第四四八話 鏡の中のミカ
「へ~これがマイの妹さんなんだ」
「うん、ミカっていうのよ」
「さ、流石です! 可愛いです!」
鏡面に映し出された妹のミカの姿に、召喚された女子三人のテンションが上った。
やはりこうして改めて家族を見れるという状況を確認すると興味が湧くのだろう。
「それにしても先生の世界の人間は皆随分とヒラヒラした服を着てますね。これだと魔物に襲われた時怪我してしまうぜ」
「何言ってるのよ、きっとこれはあれよ地球には魔法使いの数が多いのよ!」
フレムの疑問に自信を持って答えるピーチ。だが、当然ながら外れである。
「残念ながら地球では殆どの人間は魔法といった物は使えませんね」
「え!? そうなの!」
「そうね、というか殆どってまるで多少はそんな力があるみたいな事言わないの。全くナガレくんってそういうところはまだまだ子供ね」
頭にブレインジャッカーを乗せたマイが、やれやれといった表情で述べた。
「魔法は私達の世界ではおとぎ話とか小説や漫画や、とにかくそういった中でだけ楽しめる想像上の力だったからな」
「そ、そうですね。回復魔法なんかもありませんし」
「え!? それじゃあ怪我をした時はどうするんですか!?」
「お、お医者さんが、い、いますから」
その医者ってのが回復魔法を使えるんじゃないのか? と首をかしげるフレム。
このあたりの認識の差はやはり出て来るが、とりあえず科学というものが魔法に匹敵するということ、それに魔物は基本的には存在しないといったことは説明した。
尤も時折、龍や鬼みたいなのが出たりもするので全くいないというわけではないが。
そして引き続き、ミカを追うように鏡面が切り替わっていく。
そして遂にマイが家族と住んでいたというアパートが現れ、思わず感動の言葉を漏らすマイであったが。
『貴方がマイの妹さんね』
改めて鏡面に映るミカに声を掛けそうになるマイであったが、ほぼ同時に鏡面の中の別の誰かがミカに声を掛けた。
その姿は、鏡面にも映し出されたわけだが。
「え? この子、原 紅爐伊じゃない」
「知っているのかマイ?」
「う、うん、ちょっとね」
そしてマイは暫く鏡面に映し出されたふたりのやり取りを眺めていたわけだが。
「な、何よこれ! 酷すぎる! 私だって勿論そんなことないけど、ミカにまで、ま、枕だなんて!」
「ねぇナガレ、枕って何か問題あるの?」
「そうですね――これはつまり隠語にあたるので、あまり良い意味では使われませんね」
「……でも、私はナガレと枕したい」
「なるほど、ビッチェは理解が早いですが、私で例えられると少々照れくさいですね」
ふふっ、と軽く流してしまうナガレである。なお、ピーチは未だ理解していない。
「とにかく! 腹立つわ! てか、どうしてミカがオーディションに出ているのかしら?」
「おそらくですが――」
ナガレが状況から推理(というか察した)したことをツラツラと述べていく。
「そっか……そうよね、私がいないとドラマは代役を立てるしか無い。それが急遽オーディションで決まることになって、ミカが私の代わりにってわけね……」
顎に手を添え、うんうん、と頷くマイだが。
「その、なんだ、マイは残念と思うけど、ここはやはり妹さんを応援してあげるべきじゃないかな?」
「え? 当たり前じゃない。それはそうよ」
ふぇ? とメグミが目を丸くさせる。どうやら彼女はマイが主演を降ろされたことにショックを受けていると考えたようだが、存外本人はあっけらかんとしたものであった。
「気にはしていたけどね。穴開けちゃって監督さんにもスタッフさんにも迷惑掛けてるし、事務所にだって……でも、ミカが私の代役に選ばれるならこんな嬉しいことはないわよ!」
「さ、流石マイちゃんは、た、逞しいです!」
「ま、こんなことでいちいちクヨクヨしていたら、芸能界の仕事なんてやってられないしね」
両手を広げて肩をすくめるマイ。彼女にも色々あったのだろう。
「でも、流石ねミカ。書類選考は通ったようだし、後はこのまま問題なく進んでくれればいいのだけど……」
そう口にしたマイの表情に若干の影が差し込む。何か気になる点があるのかもしれないが。
「まぁ、今のところ私には出来ることはないわね。ここからじゃ見守ることしか出来ないし」
そう言って、再び鏡面に映る妹のミカを認め、頑張って、と呟いた。
その後、元気そうな母親の顔も見て一安心といったところであり。
そして、マイは他の二人にも気を遣ってそれぞれの家族を鏡面に映して見せてあげた後、そこで魔力の限界を感じ一旦悪魔たちを全て本の中へと戻した。
「戻ってすぐでしたからね。少々無理が出たようです。明日は一日休みにして、回復に努めたほうがいいでしょう」
ナガレの提案もあり、後日は完全にオフとなった。そしてナガレが、疲れをとるなら温泉がいいかもしれませんね、と提案し、ちょうど近くに温泉の吹き出る山があるのでそこへ行きましょうか、という話になった。
とはいえ、流石ナガレである。近くにある温泉のある山まで軽く二〇〇キロメートルはあるのである。試されるナガレ一行。しかしナガレからすればジャス、ではなく温泉まで二〇〇キロメートル程度の距離は普段の散歩コースと何ら変わらない。
こうして二〇〇キロメートルという距離を走破。流石にピーチ、フレム、ビッチェはもうこの程度では動じない。ただ、マイ、メグミのふたりには疲れが見える。メグミに関してはアイカを背負ってもらっていた影響もあるのだろう。
なのでナガレ流の軽いストレッチを施し、温泉までの軽い登山(標高七〇〇〇の頂まで一旦登りきった後、温泉のある地点まで六〇〇〇ほど下る)をし、その頃にはもういい時間だった為、夕食の準備のため以前のように狩りをするメンバーと料理するメンバーとに分かれた。
狩りを終え、料理の下ごしらえも終えた後は男性陣と女性陣とで別々の温泉タイムである。
「それにしてもこんなところに温泉があるなんて思わなかった~」
「……ナガレが一緒に入ってくれなかった。残念」
「ちょ! いくら私より年下と言っても中学生ぐらいの男子よ! 流石に駄目よ!」
マイが顔を赤くして叫んだ。
「でも、その猫の悪魔はいいんだ?」
「え? いいに決まってるじゃない? だってこんなに可愛いのに」
『キヒヒヒッ、キャスパ、ずっとマイと一緒』
「や~ん、本当可愛い!」
裸の女子、しかも地球では人気アイドルの彼女に抱きつかれてモフモフされる猫型の悪魔――ファンがみたら憤死しそうである。
「キャスパは性欲のない悪魔ですから、大丈夫だとは思いますよ」
「へ、ヘラドンナさん、そういうことはストレートに言うのだな」
思わず目を細めてしまうメグミでもある。
「ところでマイ、ずっと思っていたんだが、ナガレさんは本当に私達より年下なのだろうか? いや、見た目は確かに私達より年下なんだが、雰囲気というか、空気感が大人っぽいし」
「わ、私も年上の気がしてならないです」
「何言ってるのよ。あぁいうのは、あれよ、おませさんっていうのよ。まぁ、背伸びしたがるのも判るけどね~」
「いけませんね、何が伸びているかは判りませんが、その前にちょんぎらなければ」
「ヘラドンナってば、何をちょん切るつもりよ」
「……ナガレのナニは私が守る」
「な、何を言っているのですか!?」
ローザは湯の中でワタワタした。その慌てぶりが可愛らしい。
「でも、正直私もナガレの年ってはっきりと聞いてないかも――」
「……別に何歳でも構わない。私は、今のナガレが好き。抱かれたい」
「な、何言ってるのよビッチェってば! もう! もう! 私だって年なんて関係ないんだから!」
そんなやり取りをしているうちにほんわかとした気分になった女性陣であったが。
「う~んそれにしても、凄いわね」
「え? 何が?」
無自覚に反問するピーチだが、マイの視線はどうみてもピーチとビッチェから湯面に浮かび上がってきている巨大な山々に向けられていた。
「それを見ると私、何か自信なくすわね」
「それは贅沢というものだろう」
「そ、そうですよ! それにマイちゃんだってスタイルいいし!」
「そうそう、私からしたら皆手足も細いし羨ましい事多いよ~」
「……」
「……ローザどうした?」
「うぅ、だって――」
「女性の魅力は胸だけでは決まりませんよ。ローザさんは肌も白くて素敵だと思います」
「あ、ありが、とう――」
ローザを褒めたのはヘラドンナであった。しかしそのヘラドンナも胸が大きく、やはりちょっぴり落ち込んでしまうローザであり。
そんな女性たちによる憩いの歓談が行われている温泉であったが、しかし彼女たちは気がついていない――そんな麗らかな乙女を狙う影が、近づいてきていた事に……。




