第四三〇話 第六宮殿の守護者
マイが無事戻ってきたことで、帰還を待っていた多くの仲間が彼女を祝福した。
流石にクラスメートでもあるメグミやアイカは気が気ではなかったといった雰囲気であり、アイカも聖魔法の準備をしてくれていたが、マイ自身の怪我はそうでもなく、簡単な治療を受けるだけで済んでしまった。
これは相手がマイよりかなりの格上だったという点も大きい。その為、攻撃を受けては身が持たないことはマイ自身も理解していた。
だからこそ、相手の攻撃をどこまで受けることなく倒すことが出来るかが鍵であり、その為に色々と策を巡らせた。
途中、悪魔の書の念もヒントになり、そのおかげで大きな怪我もなく乗り切れた。尤もここまでダメージを受けずに済んだのは出来過ぎだと、マイ自身も思っていることだが。
「どうやら、役作りのレパートリーが増えたようですね」
「うん、ナガレくんに色々教わっていたおかげでね」
ニコリと微笑むマイの笑顔は、女優らしいキラキラとしたものであった。
こうして第七宮殿まで攻略を終え、次はいよいよ第六宮殿である。少しずつ近づいてくる頂上に、それぞれの感情は緊張したり、気が高ぶったり様々である。
ただ、ここまでの間で試練に挑んだものは間違いなく以前より心も身体も強くなってきている。
そのおかげで、宮殿から宮殿に向かうまでの時間もかなり短縮された。
そして先ずは無事第六宮殿に到着した一行だが。
「ここは私がいかせて頂きますね」
そう名乗りを上げたのはヘラドンナであった。 反対するのも誰もいない。フレムなどはもっと上の方にいる強敵と戦ってみたいという思いもあり、ピーチも似たようなものなのかもしれない。
「ヘラドンナちゃん、頑張ってね~でも無理しちゃ駄目だよ~ダメそうな時は素直においらの胸に飛び込んできていいからね」
カイルに関しては終始こんな感じだ。軽薄である。しかし、ヘラドンナが悪魔だと知っていても他の女性と同じように接してきているあたり、肝が座っているか筋金いりのドスケベなのかどちらかだろう。
彼の発言には隣で聞いていたローザも呆れている。
「では、いって参ります」
色々応援するような声は掛けられたが、最低限の言葉を返し、そして試練前にナガレの命を狙って、しかしやはり失敗して、全く、と嘆息しながらも彼女は宮殿に足を踏み入れる。
ヘラドンナが宮殿内部に足を踏み入れるとその様相は一変した。
マイから話は聞いていたが、どうやらここからは宮殿の中に普通に外の景色が広がっているらしい。
ただ彼女からの情報とは少々異なり、外は外でもそこは草原などではなく、むしろ緑などほぼ感じられない赤茶色の大地が続いていた。
しかもただ平坦な地面が続いているのではなく、所々地盤の盛り上がった台地が確認でき、巨大な岩石も散見できた。
「よくぞ参られた。我が名はトリスタン、この宮殿の守護者なり」
すると、宮殿に足を踏み入れたヘラドンナにむけて、高台の上から一人の騎士が名乗りを上げる。
屈強そうな鎧騎士である。妙にゴツゴツとした銀色の甲冑は、それでもサイズがギリギリなのか盛り上がる筋肉によって弾き飛ばされそうなほど。
頭にはバイザーのついた兜。手には鉾、斧、鈎が一体化した長柄のハルバートが握られていた。
騎乗する馬も随分と大型の黒馬で、鎧を着せられ戦馬然とした風格を纏っている。
「それにしても、まさかこの第六宮殿にまでやってくる者がいようとはな。この迷宮に長いこと篭っているが、ここまでこれたものを見るのは随分と久方ぶりであるが――」
ふと、トリスタンがヘラドンナをジロジロと見遣った。舐め回すようないやらしい視線とは違う。表情も険しい。
「ふむ、その体色、それに髪、貴様、人ではないな? 獣人ともエルフとも違う……一体、何者だ?」
「これは失礼致しました。申し遅れましたが私、悪魔のヘラドンナでございます。以後、どうぞお見知りおきを」
植物で仕立てたドレスの裾を摘み、優雅に拝礼する。悪魔と言っても見た目はほぼ人間であり美女と言って差し支えない容姿をした彼女だ。
挨拶一つとっても非常に様になっている。
だが、そんなヘラドンナの所為を見ても、相手のトリスタンはムスッとしたままであり。
「ふん、一体どんな手を使ってここまで来たかは知らぬが、悪魔などが人の真似事など笑えぬな。汚らわしい」
ピクリ、とヘラドンナの眉が跳ねる。
「試験に挑んでいるのは悪魔召喚士といったところか? この世界にもそのような連中がいたとは意外であるが、己の手を煩わさず悪魔に全て任せるあたり、悪魔を召喚するような邪悪で怠惰な連中らしいやり方だ。貴様の主人もどうせ悪魔のような醜悪な顔と性格の極悪人なのだろう」
そこまでトリスタンが話すと、ヘラドンナがニコリと微笑みを投げかけた。
ただしその微笑みは、先程の形式的なものとは異なる、どす黒い悪魔のソレである。
「ウフフフフッ、私だけならまだしも、サトル様を侮辱するような今の発言、とても看過できませんわね」
「ハッ、悪魔風情が偉そうに。まぁよい、これもいい機会だ、貴様の血を持って我が武器デスグリアに悪魔殺しの異名を授けるとしよう」
そして、征くぞブラック! と掛け声を発し、バイザーを下げ凄まじい勢いで台地を駆け下りてくる。
だが、ヘラドンナとの距離はかなり離れており、彼女が悪魔の種を植えるには十分な時間が取れた。
「育ちなさい、ルルディカノイ――」
ヘラドンナが植えた種から、蕾の妙に大きな植物が何本も生えてくる。
そして蕾がパカリと開くと、開口部からまるで砲身のように管が伸び、次々と丸みのある種子を吐き出していった。
それらは緩い放物線を描きながら馬に跨った騎士トリスタンへと降り注いでいく。
「甘いわ!」
気合一閃、トリスタンは落下してきた種子をデスグリアの斧刃で撫で斬りにする、が、その瞬間種子が激しく爆発した。
ヘラドンナが生み出した悪魔の植物、ルルディカノイの種子は衝撃を与えると爆発する。
脳筋相手にはかなり有効そうに思える力だが――
「甘いぞぉおおおおぉおおお!」
爆発によって壁のように広がった煙の中からトリスタンが飛び出す。馬のブラックもどうやらそれほどダメージは受けてないようであり、一気に加速し――すれ違いざまにひと薙ぎしヘラドンナの胴体が上下に離れ離れになって落ちた。
「フンッ! 悪魔といっても所詮この程度か。全く、これでは悪魔殺しとするには力不足であるな。真にがっかりだ」
バイザーを上げ、強気な表情で声を上げる。
「あらあら、それは私の台詞ですよ」
だが、その声に、何! とトリスタンが驚愕する。すると地面がボコボコと盛り上がり、まるで植物のように大量のヘラドンナが生えてきた。
「な、なんだこれは?」
「どうしましたか?」
「私はまだ無事ですよ」
「ほら、こちらが本物ですよ?」
「さぁ、どうぞ私を相手して下さい」
「どの私でも、よりどりみどりですよ」
トリスタンを囲ったヘラドンナ達が、まるで合唱のように騎士に語りかけていく。
馬上に乗っている騎士は、自分がおちょくられていることに気がついたのだろう。
蟀谷に太い血管を浮かび上がらせ、ピクピクと震えている。
「ふざけ、おってーーーーーー! フォルトゥールビヨンハルベルト!」
デスグリアを頭上で回転させた後、囲んでいるヘラドンナ全てを切り殺すが如く、全身を大きく回転させながら斧刃を振り回す。
この技一つで、周辺に出現したヘラドンナは一掃された。
「フッ、ア~ッハッハッハ! どうだ! 恐れ入ったか悪魔め、ぐがぁあぁあああ!」
全てのヘラドンナを斬り殺し、バイザーを上げ得意になっていたトリスタンであるが、突如背中に手を回し藻掻き始めた。
すると、二度、三度とトリスタンの背中を打つ快音。
まるで電撃に打たれたかのように顔を歪ませ、馬に命じ距離を取って振り返った。
「き、貴様! 悪魔が! まだ残っていたのか!」
「勝手に殺されてはこまります」
そこに佇んでいたのは、植物より作り出した茨の鞭を構えし美しき悪魔ヘラドンナ。
そして、当然彼の背中を打ったのもこの茨の鞭である。
どうやら甲冑姿のトリスタンであっても、この鞭の痛みには逃れられなかったようだ。
「貴様! それは、ただの鞭ではないな!」
「さて? どうでしょう?」
まさに悪魔のような微笑を浮かべ答えるヘラドンナ。実際は、鎧の内側にまで痛みが通る効果のついた鞭である。
そして訝しげに見てくるトリスタンにおかしくなってしまうヘラドンナでもある。
おそらく本物であるかどうかを気にしているのであろうが、先程までのあれは、元々ヘラドンナが立っていた位置周辺にばら撒いていたクローンズという悪魔の種の効果。
これは種を植えたものそっくりの姿に成長する悪魔の植物である。尤も見た目だけであり、寿命もあまり長くはないが、相手を撹乱するにはもってこいだ。
「さて、ではもう少しお仕置きを受けてもらいましょうか!」
そしてヘラドンナが再び鞭を振るう。だが、トリスタンは手に持ったデスグリアを振り回し、茨の鞭を寸断してしまった。
「調子に乗るのはそこまでだ悪魔め! 我がデスグリア、その斧刃たるやあらゆる植物を切り捨て、そしてその鈎たるや!」
馬で近くにあった大岩に向けて疾駆し、かと思えばデスグリアの鈎を使い、なんと大岩を掴んでしまった。
「そう、この鈎はまるで意思があるかのように近くの物を自ら掴んでくれる!」
鉤爪のようになっていた鈎であったが、それが締まることであらゆる物を掴むことが可能なようだ。
そしてトリスタンは、鈎が掴んだ岩をヘラドンナに向けて放り投げる。
重低音を奏で、岩がヘラドンナの立っていた場所に落下した。
尤もヘラドンナは押しつぶされることなく跳躍し、岩の上に登り、トリスタンを見下ろしてみせたが。
「……逃げ足だけは一人前か、生意気な悪魔だ」
悔しそうに見上げ眉間にしわを寄せる。その姿を認めつつ、ヘラドンナは、フフッ、と薄く笑みをこぼし。
「貴方のその武器、伐採にとても役立ちそうですね。今からでも遅くありませんよ、樵にでも転職されては?」
トリスタンの額から、ピキピキピキという音が漏れてきたように思えた――




