第四二八話 役作りでの戦い方
「さぁ、頭を切り替えて、いくわよ!」
マイが気合の声を上げた。
すると、マイの様子を見ていたパーシヴァルが口を開き。
「何を思いついたか知らぬが、どんな手で来ようとしれたこと。疾風の騎士の二つ名は伊達ではない!」
パーシヴァルの駆ける速度が更に増し、包囲する槍の数も更に増加する。
まさに逃げ場もないような状況だが――マイの手には悪魔の書はなく、その代わりタクトに似た剣が現出していた。
それはトロイアが変化したものであり、マイはそれを振るいながら、急に歌いだした。
「何? これはまさか――」
パーシヴァルが思わず眉を跳ね上げる。
やはり、同じ円卓の騎士とあってか、マイが見せた役作りが誰を演じたものか察することが出来たのだろう。
そして、歌に合わせて周囲の空気が重く変化していく。これは、元々の歌の効果には存在しないものだ。
だが、歌を使った能力とマイの相性は良かった。ローエングリンの能力に歌声の強化があったことも大きいだろう。
その上でマイは元々得意であったビブラートの歌声も駆使し、音波の微妙な変化によって気圧を操作し、その結果、パーシヴァルの放った風の槍を重たい空気がオブラードのように包み込み、その動きを阻害し、その速度を緩慢にした。
しかも変化した大気の周辺を音波の壁で包むおまけ付きである。これによって重たくなった空気が外に逃げ出すこともなく、槍は障壁に当たる前に動きが鈍る。
「そして、これよ!」
今度はマイのトロイアが扇に変化する。マイはそのまま扇を一振りし、強烈な炎を発生させた。
これにより、炎が閉じ込められた空気の中に流入することで、威勢が増し、動きを緩め勢いを失った風の槍ごと全て飲み込んだ上で、一周しドーナッツ状に燃え上がる業火が軌道を変え、今度はパーシヴァルを飲み込もうと襲いかかる。
「甘いわ!」
だが、流石は円卓の騎士の七番目に君臨するパーシヴァルである。その手に生み出した緑風の槍を振るい気流を操作。業火は騎士ではなくそのまま気流を追いかけるようにして大きく軌道を逸し、明後日の方向へと向かっていった。
「残念だったわね。私相手に炎は逆に相性が悪いわよ。私、炎使いには負けたことが――」
「キシシシッ! 呪ってやるぅうう!」
得意気な顔を見せるパーシヴァルであったが、そこへキャスパの呪いが発動。
途端に、今度は彼女の身体そのものが重くなった。
「な、これは――」
「悪いけどこっちが本命よ」
マイが言い放つ。彼女は既に他の悪魔と一緒に移動を終えていた。
ガーゴイル三体とレッサーデーモンとグレーターデーモン一体ずつが、パーシヴァルを囲むような位置取りを見せる。
既に悪魔の書もしまい、サトルとは別な役になってもいるが、呼び出した悪魔が消えることはないようだ。
一度出現してしまえば、役作りを解いても残っていてくれる。勿論悪魔の書に再び戻したり、別な悪魔を呼び出すには再びサトルへの役作りと悪魔の書が必要となるが、だが、これで色々と応用が利く。
実際マイは、既に歌で悪魔の強化も終えている。パーシヴァルにしてもキャスパの呪いで動きを鈍化させ、更に痛覚を倍にした。
この戦法は、悪魔の書が行った発言によって思いついたものだ。例え役作りを行ってもマイはサトルではない。
そう考えたなら、むしろサトルの役作りにこだわらず、今できることを組み合わせ、色々と試したほうが効果的だ。
そして、マイがやるべく所為が見えた。動きの遅くなったパーシヴァルに先ずはガーゴイルが三方から攻め込む。
その間にレッサーデーモンとグレーターデーモンに炎を吐かせる準備をさせ、マイは武器をタクトに変化させ、再び歌い出す。
心地よいメロディーが大気を操作し、パーシヴァルの動きをさらに遅くさせた。
ガーゴイルの爪が彼女を斬りつける。そこまで大きくはないがやはりダメージは通っていた。痛覚倍の効果もあってか若干表情も歪む。
俊敏さに自信有りげな疾風の騎士は、その分防御力で劣るのだろう。
音の壁が彼女を包み、気圧を高めたことで空気の量が一気に増加。
そこへグレーターデーモンとレッサーデーモンが炎をふきかけた。特にグレーターデーモンの青い炎はレッサーデーモンの炎より強力である。
これでかなりの大ダメージが期待できる。上手くいけばこの一撃で勝負が決まるかもしれないとさえ思えたが。
「――考えが、甘いのよ!」
パーシヴァルが叫ぶ。その時、彼女を中心に何かが広がった。
いや、逆である。何かが抜かれた――グレーターデーモンの青い炎も、レッサーデーモンの炎も、それによって遮断され、いくら吐いたところでまるで何かに掻き消されたようにパーシヴァルへ届く前に遮られてしまう。
「これって……まさか、空気を抜いた?」
「風を操れるということは、風を消すことも可能という事よ!」
そう、パーシヴァルの言うとおり、風を操れる彼女は風を消す、それはマイの言うところの空気を抜くことも可能ということで、つまりパーシヴァルは最低限必要な範囲だけを残し、他を真空状態にすることで炎を無効化してみせたのである。
グレーターデーモンからも、レッサーデーモンからも戸惑いの色が滲んだ。
そして炎が途切れた瞬間、気流が正常化し、彼女の手から風の槍が五本生まれすぐさま投擲。
それはよどみなく、凄まじい速度で五体の悪魔に迫る。
「戻りなさい!」
だが、風の槍が命中する直前、マイはサトルの役を演じ、悪魔の書を開いて悪魔たちに命じた。
これにより、即座に悪魔達は本の中に吸い込まれていく。
「ふぅ……」
『ふん、酔狂な奴であるな。例えやられたとしても、悪魔はいずれ復活するのであるぞ?』
やられる前に回収することに成功したマイへ、悪魔の書が呆れたように述べた。
「たしかにそうだけど、すぐには呼べなくなるし、それに、彼だって無駄に犠牲にしたりはしなかったでしょう?」
『……フンッ』
判った風なことを、とでもいいたげに鼻を鳴らす悪魔の書である。
『それで、どうするつもりだ?』
「――いでよ、悪魔の書第七十二位デスナイト」
答える代わりに、マイは悪魔の書から別な悪魔を召喚する。
現れたのは、黒騎士の格好をした鎧姿の悪魔であった。
「そろそろ、決着をつけないとね――」
「私も丁度そう思っていたところだ。また別な仲間を呼び出したようだが、何を出したところで結果は同じことよ」
「貴方、ちょっと余裕持ち過ぎなんじゃないの!」
悪魔の書を再びしまい、武器が扇に変化。巨大な火炎弾を先ず一発発射した、轟音が聞こえ、モクモクとした黒煙が視界を支配する。
「やったかしら?」
悪魔の書を開きつつ、パーシヴァルの姿を確認する。
だが、パーシヴァルの気配が頭上に、マイは移動しつつ、扇に戻し、チッ、と舌打ちした。
「なんでまだこんなに動けるのよ!」
「私の動きがまだ遅いと思っていたなら残念だったわね」
空中へと移動したパーシヴァルにより、上空から風の槍が降り注がれる。キャスパの呪いはまだ効いているはずだが、それを全く感じさせない動き。
だが、それも当然であった。キャスパの呪いはあくまでパーシヴァルを肉体的に縛めたに過ぎない。
だが、パーシヴァルは風を操作できる。しかもそれはマイの歌であっても阻害出来ないほどに強力だ。
何故ならとっくにマイはタクトに武器を変化させ、歌声を披露しているが、最初と違って全く相手に臆している様子が感じられない。
「初めは少し驚いたけど、円卓の騎士についてであれば同じ円卓の騎士である私はお前よりよく把握している。そしてローエングリンは私に一度として勝利した事がない。この意味が、判るかしら?」
それが抗えない実力の差というものなのだろう。結局歌で期待できるのは味方の強化ぐらいである。
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m




