第四三三話 謎の神破カンパニー
もしかしたら重要なことが隠されてそうなそうでもないのか、そんな地球回。
「……ふぅ、やっぱり、このセキュリティーだけレベルが違う――」
神薙 美留は目の前のモニターとにらめっこを続けながら、そう呟き、タッチを続けていたキーボードから指を外した。
兄のナゲルからの依頼で、大した儲けにならないと判っていながらも明智家についてミルは調べ続けている。
何せミルのハッキング技術は祖父のナガレ仕込みであり、その祖父からもお墨付きを貰えるほどに腕が立つ。
ハッキングやハッカーというと一般的に悪い印象を持たれがちだが、ミルの扱うのは技術として認められているハッキングが主だ。
尤も神薙流量子合気術も絡んでくるので、やりようによっては今回のように明智家をあらゆる面で徹底的に調べ上げるような事も可能だ。しかもPCの前から一歩も離れず。
ただ、これだけ強力な能力を普段から使用しているわけではない。それは今回のような特別な事情がある時だけだ。
何せそれぐらい明智家に関しては真っ黒である可能性が高い。ただ肝心要の心臓部が開けずにいる。
「神破カンパニー……」
ミルは一言呟いた。明智家のコアになっているセキュリティー。それを調べている内に、一点だけ、その名前が浮上した。
会社名のようなので、ミルは当然すぐさま外部の調査員にも無理を言って調べてもらったのだが――判ったのは日本ではなく海外に本拠地を置き、しかもまだ設立したばかりの会社だったという事ぐらいだ。
正確に言えば法人として登記されたのは祖父であるナガレが置き手紙を残して消えた直後の事である。
ただ、それ以外はあまり詳しくわからない。しかし奇妙なのはそのような実績の少ない会社に明智家がセキュリティーを任せていたという事だ。
しかも明智家の根幹部が固く守られている。実力的には申し分ないのは、ミルがセキュリティーを中々突破出来ない時点で確かだが、そのような新興企業をなぜ明智家は招き入れたのか――
そして、何より神破という名称が妙に気になるミルであり――
「え? 神破? お前どうしてそれを知ってるんだ?」
ミルは、正直言うと気が進まなかったが、兄のナゲルを離れの住処まで呼びつけ、気になっていたその名称について訪ねてみた。
すると、意外にもあっさりナゲルは答えてくれた。ミルにしても、なぜかは判らないが、兄や父であれば知っているのではないかと思ったわけだが。
「……明智家のセキュリティーに神破カンパニーが関わっている可能性がある。それで気になった」
「は? 神破カンパニー? なんだそれ? 道場か?」
「……なぜそうなる。兄ながら心配になる知能レベルだぞ。IQのレベルがゼロなのか? チンパンジー以下なのか?」
「ひ、ひでぇ、そこまで言うかよ」
ナゲルは悲しそうな顔をした。だが、カンパニーと言っているのだから普通はわかりそうなものだろう。
「……大体なんで道場が出てくる? 意味がわからない」
「え? いやだってお前、普通ここで神破といったら神破流破気剛術の事だろ?」
「……神破流、破気剛術?」
◇◆◇
「貴方、いつもご苦労様です」
「うむ、では行ってくる」
妻である神薙 纏に見送られ、クズシは定期的に日課としている散歩に出ようとした。
だが、そんなクズシの袖を掴み、あ・な・た、とマトイが微笑む。
「いや、だから行ってくる」
「……何か、忘れ物はありませんか?」
「――その、マトイ、何だ。私達もそろそろいい年だ。だから」
「あなた――」
「む、むぅ、仕方がない奴だ」
そういい、照れながらもクズシは妻の頬に唇を重ねた。
そして逆にクズシの方が頬を朱色に染めつつも、改めて古風な火打ち石による見送りを受け、玄関を出た。
途中、門下生や庭の管理を任せている職人達と挨拶を交わしつつ、表門から外に出る。
屋敷周辺の散歩、という名目の挨拶回り兼見回りはクズシの父であるナガレが行ってきたことだ。
だが、そのナガレは手紙を残しどうやら異世界とやらに旅立ったらしい。
正直そのような話、普通であれば何かの冗談と思うところであるが、父であればそれもありえると思えてしまう。
それほどに常識の外にいる親であった。
とにかく、その為かナガレが行ってきた事も含めて全てはクズシに任せると遺言のように残されてしまったので、こうしてクズシが後を引き継いでいる形だ。
尤も最高師範の件に関しては、クズシが全く納得できていないので保留、未だに最高師範代を名乗っている。
そんなクズシが歩いていると、ふと、ランニングをしている女性が目についた。
このあたりでは見かけない顔であった。引っ越してこられたのだろうか? と思いつつクズシは挨拶をしようとするが。
「あ、痛たたたたたたっ、うぅ――」
突如うずくまり、ランニング中の女性が痛みを訴えたのである。
クズシは当然放っては置けず。
「随分と苦しそうであるが、大丈夫ですか?」
そう声をかける。一応ちょっとした痛み程度であれば効果のある漢方を持ち合わせてはいるが、酷いようならば医者に見せる必要があるかもしれない。
クズシは念のため、近くの医者まで最速でつけるルートを頭のなかで描いていた。
「その、持病の癪が……」
「癪?」
クズシは目を丸くさせた。随分と古風な物言いをする女性と思ったが、同時に彼女の手が腰に置かれている点に気がついた。
「腰が痛むのかな?」
「はい、癪で――」
「癪は普通腹部に起きるものなのだが……」
「…………あ! そう思っていたらお腹が、お腹がーーーー!」
今度はお腹を押さえて痛みだした。医療の知識はあまりないクズシは、こんな事もあるのだな、と――すぐに携帯電話を取り出し一一九番を押した。
「申し訳ない、今、女性が」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい! 引きました、痛みが今引きましたーーーー!」
「は? いや、しかし確かに苦しそうに――」
「貴方のおかげで、痛みが引いたのです!」
「何もしてないのだが、とにかく少し待ってくれ」
そういいつつ、クズシは対応してくれたオペレーターに謝罪し、電話を切った。
「お嬢さんは私をからかっているのかな?」
「ち、違います。ただ、その本当に急に痛みが引いてしまって」
クズシは訝しげな目で女を見たが、まぁいい、と伝え。
「何もなければ、これで失礼しようと思うが、あまり見かけない顔ですな」
「あ、はい、最近越してきたばかりで。あの、チアケ マリアといいます」
「うむ、これはこれはご丁寧に、私は神薙 崩と申します」
「それでは、クズシ叔父様ですね」
ニコリと微笑み、上目遣いで述べる。かなりあざとく、きっとこの言い方と仕草であれば、誰もが落ちるに決まっていると、そう考えてそうなポーズだ。
だが、クズシはあまりいい気はしてないようだが。
「あの、それで、もしよろしければご心配をおかけしたお詫びにお茶でも如何ですか?」
「……言っている意味がわからないのだが」
「あ、いえ、ですからご迷惑をおかけしてしまったなと――」
「迷惑がどうという話は置いておくとして、君はいつもそうやって初対面の異性を誘ったりしているのかな?」
「え、あ、いえ、ですから――」
「正直感心せんな。良いか? 本来、女子というのはだな――」
それからクズシの説教がクドクドと一時間程続いた。
「と、いうわけだ。判ったかな?」
「……チッ」
「うん? 何かいったか?」
「い、いえいえ! 本当に、私、自分の至らない点がよくわかりました! ありがとうございます!」
「うむ、と、いかんいかん、すっかり時間を取ってしまった。少し急がねば――」
「お、お待ちください!」
「何かな? まだ何かあるのかね?」
クズシがマリアに引き止められる。足を止め応じる彼の口調は比較的穏やかだが、眉間に寄せる皺が明らかな不機嫌を如実にあらわしていた。
「その、私嬉しくて」
「嬉しい?」
「このように本気で叱ってもらえると、父の事を思い出してしまって、懐かしかったのです。ですから、もう少しお話がしたいと、軽い気持ちではなく、本気で思いました。ですので、どうでしょうか? お茶でも」
「妻と一緒でもいいかね?」
「……はい?」
「私は既婚者だ。当然愛する妻もいる。君がそこまで家族の愛情にうえているというのであれば、ご一緒しても構わないが、それであればすぐそこが私の家だ。そこで話を聞こう。ただ、私にも予定はある、お昼にでも来るが良い。勿論、妻も同伴するが」
「え、え~と、近くに雰囲気の良いカフェが……」
「何故だ? 場所に拘る必要などないであろう? それに私は妻が大事だ。それなのに初対面の女性とふたりだけでお茶にゆくなど恥さらしな真似は出来ない」
恥さ、とマリアが絶句した。だが、顔をひきつらせながらも笑みを返し。
「あ、あは、奥様が本当に大事なのですね。ちょっぴり焼けてしまいます。私では付け入るスキなど全くなさそうで――」
「そうだな。忌憚なく言わせてもらうなら君には先ず品位が足りない、慎ましやかさに欠ける、後は自分を偽りすぎだ」
「は、はぁ?」
「化粧も濃すぎであるしな。香水もキツイ。そのおかげで君の本当の姿が全く見えない。勿論化粧も香水も悪いとは言わないが、もう少し控えめに――」
「も、もう結構です!」
結局、マリアはキレ気味に怒鳴り、そのままのしのしとでも聞こえてきそうな勢いでクズシの元を去っていった。
その様子に、全く最近の若いものは、と嘆息しつつ、クズシは予定通り挨拶回りを再開させたのだった――
◇◆◇
「本当に、信じられないわ! あいつ! 何様のつもりよ!」
クズシの事は一旦諦め、怒り心頭でマリアは待たせていた車まで戻っていった。
そんな彼女の様子に、おどおどしながら控えていた黒服の男が尋ねる。
「ず、随分とご立腹ですね」
「当然よ! ねぇあんた達! この世で一番美しいのは誰? 言ってみなさい!」
『それは勿論! 明智 聖愛様です!』
偉い剣幕で問われ、黒服達は声を揃えてマリアの事を讃えた。それに、満更でもない様子のマリアだが。
「そうよ、これが正しい牡のあり方なのに、あの爺ィむかつくわ! これだから田舎のおっさんは嫌なのよ! 都会の女の魅力というのがわからないんだわ! センスが石器時代のまま置き去りになってるのよ!」
文句を言い続けるマリアに黒服達もタジタジである。
「ですが、どうされますか? 予定ではあのクズシという男を虜にし、籠絡させて内側から神薙家を乗っ取るつもりでしたよね?」
「ふん、問題ないわ。あんな親父を狙ったのがいけなかったのよ。確かアレに一人ちょうど良さげな息子がいたわね」
「は、はぁ。ですが、その息子にブラックチーターは手ひどくやられたようなのですが」
「だから何? 別に戦おうってわけじゃないんだし問題ないわ。それに、このぐらいの年なら私の色香に掛かれば、発情期の猿みたいにコロッとなるのなんて目に見えてるわ。さぁ、見てなさい、あのクズシとかいうクズに変わって、息子を籠絡してあげるわ!」
もう少し地球側続きます。