第四四七話 コンビニ前
――シュパーン! シュパーン! シュパパーーーーン!
「ちょ、ビッチェどうしたの? 突然そんな武器を振り回して?」
「……わからない、ただ、何故か私の存在だけ忘れ去られていた気がする」
「え? ナガレがってこと?」
「……違う、何かもっと別な力、私を忘れるなんて許せない」
チェインスネークソードを更に振り回し、周囲の木々がなぎ倒されていった。ビッチェはどうやらやり場のない怒りを無性に何かにぶつけたくて仕方ないようだ。
「び、ビッチェさんがどうして荒ぶってるかは判らないけど、このウネウネしたのを本当にかぶらないと駄目なの?」
「そうですね。デビルミラーとそのブレインジャッカーをセットにしないと、マイさんの願いは叶いません」
「どういうこと?」
「それは、むしろ今のマイさんなら役作りでよく理解できるはずですよ」
「……これが、相手の頭に付けて情報を得るのに役立つというのは判るけど」
「そこまで判るのなら、応用も判りますね」
優しく微笑みかけるナガレ。そう、実際マイには理解できていた。ただ絵面があまりに不気味なため、認めたくない自分がいたのである。
「……それが家族と再会出来ることに繋がるのね?」
「はい」
「……あ~もう! 判ったわよ!」
マイはいよいよ覚悟を決めたのか、鏡の前に立ち、何本もの短い脚がワシャワシャと蠢くそれを頭に被った。
「うわぁ~……」
思わず見ていたメグミの顔が引きつる。
アイカなどは自分が被ったわけでもないのに涙目だ。
マイも鏡で自分の姿を見て、うわぁ~と眉をしかめた。デビルミラーは姿見としても機能する。
「それでこの後は、私の記憶を鏡に映し出せばいいのね」
「はい、記憶そのものというよりは、場所をイメージして現在の状況を見たいと念を込めると良いですね」
自分の頭に付けて地球の現在を見るというのはサトルはやっていない。その為役作りでも勝手はいまいちつかめない筈である。
なので、このやり方はナガレから教えてあげた。
「――私が見たいのは、やっぱり自宅辺りね!」
そして、ムムムッ、と唸る。エイリアンのような悪魔が頭についている状況は、見た目にも中々シュールだが、しばらくするとデビルミラーの鏡面に反応が出た。
鏡面がパッと変化し、明らかに今いる世界とは異なる風景が映し出されたのである。
「成功ですね」
「ほ、本当だ……これ私のアパートの近く、あ、そうそうここのコンビニから……。
どうやら自宅周辺をイメージしたようで、鏡面にはマイの暮らす街並みが確認できる。
それを見て、へぇ、とピーチが声を上げた。
「もしかしてこれが、ナガレのいた世界?」
「はい、地球の日本という島国ですね」
「うぉおぉおぉおぉおおぉおお! 俺は今猛烈に感動している! 先生の故郷が拝めるなんて!」
「……ナガレの世界、恥丘の二本、三本?」
「う~ん、ビッチェちゃんが言うと何かなんでも卑猥に感じるね~」
「でも、凄く変わってます。この黒いのは地面なのですか? それに鉄の馬車が一杯……あれ? でも馬は?」
「え~と、師匠これはアスファルトといって、後は馬車というか自動車で、馬がなくても――」
アイカの説明に、えぇ!? と激しく驚くローザである。
まさに今、カルチャーショックを受けている最中であろう。
「ねぇナガレ、この建物はお店なの? 凄くカラフルよね」
「はい、日本では多いお店でコンビニエンスストアといいます。この中で生活に必要なものは大体揃うのが特徴ですね」
「え! ここだけで!? 食べ物も?」
「はい、お弁当なども人気ですね」
「じゃ、じゃあ! スイーツも?」
「勿論スイーツもですね」
「ケーキも、あ、アイスクリームも?」
「種類も豊富ですよ」
「パンも?」
「ちょっとした食事にぴったりなものから、スイーツに近いパンまで揃ってますよ」
「凄い! 本当になんでも揃ってるのね!」
「いや、何かそれ全部食べ物ではないか?」
メグミが呆れ眼で突っ込んだ。
「――中見る?」
「見る!」
「……興味ある」
すると、ワクワクした表情を見せる異世界の面々にマイが尋ねた。当然即答であり。
「なんでもって、エッチな小説もあるのかなぁ?」
「カイル、本当に最低ね……」
「うぉおおおぉおお! 何でも揃うということは、先生の国の武器もここに!」
「武器はありませんね」
「え? 先生の国だけに世界が三万回は滅亡する凄い武器があったりはしないのですか!」
「どこの世紀末の未来よそれ」
『世紀末とやらにはそんな恐ろしい武器があるであるか……』
『悪魔の書の我が霞むであるぞ』
聖剣と悪魔の書が驚いているが、地球はそこまでヒャッハーな事にはなってないのでそのような武器はそうたやすく手には入らないだろう。
尤も、それこそ破壊兵器など霞む存在が目の前にいるのだが。
「……野菜はありますか?」
「え? あ、うん、野菜はあると思うしサラダなんかもあるけど」
「サラダ……」
「ヘラドンナ、サラダに興味あるのね……」
『キシシシシシシッ、綿ある~? マイ綿ある~?』
「う~ん、綿はどうかな~? 綿棒ならあるかもだけど~」
「め、麺棒! な、何か美味しそうな予感!」
ピーチはとことん食い気である。
「でもマイ、いいのかコンビニなんて寄っていて?」
「う~ん、まぁ映すだけだしこれぐらいわね」
そんなわけでとにかくマイは先ずはコンビニの店内に場面を移した。
そこで初めて目にする商品の数々に驚く異世界組であり。
「ナガレ、これ何! ホカホカだよ! ホカホカ~!」
「それは中華まんですね。肉まんやあんまんがあります」
「に、肉まんあんまん!?」
涎がぼたぼたのピーチである。
「……この女性がよく見てるのは何?」
「それは化粧品ですね」
「化粧品、こんなに色々……」
実際はコンビニエンスストアなのでそこまで多くはないのだが、異世界側から見ると種類が多く感じるようだ。
「これがサラダ――」
「本当にサラダに興味があるのねヘラドンナ……」
『マイ! これ! これ!』
「え? あ、マスコットね。え? これに興味あるの?」
コクコクと頷く。人形のような見た目の悪魔がマスコットに興味を示すとは、マイはより親近感が湧いたようだ。
「先生この小さな瓶はもしかして先生の世界のポーションですか!?」
「流石にこちらの世界のように、すぐに傷を治すようなものではないですね。これは栄養ドリンクなどです」
「栄養ドリンク……」
フレムは栄養ドリンクを物欲しそうな目で見ている。
「こ、これがナガレ様の世界の本なのですね。凄い技術、薄い本がこんなに――」
「え!? いや師匠、流石にコンビニに薄い本は、あ、ありませんよ~!」
「へ? で、でもアイカ、こんなに薄い――」
「そんな、だ、駄目です! 師匠はそっちの世界に行っては駄目なんです!」
このふたり、どうにも話が噛み合っていない。
「うわ~この絵凄いリアルだねぇ。女の子も可愛いし、肌もこんなに露出しちゃって~」
カイルはグラビアアイドルが表紙を飾っている雑誌を見て鼻の下を伸ばしていた。
当然だが、ローザとアイカの目が冷たい。
「ね、ねぇナガレ、これって買ったり出来る?」
「残念ですが、地球とは貨幣も異なりますから難しいですね」
「うぅ、やっぱりそうよね……」
ぎゅるる~と鳴ったお腹を抱えるピーチである。どうやら食べ物を見てすっかりお腹を減らしてしまったようだ。
「……そうですね。地球からそのまま手に入れるのは難しいでしょうが、このあたりの物を利用して再現することは可能だと思いますよ。勿論食べ物など消費するものにかぎってですが」
え!? とピーチの表情が明るくなりテンションが上った。
「それでも宜しいですか?」
「勿論よ! え~と私はね、この肉まんというのとピザまんというのと、焼鳥におにぎりという不思議な食べ物に、あとあと、ケーキにシュークリーム……」
「先生! この栄養ドリンクは……」
「やってみましょう」
「……ジー」
「ビッチェは化粧品ですね。それぐらいなら再現可能でしょう」
「あ、あの、このシャンプーというのは?」
「わかりました」
「私はこのサラダを自分で再現してみせます」
「流石はヘラドンナですね」
『ジーーーーーー』
「マスコットですね。こちらの世界にもぬいぐるみはあるようですが、そうですねではこのデザインで」
「ナガレっち! これ! この女の子の描かれてる!」
「それは駄目です」
「しどい!?」
こうしてカイルのだけは却下されたが、それ以外は概ねナガレが異世界にあるもので代用し再現してしまった。
「うわぁ~肉まんがジューシー! 美味し~! おにぎりも、やっぱりこの米って、最高! ケーキもシュークリームも最高だよ~ほっぺが落ちそうだよ~」
「だるんだるんですね」
「……ナガレの作ってくれた化粧水、大事にする。家宝にする」
「使ってくださいビッチェ」
「ナガレ様早速シャンプーを水浴びの時試しますね!」
「うぅ、おいらの本だけ、あぁ、でもこのピザまんも美味しい」
「喜んでもらえて何よりです」
「ムムムッ! ヘラドンナさんの作ったサラダ、コンビニよりずっと美味しい……」
「お褒めに頂き光栄です」
「確かに美味しいですね。毒がいいアクセントになってます」
「え!? 毒!?」
「安心してください、入ってませんよ。ナガレの分だけです」
「そ、そうよかった」
「それ、良かったのでしょうか?」
苦笑するアイカだが、ナガレが平気そうなので問題ない。
『なぜナガレは大丈夫なのか……』
『ふん、今更であるな。あの男については考えるだけ無駄なのだ』
エクスの考えていることはなぜこの世が出来たのか? と考えるようなものである。
悪魔の書のように気にしないほうが良いであろう。
「うぉおおおおおおおぉおおお! 先生のくれた栄養ドリンクのおかげでパワーーがみなぎってきたーーーー! ファイトーーーーい……」
「相変わらずやかましいわねあいつ」
「えぇ、何せフレムですからね」
「……馬鹿だからな」
目が血走って怖いぐらいのフレムへの女性陣の対応は平常運転である。
『マイ、似合う? 似合う~?』
そしてキャスパはナガレから受け取ったマスコットを首から下げて嬉しそうに聞いてきた。
マスコットもキャスパと同じ黒猫である。
「きゃーーーー! 可愛い!」
たまらずマイはキャスパをモフモフする。さわり心地が格別なようだ。
こうしてちょっとした宴の時間は過ぎていき、後は寝るだけ――
「て、ちょっと待ったーー! なんでよ! 確かにコンビニの店内を見るとは行ったけど、結局私、メインの目的達成してないし!」
「やはり気づいてしまいましたか」
「気づくわよ!」
ナガレの冷静な言葉に、声を張り上げるマイであり――
「――もう、今からでも様子を見ることにするわ」
そしてマイは大分時間が経ってしまったが改めてデビルミラーとブレインジャッカーの組み合わせで鏡面にコンビニ前を映し出す。
「またコンビニ……さっき色々見たからイメージが残ってしまってるのよね」
そんな事をいいつつ駐車場をなんとなく見回す。すると、マイはある人物に気が付き、思わず声を漏らした。
「あれ? ミカ?」




