第四四一話 弟子と弟子
久しぶりに同じ師匠の下で修業を受けたグレープと再会したピーチ。
だが、グレープはピーチに良い感情を持っておらず、そうこうしている間に戦いへと発展してしまう。
「フレイムランス!」
こうして先ずは、先輩であるピーチが手本を見せようと、得意(?)な魔法で先手を切った。
「…………」
だが、そうして出来上がった炎の槍は、グレープに激する前に何かに阻まれはじけ飛んだ。
その過程を見ながら、目を細めるグレープ。そして、そんなぁ、と悔しがるピーチ。
「会心の出来だったのに……」
「……は?」
肩も両サイドの髪も、しょぼ~ん、と落として気落ちしている様子。
そんなピーチに疑問の声を発するグレープであり。
「何それ? 呆れた。あんた、本当に何も変わってないのね。ある意味安心したけど」
明らかに小馬鹿にしたような口調で言い立てるグレープ。今のフレイムランス一つで完全にピーチの実力を見きったと言わんばかりだ。
「え? そ、そうかな? 一応こっちも訓練は続けてたんだよねぇ」
「誰も褒めてないわよ!」
しかし、とうのピーチは、えへへぇ、と何故かテレ顔である。
「全く、よくそれでここまでやってこれたわね。よっぽど仲間に恵まれたのかしら?」
「それは、否定しないけど……」
視線を上げ、誰かを思い出すように口にするピーチだが。
「まぁいいわ。同じフレイムランスでも、使い手が変わればこうも違うんだって事を、私が教えてあげる」
「え?」
すると、グレープが詠唱を行い、同時に指で術式をなにもないところに刻み込んでいく。
こうして構築された魔法陣がグレープの周りに何十、何百と展開されていき。
「これって、同時操術? それに、多重詠唱、術式速記、術式圧縮も――」
ピーチが目の前で起きている現象を瞬時に把握。グレープが、へぇ、と呟き。
「知識だけはついたみたいね、先輩。でも、知識だけじゃ何の意味もないのよ。さぁ、受け取りなさい、私のハンドレッドフレイムランスを!」
こうして放たれた炎の槍の数は、まさに一〇〇。それだけの量が一気にピーチへと押し寄せた。
それはまるで、荒れ狂う炎の波のようでもあり――けたたましいまでの轟音が、あたりに鳴り響いだ。
「……ちょっとやりすぎたかしら? ま、でも死んだらそれまでって事よ――」
「あ~びっくりしたぁ」
「……は?」
少々過剰火力過ぎたかもしれないと、若干の反省を見せるグレープであったが、そんな彼女の気持ちとは裏腹に、当のピーチは平然とそんな言葉を口にし呑気なものである。
「ちょ、ちょっと待って、え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「こっちが聞いてんのよ!」
遂にグレープが切れた。
「何なのよ一体! フレムランスが一〇〇なのよ! それをまともに受けておいてなんで平然と立っていられるのよ!」
「あ、そういうことね。え~とね、こうだよ」
「は?」
ピーチが杖を大盾に変えた。グレープの目が点になる。
「うん、だからほら、この盾でこう、正面に構えて――」
「そんなのわざわざ説明されなくても判るわよ! そうじゃなくてその盾どっから出したのよ!」
「あはは、いやだなぁグレープってば。これ杖だもん」
大盾が杖に戻り、ピーチがブンブンっと上下に振ってみせる。
グレープは頭を抱えた。
「え? ナニコレ? つまり魔法の才能なかった筈のあんたが、錬金術式を覚えたって事? でもそれだと術式が……」
「え~と、錬金術とも違うんだけどね」
ブツブツ口にしだすグレープへ、違うと教えてあげるピーチである。
ギロリとグレープがピーチを睨めつけた。
「……簡単に教える気はないって事ね。無能なせんぱいの癖に生意気ね」
「え? いや、知りたいなら教えるけど……」
「いいわ、今度はもう容赦しないから」
しかしピーチの言葉には耳も傾けず、グレープは再び詠唱と記述式の同時使用によって複雑な術式を構築していき。
「私は後の炎帝を引き継ぐの、こんなところであんたなんかに躓いていられないわ――フレイムウォール、ファイヤーチャリオット、ナパームレイン!」
術式が完成し、炎の魔法が三つ同時に発動された。まず第三門のフレイムウォールがピーチの背後に展開され逃げ道を塞ぎ、更に炎の鞭を振るう御者が乗った炎の戦車が猛スピードで疾走し、空中からは大量の炎の雨が降り注ぐ。
しかも降り注ぐ炎は着弾すると更に数千度の高熱が周囲に広がる構成だ。
それはあまりに凄まじすぎる光景であった。凄まじいほどの熱量が辺りを支配し、巨大な炎を踊り狂い、一気に煙が充満し、呼吸をすることすら困難なのは間違いがない。
「フフッ、これを喰らえば、もう逃げ道なんてないわね!」
「うわぁ~確かにあの中にいたら私もちょっとヤバかったかも~」
「当然よ、あんたなんてあたしの魔法に掛かれば、って!」
彼女の背後から覗き込むようにして、安堵の表情を見せるピーチ。そんな彼女に気がついたグレープが弾かれたように距離を取った。
「な、なんであんたがそこにいるのよ!」
「え? いや、だから流石にまともに受けたらちょっと洒落にならないから、避難しちゃった、テヘッ」
「避難しちゃった、テヘッ、じゃないわよ! どうやったらあの状況から一瞬でここまで避難できるのよ!」
「え? どうって――こうだけど」
「ヒッ――」
グレープの視界から消え、瞬時に背後に回り込んでいたその異常さに、グレープは思わず声を漏らしていた。
「な、なにこれ? え? あんた、まさか魔法の道は諦めて、戦士にでもなったの?」
「え? 嫌だなぁこれも魔法だよ? 魔力で肉体を強化したの」
「そ、そんな馬鹿な話あるわけ無いわ! 確かに魔法で肉体を強化できる術式もあるけど、それはあくまでベースとなる肉体があるからこそ成り立つものよ! 魔術師が自分に掛けたからって、そんなアホみたな身体能力は身につかないわよ!」
「あ、アホみたいって……」
ピーチはちょびっとだけショックを受けた。
「だから、魔法じゃなくて魔力ね。そしてこれが私が新たに覚えた魔法。フレイムランスは試しに使ったけど、今のメインはこっちよ。そしてこれをこうやってやると――」
ピーチが杖に魔力を流し込む。すると杖が瞬時に鎖の付いた棘付き鉄球に早変わりした。
「……あんた、それ何?」
「うん、私の魔法、で、今度は私からいくね。せーーーーの、どっせぇええええぇえええい!」
棘付き鉄球がグレープの横を駆け抜けた。そのまま地面に命中し、ドゴォオオオォオォオン! という激しい轟音を響かせる。
ギギギッ、というきしみ音が聞こえそうな動きでグレープが後ろを確認した。迷宮の床は、魔法とは思えない、どうみても物理的な破壊のされ方であった。鉄球の形より一回りほど大きく陥没してしまっている。
「次当てるね~~」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「はい?」
「はいじゃないわよ! 何よコレ! どこが魔法なのよ! 鉄球振り回してるだけじゃない!」
「え~だってこれ魔力で出来てるし、魔法だよ?」
「冗談じゃないわ! 大体魔法使いは掛け声で『どっせぇええええぇえええい!』 なんて言わないのよ!」
非難轟々であるが、釈然としないピーチである。
「くっ、こっちは真面目に炎帝を目指しているってのに! もうすぐよ、もうすぐ手が届くんだから!」
「え? それは無理だよ。ははっ、冗談うまいなグレープは」
「…………は?」
ピーチは素直な気持ちをそのまま言っただけであり、悪気はないようだが、どうやらそれがグレープの感情を逆撫でてしまったようだ。
「何それ? なんでそんな事があんたにわかるの?」
「それは判るよ。だって、グレープ今だって私に見せつけたいってだけで使う魔法を選んだよね? だから後先考えずに、派手で威力の高い魔法を連発した。フレイムランスだって、本当はわざわざ一〇〇本も出してみせる必要なかったよね? あんなのはパフォーマンス目的でもなければただの魔力の無駄でしかないし」
グレープがギリリと唇を噛んだ。
「何様のつもりよ……」
「あ、ごめんね。でも、やっぱり大事な後輩だし、過去には色々あったけど……でもね、私グレープにも頑張って欲しいし――」
「それが何様のつもりかって言ってるのよ! 才能なんて皆無なくせに! あんた私に一度でも勝った事あった? 無かったよね! 散々言ったわよね? 才能ないんだからやめろって! いつまでたっても要領悪くて、新しい術式の一つも覚えられなかった癖に、だから師匠にだって見放された筈なのに! なのに――あいつは最後にあんたにその杖を渡した! 出来損ないの筈のあんたに、杖なんて……」
「グレープ……貴方……」
「――もういいわ。冗談じゃないわよ、ちょっと私の魔法を防いで、避けたからって調子に乗ってるあんたなんかに、だったらみせてあげるわよ――私が炎帝になれる証明をね」
どことなく、物憂げな表情を見せているピーチであったが、構うこと無く術式を構築していき。
「――見せてあげるわ。これまでの炎術式なんて所詮は基礎系統の一つでしかない。炎にはまだその上がある――開け魔導第四門の扉、発動せよ紅焔術式ギガントフレイム」
詠唱は静かに、だが発動は高速に、グレープの頭上に浮かび上がる炎の魔法陣、そこから巨大な灼熱の腕が伸びピーチを襲った。
「――速い!?」
とっさに魔力の大盾を割り込ませるが、勢い激しくピーチは盾を構えたまま地面を滑り、後方へと流されていく。
そしてそのまま――壁に激突、激しい爆発音と共に火柱が天井に突き刺さる。
「やったわ……あんたが悪いのよ。所詮、無能な癖に――」
「魔杖爆砲ーーーー!」
グレープが勝利を掴んだかのような発言をみせるが、その時、ピーチの声、裂帛の気合。
そして、今度はピーチからの魔力の砲撃が、グレープの全身を飲み込んだ。
「もう一つ、大事なことを忘れてたわ。グレープ、貴方、自分の魔法に自信がありすぎ。だから、いちいち隙が生まれるのよ」




