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第四二七話 疾風の騎士

 神殿内の空間は、マイが以前戦った景色と明らかに異なっていた。

 何故なら足をおろしたそこにはしっかりと地面がある。

 

 いや、それどころか一面は見事なまでの草原が広がっており、青空さえも望める程だ。

 心地よい風が頬をなで、久しぶりに新鮮な空気を肺いっぱいに取り込むことが出来る。


「この空間は、気に入って貰えましたかしら?」


 ふと、マイから見て七、八歩分程先に旋風が発生し、一つの影を残しすぐに消え去った。

  

 マイは目を瞬かせる。姿を見せたのは一人の女騎士だった。

 

 目鼻立ちの整ったなんとも麗しい女性である。

 頭に羽のような意匠を施した兜を装着しているが、露出部の多い大胆な作りとなっているため、ウェーブ掛かった緑色の髪が顕になっている。


 先程の旋風もそうだが、どうやらこの空間では普通に風も吹くようであり、兜からこぼれ落ちた緑髪が風に靡く様子は妙に様になっているように感じられる。

 

 上背はマイより頭半個分ほど高く、背中には草原の種々を思わせる色合いのマント。

 鎧も腰より上をある程度カバーする薄い青緑系の物、腰当ての隙間からは革のパンツが覗き見えた。


 腕や足は肘当てや膝当て程度の守りである。そして足には兜のような羽(ただしこれは羽そのものだが)が両サイドについた動きやすそうなブーツ。


 体つきもシャープで、いかにも身軽そうなタイプである。ただ、見たところ武器の類はもっていない。

 

 素手で戦うつもりだろうか? と不思議そうに手元を眺めていると、女騎士が口を開いた。


「私は円卓の騎士が一人、パーシヴァル。この神殿を護りし守護者、この先に進みたければ私を倒すことです」

「やっぱり、そうくるのね……」


 女騎士パーシヴァルに応じつつ、マイは手の中に悪魔の書を現出させる。勿論、サトルの役に成り切ってである。


「――いくよ悪魔の書」

『勝手にしろといってあるだろう。我は別にお前に協力する気はない』


 冷たく返答する悪魔の書。やはりサトル本人ではない以上、積極的に協力してくれる気はなさそうだ。


「いでよ、悪魔の書第二七六位――」


 仕方がないのでとにかくマイは先ずは悪魔を召喚し味方につけようとする。

 だが、足を止め悪魔を呼び出そうとしていたマイに、緑に染まった槍が迫る。


「な!?」


 驚き、斜め後ろに飛び退く。すると、すぐ目の前まで迫っていたパーシヴァルが軽く槍を振るった。

 突風が起き、再び悲鳴を上げたマイが後ろに飛ばされる。


「クッ、いでよ――」

「甘い!」


 マイが空中を漂いながらも悪魔を召喚しようとする。だが、既に女騎士はマイの背後に回り込んでいた。


 恐るべき速さだ。マイの目ではとても捉えきれない。手に持たれた槍がギュルギュルと音を立てている。槍に風を纏わせているのだ。緑色に染まって見えたのもそれが原因である。


 強烈な勢いに巻き上げれた草の影響でそう見えていたのだ。


「お前嫌い! 呪ってやる!」


 マイの肩に乗っていたキャスパが、攻撃態勢に入っていたパーシヴァルを捉え呪いの発動を試みる。


 だが、その瞬間、女騎士の姿はキャスパの視界からも消え失せた。


「その猫、見た目通り不気味な雰囲気を感じるわ」


 いつの間にか、マイから数メートルほど離れた正面を陣取っている。

 槍を一回転させると、シュパッ! と心地よい風切音がマイの耳に届いた。

 そして右手だけで柄を持ち、穂先をマイに向ける。

 

 槍としては短く、全長は一五〇センチメートル程度といったところか。軽々と片手で持って見せているのは彼女の膂力が高いのか、それとも元から軽いのか。


「……その槍、直前まで全く持っている様子がなかったけど」

「そうね、これは緑風の槍、素材は風。そこに風さえあればいくらでも何本でも生み出すことが可能な特殊な槍よ」


 どうやら後者のようだ。風であれば重さは感じないことだろう。

 しかし変わった武器である。話だけ聞いていると魔法やスキルのようでもあるが、どうやら装備品として認識されているらしい。


「そしてこの力があるからこそ私は、疾風の騎士と呼ばれてきたわ!」

 

 横に駆け、かと思えば瞬時に五槍、なげつけてきた。小さな竜巻を纏わせた槍だ。彼女の言うとおり、風さえあれば何本でも生み出すことが可能なのだろう。


 そういった意味では、この空間は彼女にとって最適な舞台と言える。

 

 槍の投擲速度は速い。まさに風の如しで投げた瞬間にはマイの眼前まで迫っていた。


「むっ?」


 しかし、移動しながらパーシヴァルが細い眉を顰める。

 彼女の投げた緑風の槍がマイに当たる直前何かに遮られたからだ。


「危なかった……」


 マイが指輪をそっと撫でる。それはナガレから受け取った大魔導の指輪ではなく、元から持っていた守護の指輪。


 効果を発動させる事で、位置固定(・・・・)の身を守る障壁を展開させる。


 この障壁はマイや彼女と関わり合いが深い生命体がいる間は維持されるが、それらがいなくなった状態では消えてしまい、再度展開させるには多少の時間が必要という欠点がある。


 防御能力に関しては対物、対魔ともかなり高いが絶対防御ではないため、相手の攻撃力があまりに高ければ破れることもありえる。


 実際、ナガレが関わらなかった場合の世界線においては、サトルが使役した悪魔アスタロスによってあっさり破壊されているぐらいだ。


 ただ、これは直感でもあるが、マイからみて確かにパーシヴァルの速度は目を瞠るものがあるが、攻撃力に関してはそこまでではない気がした。


 実際壁は五発の槍を受けても全く変化がない。

 そうなると、本来ならここでサトルも召喚していたアスタロスあたりを使役出来れば心強いのだが――しかしそれは無理であった。


 マイの役作りは相手になりきり、相手の技や魔法の再現も可能なのだが、ステータスそのものが変化するわけではない。

 その為、魔力が足りないという点はどうしようもない。悪魔の書の恩恵もうけられないというのも大きく、その為サトルよりも召喚に必要な魔力が高くなる。


 一応ナガレの改良で効果が二十倍にまで上がった大魔導の指輪を装備しているが、それでもアスタロスレベルの悪魔はとても召喚できない。


 事前のナガレの説明では、今のマイで序列五〇位以内の悪魔なら召喚可能という事である。


 とはいえ、このままジリ貧というわけにもいかない。マイは障壁で囲まれている隙に悪魔召喚を試みる。


「いでよ悪魔の書第――」


 悪魔の書の中からガーゴイル三体、グレーターデーモンとレッサーデーモンを一体ずつ召喚。それを一組とし、更に二二二位も召喚した。


 今のマイでは同時に召喚出来る数には限度がある。ナガレ曰く、三〇〇位以下の悪魔に一ポイント、二〇〇位から二九九位の悪魔に二ポイント、一〇〇位から一九九位の悪魔に三ポイント、五〇位から九九位の悪魔に四ポイント、召喚に必要と考えた場合、マイの手持ちは一〇ポイントあるぐらいの感覚らしい。


 つまり今の召喚では三〇〇位以下のガーゴイルが三体で三ポイント、レッサーデーモン含めた二〇〇位以下の悪魔二体で四ポイント、そして一〇〇位以下のグレーターデーモン一体で三ポイントで丁度同時召喚できる数が限界値に達したこととなる。


 後はこの状況から反撃を狙うが――


「何もさせはしないわ。包囲千槍陣!」


 突風に乗り女騎士が加速する。あまりの速さで、何重にも重なり、それが連なっていった結果、大量の残像が生まれた。


 マイを中心に、四方八方を埋め尽くしたパーシヴァルとその残像達が一斉に槍を投擲する。


 千の名に恥じない圧倒的な物量。しかも槍は残像ではなく全て本物であり、逃げ場を封じ包囲した槍が障壁に降り注いだ。


 ズガガガガガガッ! とゲリラ豪雨を思わせる音が連続的に障壁内に響き渡る。

 これは不味い、とマイの表情に曇り。 


 障壁の中には召喚し使役した悪魔も控えているが、少しでも外に出れば瞬時に串刺しにされること必死。


 かといってこのまま手をこまねいていては、障壁が壊されるのも時間の問題だ。


 いくら一発一発の威力が低くてもこれだけの物量を連続的に当てられてはいずれは限界も来る。


『ふん、やはり所詮は猿真似、全くなっていないな』

「……え?」

『お前の役作りは大したものだ。確かに今のお前の雰囲気はサトルそのもの、だがそれでもサトルの経験全てをそのまま再現出来る筈もない。そもそもステータス的にも大きな差があるしな。サトルとしてのやり方にこだわったところで、お前に勝ち目などない』


 状況をどう打破すべきか考えあぐねているマイに、悪魔の書が語る。

 

「サトルであることに、こだわりすぎてた?」


 だが、それを聞いたマイは、悪魔の書に言われたことを反芻し、思考し、そして――


「うん、判ったわ、ありがとう悪魔の書」

『馬鹿な、我は礼など言われる覚えは――』

「とりあえず一旦消えててね」

『ちょ、待て! だから勝手に!』


 しかし全てをいい切る前にマイは悪魔の書を一旦消し去り、そしてトロイアを剣に変化させ持ち替えた。


「さぁ、頭を切り替えて、いくわよ!」

これが年内最後の更新となります。

次回は年明け1月で少し書き溜めておきたいので10日頃の予定とさせていただければと思います。

それでは本年も皆様応援頂きありがとうございました!良いお年を!

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