第四三一話 強くなれた理由
「この、トリスタンを舐めるなよこの悪魔がーーーー! ソルクーペラム!」
屈強な騎士がデスグリアを大上段から一気に振り下ろす。
すると地面を刳りながら斬撃が飛び、ヘラドンナが立っていた台地を一刀両断に切り裂いた。
「パワーだけは中々のものですね」
「ほざくな! 喰らえぇええ!」
地上に降り立ったヘラドンナ目掛け、トリスタンはソルクーペラムを次々と繰り出していく。
その度に地面には抉られたような斬撃の跡が残されていくが、肝心のヘラドンナは危なげもなくひょいひょいっとそれを躱していった。
「くそ! なぜだ! 斬撃を飛ばす我が奥義が!」
「奥義?」
いい加減諦めたのか、一旦技を行使する手を止めるトリスタン。
奥義と語ったその姿に、ヘラドンナは目を白黒させ、そして小馬鹿にするように笑った。
「貴様! 何がおかしい!」
「貴方が斬撃を飛ばすのが奥義などと面白い冗談を言われるのでつい」
「冗談、だと?」
トリスタンは愕然となる。
「はい、昨今では斬撃を飛ばす程度珍しくもなく、むしろ、もしこれが剣士であれば斬撃を飛ばせない内は半人前、飛ばせてようやく一人前と言われる始末。それを、仮にも円卓の騎士などと偉そうにしている御方が奥義などとは――まさに笑止千万」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぅううう!」
悔しそうに歯噛みするトリスタン。このままでは血管が切れそうだ。
「貴様のような、貴様のような汚れた悪魔に、この円卓の騎士たる我が遅れをとるわけにはいかぬのだ!」
「……お気持ちは察します。きっと貴方はこれまで、その円卓の騎士を除けばきっと敵なしだったことでしょう。いえ、例え円卓の騎士であっても、第六宮殿を任されるほどの実力であれば、そうそう遅れを取るような事もなかった。少々脳筋ではありますが、タフさと騎乗での戦いぶり、そのパワー、どれも間違いなく一級品。おそらくは以前の私ではとても太刀打ちできなかった筈です」
「――以前の、私だと?」
「はい、左様です。私、ここに至るまでにある御方の命を狙っておりました。時には毒殺、時には寝込みを襲い、背後からでも仲間内で歓談しているときも、隙さえあればとにかくその男を殺すことだけを考え、そして実行に移してました」
「ふん、やはり悪魔は碌でもない。一体それで何人を殺した? 人を虫けらのように殺し魂を奪う、それが醜悪な悪魔のやり方だ!」
抗議の声を発するトリスタン。だが、この話の中でそれはどこかずれてもいる。
「それを否定するつもりもありません。ですが、今も申したようにここ暫くはその男一人のみを狙い続けておりました。命を狙った回数は四桁ではきかないでしょう。ですが、結局殺すことは叶わなかった。それどころか、その男はまるで意にも介さず、余裕の表情で全てやり過ごしてしまったのです」
「……それは、悪魔流の冗談か何かなのか?」
「全て本当のことです」
トリスタンは眉をしかめた。これは口では色々いいながらもヘラドンナの実力は認めていたことにつながる。
つまりこれだけの戦いを見せていたヘラドンナという悪魔が殺そうと狙っても、まるで相手にならないほどの強者がこの宮殿の外で控えているという事なのである。
「ふ、フンッ! つまり貴様は捨て駒に利用されたというわけか!」
「そのような小細工を打つような相手であったならどれほど楽だったか。ですが、一つだけ言えるのは、正直認めたくもありませんし、非常に悔しくもありますが……私はその人物のおかげで強くなれたという事。私は召喚された悪魔です。故に、成長などはありえないと思っておりました。ですが、その者の命を狙うため、日々考え、工夫をこらし、実行に移し続ける――それを繰り返している内に、私のステータスもいつの間にか強化されておりました」
そこまで話し、はぁ、と息を吐き出し。
「本当に、いいように調教されたみたいで非常に腹立たしいですが――そのおかげで以前は777程度だった私のレベルが一〇倍近くまで引き上がりました」
「……は?」
トリスタンが理解できないといった顔を見せた。あまりの事に顔はどこか呆けている。
「信じる信じないは貴方様のご自由ですが、しかしそのおかげで、以前の私ではとても勝てそうに思えなかった貴方という騎士が――今は全く怖くはない、それが事実です」
「ふ、ふざけるなーーーー! ならばこれを受けてみよ!」
怒りの形相で馬を駆るトリスタン。馬の足は更に速く、一気にヘラドンナとの間合いを詰め、馬が飛んだ。そう地面を蹴り上げ、ヘラドンナの頭上へ移動。かと思えば、空中を何度も蹴り足場のない場所を高速で飛び回る。
その速さ――いくつもの残像を生み出す程であり。
「喰らえ! シュヴァルツドゥギャロップ!」
トリスタンが吠えた直後、残像を含めた戦馬が次々とヘラドンナを上から蹴りつけていく、しかも馬の蹴りに合わせてトリスタンもデスグリアの攻撃を叩き込んでいる。
人馬一体の大技、秒間一〇〇発を超える蹴りと斬撃がヘラドンナを蹂躙し――
「これで、終わりだーーーー!」
トドメと言わんばかりに、着地後、斬撃波がヘラドンナを捉えた。
それを見事受けたヘラドンナは空中へと吹き飛んでいく。
「ハハッ、今度は、分身ではないようだな」
全てを出し切ったかのような爽快な表情を見せるトリスタン。分身であればとっくに消えているはずであり、それが今も確認できるという事が今攻撃を当てた相手が本体であるという何よりの証明であるのだが――
「中々の、威力でしたわ」
「――ッ!?」
しかし、空中に吹き飛ばされていたヘラドンナはそのままクルリと一回転。軽やかに着地し、涼しい顔で言い放つ。
「ば、馬鹿な、我が、奥義が……」
「これも奥義ですか? まぁ、ただ斬撃を飛ばすよりは確かに奥義っぽくはありましたね」
「な、なぜだ! なぜ貴様はそんなに平然としていられる! 全くダメージが無かったというのか!」
「いえ、少しは勿論ダメージが残ってますよ。それに、あれだけの技であれば直撃していればただでは済まなかったでしょうね」
「ふざけるな! 間違いなく我らの攻撃は貴様を捉えていた!」
デスグリアを横に振り、納得がいかんとばかりに声を上げる。
「確かに、技は当たっておりました。ですが私は植物を操る魔法が使用可能……本来なら魔法の行使に植物そのものが必要となりますが、私は肉体そのものが植物のようなものです。故に、攻撃を受ける寸前に魔法による防御用の葉でガードいたしました」
「な、なんだと? だ、だがその程度で!」
「はい、確かにそれだけでは不十分です。ですから私は人よりも多い水分も利用しました。何せ私は植物ですからね。その上で、体内の水の流れを調整し、効率的にダメージを分散させたのです」
愕然となるトリスタンである。まさかそのような手で、ダメージを抑えられるとは考えもしなかったのだろう。
「さて、次はどういたしますか? これは私の予想ですが、恐らく次の攻撃で勝負は決まると思いますが――」
「屈辱だ……」
「…………」
「貴様のような悪魔にいいようにされて、これほどの屈辱を受けたのは初めてだーー! いいだろう! お望み通り次で決めてやる! 征くぞブラック!」
戦馬が嘶き、バイザーを下げたトリスタンが再び馬を駆る。
かと思えばヘラドンナを中心に縦横無尽に疾走。しかも馬が走った後ろから巨大な茨上の棘が伸びていく。
「なるほど、先ずは私の移動範囲を狭めようという魂胆ですね」
「余裕ぶっていられるのも今の内だ! 我が愛馬はどんどん加速し、勢いを増している! いいことを教えてやろう! 我がデスグリアの槍は、勢いが乗れば乗るほど、使用者が加速すればするほど、その威力は増大していく!」
そういいながらも更に加速するブラックと、デスグリアを脇に添え構えるトリスタン。
どうやら勢いに任せてヘラドンナを貫こうという考えのようだ。
「さぁ! これで今度こそ終わりだ! シュヴァルプラゾンベルセ!」
その時だった、馬の額に紋章が浮かび上がり、ヘラドンナの背中に向けてブラックが一気に加速、トリスタンの持つデスグリアも加速に合わせて輝き始め、大気を貫きながら突き進むが――
「ヒヒーーーーン!?」
「はっ?」
その瞬間だった、馬が突如鳴き声を上げ、コケた。それはそれは凄まじい勢いで、しかも思いっきり加速していた為、トリスタンは馬上から放り出される事となり――
「私、いいましたわよね? 次で勝負が決まると――」
トリスタンの放り投げだされた先、振り向いたヘラドンナの正面に植物の壁が生まれた。しかも壁には先鋭した枝が槍のように並びまるで槍衾のごとく。
「な、なぜだぁあぁあああぁ!」
そんな絶叫を後に残し、トリスタンは見事逆に槍に刺し貫かれた。
「が、が、は、そ、そんな、我が愛馬が、あのような場所で転ぶなど……」
「ふふ、お馬鹿な騎士さん。当然あれは、私が撒いておいた種の効果。絡みつく邪草タングルヴィードですわ」
そう、確かによくみると、馬の四肢には大量の草が絡みついている。その影響で一見何もない地面だったにも関わらず、戦馬ブラックは転倒してしまったのだ。
「き、貴様、我の行動を読んで? ふ、ふふ、なるほど見事だ。悪魔にやられたなど一生の不覚ではあるが、どうやら敗北を認めるほかないようだな……」
「何を申されているのですか?」
「は? いや、だから敗北を、意識も朦朧としてきたし……」
「それはちょっとした毒の効果ですね。大丈夫ですよ、まだまだ消えはしませんし、消えてもらってもこまります。何せ貴方は我が愛しの主様を侮辱したのですから、しっかりと、お仕置きは受けてもらいますよ」
「へ? ちょ、ちょっとま、いや、やめ、グワァアアァアアァアアァア!」
それから暫く、第六宮殿内には絶叫が鳴り響き続けたという――




