第四三八話 ローブ女の正体
フレムとバット、互いの初撃が交差した。その結果、
「ふむ、ナガレという男は無手だと聞いていたが、双剣も使うのだな。ま、どちらにしろ――噂ほどでは無かったのだよ」
と、バットが振り返り、直後、先ずフレムの肉体に無数の傷――そして鮮血が宙を舞った。
観戦していた仲間の一部から、キャッ、という悲鳴が漏れる。
だが、フレムは倒れてはいない。
「勝手に、決めつけてんじゃねぇよ」
そして今度はフレムが振り返る。双剣は、炎に塗れていた。そして彼の肉体は、まるでマグマのように熱く煮えたぎっていた。
「大体、テメェのマントも燃えてんだぜ?」
「――何?」
バットの表情が曇った。刹那――ゴォッ! という火吹きの調べ。その宣言通り、マントの一部が激しく燃え上がった。
「どうだい? ナガレ先生様自慢の炎はよく燃えるだろ?」
「……なるほど、やはり噂通りの人物なようだよ」
バットがマントを一度翻すと、それだけでメラメラと燃え上がっていた炎は掻き消える。
だが、フレムはフレムで、上昇させた身体の熱だけで、傷を塞いでしまった。
「知ってるか? 傷は燃やすと塞がるんだぜ?」
「……ならば貴様は知っているかな? 人は燃えると火傷をするのだよ」
「え? そうなのか? いや、そうだよな?」
「あ、あの二人は凄いのか凄くないのかよくわからないのだが――」
『馬鹿だと言うことは判るではないか』
「……ある意味安心して見てられる」
とりあえずフレムの方を観戦していたメグミが戸惑い気味に言葉を漏らしたが、確かに会話の内容は低次元である。
「さて、こうなると私も少しは本気を出さねばいけないようだな」
「へっ、こっちもようやく身体が温まってきたところだぜ」
フレムの場合は実際に体温が上昇しているわけだが、しかし二人が様子見であったことは確かなようだ。
「一つだけ教えておくとするのだよ。私はさる御方の事を心から尊敬している。故に、敢えてAランクの特級という立場に身をおいてはいるが、実力そのものはSランクのソレと何ら変わらないと自負しているのだよ」
「は? だから何だよ? そんな事を言えば俺がビビるとでも――」
「いや、ただ、あまり油断していると、痛い目を見ると教えておきたかっただけなのだよ――」
語ると同時に、ノーモーションでバットが滑空する。今度は地面スレスレからフレムの足下へ、そしてマントを広げ垂直に上昇した。
マントの触れた箇所が再び切り裂かれる。今度は革の胸当て含めてだ。
「チッ!」
それなりに深い傷であったが、フレムはそれも熱で防ぎ、見上げた相手に向けて飛び上がった。
「回転蓮舞!」
身体を捻り、強烈なスピンを加えた斬撃で反撃を狙うフレムであったが、それを嘲笑うようにバットはマントを広げ、空中を移動しあっさりと避けた。
チッ、とフレムの舌打ち。バットはまさに蝙蝠の羽ばたきの如くマントを使い、空中を漂うフレムの周囲を飛び回った。
「テメェ、飛べるのかよ」
「これぐらいは当然なのだよ。だが、それだけではない」
突如、バットのマントが変形し、フレムに向けて伸長する。
しかも、一箇所ではなく無数に、それがフレムの肩を脇を、膝をと掠めていき、肉ごと引き裂いていった。
「ぐっ……」
結局やられるだけやられて、地面に着地する事になるフレムだが、見上げるとバットはまだ空中を飛び回っていた。
「フフッ、貴方がいくら強かろうと、所詮陸上生物では飛行生物には敵わないのだよ」
得意気に語るバットであったが、フレムの目は別の何かを見つめており。
「だったら、試してみろよ。言っておくが、このナガレ先生様にはすでにテメェの秘密は見えているぜ」
「ははっ、強がりを。ならば、見せてみるがいい!」
今度はバットが空中から滑翔し、勢いをつけてフレムに向けて急降下。
まるで獲物を見つけた隼の如き様相。
しかもある程度の距離から再びあの伸びる攻撃を連続で行ってきた。
フレムの間合いの外から攻撃を加え、避ける間もなく肉薄し、一気に決めるつもりなのだろう。
バットがフレムのすぐ真横を通り過ぎる。フレムの肉体には更に無数の傷痕と出血が置き土産として残された。
「どうしましたか? 一体貴方が何を見破ったというのか、教えて欲しいものなのだよ?」
「妙だと思ってたのさ」
「……ん、ん~?」
「俺の目には、何故かテメェの着ているマントやコートにまで大量の炎が見えていた。おかしいだろ? 普通はそんなところに炎は見えねぇ」
「……一体何を言っているのか、理解に苦しむのだよ」
「だけど、それが全て生き物だっていうなら納得できるってもんだ」
空中で肩をすくめるバットであったが、構わずフレムは続け――そして双剣の一本を空中に掲げてみせた。
『キーキー――』
その刃の先に突き刺さっていたのは、一匹の蝙蝠であり――
「つまり、テメェは文字通り蝙蝠使いの蝙蝠野郎だったってことだ。他に何匹かいかせてもらったぜ。さぁ、駆除の開始だ」
マントからボロボロと落ちていく蝙蝠を眺めながら、フレムはそう言い放った。
◇◆◇
一方、フレムとバットから離れ、対峙するのは、桃色の髪をツーサイドアップにしたピーチに、今だに正体を明かさないローブ姿の女であった。
「そもそも、貴方どうして私を狙うのよ。正直身に覚えがないんだけど」
「……何それ? この声を聞いても思い出せないってどれだけ鈍いのよ。ま、あいかわらずだけど、本当あんたはイラッと来るわね」
「は? 声?」
ピーチが小首をかしげた。どこかで聞いた声だっただろうか、と思いだそうとしているようだが。
「……ふん、そんな事だから、あんたはあの人に三行半突きつけられるのよ。ね、せんぱ~い?」
「え?」
だが、ローブの女のその一言で、ピーチの表情が変わった。
桃色の瞳を大きく見開き、まさか、と漏らし。
「やっと気づいたのね。本当、どんくさいわねあんた」
「え? 嘘でしょ? ということはもしかして、グレープ?」
「……フン」
ピーチの反応を見て、その細長い手がフードに掛けられた。
ゆっくりとフードを外し、そのままストンっと後ろに落とす。
グレープという名によくあった、瑞々しい葡萄色の髪が顕になる。葡萄の房を想起させるウェーブ掛かった健康的な髪である。
目鼻立ちは整っており、間違いなく美人の部類に入る。ただ、吊り上がり気味の紫瞳からは気の強さがありありと滲み出ていた。
尤も、ピーチに対して厳しい態度を取りつづけている故なのかもしれないが。
「う、うわぁ~~! やだグレープってば、本当久しぶりーーーー!」
「ウプッ――」
だが、そんな彼女の態度とは裏腹に、ピーチは瞬時に表情を綻ばせ、グレープに飛びつき抱きしめた。
深い谷間に、グレープの顔が埋まり、必死にもがいているのが判る。
「こ、この、いい加減に離れろ! このうし乳!」
「ちょ! 久しぶりなのに酷くない!?」
とにかく、一旦距離を置くグレープ。ハァハァ、と肩で息をし、ピーチの胸と顔を睨みつけた。
そんな彼女の胸は、改めて見ると悲しいほどペッタンコである。ざんねんながらそこは葡萄の房ではなく、一粒程度の控えめさで止まったようだ。
「本当魔法の才能は皆無なくせに、そこだけまた一段と大きくなっててイラッとくるわね」
「そ、それは仕方ないでしょ。勝手に成長するんだもの」
口を尖らせて文句を言うピーチだが、それがよりグレープの感情を逆撫でたようだ。
「ふん、まぁいいわ。別に私、あんたと旧交を温めるために来た訳じゃないんだし」
「え? 違うの?」
「違うわよ!」
「じゃあどうしてわざわざ?」
「そんなの決まってるじゃない」
グレープは相手を見下すような視線で、無い胸を反らし、腕を組み告げる。
「今でも大魔導師になりたいだなんて無謀な夢を追い求めてるあんたに、引導を渡すためよ」




