第四二九話 疾風の騎士の本気
マイは今度は武器を扇に変化させ、風の槍に対抗して今度は火炎球をばら撒いていく。
しかし、風を味方につけたパーシヴァルの動きはやはり速い。しかも空中を駆けるように移動し続けている。
地上からのマイの炎は全く当たらず、マイも踊るように軽やかに動き続けて入るが、それでもパーシヴァルの素早さには敵わない。
「もう逃げ場がないわよ」
そして、パーシヴァルの宣告。風の槍の本数、そして範囲は、既にマイが逃げ切れる範囲を超えていた。
方法があるとしたら守護の指輪ぐらいだが、それは今は使えない。
何より使ったとしても間に合う位置ではない。このままでは貫かれる、そう思えた瞬間、マイを庇うように躍り出てきたのは、デスナイトであった。
降り注ぐ槍を一身に受け止め、そして、地面に崩れ落ちる。
「デス、ナイト……」
「なるほど――主君の為に、か。騎士として立派な最期よ。だが、残念ながらそれも、結果を先送りに下に過ぎない」
「……いえ、デスナイトの行為を無駄にはしないわ」
倒れたデスナイトをそのままにマイが疾駆し、再び火炎球を連射する。それを避けながら呆れ顔を見せるパーシヴァルであり。
「これで無駄ではないというつもりか? 先程から通じもしない攻撃を延々と……いい加減、見苦しいぞ!」
「さて、それはどうかしらね?」
そこでピタリと、マイが足を止めた。
「……どうした? 追い詰められていよいよ諦めたのか?」
「さて、追いつめられたのは、どっちかしら?」
マイが不敵な笑みをこぼす。
それに、何? と怪訝そうに返すパーシヴァルであったが――自分の周囲がやけに赤々としていることに気がついた。
「ばかな、これは……」
「私はね、ある悪魔のおかげで炎を操る力を手に入れたの。判る? 炎を操れるのよ」
強気な表情で言いのける。
そのマイの態度に、初めてパーシヴァルは難しい顔を見せた。
「あの踊るような動きにも意味があったという事か……」
そして呟き、周囲を見回した。そこにはパーシヴァルが躱した筈の炎の、球、球、球、球――そう、マイがばら撒いていた火炎球は消えることなく、ある一定の位置で動きを止め、更にパーシヴァルがマイへの攻撃に集中している間に包囲しょうと距離を詰めてきていたのである。
「さっきの貴方の技が包囲千槍陣なら、私のは包囲焼滅陣ってとこかしらね」
強気な発言を見せるマイ。何せマイが放った火炎球の数は多く、パーシヴァルには既に逃げ場がない。得意の素早さもこの中では意味をなさず、そしてマイがほんの少し操作するだけで、全ての火炎球は一斉にパーシヴァルへ襲いかかる。
「……フフッ、アハハハッ! 見事だ。まさか私がここまで追い詰められるなんて、円卓の騎士以外では久方ぶりだぞ」
「それなら、もう諦めてくれるかしら?」
マイが確認する。やはり例えやられてもいずれ復活する存在とは言え、出来ればトドメなどは刺したくないのだろう。
「……何を勘違いしている? 確かに追い詰められたが、だからこそ、私は嬉しいのだ。何せ、久しぶりにこの技が使えるのだからな」
どことなく高揚した顔を見せるパーシヴァル。その様子から、それが強がりなどではない事を察することが出来た。
(どうやらさっさと決めた方が良さそうね)
マイは自分が甘かったと思い直した。そもそも本来でいえば相手は遥かに格上なのである。負けを認めてもらおうなどとは自惚れが過ぎるというものだ。
だが――マイの決断は少々遅かったようであり。
「全弾、発射!」
「ならば、これをその目に焼き付けるが良い――風龍咬槍!」
パーシヴァルの手に一本の槍、それを力強く、投擲する。
刹那――槍より生まれた風の渦が姿を変え、一匹の風の龍へ変化した。
『ヴォオォオオオォオオオォオオオオオン!』
ちょっとした家屋ぐらいなら軽く噛み砕けそうな顎門を開き、まるで意思があるかのように、迫る火炎球を飲み込んでいく。
本来、風の力で、より勢いが増す炎も、流石にここまで規模と勢いが異なるとどうしようもない。
マイの放った火炎球は、まるでそれ自体を餌と認識されたが如く、風龍が全て食べ尽くしてしまう。
これで形成は逆転された。食べる炎がなくなった事に気がついた風龍が、今度はマイへとその牙を向け突っ込んでくる。
「クッ!」
「残念だけど、逃げても無駄よ。私の風龍咬槍は、どこまでも追いかけるわ」
宣告どおり、マイが逃げた方向へ風龍は向きを変えて追いかけてきた。しかも動きが速い。
マイの脚ではすぐにでも追いつかれてしまうだろう。
「これで、決まりのようね――」
パーシヴァルが呟く。その視界の先では、マイの背後につく風龍の姿。あと数メートル程で、小柄な彼女はあの巨大な口の中に収まる事だろう。
「久しぶりに、楽しむことが出来たわ」
まるで勝利が確信したかのように口にする疾風の騎士。
開かれた顎門は、マイのすぐ後ろまで迫っていた。
「勝手に、終わらすんじゃないわよ!」
だが、突如マイが足を止め、迫る風龍へ振り返った。
どういうつもり? と怪訝そうに片眉を下げるパーシヴァルであったが――その時であった、風龍の動きが、その開かれた顎門が、何かに嵌り、突っかかったように動きを止める。
「……え? 一体どういう――」
「残念だったわね。障壁よ!」
マイの語気が強まった。それにパーシヴァルが目を白黒させる。
「そんな、馬鹿な! 守護の力は、中に誰もいなければ消えるのだろう? 位置が固定されるその障壁は、移動しながら使える代物でもないはずだ!」
そう、まさにその通り。守護の指輪の効果は使用者本人を中心に障壁が広がるが、位置は固定される。その上、障壁の中から誰もいなくなれば障壁も自然消滅する。
だが――
「確かに中に誰もいなければそうね。でも、仲間がいたなら、話は別――」
呟くように述べ、障壁を一瞥する。パーシヴァルが、まさか! といった表情を見せる。
そして、その考えは恐らく当たっている。そう、障壁の中にはソレがずっといた。グレーターデーモンやレッサーデーモンを呼び出した時、もう一体呼んでおいた存在。
悪魔の書第二二二位アークミスト――特殊な霧で包み込むことで自分を含めて主や仲間を目立たなくさせることが可能。
そう、この悪魔を障壁の中で控えさせておくことで、いざという時に使える見えない壁を用意しておいた。
そしてそれがいままさに、役立っているわけであり。
「くっ! だが、もう壊れそうではないか!」
パーシヴァルが叫ぶ。確かに、障壁にも罅が入り始めている。最初の内に風の槍を受け続けていたのも大きいのだろう。
だが、それでもマイには勝機があった。
「確かに、だけど、もう勝負は決まっているわ!」
「何だ、と? ガハッ!」
その瞬間だった、パーシヴァルが苦悶の声を上げ、その肢体がくの字に折れ曲がる。
そして、背中には斜めに刻まれた大きな傷。
呻き声を上げつつ、パーシヴァルがついに地上へ落とされた。片膝を付き、肩が大きく上下している。
虚をついた攻撃は、痛覚倍の呪いとあいまってかなりのダメージに繋がったようだ。
「くっ!」
短く唸りつつ、パーシヴァルが顔だけを巡らし、後ろを確認した。そこに立っていたのは、悪魔のデスナイトであった。
「そんな、どうして?」
「私の悪魔はね、倒されるとその場からすぐに消えてしまうのよ」
信じられないといった様子を見せるパーシヴァル。彼女がそう思うのも無理はない。
デスナイトは確かに一度彼女の槍に貫かれて倒されているからだ。しかも改めて確認する彼女の目には確かに倒れたデスナイトが見えている。
だが、その答えを示したのはマイだ。そう、悪魔は本当に倒されたのであればすぐに消える。
だが、倒されたと思われたデスナイトはその場に残っており――その理由は。
「もう、解いても大丈夫よドッペルジェリー」
マイの言葉に反応し、デスナイトだったそれはゲル状に変化した。
正確にはもとに戻った。ドッペルジェリーはその姿を自在に変化させる悪魔だ。
故にパーシヴァルに対して放った一発の火球が爆発したあの時、すぐにドッペルジェリーを呼び出しデスナイトに変化させた。
その上でパーシヴァルにやられた振りをさせた。風の槍の攻撃は一発一発の威力はそこまで高いものではない。故に、ドッペルジェリーの防御力だけを歌で徹底的に強化しておけば耐えきることが出来た。
そして本物のデスナイトはあえて戦線から離脱させ、見つからない位置から相手の隙を狙える機会を伺わせておいたのである。
これらはマイが火炎球で相手を包囲した時、そうあの戦法が通じなかった場合の布石であった。
そして、もしその戦法が通じなかった場合は、相手はより強力な技を繰り出してくるに違いないとも考えていた。
これまで見せていた技だけではあの包囲網は抜けることが出来ないからだ。
その予想は見事にあたり、案の定パーシヴァルは大技で勝負に出てきた。
だが、強力な技というものはその分、隙も生まれやすい。特に予定外のことが起きた場合はそれが顕著になる。
結果として思いがけない障壁に阻まれた彼女は、その事に気を取られすぎて、背後からのデスナイトの斬撃波に気がつけなかった。
「……フフッ、見事だ。まさかこんな手を巡らせていたとはな。だが! まだ私は戦える! 負けは!」
「いえ、貴方の負けよ」
顔を上げ、鋭い目つきでマイを見る。だが、その顔はすぐに驚愕に変わった。
「そ、そんな、貴方、その武器は……」
「ごめんね。今までの戦いで、もう貴方の動きは覚えたの。だから、私は貴方にだってなりきれる。まだやるなら、パーシヴァルという役を、見事に演じきってみせるけど――それでもやる?」
マイの手に握られていたのは緑風の槍であった。正確にはトロイアが変化した姿だが、このオーパーツはその特性までも再現することが可能である。
そして、今のマイであれば、先程パーシヴァルが見せた風龍咬槍も完璧に再現出来てしまう。
ましてやパーシヴァルは完全な手負い、今やりあったならどちらが勝つかなど、火を見るよりも明らかであった。
「……フフッ、あはははははっ! 全く、大したものだ――判った、認めよう、私の、負けだ」
こうしてマイは見事第七宮殿の守護者を倒し先へ進む権利を勝ち取ったのであった――




