ取ったのか、少し寂しそうにミカが呟く。
「もう、行っちゃうの?」
「うん、あまり長くは無理なの。なんていうかな、魔力の関係でね。でも、ちゃんと見てるから」
「……これが、本当のことならいいのに」
ふと、ミカが心境を吐露する。やはり信じてはもらえないか、とマイは微苦笑を浮かべ。
「そうだ、今日のことを忘れないように、そしてお守りに、コレを上げる」
指からリングを外し、マイはそれをミカの指に嵌めてあげた。
「うん、ピッタリ!」
「え? これって?」
「お守りよ。私は多分もう使わないし、いざという時には貴方を守ってくれると思うから、その時には守って、と強く念じてみてね。あと、これはお母さんに」
折りたたんだ手紙を取り出し、ミカの袖に押し込んだ。
「うん、これで大丈夫。それじゃあ、そろそろ行くね」
「お姉ちゃん……」
「ほら、そんな顔しないの。大丈夫、またきっと会えるよ。あ、ただ、このことは外では喋らないようにね。明智家に知られると、色々厄介な事に巻き込まれるかも知れないから、お母さんにもそう伝えておいて」
「……ふふっ、夢なのに、本当リアル」
「ははっ、ま、後は起きてからのお楽しみかな。それじゃあミカ、待たね――」
そして、ミカの視界は暗転し、深い眠りへとついていき――
「……夢、だよねやっぱり――」
朝、目覚めたミカは妙にリアルだった夢を思い出し、淋しげにうつむいた。
それだけ、お姉ちゃんを頼りにしていたって事なのかな、なんて思っていると、ふと右手に見慣れない物、そう指輪が嵌っていた事に気がつく。
「え! これって!?」
ミカは慌てて袖の中を弄り、そして――
「お、お母さん!」
慌てて部屋を飛び出した――




